これは、私が人里で号外を配っていた時のこと。
突如、私の目の前に正円のスキマが開かれたかと思うと、大きな手が真っ直ぐニュッと伸びてきて、私の胸ぐらを掴み……。
「ひゃわわわわっ!?」
気が付いたら、妖怪の山近くの上空に誘拐されてしまっていたのです。
目の前には私の胸ぐらを掴み、目を血走らせて、顔面にも腕にも血管が浮き出ている父上と────その背後に白狼天狗、鴉天狗の一団に、骸骨2人、悪魔のような天使のようなよく分からない生物が、これまた大勢……ざっと2000人は控えていました。
「よォォ……穹ぁ……!!お泊まり中だったよなぁ?紅魔館を出て……なぁにやってんだぁ……?」
「え、えへへへへ……や、やだなぁ父上ぇ…………ただ新聞を配ってただけですよぅ……」
「霊夢が浮気したとかいうクソみてぇな嘘の記事をバラ撒いてかァ?嘘のニュースで人間共を踊らせて楽しかったかよ?オイ?」
「え?」
「大方、
「!?」
「妻が旦那とキスした、それだけの話だ。それで、霊夢が浮気しただァ?新聞書き舐めてんのか……!?オメーよぅ、穹ァ。いつも文に止められてたのに、まだ理解してなかったのか?なぁ穹、お前、身内のスキャンダル報じるのもええ加減にせえよゴラァ!まだ文の説教の意味が分かってねェのかァッ!?」
「ひっ……」
「お前は『勉強のできるバカ』かッ!?俺も文も、お前をそんな天狗に、記者に育てたつもりはねェ!一体、何を考えてあんな記事を書きやがったッ!?しかもあの写真自体は数ヶ月前のモノだろうがよ!記事としての新鮮さも何もねェし、信憑性もねェ!それで人間達が穹の記事を読んでクソバカみてぇに踊らされて!今や、霊夢の里での評判は『女遊びの激しい旦那への当て付けに自分も浮気する妻』だ!ふざけてんのか?なァ、オイ、穹ァッッ!!」
そこまで一気に捲し立てると、フーッ、フーッと息を荒くして私を突き飛ばした。そこまで言われてやっと気が付いた。これまで、密かに、丹精込めて書いていた私の記事の全てが間違っていたことに。
「これは『罰』だ、穹。他人の名誉を冒涜する事の罪深さを思い知れ。そして訂正の記事を即座に書き発行し、里の情弱なクソ人間共に頭ァ下げて謝りに行くんだな」
「!!」
「お前らァ!!
「ひぃいっ!?」
父上の合図で天狗、天使悪魔が一斉に、私の方へ向かってきた。流石にまずい、あの人数と戦う事になったなら私もタダでは済まないのは明白。
とりあえずここは逃げるが勝ち──そう判断した私は自前の能力である《加速を操る程度の能力》と母上から継いだ《風を操る程度の能力》を併用し、超加速。────しかし。
「ぴぎゃっ!!」
加速しきる前にビタン!と半透明な白っぽい壁にぶつかってしまいました。父上の霊力が薄らとだけ感じられます。
そういえば、話にだけ聞いたことがありました。
1つ上の姉上が生まれて間もない頃、
そして、その時に使用されたフィールドが、この超巨大結界なのだと────!
「追い詰めたぞ、射命丸の娘!」
「これだから特別扱いし過ぎるのはダメだと何度も進言してきたんだ!」
「大人しく観念するがいい!」
「ッッ……うるっさいですねぇぇッ!生産的な活動を何一つしないのに!自分が特別扱いされないからと子供相手に嫉妬ですか!?ああ見苦しい!」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
「誰がガキに嫉妬なんざするか!」
「お前は調子に乗り過ぎたんだ!!ちったぁ母親を見習ったらどうだ!?」
「射命丸は、特別扱いされながらも最低限の義務は果たしているぜ!」
「もういい、やっちまえー!!」
うおおおおおおおおっっ、という怒鳴り声と共に飛び込んでくる天狗達。天使悪魔は天狗よりは遅いようで、まだまだ後方に控えている様子。ならば、まだ対処の仕様はあるはず────。
「風符『圧縮砲』ッ!!」
◆
ようやく、鴉天狗達に追い付いた。どうやら穹は初っ端から結界の隅に追い詰められているようだ。
手の先で空気を圧縮し、見えない空気弾を放つ。弾幕や剣戟を回避しながら弾幕を放ち攻撃するも、穹のあのスペカは手を向けた先にしか空気弾を放つことが出来ないのが最大の欠点である。
「Sans、Papyrus」
「*はいよ」
「*はいッ!」
「それぞれ青とオレンジのブラスター、用意」
「「*ラジャー!」」
そしてシエルとルビー以外の堕天使達にも攻撃に参加してもらう。鴉天狗の包囲網と堕天使の包囲。如何に穹の速度だろうと逃げ場はない。
穹の真骨頂はあくまでも最大速度。妖舞や霊魔のような「初速」ではない。穹と妖舞と霊魔は揃って
「速度」が持ち味ではあるが、その内容は違う。
妖舞は初速、霊魔は初速と連続性。そして穹は、安定した最大速度という、大きな違いがあるのだ。
「『グリゴリ』、行けェッ!!」
穢れに塗れた弾幕が穹を襲う。そこに白狼天狗も遅れて俺達に合流。図らずも鴉天狗が第1団、俺や堕天使が第2団、白狼天狗が第3団のような形式になったようで、穹も、疲労が増す毎に弾幕の密度が濃くなるという風に、かなり、苦戦させられているように見える。
「お義兄さん、流石にやり過ぎです!この人数差で穹ちゃん1人を攻めるなんて!」
「大勢で罵声を浴びせるよりはマシだがね。それに穹のヤツ────まだ謝罪してねえ」
「え?」
「この戦いを始める前に、わざとお喋りして、頭を働かせる時間を稼いでおいてやったってのになぁ。間違った事をしたと自覚していないのか、それとも自覚していても謝ったら負けだと思っているのか。あァ、俺みたいのが父親だからってのはナシだぜ。殆どの子供達は、こんな俺が父親なのに、間違いを咎めたら謝れる子供だから。────いや、まさか穹がな────やっぱり、甘やかしすぎたのかな。少し……悲しいね」
「……だからってこれは……」
「よく見な。穹のヤツ、既に数百人近くから一気に弾幕を浴びせられてるっつーのに全く被弾しねえ。見たところ、せいぜい
「え」
「山の天狗達は、弾幕をあまり鍛えてないからな。椛だってスペカは3枚くらいだったろ。そして穹は我がエスカルゴチルドレンの三女、弾幕ごっこなど幼少の頃からお手の物。まぁ、エリート教育っつーヤツだろうね。育った環境が良かった────が、それがまた原因でこうなったんだよ」
「……」
「そして、このマンネリ化した戦闘にちょっとしたスパイスを────。構えろSans、Papyrus」
「「*じゅんび OK!」」
「────
「「*スペルカード はつどうっっ!!!色彩『万華は闇に呑まれる』ッッ!!」」
味方をも巻き込んで、サンズの青ブラスターと、パピルスのオレンジブラスターが放たれる。青は、動いていなければ被弾しない。オレンジは、動いていなければ被弾するというもの。
堕天使と天狗達をも巻き込み、2人のレーザーは穹へ向かって真っ直ぐ突き進んでいく。
「これで終わりだ穹ァッ!!永劫続くような悪夢の中で、1人寂しく反省会を開いてなッ!!」
「レーザー攻撃が来るのを待っていましたよぉっ!
『絶対の
「────っ!?」
全ての攻撃を跳ね返すという、穹のスペカの中でとびきりチートじみた技が使用された。これまで、ろくなスペカを使わず回避に徹していたのは、俺がじれったくなって一気にトドメを刺そうとするこの一撃必殺系の攻撃を放つのを待っていたのか。
ならばそれで構わない。どうせ天狗も堕天使共も雑兵に過ぎない。サンズとパピルスのこれらの技は決して致死性ではないので、気絶はするだろうが、死にはしないし、死にかけもしない。
「────スキマ回避しかねぇかな」
「!!」
極太のレーザーにしたのがいけなかったようで、穹に当たった骨兄弟の2色が混ざったレーザーは、極細のレーザーに分割され、天狗やら堕天使やらにそれぞれブチ当たっていく。
俺のスキマでガードできたのは俺自身と骨兄弟、それから椛と楓と将輝、シエルとルビーなどの俺の傍に居た者と、咄嗟に陰に隠れた鴉天狗6人だけ。
「エ、エスカルゴさん、何ですか今の!?」
「……動いても動かなくても被弾判定になる、まさに必殺技と言えるチートな攻撃さ。だが、防ぐ方法はあるんだ。結界ですら防げないあのレーザーの加速自体を操る、穹の、あの能力か────スキマで、当たらないように軌道を変えるか、だ」
「穹ちゃんの能力……」
「これで約3分、穹は無敵状態。穹を囲む雑兵達もやられちまったし、一気に形勢逆転だな。参った。穹の速度は俺にも見切れねえから、詰んでるとしか言えない────が、こんな事で諦めるワケない。必ず訂正の記事を書かせるし、霊夢にも直接、顔を合わせて謝罪させる為にも────とりあえずもう天狗達はお役御免かな。数に頼ろうとしたのに今の反撃でたったの10人しか残らねーんだもの……」
「そんな!酷いです!私達だってやれます!」
「少しくらいエスカルゴさんの役に立てます!」
「ヒビキ隊長ほどは動けないッスけど、それでも、俺達だってやりますよ!」
「……シエル、ルビー。白狼、鴉天狗達と協力して、穹をどこか、一箇所に追い詰めて。俺も混ざるし、Sans、Papyrusも頼む」
「*もう やってるぜ」
「*オレさまと Sansの にじゅうがけだッ!」
見ると、穹は無敵状態にも関わらず結界に背中をくっつけている。どうやら動けないらしい。わざと動かないんだろうと思っていた。しかしよく見ると動こうとしているし、それでも、動けないようだ。四肢を磔にされたかのように、大の字のまま動きを固定されてしまっているらしい。
サンズとパピルスの、重力の能力の二重掛け──まさかここまでとは。
「よくやった2人共!よし、なら天狗達とシエルとルビー、ついてきなッ!!圧倒的火力で無敵状態を強制解除だッ!!」
「「「「「了解ッッ!!!」」」」」
穹の無敵状態には1つ弱点がある。約3分という数字は、あくまで目安でしかなく、跳ね返す攻撃の量によっては大幅に短くなるという点だ。
攻撃の強さは関係ない。強くとも弱くともそこは関係なく、跳ね返す量が多くなればなるほど、穹の無敵状態は継続時間が壊滅的に短くなるのだ。
そして、ここまで追い詰められてしまえば、もう半径8キロとかいう馬鹿げた結界は必要ない。
「時符『ザ・ワールド』ッ!!」
時間魔法を行使。半径8キロの結界を解除して、新たに半径10m程度の結界を再構築する。
実はこの8キロ結界、サイズだけ大きくて、その強度自体は絶望的に紙装甲なのだ。だからもし穹がヤケクソを起こして弾幕をこの結界に放っていればいとも容易く突破されていただろう。
穹が天狗や堕天使共の弾幕の回避に必死になってくれていたから、どうにか助かった。本当に、俺はツイてる。運が良かった。
「────そして時は動き出す」
時間が動き出すと同時に、穹は新しく構築された結界に再度ビタンと叩き付けられ動きが封じられ、鴉天狗と白狼天狗、更には吸血鬼化済み堕天使2人からの弾幕を受けることになった。
「Sans、Papyrus────あと何分もつ?」
「*あと2ふんが げんどかな」
「*よわきに なるな Sans! ふたりだったら もっとできるよッ! ごしゅじんッ!」
「*……だそうだぜ」
「了解。穹の無敵解除まで残り2分半くらいかな……どうにか耐えてくれよ、2人共」
ダメだ。鴉天狗も白狼天狗も堕天使2人も弾幕が薄すぎる。巫月や霊愛や霊子の通常弾幕の方がまだマシに見えるくらい、密度がスカスカでならない。
弾幕に不慣れな者を多く動員した所で俺の判断がまず間違っていたのかもしれない。
「雷神『
全員の弾幕を飲み込む勢いで穹に雷をぶつける。素で喰らっても死にやしない、せいぜい数時間程度全身が麻痺する程度の威力だ。これを、不可能弾幕一歩手前くらいの密度で放つ。
ゲームで例えるなら、最大でも当たり判定2個分程度の隙間が、しかも数個しか無いような密度だ。
天狗10人+堕天使2人の弾幕=俺の弾幕の密度になってしまうとは。やはり弾幕教育は大事らしい。今度、天魔に進言してみる事にしよう。そろそろ、山もスペルカードルールを導入してみては、と。
(まずい……もう解除しないと……脳が焼き切れる!数分どころか数日は動けなくなるッ!!)
「穹ァ!観念しやがれェ!訂正記事を書き、それを配った後で!霊夢に謝罪させるからなッ!!」
(訂正記事だなんて、そんな!────しかし私が間違っていたのは事実、でもでもやっと里の中でも私の新聞の認知度が高まってきたのにその信頼性を自ら地の底に叩き付けるなんて事は────!!)
「雷魔法の魔法陣を多重展開だ……!同じ属性でなら何重だろうと同時に発動できる!!魔術神としての力に頼るまでもねえッ!獄雷『
地面から噴出する赤黒い地獄の雷。結界があると穹に攻撃出来ないので、その瞬間だけスキマを通し雷を結界内に引き込んでブチ当てる。
「んぅあああっ!!」
「!!……弾幕、やめっ!!」
俺の合図で他の12人も弾幕を中断。ただし骨兄弟だけは継続して能力を掛けている。俺のダメ押しで穹の無敵状態が繰り上がりで終了したらしい。
「……穹ァ。お前の事は天魔様にも文にも報告する。よぉく頭を冷やせよ」
「!!」
「よく反省するんだな」
「待ってくだ────」
「穹。今後の活躍をお祈り申し上げる。少しの間、眠るがいいさ。祈祷『
「────」
◆
「ガッハッハ〜ッ!今夜は俺の奢りだー!飲め飲め飲みやがれ〜!憂さ晴らしじゃボゲェ〜〜〜!!」
文の家に泊まる前には鯢呑亭で酒盛り。これは、いつも通りの流れだ。ただし今日は、天魔親衛隊の10人と、堕天使2人と、骨兄弟が居る。鯢呑亭も、こんなに集まってると賑やかと言わざるを得ない。
「しかし、お義兄さん……本当に良かったんですか?穹ちゃんの事、天魔様に預けるなんて……」
「穹は最後まで謝らなかった。穹には天魔様からのキツイお灸を据えてもらう必要があるねぇ」
「けど俺ァ、最後はちゃんも謝ろうとしてたように思えて……。エスカルゴさんが、その前に穹ちゃんにトドメ刺しちまいましたけど……」
「私もそう思います……」
「……かもしれないな。けど謝るのが少し遅かった。俺から問い詰められた時点で即、言うべきだった。それをしない時点でアウトだろうねぇ。天魔様だけじゃない、文からも散々、こっぴどく叱られるよ。何年も前からずぅ〜っと、『身内のスキャンダルを大々的に報じるバカがどこにいますか』って何度も怒られてきたんだから……それでも己を曲げなかった穹の根性には感服するしかないけれど。でも流石に今回のはダメだった。超えちゃあならないラインを超えてしまっていたから。────天狗の皆には、迷惑を掛けたね。俺のワガママに付き合ってくれてありがとう。……済まなかった。勝手ながら、せめてこの場で奢ることで精算させてほしい」
深深と頭を下げると、鴉天狗達はフッと口元だけ笑い、白狼天狗達と骨兄弟は苦笑いする。堕天使は2人共、揃って寝落ちしたようだ。
「────訂正記事、もう刷り始めてますかね?」
「さぁね。反省文の代わりに天魔様と文の見ている前で書かせる手筈になってるけんどぉ……。はれれ?文ぁ?文の前で書くって……今日、俺のお迎えはぁ?あやや来ないの?……美宵ちゃぁん!泊めてぇ!」
「良いですよー♡ 添い寝してあげますねっ♡」
「おねがーい♡」
「……旦那を放置する妻は居ませんよ」
「「!」」
ガララッと開かれた鯢呑亭の入口。そこには少しやつれた様子の文が立っていて、肩を上下に動かし大きく息をしていた。
「あ〜やや〜っ♡」
「あやややや……これまた深酒してますねぇ。あっ、どーも皆さん、夫と娘がご迷惑おかけしまして……。美宵さん、後でエスカルゴさんが払いに来ますから今晩はとりあえずツケにして頂けます?」
「構いませんよー」
「……だそうです、エスカルゴさん」
「むにゃ……」
「では、本日はこれにて!」
バシュンッと文に手を引かれて飛び立った俺は、この後、文と透き通るような時間を過ごす事に……。