「よう、また霊夢に掃除押し付けられてんのか?」
「まーね。それよりお父さん、話が……」
「魔理沙から聞いたよ。無縁塚で、人間っぽいのを拾ったとかなんとか。そんで、その人間ってのは?居ないっぽいが……」
「え?その人なら中でお母さんと朝ご飯の皿洗い、やってると思うけど」
「は?」
少女が現れたという日の次の日。俺は、朝も早く永遠亭を出発して、博麗神社に来ていた。
俺は無縁塚に「対人間用」の罠を仕掛けている。無縁塚に人間が現れたら、食人性の巨人が現れて、人間を喰い殺してくれるように。そしてその罠は、最近になって、ヘカーティアのおこぼれで魔術神となってから、完璧なものに作り替えた。だから不発なんて有り得ないのだ。
つまりその「人間」は決して「人間」ではない。人間に擬態した「何か」でしかないのだ。
しかし博麗神社に来た俺はそいつを一目見る前に気配を辿るが、魔理沙や霊愛の言うような「人間の気配」と呼べるものが一切無かった。
「……出掛けたんじゃね?気配なんか無いじゃん」
「え?……いや居るじゃん。寝ぼけてんの?」
「こっちのセリフだわ」
妙な違和感を覚えつつ、俺は靴を縁側に放置していつも通り縁側から中に。居間には、いつも通りにゴロゴロする霊麗と、魔導書を読む霊子、そして、BLEACHを読む霊魔が居る。
知らない奴が居る状況で霊魔が居間で漫画なんか読むはずがない。どこかに出掛けてるんだろう、と思いながら、皿洗いしているという霊夢に会いに、台所へ行くと……。
「あっ!おかえりなさい!……霊夢さーん、旦那さん来ましたよー!」
「はーい」
そこでは、水色のロングヘアーで、ピンクの瞳、セーラー服で巨乳の少女が居た。霊夢の姿は無い。窓から外に呼び掛けているから、一応この近くには居るようだ。
「……お前……」
「……?」
「お前……まさか……リ────」
「あーおかえり、思ったより早かったのね」
「霊夢!」
霊夢は何やってるんだ。コイツのどこが人間だ。見た目なんかアテにならない。コイツは、人外だ。それも、エリーのような────。
「霊夢、コイツのどこが『人間』だよ!?」
「えっ?」
「感覚でも鈍ったのか?『悪魔』じゃねぇか!!」
道理でおかしいと思った。悪魔なら俺の罠が作動しないのも当たり前だ。アレはあくまで対人間用、その他の種族に向けて備えられたものではない。
しかし俺の声を聞いて集まってきた子供や霊夢の反応は、俺を絶望の底に突き落とした。
「はぁ?何言ってんの?この子は人間でしょうよ?この私が気配を読み間違えるとでも思ってんの?」
「流石に『悪魔』は無くない?悪魔ほど邪悪な気配だったらすぐに分かるよ」
「気配は霊愛お姉ちゃんとそっくりだから、人間、妖怪が混ざってても半妖とか、じゃないかな……っ」
霊夢と霊麗と霊魔は口々に言う。当の本人である少女は、キョトンとした顔で俺を見ている。なんと白々しい。俺とコイツは
「何言ってんだ……?気配なんかモロに悪魔だろ?」
「アンタが何言ってんのよ?寝惚けてるの?」
「ハァ!?……おい、お前!」
「は、はいっ!」
「お前は俺を知ってるよなァ!?俺は誰だ、ほら、言ってみろ!知り合いだろう!?これは契約だぞ!
『本音で嘘偽りなく話せ』!契約を破ると契約した悪魔には分かる。これで嘘かどうか見抜いてやる!契約を守れば元の居場所に返す、ほら、言えッ!」
俺が知る限り、コイツにとって「元の居場所」は死ぬほど嫌な場所のはず。これは俺の作戦勝ちだ。
コイツが俺に嘘をつけば、嘘が露呈し悪魔だともバレるに等しい事になる。嘘をつかず本音で話せばコイツは自ら「自分は悪魔だ」とバラす事になる。だから、俺の作戦勝ちになる────はずだった。
「えっ、と……霊夢さんの旦那さんの、エスカルゴ・スカーレットさん……ですよね?私と知り合いでは、ありませんけど……多分……」
「……はぁ……?」
「エスカルゴ。この子ね、記憶喪失みたいなのよ」
「はぁ???キオクソーシツ???」
「はい……。自分が何者かも、どこから来たのかも、何も分からなくて……」
嘘だ嘘だ嘘だ。有り得ない。他の奴なら分かるがよりによってコイツにそれだけは有り得ない。いや有り得ないはずなんだ。だがその理由まで言うなら事態は更に混迷する事になるのは間違いない……。
「あと、実は昨日の昼間のうちに永遠亭にも連れて行ったんだけどね」
「は?聞いてないぞ」
「アンタまだ居なかったんでしょ。……それで、一応血液検査もしてもらったけどちゃんと人間だった。これ、永琳の診断書ね」
「……!?」
「あれ、お母さん、永遠亭に行ってたの?軽く里の案内するって言ってたような……?」
「ええ、もちろん。永遠亭はその後に、よ」
「なるほど」
里の案内をしたのは、彼女が幻想郷に住むという選択もできるようにする為、らしい。そんな選択、させてたまるか。ここは俺が折れ、彼女が人間だと認めた上で、元の世界に返す。それだけでいいか。
「あ……あー。そうか。知り合いの悪魔に似てたからついその子が人間のフリしてるんだなーとか思って勘違いしちまったよ」
「なんだ、紛らわしいわね。まぁアンタらしいか」
「そ、そうだったんですね……」
「すまないね。知らない女の子に悪魔だのなんだの言ってしまって。どうかしてたよ。許してくれると嬉しいのだけど」
「誤解が解けたなら良かったです♪」
────どの面下げてお前がそんな事をほざいてやがる。霊夢達が人間だと思い込んでいやがるから殺してないだけで……。
誤解だと?この俺がお前について誤解する事などあるはずもない。常に自信満々なワケでもない俺も
「この俺が」だなんて、たとえ内心だろうとも断言できる機会は決して多くない。……間違いない。
「で、話は戻るけど。この子は記憶喪失らしいけどどうすんの?外の世界に帰すの?」
「それがいいんじゃねぇの。君はどうなの」
「そう、ですね……私は……幻想郷に住みたいなって思ってます……。記憶を取り戻したいとも元の世界に帰りたいとも、思えなくって……」
「そうか。だが記憶が無いのは生きる上で困るとも思うね。とりあえず元の世界に戻ったらどうだい?縁があればまた幻想郷にも来られるだろう」
その少女はハッとした顔で俺を見ると、黙って、俯いてしまった。すると霊夢と霊麗、霊魔は、俺に批判的な目を向けてくる。
「エスカルゴ、アンタちょっと変じゃない?まるでこの子を幻想郷から追い出したいみたいな」
「そーだね、なんか変だね。何か隠してるの?」
「……もしかしてだけどさ、記憶喪失に、お父さんが関わってたりするの?」
「追い出したいんじゃあない、だが記憶が無いのは色々と不便だろっつー話だ。この子が俺の知り合いじゃないなら隠し事でもないし。まして、知らないこの子の記憶喪失にどう関われるって言うんだよ。そうだろ?」
「昨日1日暮らしてみて、不便とか感じた?」
「いえ、これといって、特には……」
「……だそうよ、エスカルゴ。私的には本人の意思を尊重したいんだけど。アンタもそうでしょ?」
「あー、いつも通りならな。記憶喪失の人間なんざ扱ったこと……接したことねーからな、いつも通りと勝手が違うだろうよ」
ダメだ、俺らしくもないと分かっているが無性にイライラしてくる。ダン、ダン、ダン、と無意識に足を踏み鳴らし、腕組みしながらも指はトントンと腕をつついている。目は合わさず天井を睨みつけ、無意識のうちに舌打ちが漏れてくる。
「……アンタって寝起き悪かったっけ?」
「んなこたねーよ。で、返さねえんならどうする?幻想郷に住まわすのか?人間だったら人里だよな?小兎姫に言って戸籍でも作ってもらおうか?」
「まぁ、そうね。でもそんなに焦る事無いでしょ。アンタの弟以来の幻想入りだから、久しぶりね」
そうか、俺にとっては「数ヶ月〜数年に1回」の幻想入りも、霊夢にとっては、俺とヒビキ以来か。どうやら俺は、自分で思ってる以上の数の人間達を葬ってきたらしい。
「どちらにせよ、幻想郷観光、したいですね〜♪」
「うーん、幻想郷に住むんならそれもいいかもね。ねぇエスカルゴ、どうせ暇でしょ?この子のこと、案内してやってくれない?」
「は?なんで俺が?博麗の巫女の仕事だろう?」
「案内までは含まれていないし、そもそも子供達の指導という仕事があるわ。でもアンタは暇でしょ?朝から博麗神社に来るくらいだし」
「『人間』が来たとか聞いたから来ただけだ。別に暇なワケじゃ……」
「というか私、穹ちゃんの新聞の影響でまだ里には行きにくいのよね……昨日だって歩いて通過するのに等しい案内だったもの」
「!!」
そういえば新聞の騒動があったか。モルモーとの世界創世だとか、3人の子育てが忙しくて幻想郷の事情なんかをすっかり忘れていた。
「別に、行けなくはないけど。浮気妻のレッテルはまだまだ────」
「あぁもう分かったよッ!案内役は俺がやるよ!!俺の霊夢をそんなクソみてぇな環境の場所になんか行かせられるかよ!!反吐が出る!!」
「……さっきから、何に対してイラついてるの?」
「知らん!……お前は出掛ける準備してな、俺も準備してくる!」
「私はもう大丈……あっ……」
持ち物なんて無いから出掛ける準備などそもそも必要無いんだ。知ってる。だから俺は、俺の準備をする為に一旦1人で博麗神社を出た……。
「なんだか、旦那がごめんねー。いつもはあんなんじゃないんだけど。虫の居所が悪過ぎたみたいね」
「いつもは、どう……なんですか?」
「いつもなら可愛い子を目にしたら鼻の下伸ばしてすぐ手を出そうとするくらい女好きなのよ」
「えぇ……じゃあ霊夢さんは大変ですね……」
「慣れれば余裕よ。ハーレムに後から加入したのは私だって同じだからね」
「ハーレム??」
「アイツ、あぁ見えてモテるからね。ハーレムの主なのよ。幻想郷の多くの妖怪とかはアイツの彼女、嫁、または……なんだっけ霊麗?アレ……」
「セフレ?」
「そうそれ。大多数はその3種類のどれかなのよ。私は『嫁』だけどさ」
「えぇ……。幻想郷、一夫多妻なんですか?」
「アイツは特別。それだけよ」
「そう……なんですか」
◆
「────紫さん」
「分かってるわ。あの人間モドキについてでしょ」
「ええ。ちょっと調査をお願いしたいのですが」
「そうね、私もそうしようと思っていたところよ。なにせ今回の『幻想入り』に私は関与していない。そして『神隠し』でもないし。完全に私の監督下に無かったのよね。────それで?あなたが彼女を
『悪魔』と決めつける根拠は?」
「そいつは……まだ言えません。でも確実にアイツは人間じゃあない。霊夢達は騙されてるんだ。けど、紫さんだったらその辺も含めて全てザッとさらえるでしょう?」
「秘密を暴くようであまり気乗りはしないけどね。霊夢も騙されるという話だけはどうも眉唾モノね。普通に考えるのなら、エスカルゴが乱心したとしか思えないわ」
「実際、博麗神社の面々には、俺がおかしくなったように見えてるんでしょうね。まぁ、どうでもいい事ですよ。事態が終息すれば、俺への『誤解』も、消えますから。それで、アイツをどう誘導すれば、紫さんの調査は進みますか?教えてください」
「……おおよそ、あなたの思っている通りで十分よ」
「了解。ではよろしくお願いします」
「任されたわ。……あなたから私にお願いだなんて、久しぶりね」
「嫌でしたか?」
「ううん、逆。頼りにされるって、いいものね」
「……」
「事が終わったら説明してもらうわよ。あなたには説明義務がある。今はそれを後回しにしてあげる。言わば、後払いよ。分かってるわね?」
「勿論。キッチリ後払いさせてもらいますよ」