「やぁやぁエスカルゴ、2日連続で悪いねぇ」
「ん。……早苗達は?居ない……のか?」
「神奈子も含めて、皆に出てってもらってる。今はエスカルゴと私の2人きりさ。久しぶりだね♡」
「……」
早苗と話し合った後から、諏訪子から「明日同じ時間に守矢神社に来るように」といった呼び出しを受けたから来たのだが、やはり嫌な予感がするのは隠せない。
「大丈夫だよ、昨日の早苗じゃあるまいしさ。急に怒鳴ったりなんかしないよ。寧ろ慰めたくてね」
「……ごめん、諏訪子。今、守矢神社でそういう事をするつもりにはなれそうになくて」
「おいー、勘違いしてるぞーう。私だって、そんな精神状態のエスカルゴを、よりによって
「……」
「警戒しすぎだってば。分かったよ、もう。縁側でお茶でも飲みながらお話しよっか」
カエル座りから「よっこらせ」と立ち上がると、大きな袖をフリフリさせながら神社内に引っ込む。ここまで徹底的に人払いされていると、神社とは、寂しいくらいに静かになるものらしい。
風に揺らされサラサラと音を奏でる木の葉、浅い水溜まりで身体を洗う小鳥────。最近は戦いに破壊に女にと忙しくて、自然に目を向ける事など、減りに減っていた気がする。
久しぶりに諏訪子とのんびりするのも悪くないのかもしれない。
「お待たせ〜。ほらほら隣空いてるよん。おいで、のんびりしようじゃないの」
「……うん」
諏訪子は足をプラプラさせながら隣に誘う。俺は彼女の誘いに乗り、翼をできるだけ小さく折り畳み彼女の隣に腰を下ろす。すると諏訪子はすぐ身体を俺に預けてきた。
「昨日は
「……早苗は心の整理がしたいって言ってたからさ、そっとしといてやれないかな……?」
「まぁね。でも『鉄は熱いうちに打て』とも言う。冷ましちゃいけないときも、あるにはあるんだよ。それが今回ってだけのことさ」
小さく頷いて、境内に集まる小鳥達を見つめる。水浴びを終えた者から順に飛び立ち、上空で仲間と待ち合わせ、隊を成し、飛んでいく────。
「多分ね、早苗は────あの子は、神になるべきじゃなかった。正直、私は、後悔し始めてるよ」
「……オイ、諏訪子。そいつは聞き捨てならねーよ?そいつぁ、いつか早苗を死なせるって事になる」
「そりゃ人間ならいつかは死ぬさ。エスカルゴこそ忘れちゃいないかい?私にとって早苗は『子孫』。
『子供』じゃあないんだよ。私から早苗の『間』の子孫は、殆ど死んでるんだよ」
「まぁ……な」
「寿命だの事故だの病気だのと、死因は実に様々。老衰で死ねた子なんてどれくらい居たかな。いや、居なかったのかもしれないね。老衰っていうのは、本人にとっては一番平和で、それでいて、一番到達しにくい結末だと思うんだ」
「……」
「
「……人間の血……」
「早苗は、神になるには
「それはちょっと言い過ぎでは……」
「言い過ぎなもんか。この日本を創った伊邪那岐と伊邪那美は兄妹なんだろ?多くの神話では、世界の有名な神話でもそうだ。中国神話なら
諏訪子が他国の神話や聖書知識を持っているのは俺の受け売りだ。俺がそういった類の書物を好んで読んでいるので、それを覗き見た諏訪子もそういう知識を得ていく……。
「アダムとイブは血の繋がりは無いらしいけど……。もしくは性別が違うだけでクローン扱いでは」
「じゃあそのアダムとイブの子供達だ。人類の祖がアダムとイブならば、アダムとイブの子供達が近親相姦で子を成し、増え続けた事になるよね?」
「まぁ……うん、そうね」
そういえば、現存する吸血鬼の始祖のモルモーも兄貴だったか親父だったかと交わったんだったか。親子、兄妹、姉弟だとか、そういう違いはあるが、近親相姦は神話、神ならタブーでも何でもないと、諏訪子はそう言いたいらしい。
「神は人間を作った。人間とは、神の下位互換だ。
『下位互換の持つ常識』を『上位互換』に当て嵌めそのくせ勝手に怒る。言い方は悪いように聞こえるだろうけど、早苗のあの行為はまさにそれなんだ。全くおかしな話だよね、当の早苗はとうの昔に人間じゃないのに。『常識に囚われてはいけない』のは幻想郷なんかじゃない。……我々『神』なのにね」
「……本当なら俺は、ここで諏訪子に逆らって早苗の味方をしなくちゃいけないんだろうな」
「……」
「でも無理だわな。頭では分かってても、今の俺の状況や考え方……どう考えても諏訪子の言う『神』に近いからな。俺にはもう、どうこう言えないや……」
「仕方ない事だよ。実際、人間達の信仰心を集めてまさに神に近付きつつあるしね。今のエスカルゴは昔の早苗、言うなれば現人神に近いんじゃないの?漢字で書くなら『
「ハッ。俺はいつまでも吸血鬼だよ」
「それはどうかな。
「………………」
「そう、元人間。精神も人間的だったのに、一体、いつからかな。他者の命を奪う事も、色んな意味で好き勝手に振る舞うようになったのも、普通の事と考えるようになったのは。それとも『まさに悪魔』だなんて、『悪魔な自分』に酔っているのかな?」
「……かもな」
「いいや違うね。酔ってるんじゃなく、本心だね。もう人間のエスカルゴはとうの昔に死んでるのさ。こうして今を生きているのは、人間のエスカルゴの記憶を持つだけの、悪魔のエスカルゴだ」
それを言われると弱い気がする。だって諏訪子にそう言われたなら、反論の余地なんてないからだ。俺自身そうだと思っているし、反論の根拠も無い。
「いつになるか分からないが、次に生まれるのは、悪魔のエスカルゴを呑み込み、人間と悪魔の記憶を受け継ぐ『神のエスカルゴ』……かもしれないね」
「……やめてくれ。俺はいつまでも今の俺だよ」
「そう在りたいと願ってれば、そうなると思うよ。自分の願いを叶える、それがエスカルゴじゃん」
「うん……」
「不倫だって神話では日常茶飯事だ。神は寝取る。普通に寝取るさ。ゼウスなんて、自分の娘でもありハデスの嫁であるペルセポネとエッチしたでしょ?これだけで近親相姦と不倫のダブルコンボじゃん。しかも父と娘の近親相姦は今のエスカルゴと同じ。やっぱエスカルゴ、どちらかと言うと神だねぇ……」
「……」
「何でも叶えてきたエスカルゴだもの、これからもきっと何でも叶えられるさ」
「……うん」
ああ、慰められてしまった。神と俺では、まるで違う存在だというのに。それが普通なのだと言われ心底安心している自分が存在している。
たとえ早苗に認められなくても、諏訪子さえ俺の味方をしてくれているなら────嫌だと思いつつ受け入れてしまいそうになる。
「まぁ、その『願いを叶える』のも────まさに
『神』の行いなんだけどね♡」