「射命丸穹……ただいま戻りました……!ここからは私もお泊まり会に再降臨ですよぉ!」
「あ、おかえり。目の下のクマ、すんごいね」
「不眠不休で訂正記事を書き、霊夢さんや自警団の皆様には菓子折り持参して謝罪に行きまして、里の皆様にも謝罪行脚に……。生きた心地のしない数日間でしたが……。姉上と霊麗、霊魔と霊子にも謝らせてください。この度は申し訳ありませんでした。深く謝罪致します。今後は────」
「気にしてないよ。大丈夫。嘘記事だってハナから分かってたし」
「え」
「お母さんが浮気なんてするハズないもんねぇ」
「うっ」
「そだね。あのお母さんだし」
「……」
「あれだけお父さんとラブラブなのに浮気するとか流石に神経を疑う。ハーレム王のお父さんは除く。それはそれとして、ムカつくから穹お姉ちゃんには私の拳の餌食になってもらいまァーッす!!」
「う……か、構いませんとも!ドンと来てください、霊子!あなた方の母上を侮辱するような記事を書く私が悪かったのですから、皆さんのお怒りは、私が甘んじて受け入れま────ぶげらぁっ!?」
「ふぅっ。顔面へのグーパンは気持ちイイねっ♪」
「……あーあ。穹、気絶しちゃったじゃん……」
「不眠不休だったんでしょ?休めてよかったね♡」
「「「………………」」」
◆
「────地底の生活も慣れたかしら?愉于奈」
「あー?昨日来たばっかで慣れるもクソも……ゲッ、八雲紫ィ!?」
「……どうも。賽鬼愉于奈」
八雲紫、地底に降臨する。かつて猛威を振るった賽の河原の鬼、賽鬼愉于奈が地霊殿にて居候を開始した、まさにその次の日の事であった。
地底の観光の為にと、地霊殿からあまり離れない距離をウロウロしていた所に、紫は現れた。
「何の用よ」
「別に?」
「何の用も無く私の前に現れるワケないでしょ!」
「私が現れたのはあなたの『後ろ』よ」
「言葉の揚げ足取りとかしてんじゃないわよ!全くあんたはホンット昔っから変わってないのねッ!」
「……」
「用が無いなら私、行くけど?」
「……」
「
「……愉于奈。あなた……どの面下げて、のうのうと生き返っているの?」
「────ッ!!」
ざわりと紫の気配が溢れ出した。どこか妖艶で、女でさえ見惚れてしまいそうな気品漂う居住まい。しかしそんな女も。そんな紫も、誰もが知る大妖怪なのである。
しかし愉于奈も、紫や博麗の巫女が組んで封印が精一杯な時点で、大妖怪たる器ではある。しかし、今の紫に限っては「ケタ」が違っていた。
「まさか、
「ええ、そうよ。だってあなた、まるで反省してる様子が無いんだもの」
「っ!」
「20と数年前────予告もせず、地上の全生命を滅ぼそうとした月の民が居た。しかしエスカルゴと出会い、彼と相思相愛に至り、地上の文化に触れ、地上を知り、自らの行いを恥じたわ。最終的には、長年連れ添った仲間達に裏切り者の烙印を押され、かつて自らが滅ぼしかけた地上に落ち延びた……」
「……」
「だから私は彼女に告げたわ。『ようこそ』って。今では彼女も彼との子を持ち、竹林の奥の屋敷で、幸せに過ごしているわ」
「……」
「愉于奈。あなたはかつて、幻想郷を破壊する一歩手前まで追い込んだ。人里も殆ど壊滅状態で。全く苦労したわよ。外から人間を連れ去って、あたかも
『幻想郷生まれ幻想郷育ち』かのように洗脳する。藍を従えた今の私でも、あの仕事は、文字通り骨を折るような、かなり過酷な大仕事になるでしょう」
「…………」
「あなたはそこまでしたのよ。この私でも、当時の巫女でさえも、あなたには勝てず────何重にも封印して。その上でも、更に地獄の力を借りて封印するしかなかった。今の巫女、博麗霊夢より遥かに武闘派なあの子でさえ、鬼であるあなたには、遠く敵わなかった結果よね」
「……ええ、そうね」
「あなたは自らの行いを恥じもせず。反省もせず。のうのうと幻想郷で暮らした。そして今度は地底で同じように過ごそうとしている。────あんた、あれだけ好き勝手に暴れておいてそのツラ……一体、何様のつもり?」
────ヤバい。地底の気温は高いのに、背筋に強烈な寒気を感じた愉于奈。触らずともわかった。着物の中では、腕に鳥肌が立っていると。何なら、うなじの産毛すらも逆立っているような気がした。
「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」
「ぐ……ッ!?」
「馬鹿力が取り柄のあんたに楽に勝つ方法は1つ。直接触れずに攻撃すること……!!」
真正面から電車の突撃を受けた愉于奈は、電車の進行方向へ吹っ飛ばされ、屋根にぶつかり、たまにパンタグラフにもぶつかって、引っ掻かれたような傷がつく。
「くっ、乙女の顔に傷なんて酷いわ!跡が残ったらどうしてくれんのよ!!」
「……?骨なんて、皆、大体同じようなものよ?」
「私を火葬するっての!?フン、威勢のいい事ね!博麗の巫女と組んで尚、ろくに手も足も出せずに、封印までしか出来なかったクセに!!」
「あの時はあなたという脅威を排除出来ればそれで良かった。最悪でもね。善後策ってヤツよ」
「あっそう!今は、『排除』じゃなく『消す』のが目的ってワケだ!ま……私が死んでも、アイツがまた私を地獄から復活させてくれるわよ!ハァアッ!」
「あぁ、それは無いわね」
「!?」
電車を何本も回避しつつ、またはそれらを左右に蹴り飛ばしながら紫に迫る。しかし紫は、見る者を心底震え上がらせるような冷たい笑みを浮かべて、愉于奈の「余裕」が現れたような発言を一蹴した。
「彼が蘇生可能なのは『地獄に魂があるから』よ。魂さえ消してしまえば、彼でさえも、そして地獄の女神でさえ、亡者を呼び覚ます事は二度と不可能。魂が消えれば、もう、何も残らないわ」
「……ッ!!」
「私、こう見えて『人形』を作れるのよ。あなたにソックリな人形を拵えたなら、そこに私の『式』を入れる。
「は……ちょっとそれって……ッ!?」
「
能面が張り付いたような笑みを見せた紫は、更に電車を発射させつつ、愉于奈の逃げた先を狙って、動きを縛る結界を展開した。
「結界『客観結界』」
「なっ……!?」
前後左右上下の、全ての方向から結界が現れた。彼女の行動を制限するかのようにジワジワ迫り来る6枚の結界は、やがてくっついて、立方体のような形になるのは明白だった。
愉于奈は慌てて飛んで回避しようとするが、紫はそんな逃げ道を「敢えて」用意していた。
「『無人廃線車両爆弾』」
「こんなモノ、何度もブッ壊し……ぎゃッ!?」
破壊して突破しようと拳をぶつけた直後、電車は炸裂。爆風によって後ろに吹っ飛ばされた愉于奈は逃げたハズの「客観結界」に囚われてしまった。
「しまっ……う、動けない……ッ」
「愚か、賽鬼愉于奈。お前はもう、幻想郷には必要無い存在よ」
「っ……そりゃあっ……げっ、幻想郷を破壊したのは悪いと思ってるけどさ!」
「詭弁ね。今更、命乞いなんかされてもね」
「命乞いなんかじゃない!こちとら一度死んだ身、今更『死』なんか怖くないわ!」
「じゃあ何よ。遺言なら聞いてやるわよ?ま、彼にそれを伝える事は無いのだけど」
「……幻想郷は私なんか必要としない、賽の河原は、地獄は私なんか要らない。そんなの分かってるわ!でも、こんな私でもアイツは『愉于奈が好き』って言ってくれたのよ!必要としてくれたの!私を!」
「……」
「破壊しか
「…………」
「そりゃアイツもデートのパターン少ないからさ、食べ歩きとか、弾幕ごっことか、あと殆どはエッチだったけどさ!ワンパターンだったわ!でも私にはそれで良かった!それだけで良かったの!破壊よりずっと楽しかった……!アイツに求められる度に私、思ったの!『私、ここに居ていいんだ』って!!」
「黙りなさい」
「ぐぎっ……ぎゃあぁっ……!!」
力を込め、愉于奈を束縛する力を強める。しかし負けない。愉于奈は叫ぶ。
「だからさぁっ!紫ィ!……もう、威張らないしさ、強さに酔ったりもしないからっ……アイツのそばに、私を置いててよっ……それだけでいいの……っ」
「……過ぎた事は、どうにもならないのが世の常よ。それが理というもの。それを見過ごせ、と?」
「私の手綱を、アイツに握らせればいい!それなら生かされようが殺されようが納得する!アイツから離れたままであんたに殺されるのだけはゴメンよ!今の私は、アイツの為だけに生きるのッ!アイツが甦らせてくれた命はアイツの為に使う!間違ってもそれ以外には使わない!!」
「さぁて……どうかしら」
「もう、私の破壊の力は、誰かに求められない限り使わないから!絶対に自分の意思で使わないから!だからお願いよ紫ッ!死んでもいいけど、アイツのそばに……エスカルゴのそばに居させて!能力なんか要らないから……こんな馬鹿力、要らないから……!だからお願い……『私』を『私』のまま、アイツのそばに居させて……お願い、します……っ!!」
「………………」
閉じていた扇子をバサリと開いて、口元を隠す。すると、愉于奈を拘束していた結界が解かれ、身を空中に投げ出される。咄嗟に受け身を取るものの、ギリギリで膝をついてしまった。
「ひゃっ…………ゆ……かり……?」
「土下座しなさい」
「え」
「プライドの高いあんたが。土下座なんて出来る?昔から、散々見下してくれたこの私に。この地面に額を擦り付けて、嘆願なんて出来るのかしら?」
「……」
動かない。地面、紫の脚を見つめたまま、視線を上下こそさせるが、それ以上は何も動けなかった。拘束などされていないのに。身体は動かない。
紫は呆れるように目を伏せると、溜め息をつく。
「……所詮、お前の覚悟などその程度ということよ。さっさと消えなさいな。お前のその生意気なツラを見るだけで腸が煮えくり返る思いよ。私の幻想郷を壊されて。お前の存在自体が不愉快極まりないの。博麗神社をブチ壊してくれた比那名居天子よりも、よっぽど不快でしかないのよ」
先程より強力な結界が愉于奈を囲みそうになった直後、愉于奈が牙を剥いて叫ぶ。
「違うッ!!」
「……うるさいわね。何が違うの?違わないでしょ。お前はプライドを捨てられない。力なんて要らないなどと言いながら、頭の中では、この状況からどう逃げ
「……違うっつってんでしょーが……!!」
「じゃあ何が違うのよ。否定するなら否定するで、根拠を述べて反論しなさい。そんなんだから、昔の私や博麗の巫女の罠に掛かって封印されるのよ」
「だからッ!私が土下座したって、あんたが、私を許すとは思えないのよ!!」
「!」
「どうせ私が土下座の為に四肢を地につけて、額を地面に擦り付けて視線がズレた瞬間、地面にスキマとかいうアレ開いて落とし穴みたいに落とすつもりなんでしょうが!!違う!?」
「やれやれ。馬鹿も馬鹿らしく学習するのね。罠に掛かったからか疑り深くなったと見える。ならば、私は、賢者の名に誓うわ」
「!」
「『賢者・八雲紫』の名において
『罪人・賽鬼愉于奈が地に手を付き、土下座をした場合、賽鬼愉于奈の過去の罪を忘れ、見逃すという誓いを果たす』」
「────ッ!!」
「さ……これは『契約』。あとはお前がどう動くか。それで全てが決ま────」
愉于奈が動いた。膝を折り、腰を落とし、体勢を変えた。その瞬間、紫は身を引いて防御の体勢に。結界を構築する準備まで整えたくらいだ。
しかし、目の前の愉于奈は────土下座した。
「………………ッ!?」
身を縮め、四肢をしっかり地面につき。しかも、額もしっかりと地面についてしまっている。美しい真紅の着物が土に汚れるのも厭わず。全てを捨てるように、小さな身体を丸めて更に小さくさせて。
「ゆ……愉于……奈…………?」
「……したわよ」
「え?」
「だからァ!したでしょっての!!土下座ァ!!」
「!!!!!」
「これで私は無罪放免よね!誓いは守りなさいよ!八雲紫ィ!じゃあね!!」
「待って……愉于奈ッ!何処に行くのよ!?」
「はぁ?地霊殿に帰ってお風呂に入るんですけど」
「!?」
「こぉ〜んな泥だらけ、血だらけの姿で観光なんかできっこないでしょうが。頭大丈夫?イカれてる?賢者の名が泣いてるわよー?」
「ッ……愉于奈……お前……どうして……!?」
「あん?何がよ?」
「何故プライドの塊のようなお前が!見下していた私に土下座なんて!!」
愉于奈は、パチクリとその大きな目を見開いた。そして天蓋の空を見上げ、考える素振りを見せる。やがて、フッと小さな笑みを漏らすと、紫の方へと向き直る。
「……プライドなんかよりも、アイツの方が────アイツとの生活の方が、大事だからさ。それだけ。じゃあね、紫。永遠にさようなら。私が嫌いなら、二度と私の前にも後ろにも現れないで。私はもう、これからは『自由』に過ごすわ♪」
スタスタと地霊殿のある方へ歩いていく。彼女の姿が見えなくなるまで、まるで彼女に振られ別れを惜しむ彼氏のように、紫は、愉于奈の背中を、目で追い続けていた。
「あの時……豊姫も、こんな気分だったのかしらね。ねぇ、豊姫。あの時あなたは────私の土下座を見て、一体、何を想っていたの……?」