『ラビット・ハント』は終盤へと差し掛かっていた。
多数の《うさぎ》は死に、残る《狩人》も僅かであった。
ある《うさぎ》は《狩人》に反撃するも敢えなく狩られた。ある《狩人》は人数が少なくなって来た《うさぎ》を奪う為に他の《狩人》を殺した。ある《うさぎ》と《狩人》は生還する為に結託した。
既に大半の参加者が起こす展開は停滞しつつある中で早期終了の目処が立ちつつある中……恐らく『ラビット・ハント』、最後の変数が起ころうとしていた。
「嘘だろ、おい……」
一夏はゲーム終盤までアクションを起こさなかった。まずこの『ラビット・ハント』のルール自体、一夏の性格上……受け入れ難かったからだ。
《狩人》が《うさぎ》を狩る。
字面だけ見れば歴史学の授業で古代の歴史でありそうな生活様式の履修として受け取られるだろう。だが、今回ばかりは違った。
コレは《うさぎ》と称された人間を殺すゲーム、だがその実態は《うさぎ》と《狩人》が殺し合うゲームだからだ。
生き残る為には《うさぎ》を殺さなくてはならない。然も一夏は『皆を守る力』と認識するISを使って、剰え逃げ回るしかない《うさぎ》を一方的に虐殺するルール……一夏の中の常識が根底から打ち崩されるような感覚を味わった。
——こんなの、間違っている‼︎ ISはこんな事に使われるべきじゃないだろ⁉︎
声に出して言い出そうが聞く耳を持つ者は居なかった。《狩人》の配役を与えられた他の生徒達は嬉々としてISを駆け《うさぎ》を殺し始めた。俗に言うミルグラム効果が展開されていたのだ。
しかも多感な時期であり、慢性的に抑圧された環境……。更には女尊男卑と言う感性も合わさり即座に起爆した。
この状況に納得のいかない一夏は全員で何とかしようと協力を呼びかけるも誰1人として同調しなかった。
——……『防腐処理』があるってのに、コレは酷過ぎるだろ……‼︎
暫く放心した後、それでも何とかなる筈だと、協力してくれる人を探す為に巨大迷路へと繰り出した。しかし、角を曲がる時に死体が転がっている時が見受けられた。
頭を撃ち抜かれた《うさぎ》。袈裟斬りに抉られた傷を残す《狩人》。死の間際に這いずったのか、床に白いモコモコを遺している《うさぎ》。頭部を斬り落とされた《狩人》。
『防腐処理』の恩恵で視覚情報の意味では幾分か見るに堪えられる光景だが、それが無ければ文句無しの地獄絵図としか言いようの無い光景だ。
『防腐処理』は腕や脚が斬り落とされようが、直ぐに止血してくれる。だが、不死身と言う訳では無い。心臓や脳が破壊されれば当然、死ぬ。
「既に、何人も……死んじまってる……‼︎」
一夏は死体を見るのは初めてだ。コレが真っ赤な流血塗れの死体であれば吐いていたかも知れない。『防腐処理』のお陰で、幾許かはマシではある。壊れてしまった縫いぐるみみたいな印象が出てくる為、精神安定上まだ堪えられる範疇だ。
——何とか、しないと……‼︎
せめて生き残っている者だけでも守らねば、その意志が今の一夏を動かしていた。白式ではなく打鉄である事は心許ないが、あるだけマシだ。
——どうする? 《狩人》から《うさぎ》を守れば良いのか? でも、《狩人》も同じIS学園の生徒だろ⁉︎ いや、考えても仕方ない‼︎ 《うさぎ》と《狩人》が争わなければ皆、生き残れる道を探せる筈だ‼︎
考えても仕方ない。兎に角、誰かを見つけて説得して争う必要性がない事を証明しなければならない。
コレだけ死体を見つけたのならば、もう《うさぎ》も《狩人》も人数が少なくなって来ている可能性が高い。せめて、生き残っている人達だけでも守らなければならない。
——まさか、もう全員、死んじまったんじゃ……?
そんな思いが脳裏に過ぎった時、生存している人間と曲がり角を曲がった瞬間、出会った。
「ひっ……‼︎」
開口一番、そんな悲鳴をあげられた。赤いハイレグのスーツに兎の耳を模したヘアバンド、バニーガール姿の《うさぎ》だった。二の腕に白い綿が溢れているのが分かり、恐怖故か焦燥し青褪めた様子で一夏を見るなり後退り、逃げ出そうとした。
「ま、待ってくれ‼︎」
「い、嫌ッ‼︎ 死にたくない、死にたくないのッ‼︎」
《うさぎ》の娘は聞く耳を持たず声を上げて走りにくそうなハイヒールを履いた脚で逃亡を図る。この状況に陥った今、誰とて《狩人》の言葉を信じようとしない。
「見つけたわ‼︎」
「ひ、ひぃ‼︎」
逃げ出そうとした先の曲がり角から別の《狩人》が姿を現した。《うさぎ》から見れば、前後から《狩人》に挟まれた構図。退路が塞がれた。
「……貴方で5人目。もう残りの《うさぎ》は少ないし、此処で死んでもらうわ‼︎」
《狩人》はそう言うや否や、ライフルの銃口を《うさぎ》に向けるや否や、発砲。
「……あっ、わ………‼︎」
頭を狙ったつもりだが少しズレたのか首元と言う致命傷に当たる部位に着弾。其の儘、貫通した。一夏の目の前で《うさぎ》が死んだ。
——めの、前で……死んだ……?
「やった、コレで5人目……‼︎ 後は時間になるまで待つだけね……‼︎」
「お、お前‼︎ な、何してんだよ⁉︎」
目の前で《うさぎ》が死んだ事により一夏は思わず声を荒げた。
「は? 何言ってんのよ、《狩人》は《うさぎ》を殺すのがルールでしょ?それに、5人以上殺さないと私達も殺されるのよ? だったら、《うさぎ》を殺して生き残るのが当然じゃない」
何の悪びれもなくこの『ラビット・ハント』におけるルールを告げた。自分が生き残る為に他人を蹴落とす、それは自然界や人間社会における普遍的な光景だ。何一つ、間違ってはいない。
「……それとも」
その言葉の続きは言えなかった。その《狩人》の娘の背後から大振りのノコギリの刃が袈裟斬りに叩き込まれ、前のめりになって倒れ絶命したからだ。
「やっと、見つけたわ……男性操縦者︎‼︎ ハエ見たいにチロチロ動き回りやがって……‼︎ 木偶の坊みたいに、突っ立ってれば良いモノを」
また別の《狩人》が現れた。だが、今し方殺された《狩人》とは雰囲気が大きく違っていた。明確な殺意が伴っていると言う点が違っていた。
「アンタみたいな奴に神聖で尊い存在であるISに乗っていると言う事実自体が間違っているのよ‼︎ ISは、女性だけに許されし特権なの‼︎ アンタもあの宵咲も殺されて然るべき存在よ‼︎」
咆哮染みた罵声と共にその《狩人》は一夏に向かって殺した《狩人》から奪ったライフルを発砲する。
「ッ⁉︎」
紙一重で一夏は身体をズラして急所を外した。
——な、何でいきなり攻撃されるんだ⁉︎ それよりもシールドバリアが働いていない⁉︎
世の中は女尊男卑社会だと言われている。しかしながら一夏はコレまでそのような境遇に遭った事は殆ど無かった。
それはやはりIS業界のレジェンドである織斑 千冬の存在が余りにも強大であったからだ。女尊男卑主義者から見れば千冬は神に等しい。それ故か、一般女尊男卑主義者は男性操縦者でありながら実弟でもある一夏に手を出し辛かったのだろう。
IS学園ではISと言う概念からやはり女尊男卑主義の生徒が一定数集まる。しかし、千冬の存在により手を出す事は出来ない。それは即ち世界最強と言われる千冬を相手取ると言う自殺行為に他ならない。生命的にも学生的にも社会的にも、本能的に出来ないからだ。だからこそ、IS学園では表立って行動は出来なかったし、一夏は知覚する事も無かった。
一夏の周りに専用機持ちが集まっていた事も大きいだろう。候補生と言えどエリート、一般生徒では勝ち目は無い。
だが、此処では千冬の庇護は存在しない。一夏を守るモノは何一つ存在しない。
「この世にIS男性操縦者なんてモノは必要無い‼︎ 此処でアンタは消え、世界から汚点が無くなる‼︎ アンタを殺した後で、宵咲も殺す‼︎ そうすれば……私は英雄よ‼︎ 世界は私達、女性を中心に回るべきなのよ‼︎」
弾切れになったライフルを投げ捨てノコギリを構え、死んだ《狩人》や《うさぎ》の死体をISの脚部装甲で踏み抜き一夏へと肉薄する。
——やばい‼︎ 武器が無い‼︎ 説得するのに武器を持って来ちゃマズいだろって思って持って来なかったのが裏目に出た‼︎
「死ね‼︎ 男性操縦者‼︎」
気付いた時には時既に遅し。
狭い通路の中では、横に躱す事は不可能。ならば前に突っ込むか後ろに退がるかしか無い。だが、一夏は高度技術である後方瞬時加速はまだ会得していない。
更に自身の専用機と違い動きが違う為に初動が遅れた。それが致命的であった。
沸騰する様な熱量が内部から溢れ出したかと思うと、視界がブレて意識が混濁。その刹那、視界が真っ暗になった。
女尊男卑も一種のミルグラム効果。