「……よう早苗、来たぜ」
「どうぞ中へ」
ある日、何やら深刻そうな早苗から呼び出された俺は、いつもの調子で守矢神社へ。早苗の態度は、どこか堅苦しくて────他人行儀に思えた。
居間に通されて、机を挟んで向かい合って座る。俺の前にあるのは淹れたての日本茶、更に茶菓子。まるで「他人をもてなす」ようなセットだった。
早苗の暗い声や表情から、俺でも色々察する事ができた。これはまずい、どうにかせねば……と。
「それで、話って?」
「まだるっこしい話はお嫌いでしょうから、もう、単刀直入に言わせてもらいます。エスカルゴさん、あなたの『宿泊ローテーション』から、守矢神社を外してください」
驚きはしなかった。いつかこうなる事は、もう、結構前に察してはいたからだ。しかし、こんなにもドストレートに言われるなんて思わなかった。
「……一応、理由を聞いても?」
「理由を言わなくてはならない程、愚かでしたか」
「め……めっちゃストレートに言う……」
「ストレートにもなりますよ。理由は勿論お分かりですね?」
「……」
「近親相姦と不倫の件。そうとだけ言えば、察して頂けますかね」
早苗は、いつになく真面目な顔をしている。もし今、少しでもふざけたら顔面に熱々のお茶をかけてきそうなくらいにはガチギレな顔をしている。
「……近親相姦についてはかなり前からだろ」
「ええ、そうですね。それに、当初は『仕方なく』みたいな雰囲気でしたから、百歩譲ってスルーすることにしていたんです。あなたの考えを読んでも、見て見ぬふりをしていました」
「……」
「それがなんですか、最近は。なんですか、アレ。あのザマは、何なんですか?自分から巫月ちゃんを襲って。霊愛ちゃんも。しまいには、霊麗ちゃんと執拗いくらいにアナルセックスしていましたよね。精神的にまだ幼いリサちゃん、緋月ちゃんと普通にセックスしてましたね?これのどこが『仕方なく』なんですか!?」
「……」
「全然そんな風には見えないんですけど!?アレをどう見て、どう解釈すれば、『仕方なく』になるんですか!?ノリノリでエッチしてたでしょうっ!?実の娘と!血の繋がりのある娘とッ!!」
「あの────」
「ここあちゃん、シガレットちゃんは分かります!魔力としての繋がりしか無いんだから、生物学的に考えれば親子の関係は一切ありません!言うなれば親子プレイをしているようなものですから!でも!巫月ちゃんをはじめとしてその他の子供達までってどうなんですかッ!?小悪魔さんだって『もし血の繋がりが有ったらエスカルゴさんを止めてる』って言ってたんですよ!?」
「……」
「生まれついての悪魔が!そう言ったんですッ!!あなたなんて、後から悪魔になっただけで元は人間なんでしょ!?悪魔になったからって、偉くなったつもりなんですか!?」
「ちが……」
「じゃあ!ただの犯罪者ですよッ!性犯罪者ッ!!知ってます?性犯罪者って刑務所の中でも最底辺の扱いを受けるようですよ?突発的に人を殺すような頭のネジが外れてる人間以下の存在なんですよッ!今のあなたはッ!!」
言い方はキツイと感じてしまうが、まぁ、これは早苗が正しい。正論だ。逆らう方こそバカだろう。甘んじて怒鳴られ続けるしかない。
「この際、ハッキリ言います。近親相姦は性的虐待ですよ。本人達が合意してようと第三者から見れば間違いなく虐待案件です。────もしあなたが、樹理愛の事も性的な目で見ていると思うと、もう、吐き気しかしません。尤も、現状、その気配は無いようですがね」
「…………」
「とりあえず近親相姦の件についてはこれくらいにしますか。では次に不倫の件です。何か釈明は?」
ヤバイ。もしヒビキに伝えられたら、またはもう伝えられているのなら────殺すしかなくなる。殺してこの一大スキャンダルを揉み消さなくては。
……誰を殺すかって?そんなモン、決まってるさ。俺が椛を手に入れるのに最大の障害になる者、だ。
「無い。早苗の知る通り。それが現実だ」
「……サイッテー……」
思春期の娘に言われるより、よっぽどメンタルにグッサリと突き刺さる。しかし何故だろう、涙など出ないし、不倫しなければ良かったという後悔の念なんかも全く湧いてこない。……最低だ。
「……よ」
「え?」
「こんな時くらい、ウソついてくださいよ……ッ!」
「!?」
「私、人間だった頃にあなたに言いましたよね!?
『あなたのそういう良くも悪くも正直な所が好き』
だって……言いましたよね!?」
「……ああ」
「でも、今回はッ……その正直さも悪すぎです……。お願いですから……ウソ、ついてくださいよ…………。誤魔化せないって分かってても、誤魔化してよっ!みっともなくしらばっくれてよ!!ウソついてよ!お願いだからっ!!」
バンバン、ドンドンと机を叩いて、半狂乱気味に泣きながら怒鳴り散らす。ズキリと胸の辺りが痛くなってくるが、俺に、早苗を慰める権利など無い。
「バレると分かってるウソついて!さっさと私に、あなたを嫌いにさせてよッ!!お願いだからッ!!この期に及んで、まだ私はあなたを想ってるのよ!もう嫌なのっ!最低だって分かってるのにあなたを嫌いになれなくて!好きなのに一緒に寝れなくて!一緒に卓を囲むことさえ胸が痛くて辛いのに!!」
「……」
「あなたの最低な部分を覗き見て、さっさと想いを断ち切ろうとしてるのよ!それなのに、そういう時ばっかり、他の彼女に優しく接してるあなたなの!デートプランを考えてたり!お土産を選んでたり!お忍びで子供達と外の世界に出掛けてたり!いつもいつもいつもいつも、いっつもそうなの!どこかの誰かを喜ばせようとしてるあなたが居るのよッ!!そこには、実の弟の嫁を寝取る最低なあなたは幻か何かのように存在してなかった!!でもあなたは、確かに椛さんと寝てるでしょ!?何なのよ!優しいあなたと最低なあなたとは別人なんでしょうっ!?二重人格にでもなってるんでしょう!?ねぇっ!?自覚ができていないだけで、あなたは二重人格者になってるんでしょ!?そうなんでしょうッ!?」
「……早苗が一番よく分かってるだろ。俺は……」
「イヤッ聞きたくない!!お願いだから認めてよ!椛さんとの不倫を認めるのなら、二重人格者だって認めてよ!!お願いだからっ!ねえってば!!」
「……。俺は、普通の精神の持ち主だよ。俺の心は、2つになんて分かれてない。少し病みやすいだけの普通の心。弟嫁の椛に恋する気持ちも、皆を大事にしたい気持ちも、どっちも本心だよ。だから……」
「ッ……ヤダ言わないで…………それ以上言わないで!私は────」
「俺のことが嫌いになったのなら別れよう。早苗の為なら、俺は我慢するよ」
「────っっ」
「……ごめん。こんなに苦しませてるぞって、本人が泣きながら言ってるのに……俺、まだ早苗が好きだ。子供まで作ったんだ、そう簡単に諦められないよ」
「ッ……」
「でも、いいんだ。それは俺のエゴ。早苗が、俺を嫌いになったら。早苗が『エスカルゴと別れる』と決めたなら、俺は、素直にそれに従うよ。今まで、悪かった」
「やめてよ……!『今まで』だなんて…………そんな、もう、私達は終わりみたいに、言わないでよ……っ」
「……俺との関係を今日で終わらせるつもりだから、人払い……神払いまでして、俺を呼んだんだろ」
「っ!!」
「気付かないと思った?建御雷はともかくとして、諏訪子や、神奈子様すら居ないんだ。樹理愛もね。里か兄弟姉妹のところに遊びに行かせてるんだろ」
「……」
「決心……してるんだろ。それならわざわざ早苗から言い出す必要は無い。言い難いのなら、もう俺から切り出すよ。その方が早苗としても気が楽だろ?」
「やめて……」
「早苗。今までありがとう。もう────」
「やめてって言ってんのよっ!!」
熱々のお茶が入った湯呑みを顔面に投げ付ける。酷く熱いが仕方ない。その気になれば当然のように回避できたし、結界やバリアなどで防御もできた。でも、今はそうすべきではないと思った。
「っ……ご、ごめんなさ……」
「いや、いい。俺はこうされるべきだ。……早苗は、どうしたい?俺はそれに従う。何でも言ってくれ。二度と顔も見たくないと言うのならもう二度と守矢神社には来ないし、俺が居るところに早苗が来れば俺は身を引こう。誰かとのデート中であってもね」
「そ、そんなの……」
「別れ話になるのは、覚悟してたからね。早苗は、あまりにも常識的過ぎたんだ。……俺とは、価値観が合わないらしい」
「────っ!」
「でも、ごめん。ハーレムの中心人物として、今更
『俺』は変えられないんだ。最低だけどこれが俺、これこそ俺なんだ。俺は、早苗に合わせられない。だから、ごめんなさい。合わないと思ったのなら、早苗から身を引いてくれると嬉しい」
「………………どうしてよ。どうして、こんなに、私を思いやってくれるの……?どうして、こんなに優しい人なのに、弟の嫁を寝取ったのよ……っ」
「分からない。単なる興味かもしれない。背徳感を楽しみたかっただけなのかもしれない。……或いは、大好きな大好きなフラン────初彼女のフランを夢の世界の俺自身に寝取られたあの『事件』への、ある種の復讐だったのかもしれない」
「……そうよ。あなた、フランちゃん寝取られた経験あるのに……どうしてそれを自分がやってるのよ!?それを分かった上で!!どうしてよ!?」
「負の連鎖。復讐の連鎖。良くないな。でも俺は、復讐肯定派なんだ。そこから何も生まれないなんて綺麗事を吐く物語の主人公は、ブチ殺したくなる。復讐することでしか得られない感覚は、ある。俺はそれを否定したくない。……早苗。椛を寝取った俺に復讐する為に……
「────ッ!?」
「いいよ、別に。それが早苗の復讐だと言うなら、それを受け入れる。その後で殺してあげるからね」
「な……ひっ……!?」
「早苗をじゃないよ。ヒビキだよ。言っただろう、俺は早苗が好きだって。……好きな子は殺さないよ。そんなヤンデレだかメンヘラだか、俺は、そういう男じゃないから」
「ッ……最低」
「……今更だよ」
「最低ッ!私が、ヒビキさんに抱かれに行くって!本気で言ってるのっ!?」
「そうしたいのなら自由にすればいいって話だよ。俺にそれを止める権利はねェんだ」
「だから!そうじゃなくてっ!!」
「?」
「私が!好きな人以外に自ら身体を差し出すって!そんなに尻軽な女に見えるのかって聞いてるの!!言ったでしょ!?こんな最低な事されて!こんなに最低な事を言われてるのに!まだ好きなの!嫌いになりきれてないのよ!!嫌いになりたいのに!まだあなたが好き!!あなた以外の男になんて死んでも抱かれたくないのよ!たとえそれがあなたの弟でも嫌なの!好きでもないのに身体を預けるだなんて、そんなの無理なのよ!!できないのよ!!」
「……じゃあ、俺を嫌いになってくれるよう、もっと最低な事を言ってやるよ」
「いいわよ!好きにすれば!?そんなことしたって無意味だから!暴力を振るわれても暴言吐かれてもそんなのあなたの本心じゃないんだって、それだけ分かってれば!見せ掛けだとわかっていればいい!それさえ分かってれば何だって耐えられるのよ!!そんなのも分かんないの!?」
「……」
「『嫌われる為にわざとこうしてるんだな』って!私にはそれが分かるのよ!あなたが苦しみながら、私にそうしてるって事も!全部全部、分かるのよ!だから無意味なの!だから、もし急に本心から私に暴言吐いたり暴力振るったりしたら!二重人格って証拠なんだから!!」
「!」
「どっちにしろ詰んでんのよあんたは!!女の恋心舐めんじゃないわよ!バーーーカッ!!マヌケ!!女泣かせのクズ男!!バーカバーカッ……ううっ……ばかぁぁぁああぁっっ!うわぁぁぁん……」
まるで子供のように喚き、泣き出す早苗を前に、俺は足の痺れすらも感じる間も無く項垂れる他に、できることなど無かった。
「……ごめんなさい。あなたがそういう浮気者だって知った上で、私もハーレムに入ったはずなのに……」
「あの頃は……浮気はしても寝取りとかそういうのはしてなかったから……」
「……ええ。そうですね。……だから私達は、一旦、距離を取るべき。そう……するべきです」
「……」
「冷静になる時間を下さい。まだ、気持ちの整理が付かないんです。何度も言いましたけど……あなたのことはまだ好きなんです。人間から神になったのも後悔なんてしてません。樹理愛は可愛いですから。どうあっても、あの子だけは、ファザコンになんてさせないんですからね」
「ああ……そうしてくれると助かるよ。だから俺は、あの子の育児は殆ど手伝ってない。
「そう……ですね。茜ちゃんといい樹理愛といい……あなたから離れた子ばかりが『普通』に育ってる」
「……否定できねーわな……」
「ふふ、そうでしょ。穹ちゃんとかだって他の子に比べればあなたと触れ合っている時間は短いですし私の仮説もあながち間違ってないのでは?」
「かもな。同じ理系の者として、そんな筋の通った仮説をすぐに出せるのは尊敬するよ」
「ふふ…………。気持ちも落ち着きましたし……少し、ゆっくり話しましょう?」
「ああ、そうしよう」
それからは互いに怒鳴ったり泣いたりする事無く冷静に話し合いをした。
結論としては、一旦ローテーションから外して、早苗の心の整理がつくまで別居という形にする事で合意した。早苗との娘・樹理愛への説明は、早苗、諏訪子、神奈子様に任せる事にした。
俺の浮気については、「今更そんな事を気にする私の方が視野が狭くなっていたかもしれない」と、少し常識外れな答えが出た。ただし、絶対ヒビキにバレないようにと、強く強く釘を刺された。もしもバレたら私達の関係も解消するかもしれない、と。
そして近親相姦については早苗から「他の家庭に首を突っ込まないようにします。ただし樹理愛には手を出させません」という事で一件落着。
俺から早苗に譲歩した事といえば、彼女の要求を飲んで、ローテから外した事くらいだろうか。
どうやら俺は、まだ彼女に苦労をかけるらしい。
そして次の日、今度は諏訪子から呼び出された。