調査前の……
「お……?おはよー、れーむ……もう掃除してんの?
ふぁ〜、ねっみぃ……今日は早起きしたん……?」
「もう10時過ぎよ。アンタが遅起きなだけ」
「あーそっか……昨日は酒飲んだしな……」
「昨日はいつもより酔いも軽かった気がしたけど、それでも長く寝てたわね」
「みたいらね……ふあぁ……はふぅ……」
「赤ちゃんみたいに大きな欠伸だこと」
宴会翌日。俺はちょっぴり具合が悪いが、死んでリセットする程でもないので、水を飲んで、適当に身体を休める事にした。たまにくらいこんな時間があってもいいだろう。
幸いにして今日は特にデートの予定もない上に、誰かと何かをする予定も予約もない、空白の1日。忙しい日々の骨休めには、うってつけだ。
「子供達は霊子以外グロッキーよ」
「あ〜子供部屋からゲロゲロ音聞こえたよ。立派な二日酔いだなアレ、クソ笑える。で、その霊子は?アイツ飲んでなかったろ」
「わざわざ言わなくていいから。……霊子は朝イチで魔界に遊びに行ったわ。妹の方のアリスに、色々と魔法を教わりたいんだって」
「アリスよりは恋夜、いやパチュリーや小悪魔達の方がいいんじゃねぇかなぁ……。アリスは属性魔法の使い手で、その点、恋夜は無属性魔法を鍛えてる。まぁ、叔母との交流もたまにはイイもんだよな」
「それくらいのことが分からない霊子じゃないし、効率ばっか求めてないって事でしょ。成長したわ」
「ふぅん。霊子は効率厨じゃないってことか。ま、それも良し、だな。正解は1つじゃねェからな」
(こーりつちゅー……って、何かしら?)
境内の掃き掃除をする霊夢を肴に、縁側に座って水を飲む。後ろから、時たま嗚咽音や嘔吐音などが聞こえてくるが、そんなの聞こえないフリだ。もうあの子らもそれくらい1人で出来る。いつまでも、赤ん坊じゃない。
「……それで、どうすんのよ。今日から探るの?」
「紫さんは『待つ』って言ってたが、どうもなぁ。俺にゃピンと来ねーのよ。警戒するというよりは、こっちから相手さんに接触を図った方がいいような気がするんだよね」
「そうよね。でも紫があんな消極的な判断したのがどうも引っ掛かって仕方ないのよね。エスカルゴに一任しそうなモノだし。アンタの女
「それに関しては、な」
「認めんのかい」
「妻の霊夢が認めてんだ、認めざるを得ないだろ」
「はぁ……。じゃ、探るのね?」
「ああ。とりあえず接触したら相手がどう出るか、行動のルートを構想中だよ」
「妄想中、の間違いでしょ?」
「……ぷはー、創造した水も美味しいものね……」
「否定しなさいよ」
「否定出来ねーから否定しねーんだよ」
「でしょうね」
とりあえずこちらから接触した場合、相手の出方としては、少なくとも3つのルートが考えられる。出来るだけ「考えうる限り最悪」なルートも考えておいて、すぐに対応できるよう、備えなくては。
「そんじゃ、早速だけど里に行ってくるぜ」
「今日は人間に変装して行けば?」
「ん?なんで?」
「恐らくその相手、ある程度はこの幻想郷について調べてから侵入してきてるわよ」
「!」
「そいつは、霊愛に特別な気配を感じたからなんて言ったらしいけど、それは十中八九、嘘よ。霊愛は次期博麗の巫女。偶然にしては出来すぎてるわ」
「……するってーと、霊愛は次の異変解決屋だから、偵察の意味も込めて……みたいなモンっつーこと?」
「だと思ってる」
「それは『勘』か?それとも『推理』か?」
「勘よ」
「OK、素直に従う事にする。魔術『
俺がこの数日で、この魔法について変わった事と言えば、遂に完成版を会得した、という事だろう。モシャスはドラクエに登場する魔法。変身する者の技は勿論の事、ゲームによってはその他ステータスなんかもコピーできるという割とチートじみた魔法なのだが、それを特訓オタクの俺が使うと……。
「……気配も人間なのね」
「魔法を使った気配は感じ取れる?」
「ううん。私にも分からないわ」
「良かった。……今の俺は紛れもなく人間だ。肉体の強度もね。魂が主体だから『不老不死』という事を除けば、体力も含め、まさに全てが人並み。死ねばリセットされるからそれは変わらないんだけどね」
「徹底してるのね。瞳の色も黒じゃないの。いや、焦げ茶色……?」
「日本人は黒〜焦げ茶色、薄くても茶色が主だし、これくらいが丁度いい」
「そこまでするとは思わなかったわ」
「半妖状態の霊愛は肉体強度こそ人間離れしてるがそれ以外は人間だぜ。そんな霊愛から悪魔の気配を感じ取るだなんて……ハッキリ言っておかしいしな。だから今回はトコトン徹底することにしたよ」
「霊愛の正体を見抜いたのは、そうね。それは私も思ったわ」
「だから今回は完成版モシャスだ。いつもみたいに
『見た目だけ』の未完成版モシャスは使えないな。博麗神社から里まで歩くのはダリィが……気配が急に変わったら怪しいから、出発地点で変身したよ……」
「頑張りなさい」
「うん、頑張る……。行ってきますのチューして」
「アンタ酒臭いからイヤよ」
「そいつはお互い様だろーが」
「フフッ……」
結局、髪を掻き上げ、そっと唇を重ねてくれる。やっぱりほんのり酒の匂いがするが、唇が柔らかいから、そんなのはどうでも良くなる。
「じゃ……行ってきます」
「気を付けてね」
「おーよ」
近年になって、幻想郷における俺の「役割」が、少しずつではあるが、明確に確立されてきたような気がする。即ち「博麗の巫女が出動しない、またはできない事件の解決、及び封殺」────。
まぁ、
霊夢と俺で、幻想郷での事件は表からも裏からも解決される事になる。最高の夫婦かもしれない。
「帰ってきたらヤろっか」
「今日で解決したら、ね。アンタ今日は夢幻館の日でしょうよ。あまり遅くなっちゃうと、幻月と夢月うるさいんじゃない?」
「ノーコメント」
「フフッ、ほら、さっさと行きなさいよ。夢幻館に行く前にヤリたいんでしょ?」
「はーい」
逸る息子を深呼吸でどうにか押さえ込んで、俺は博麗神社を出発、トコトコと里まで歩く事にした。里では「便利屋・坂田ヴァルゴ」を名乗っているがあの姿だと瞳は紅色のままか。……まぁいい、それは里人と話す時にカラコンを創造し装着すれば、一応対策できる。
「はぁ……疲れた。…………こりゃ博麗神社に参拝者が来ないのも納得だ」
ここからはいつも通り、足で動くのみ。いつものように、聞き込みだ。近くの人間は勿論、その辺の付喪神だとか、貸本屋の小鈴、自警団連中。妹紅や慧音が居れば、彼女達にも探りを入れる。
夕方になれば鯢呑亭が開店するので美宵ちゃんに聞いてみるのもアリだろう。居酒屋は酔っ払い共の集う場だ、どんな情報が飛び出すか分からない。
「────とりあえず朝飯兼昼飯……食うか」
起きてから何も食べず、水しか飲んでいないのに里まで徒歩で来るというのは、中々に疲れる上に、馬鹿げた行為だ。昼時の少し前なので飲食店はまだ混んでないはず。
赤蛮奇の顔を見る為にというのもあるが、彼女の働くいつもの食事処へ向かう事にした。
「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」
「1名だよ」
「空いてるお席へどうぞ〜」
変装を見抜いてもらえなくて悲しむべきなのか、それとも、俺の変装のクオリティが上がっていると喜ぶべきなのか、よく分からない。
「こちらお通しでーす」
「ありがとう。いつ見てもばんきちゃん可愛いな」
「ありがとうございますー、では注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「……え?」
「……?どうかされましたか?」
「あぁいや、なんでも」
「??」
いつもなら「うっさい……」とか、「バカ」とか、照れながら言うはず。それなのに今のはどうした事だろうか。「ありがとうございますー」と、笑顔を崩さず軽く流された。
「……安心したよ」
「何がですか?」
「ばんきちゃん、やっぱ良い子だ」
「?……ありがとう、ございます?」
「彼氏以外にはあくまで店員としてしか接しない。褒め言葉も華麗にスルー。彼氏も喜ぶんじゃない?自分の彼女がそういう子だとさ」
「だと……良いんですけどね。アイツ…………誰よりも嫉妬深い事で有名なので。嫌われたくないし、嫉妬してほしくもないし。でもありがとうございます。お客さんからの褒め言葉も、素直に嬉しいですよ」
「そう?なら良かったんだけど……サ♪」
「あッ……!?」
ウインクし片目にだけカラコンを創造してやると全てを悟ったらしい赤蛮奇は、動脈血のように顔を鮮やかな赤に染め、パクパクと口を開閉している。
「いやぁ〜めっちゃ可愛かっ────」
「死ねェッ!!」
「ッ!?」
手に持っていたお盆を思い切り振り下ろし、俺の頭を一撃ノックアウト。俺がエスカルゴと気付いてやったんだろうが、残念ながら今の俺の肉体強度は本物の人間である。
赤蛮奇が「吸血鬼を殴る勢いで」殴ってしまえば人間は死ぬ。残念ながら死んだ俺はリセットされ、その場で吸血鬼として蘇生した。
「おいおいおいおい赤蛮奇ちゃん何やってんだい!お客様に────って、エスカルゴさんかい!全く、痴話喧嘩は構わないが、せめて業務時間外にやっておくれよ〜?」
「す、すみません店長……」
「そうだぞ、ばんきちゃん」
「お前が言うなっ!」
バシンと可愛いビンタを喰らう。周りの客達にも軽くウケたようで、「いいぞー」「やれやれー」と笑いながら声を飛ばしてくるくらいだ。周囲からも受け入れられていると、ちょっとしたトラブルなら軽く流されるからいいものだ。
◆
「────で?わざわざ人間に擬態して、何の用?私の様子を見に来た……のは、ついででしょ?」
「かな?案外、それがメインかもしれねーぜ?」
「無いね。何かを探ってる風だった。気配も人間と感じるくらい完璧な擬態だったよ」
「人間と接してるばんきちゃんには、完璧に人間になりきらなきゃバレるからねェ」
「誤魔化さないで。────この前の謎の男の子と女の子の件みたいに、何か探ってるんでしょ?」
彼女の言う「謎の男の子と女の子」とは俺の子、五男の恋夜、十四女の綺愛羅の事である。あの時もこうして調査に来たついでにこの店に立ち寄った。彼らを認知する前の話だ、懐かしい。
「……単刀直入に言う。『人間らしくない人間』を、3人程度、目にした事はないか?つい昨日、霊愛が里で出会ったそうなんだ。夕方頃の話だそうだ」
「人間らしくない……人間?馬鹿みたいに力が強い、足が速いとか、そういうの?」
「うんにゃ、若い女なのに白髪で、和服じゃなく、レミリアみたいな
「へぇ、若者なのに白髪……。確かにそれだけ聞くと人間らしくはないね。里の人達は普通に黒髪だし、居たとしても茶髪だもんね。あれ、だけど人間にも突然変異とかってのは有り得るんだっけ?」
「有り得る。霊子みたいなアルビノの可能性もあるだろうと思うけど、3人は無いだろう……。ましてや髪の色だけらしいし。つーかそんな子が産まれたら里で話題になるだろ。だから侵入者なのは確定だ、ばんきちゃんもその線で洗ってくれ」
「分かった、お客さん達に聞いてみるね」
「頼む。何か分かったらいつも通り……」
「
「さっすが。頼りにしてるよ」
「はいはい。で、ご注文は?」
「ばんきちゃんの愛情マシマシ、ニンニク山盛りのスタミナ定食でお願い」
「ニンニク山盛りのスタミナ定食ね、分かった」
「前半抜かすな、それ大事な部分だぞ。ニンニクを克服してるとはいえ、愛情マシマシでないと、味は半減するんだぞ」
「昼時のお客さんが多いときに『
そのセリフ、反対に「お客が少ない時なら」と、自分で言ってる事になるのだが、いいのだろうか。俺が教えた、萌えメイド風の「おいしくなぁれ」のアレは、やはり可愛い子なら誰がやっても可愛い。ウエイトレス姿の赤蛮奇なら尚更だ。間違いない。何度見ても飽きないのだから。
「ケッケッケッ、ばんきちゃんに吸血鬼状態の俺を殺せるのかなぁ?逆襲されてアヘるのがオチだからやめとけ、やめとけ♡」
「……はぁ、ほんとバカだね。呆れるよ」
「俺もだよ。照れまくるばんきちゃんが可愛過ぎて呆れてモノも言えね……イテッ」
「さっさと食べてさっさと調査行って。……3日後、私、休みの予定だから」
「!」
「でも勘違いしないで。デートの誘いじゃなくて、買い物の荷物持ちしてもらいたいだけだから」
「ツンデレのテンプレのセリフ頂きました〜っと。録音させてもらったよ、俺のこの脳ミソにね」
「………………」
冷たい視線、呆れるような溜め息。これでこそ、里に住まう彼女、赤蛮奇。これからも推して推して推しまくろう。地下アイドルを推すオタクの如く。そして、推しのアイドルの握手会に行く為にCDを買い占めるオタクの如く。
それから俺は赤蛮奇によって運ばれてきた定食を味わいながら最速でかっ食らい、今更姿を隠しても仕方ないと開き直って、変装せず調査を開始した。
そして、「何か大事な事」を忘れているのに俺が気付いたのは、その次の日の事であった。
頑張って神社から人里まで歩いたのに、その努力が一瞬で、しかも、赤蛮奇の手によって無駄になったエスカルゴ、可愛いね。とりあえず殴られろ。