「な……なんか暑いですね……!?」
「人里はとりあえず空気が悪いから後回しにする。ここは地底世界、まぁ、地下だ」
「地下!?そんな所に……どうして私を?」
「ここにも俺の彼女が居てな。とりあえず、まぁ、顔見せくらいはした方がいいだろう。俺がこうして連れ回すんだ、余計な誤解はさせたくない」
「あ、なるほど、その予防線を……」
当然、今も紫さんによる監視下にある。だから、最初からエンジン全開、フルスロットルでコイツの化けの皮を剥がしに掛かる。
紫さんへの連絡の後で、トランシーバー越しだが古明地姉妹にも連絡済みだ。コイツの心や無意識を読んでもらい、どういう方法で気配や血まで完全に人間に成りすましているのかを探るのが地底に来た目的だ。
「はーい……あっエスカルゴ、早かったのね!なんか久しぶ……誰よ隣の女は」
地霊殿の扉が開かれると、向こうには愉于奈が。すっかり馴染んだようで、メスの匂いに混じって、少しだけ獣の匂いがする。
「悪ィ愉于奈、さとりとこいしは居るか?」
「あーうん、さっきあんたから連絡もらったって、応接室で待機してるって言ってたよ。で、隣のその珍妙不可思議な服の女は誰?私と変わらないくらい巨乳でムカつくわね」
相変わらず彼女は自分の胸に自信があるらしく、それ以上の大きさの胸を持つ女を嫌ってるようだ。コイツの場合は愉于奈と大差無いから、嫌う対象になりつつあるらしい。
「愉于奈、今度セーラー服
「っ……♡ って、軽いキスなんかで誤魔化せるとでも思った?ソイツは誰って聞いてんの!」
「それを探りに、さとりに頼りに来たんだよ」
「!……ふぅん?……面白そうな事になってるのね。ま、いいわ。なんだか面白そうだし許してあげる」
愉于奈は下から見上げるようにして俺の隣の女をジロジロと舐めるような目で見る。やがてフンスと胸を反らして鼻を鳴らすと、俺の手を引いて古明地姉妹の待つ応接室へと案内をしてくれた。
「さとり、こいし、来たぞ。……入るよ」
◆
その頃、俺と謎の少女を見送った博麗神社では、あの少女について軽く議論がなされていた。気配は人間だ、しかしどうもアイツの様子が変だったと。
するとそこに、ひょっこりと紫さんがスキマから顔を出して現れ、霊夢達の会話に割り込む。
「どうやら議論は白熱しているようね」
「スキマから顔だけ出てくんの怖っ」
「紫?どうしたのよ急に?」
「あの子についてエスカルゴに調査を頼まれたの。今はとりあえず休憩ね」
「あんたがアイツに頼まれる?逆は珍しいわね」
「それだけ霊夢が頼りにならないってコトよ」
「だってそれはっ……エスカルゴが変なのよ?」
「絶対何か隠し事してるよね」
「それも、超ド級のヤツっぽいね〜」
「隠し子くらいじゃ驚かないね」
「僕も。隠し子以上の『何か』があると思う……」
頼りにならないと言われ明らかに狼狽する霊夢。それに同調しつつ、隠し事があるに違いないと妙な確信を持っている子供達。紫はそれに肯定も否定もせずに、霊夢の方に言葉を返す。
「そうね、私もそうだと思った。エスカルゴが乱心したのかとさえ、1%くらいは考えてた。……彼女のことを、直接、この手で調べるまではね」
「?」
「彼女、記憶喪失なんだってね。でも、それだけで説明がつかないくらい『空白』、『空っぽ』なの。記憶だけじゃない。幻想郷に来てからの思い出も、何にもないの」
「「「「!?」」」」
「……現在進行形で忘れ続けてるッての?」
「そうじゃないわ。もしそうなら会話なんかまるで成り立たないハズよ」
「む」
霊子の考えを即座に否定する。しかし、それだけではなく追加の情報を知らせる。
「先程、ヘカーティアから連絡を貰ったわ。自分の器であるエスカルゴを通して彼女の事を視たらしいけれど、そのヘカーティアによると────」
◆
《もしもしエスカルゴくん?今、大丈夫?》
《ダメです》
《そう言わずにさ〜?》
《……うん、ヘカーティアならそう来ると思ったよ。それで、どうしたの?エデンの園について?リエが楽園を取り戻そうと、攻めてきたかな?グリゴリに所属してる俺の配下達でも対処できると思うけど。サンズとパピルスも行かせる?シエル?ルビー?》
《いやまぁそれについても色々聞きたいんだけど。あなた今はそれどころじゃないでしょ。だからまずその少女についてだけど》
《!》
《あなたはまだ、魔術の神としての練度が低いから気付けてないみたいだけれど……。その子、どうやら魔法が掛かってるわね》
《な……ッ!?》
《それも時間経過で効力を失うタイプ。チラッと、あなたを通してだけど、ほんの少し、そんな感じの魔力を感じたわ》
時間経過で効力を失う魔法。タイマーのような、そんな魔法という事だ。まさかそんな事も可能とは微塵も思わなかったが、確かにそれならまだ色々と理屈もつけられる事もあるので分からなくもない。
《
《……舐めやがって》
《どうやらある一点においては、魔法の練度は今のあなたより上なのね》
予想していた事だ。俺より上でないと霊夢すらも騙し遂せる事ができるはずがない。それくらいに、霊夢はデバフすら無効に近いヤツなんだ。だから、そんな霊夢が騙されていた時点で、アイツが俺より上なのは予想がついていた。
《頑張りなさい。魔術に優れる者はあらゆる物事に精通するものよ。思いつく限り全てを極めること。それでやっと、魔術や魔法の神を名乗れるの。今のあなたはまだ「自称・神」と大差無いわ。だから、そんな奴に負けないで。幻想郷で、準最強になるんでしょ。だったら負けちゃダメ。……わかった?》
《うん。……わかったよ。ありがとう》
《うむ!よし!じゃ、さっさとその子の化けの皮、剥がしてきちゃいなさい!後のコトなんて、後から考えましょう!》
地霊殿にて古明地姉妹と何気ない会話をしつつ、ヘカーティアからそんな連絡をもらった。やはり、コイツは黒だった。白なハズが無いんだ。
だから、霊夢達が騙されるのは無理もなかった。そして、俺だけが正常な反応を示す事についても、無理はなかった。そうなるのが自然だった……。
「うっ……」
「さとり!?」
「お姉ちゃん!?」
「ッ……ウッ……すみ、ません……エスカルゴさん……。もう……ちょっと……ここいらが、限界、です……」
コイツの心を読んださとりは、口を押さえ、床に膝をつく。慌てて抱き起こしたが、車酔いか何かをしたようにフラフラしている。
「……」
────そしてコイツの「心」を読んださとりが体調を崩したのを皮切りにさっさとコイツに
案内に見せ掛けるのなんかもうおしまいだ。俺のイライラを全て晴らさないと……もう限界だ。
そして俺が地霊殿にてさとりを寝かしつけた頃、博麗神社では。
◆
「────霊夢。あの子についてさとりから連絡が入ったわ」
「!」
「けれど、私と同じ結果だったみたい」
「さとりでさえ?」
「そう。それから、こいしもダメだった」
「え……こいしって……『無意識』?」
「そう。どうもあの子、記憶喪失という割には妙に快活だし、見ている分には『普通』なのよ。それはあなたも感じている通り」
「確かにあの子は妙だった。天然なのか何なのかは分からないけれど、記憶喪失には見えなかったわ。永琳でさえ、『幻想入りした時に何らかの心因性のショックを受けたのかも』なんて言う始末だった。つまりは原因不明って事だもの」
「そうなるでしょうね。それを聞いて、さとり達の報告にも納得がいったわ」
「え……」
「あの子はまるで『心』が無く『無意識』も無い。こんな事は言いたくないけれど……まるで人形よ」
「!?」
「さとりに言って、彼女に『考えさせる』ように、働きかけてみたの。『思考』すれば、さとりは心が読めるからね。それなのにダメだった。こいしも、同時に彼女の心と無意識を観測していたけれどね」
「そんな……心はともかく『無意識』すら……?」
「何も考えずどころか、完全に『無』から、相手に言葉を返している。絶対に有り得ない事よ。でも、実際にそれが起きている……」
これが何を意味しているのか。考えられる事は、幾つかある。しかしそのどれもが、荒唐無稽かつ、にわかには信じ難いような事である。
「例えるのなら、彼女は『
「……冗談でしょ?」
「これが『賢者』としての答え……と言っても?」
「────ッ!?」
「華扇は動物を使って彼女を監視しているわ。今、エスカルゴは彼女のそばを離れてさとりとこいしの2人のそばにいる。でも彼女を1人にしても奇行も何も無いし、かと言って、常に静止してるワケでもないみたい。何かに興味を示してフラフラと視線を泳がすその様子は、まさに、普通の人間と呼んでも差し支えないわね」
「なのに心も無意識も何も無い、と?」
「ええ。さとり達も困惑しているわ。『遮断されて心が読めないのではなく、読める上で空白だ』と。まるで白紙の画用紙でも見つめてる気分だそうよ。あまりにも有り得なさすぎて、逆に気持ち悪いって体調も崩しちゃったくらい」
「……つまりどういう事なのよ?」
気まずそうな表情の霊夢に対して、紫は実に事も無げに、溜め息をついて、静かに言葉を返した。
「────異常事態が起きつつある……って事よ」