パチュリーの場合 〜冷静沈着なあの子〜
「パチュリー様ぁ〜。パチュリー様パチュリー様、パチュリー様ってば〜……」
「……何よ。さっきから
「パチュリー様が反応しないからですよぅ……」
「……」
神々の幻想郷襲来から、早くも既に1ヶ月は経過していた。あの事件の数日後に幻想郷に住み始めた堕天使2人は、ほんの少しずつではあるが幻想郷に馴染みつつある。
紅魔館のメンバーも何度かは顔合わせをした事もあるので既に面識はある。
あれから特に異変や事件も無く、のんびりとした平和を享受していた幻想郷だったが、紅魔館、否、紅魔館の大図書館だけは、ちょっとしたある事件に見舞われていた。
それは、聞く人によっては大した事の無い事件。しかし聞く人によっては驚天動地の大事件だった。
「今日もとうとう来ませんでしたね」
「……」
「一体何を考えてるんでしょう、エスカルゴさん」
「……」
「紅魔館には来ているのに、頑なに大図書館にだけ来ないだなんて、絶対おかしいですよ。いよいよ、本棚の管理番号も、アルファベット5文字!大台を突破したのに!漫画の種類も増やしたのにぃっ!」
何を隠そう、あの事件以降、俺は図書館に一歩も入っていない。まだ本人に理由は話せないのだが、パチュリーに合わせる顔がないと思ってるからだ。
「小悪魔」
「はいっ何でしょうパチュリー様!エスカルゴさん捕縛しますか!?引っ張ってきますか!?」
「黙ってなさい」
「……へ?な……何ですって?」
「『黙ってなさい』と言ったのだけど。もしかして聞こえなかった?その耳は飾り?」
いつになく厳しい言葉、いつになく冷たい声色、いつになく厳しい対応。
それらに加えて、この会話の間も、2人の視線が交錯する事は一切無く、パチュリーは、手に持った魔導書を真っ直ぐな視線で読んでいた。
しかし彼女の眉間にはマリアナ海溝のように深い皺が刻まれていて、流石の小悪魔も「まずいかも」などと一瞬だけ肩を震わせたくらいだった。
「な……あ、あーっ、そうか!そういう事ですねっ!ご機嫌斜めだからっ!」
「違う。エスカルゴ関連の話題を口にしないで、と言ってるのよ」
「……イラついてらっしゃいます?」
「………………別に。そんなワケじゃないわ」
「そー……です、か。分かりました」
嘘だ。明らかに嘘。小悪魔はそんなのを分かった上で、彼女の要求を飲んだフリをした。しかし全く納得のいかない小悪魔は、それから僅か数分後に、怒られるのを覚悟で話を切り出す事を決意した。
「……エスカルゴさん、最近全く来ませんね」
「だから何よ。ハーレム作りで忙しいんでしょう。良い事だわ」
「紅魔館に来ても他の子とエッチしてばっかりで、パチュリー様は勿論、私ともシてくれませんけど。そんなに『忙しい』なんて事、これまでに一度でもありました?そもそも紅魔館に来れてない場合ならありますけど、紅魔館に来た上で……なんてのは未だ経験がありません」
「で?」
「────私、我慢できません!こうなったらもうエスカルゴさんを引き摺ってでも連れてきますよ!私の事はともかく、パチュリー様を……愛する彼女を放置して何やってるんだって!首に縄を付けてでも連れてきますからっ!!」
「小悪魔。
「余計ってなんですか!?パチュリー様は、それでいいんですか!?この1ヶ月、会話は愚か顔すらも見せてくれないなんて!彼氏失格では!?」
「小悪魔っ!!」
「……っ!」
らしくない程に声を荒らげるパチュリー。そんなパチュリーは初めて見たなと、小悪魔は内心、悪い意味でドキリとしてしまう。
怒鳴ってしまったパチュリーは、申し訳なさげに小悪魔の立つ方とは反対方向に顔を向け、先程とは正反対にボソボソとした声で言葉を続ける。
「……いいのよ。これで、いいの」
「…………冷めたんですか?エスカルゴさんに」
「そんなワケないわ。今も好きよ。信頼もしてる」
「だったら!!」
「好きだし、信頼してるからこそ分かる。アイツは考え無しに私達
「分かってますよ。分かってますけど……でも……」
「今は待つ。それだけよ」
「……その割に大層イラついたご様子ですけどね」
「ええ。私らしくないと自分でも分かるくらいに、かなりイラついているわ。……彼の意図を読めない、私自身の思慮の浅さにね」
この1ヶ月、溜まりに溜まった彼女のストレスは明確にパチュリーへとダメージを与えつつあった。それは親友のレミリアすら気付けない程に小さく、身近で世話をしている小悪魔母娘にしか気付けないようなものだった。
「……パチュリー様。喉、乾いたでしょう。今、紅茶淹れますね」
「要らない」
「そう言ってもう2日ですよ。そろそろ『今日』も終わります。何も口にしていないじゃないですか」
「魔法使いは食事を必要としない。今更こんな馬鹿みたいに基本的な説明が必要なの?」
「それでも喉は乾きますよね?」
「……」
「1時間に1杯は必ず飲まれるパチュリー様が昨日今日と続けて何も飲まない……ハッキリ言って異常と言わざるを得ません。それに加えて怒鳴ったりして明らかにダメージになってますよ」
「五月蝿い。要らないと言ったら要らないの」
「………………そう、ですか。分かりました。もう私はこの件について……何も言いません」
「そうして」
◆
「……はぁ。今日もまたパチュリーには
「会いに行けばいいじゃない。エスカルゴってば、いつまでそんな事で悩んでるの?」
フランは簡単に言うが、俺の気分的にはそんな事絶対にできやしない。考えてもみてほしい。
パチュリーは、キャリア120年以上の魔法使いだ。魔法への理解が深いのは勿論のこと、研究だって勉強だって、これまでの人生の大半を費やしている程に勉強しまくっているのだ。
「だってよ……うぅ…………俺なんかがへカーティアのお零れに預かって魔術の神になるだなんて事、誰が予想できたんだよ……?外の人間共は頭おかしいよ、ヘカーティアの宣伝しかしてねーのに何で宣伝した俺が……広告塔だぞ俺は……」
対して俺は?魔法のキャリアなど長く見積ってもせいぜいが20年────パチュリーと比べるまでも無いというのは数字を見れば一目瞭然だろう。
だから魔法全体で言えば俺がパチュリーに勝てるはずもない。それが答えで、本来のあるべき姿だ。それがどうだろう、今は。
魔法
「────もしかして俺はへカーティアに変身して宣伝すれば良かったのか?」
「かもしれないね」
へカーティアが神としての力を失いつつあった時俺は外の世界に分身を飛ばしまくりへカーティアの宣伝をした。知ってもらい、微力ながらも信仰心を増やし、力を取り戻させる為にだ。
その時に俺は「へカーティアの配下」を名乗って顔を晒し、名を晒し、へカーティアの宣伝をした。今の俺がまだへカーティアに次ぐレベルに収まっているのは、恐らくは「へカーティアの配下」という部分の宣伝が効いたからだろう。
世界中に同時に現れた男────まさに魔法だと思われたとしても不思議ではない。あの後、結局、外の世界では「人外の存在、及び魔法という空想、幻想的存在を
「パチェは、エスカルゴが魔法の神になっても特に何とも思わないよ。まして悪い方になんて考えたりしない。そんなの、エスカルゴがよーく分かってるでしょ?」
「……分かってるよ、そんなの。これは俺の気分的な問題だよ」
「気分的な問題、ね。にしてもエスカルゴ、気配を隠すの本当に上手くなったね。今までのエスカルゴよりも魔力少なく感じるよ?」
「そか。それは特訓の成果だね」
「……エスカルゴ、強くなる為の特訓をするの、好きだもんね。信仰心?とやらで強くなるのは、あまり望んでないんでしょ?」
「ああ」
やっぱり俺自身が持つ神徳は、妊娠に関する神徳とかいう戦闘では使えそうもない神徳で良かった。戦いで強くなる為の、特訓が趣味でもあったのに、一気にこうして強くなってしまったら特訓するのに何の意味も無いじゃないか。
東大生は中学生レベルの因数分解の問題など自らやらない。ハーバード大生も中学レベルの理科など敢えてやりはしないだろうに。
それより高いレベルの事ができるのに、どうしてレベルを落としてまでそんな事をするのか?全く、やる意味が無いだろう。結局は、無駄な事なのだ。
もう今の俺は、パチュリーと同じく全ての属性の魔法を扱える。そのレベルとしては、分かりやすく言えば「天変地異クラス」の強さで扱える。
水属性なら、滝のような大雨も降らせられるし、風属性なら、巨大なトラックが吹き飛んで、鉄筋の建物が倒壊するレベルの強風すらも吹かせられる。火属性なら、火山が噴火する以上の火柱を上げられあらゆる物を焼ける。
「……エスカルゴ。もう、無理しなくていいんだよ」
「無理なんてしてねェ」
「嘘。無理してる。これまでよりずっと無理してるでしょ」
「してねェ」
「嘘だよね。ローテで紅魔館に来た時なんて、早くパチェに会いたくて堪らない、でもエスカルゴは、その考えのせいで自分からは会いに行かないから、パチェから自分の気を逸らしたくて、前よりずっとエッチばっかシてる。まるでセックスする為だけに紅魔館に来てるのかって勘違いしそうなくらいね。今だってそう────ねぇ、天子?」
「んっ♡ んぶっ♡ んぐっ、んんっ……♡♡」
「……テーブルの下では天子にしゃぶらせて、必死に考えを逸らそうとしてさ。……そんな事するくらいにパチェに会いたいなら、素直に会ってくればいい。どう思われようとバカ正直に。それがエスカルゴ、あなたなんじゃないの?」
「…………今の俺がパチュリーに……何を話せばいい。どう対応すればいい」
「『
「……。ありがとう、フラン」
散々フランからアドバイスを貰って、自分なりに考えをまとめた。そして天子を通常業務に戻らせ、色々と察したフランは席を外し、今の俺はテラスに1人きり。
覆い隠していた膨大な魔力を一気に解放。瞬間、紅魔館中が騒がしくなったが、レミリア、フラン、咲夜さんなどの「察した者達」がそれぞれの場所で声を張り上げ、混乱を鎮圧。
しかし────。
「はっ……はぁっ……はあっ…………」
「……よっ。どした、そんなに走って。らしくないぜパチュリー」
「………………ええ……そう、かもしれない、わね」
「とりあえず座りなよ。紅茶、パチュリーの分も、ちゃ〜んと淹れてあるからさ」
「……ん…………そうさせてもらうわ」
やはりパチュリーは頭がいい。察しもいい。俺が何も言わずに居ると、追求したりするのではなく、まるで何事も無かったかのように日常会話をする。
俺が大図書館に行ってない間に蔵書が更に増え、本棚の管理番号が4桁を超え5桁に到達した事や、小悪魔とここあ&シガレットの対決では双子が勝利してしまった事などなど……。
何気無い会話の中でパチュリーも察してくれたのだろう。俺が彼女達を遠ざけていたのはこの魔力、この新たに得た「強さ」を隠す為なのだと。
しかしこの後で、「魔力量が増えて使える属性も増えたとはいえ、応用力ではまだ負けないわよ」とパチュリーに発破をかけられ、「する必要が無い」などと高を括っていた魔法の勉強を、1ヶ月ぶりに再開することにしたのである。
もしかしたら、神のような存在とさえ思っていた天下のハーバード大生も、中高レベルの勉学などを嗜む瞬間はある────のかもしれない。