「────あ。エスカルゴさん」
「おう」
「さとりさん、大丈夫そうですか……?急に、体調を崩されていましたが……」
「まぁ、な」
コイツには「時間経過で効力が切れる魔法」が、掛かっている。ならば、俺はどうするか。コイツの時間を加速させる事で、
「時符『メイド・イン・ヘブン』」
「?」
今の俺なら、その対象を選べる。対象を「世界」ではなくコイツに掛かっている「魔法」そのものに掛けてやると────時間にしておよそ20日後。
「………………」
「ッ!」
ピンク色の瞳に鈍い光を灯して、ニタァと口角を釣り上げて俺を見る。その「魔法」が解けたと俺はそれを見て確信したので、加速を停止させた。
「まさかこんなゴリ押しで突破されるとは……。誰か優秀なアドバイザーでも居るかのようで、なんだか面白くないですね」
女子高生ぶっていたときと違って、声も1トーン低いように聞こえる。さっきまでの人懐っこい顔もまるで裏返ったように、悪女の顔になっていた。
「やっぱりテメェだったか……リリス!!」
「まぁ怖い。私を相手に『テメェ』だなんて言う人でしたか?少し見ない間に随分と嫌われたみたいで悲しいですね」
「どの口が言いやがる!!テメェは俺の世界にあるたった2つの『罪』を、何度も何度も何度も何度も繰り返しやがった!分かってんのか!?」
「ええ。ですがこれは仕方ないのです。これは私の生まれ持った性癖の問題────。抑えられないのですから、仕方ないでしょう……?」
そう言って妖艶に微笑み、指をペロリと舐める。
コイツは、俺とモルモーが作り上げた世界「霊幻世界」における住人・第1号。種族は悪魔。夢魔や吸血鬼ではなく純粋な悪魔。ただし魔法力にはより優れているという種族的特徴がある。
悪魔はそこから更に大悪魔、悪魔、小悪魔と分類できる。コイツ──リリスは「大悪魔」だ。
「どうやって人間に化けてやがったのかと、ずっと疑問だった。だが、違うようだな……!」
「……♪」
「『認識阻害』だなッ!?それでいて自分の記憶を一時的に消去、得た情報を数十日後の自分へと送信する、俺すらも知らねぇ、記憶に関する魔法までも重ね掛けしてやがったんだ!!」
リアルタイムの記憶を未来の自分と共有する事で現在持つ記憶を
恐らくは意識も含めて何もかも、その全てを。
「ふふ、ようやく気が付きました?自分を人間だと
『偽る』よりも、他人の認識を『誤魔化す』方が、難易度は跳ね上がりますけれど────バレなさの信頼性だけは、何者にも勝りますからね」
コイツは初っ端から「私は人間」と偽ってない。俺以外の全ての者の「認識」を狂わせていたんだ。俺に、コイツは悪魔だと騒がさせ孤立させる為に。幻想郷でハーレムを作ってる俺を孤立させる為に。
「ッ……どうやって幻想郷に来た!?いいや、それもあるが、なにより何しに幻想郷に来やがった!?」
「簡単な事ですわ……あなたに会いに来たのです」
「俺に……だと?」
「ええ、そうです。だって────」
まるで擦り寄るように距離を詰めると、耳元で、そっと……吸血鬼の地獄耳でさえ、近くでないとよく聞こえないくらいの声量で囁いた。
「────私に流れる『血』は、あなたの子供よりずっと
「ッ……!」
「私に流れる血が、あなたを求めるのですよ♡」
「クソッ……元の場所に送り返してやる!また、暗い牢獄に落としてやるッ!!」
「構いませんよ?また来ますから♡」
「何だと……!?」
「だってそうでしょ?私は
「なら更に重ね掛けしてやるだけだ!」
「突破できるセキュリティを何重にも重ねたって、気休めにもならないのですよ。それでも構わない、無駄な労力と知っても行うのなら止めませんけど」
リリスに言われハッとなる。そう、無駄なんだ。幾ら俺がヘカーティアの下位互換の魔術の神でも、コイツは生まれついての悪、そして補助系の魔法の使い手……。天から授かったようなその魔法の才は、霊幻世界でも指折りの実力を秘めている。
「もう諦めませんか?私の目的が達せられるまで、あなたは全てを、幻想郷を、守り切れますか?」
「…………」
「分かりやすいように言い換えてあげましょうか。私を止める方法は2つ。『目的を達成させる』か、
『私の魂を消滅させるか』────ですよ」
「くっ……」
「ねェ……いい加減、私に、身を任せてくれません?それとも、あなたに私が殺せますか……?」
「殺……」
「……せないから、封印したんでしょ?優しいあなたですもの、私の事なんか、殺せませんよね……♡」
「────テメェほど愛せねえ女も中々居ねえよ」
────何年前か。霊愛と霊麗の姉妹を傷つけた過去がある八千慧の事でさえ、普通の意味で抱けるくらいには、好意も情欲も湧いてくるというのに。
「ええ、勿論。よく存じていますよ。あなたが私の愛を受け取らず、私のことを邪険に扱うのは、同族嫌悪から来るものだということも」
「これが同族嫌悪なものかよ!!テメーは……ッ」
「内なる欲望を制御できず世界を傷付けた────そんな私を
「……」
「あなたはさっさと、私をこの世から消し去るべきだった。現在、幻想郷が危機に晒されているのは、他でもない────あなたの意思の弱さが故です」
「相変わらず、フツーなら言い難いことをズバズバ言ってくれるよな、テメェはよ……!!」
「あら怖い目♡……ですがそんな視線もまたイイ♡」
「クソ、無敵かよ……!」
「ふふ、好きな人に罵られるのはこの上ない悦びと同義ですよ?あなたが知らぬワケはないでしょう」
「…………マジでふざけんな、さっさと帰れよ……」
「先程から言っているでしょう?2択です、と」
「……」
「あなたのエゴで幻想郷を滅ぼしますか?それとも私の目的を達する手伝いをしてくれますか?」
「どっちも変わんねーだろ!ふざけやがってマジでどうかしてんじゃねーのか……!?」
俺達の世界における犯罪とは、2つ。
1つはNTRだ。合意のある「寝取らせ」ならば構わない、と設定している。
もう1つは同意の無い性行為。強姦などその他の行為を指している。
リリスという女、生まれ持ったグロ好きである。リョナラーかそれに近いかもしれない。自らの手でグチャグチャにした好みの者を犯すのが、コイツの性癖。虫の息となっても犯すのをやめない。
それでいて、他の悪魔と違って攻撃魔法は使わず聖女のように回復魔法や補助魔法なんかを使うのでコイツの通り名は「封印されし黒聖女」だ。まぁ、他にもあるが、コイツは俺の世界での唯一の汚点。だから、地獄のような監獄の最下層である第七監獄ゲヘナに
「愛してますよ……殺し続けたいくらいに……♡」
「大ッ嫌いだよ……幽閉し続けたいくらい……!」
抱き締めてきたリリスを突き飛ばす。こんな事、これまでもこれからもコイツにしかしないだろう。コイツの事は殺したいくらい嫌い。だが殺せない。殺せない、消せない「理由」がある……。
「ふふ、相変わらずつれない人……♡」
「……」
「まぁ、いいですわ。近いうちにあなたをその気にさせてみせますから」
「そんなの無理だって知ってるだろ」
「いいえ。その気にさせますよ。……ばきゅん♡」
「────ッ!」
カリッと人差し指の先端を歯で傷付けたリリス。血の滴るまま、鉄砲のような形を手で作って、歯で傷付けた人差し指をこちらに向けて「ばきゅん」の声と共に何かを発射した。
その何かは俺の胸を的確に貫く。傷自体はすぐに治るが、その衝撃で軽く吐血。
「コプッ……ゲホ、ゴホッ……何だ、今の……!?」
「これが私の能力。幻想郷風に言えば、《血を発射する程度の能力》とかそんな感じですか。あーぁ、こんな能力なら吸血鬼に生まれたかったですねぇ。いちいち血を消費する上────射程を伸ばすにはその分、多めに消費しなくてはならないので」
「……え」
「1m毎に1mlの血を消費するんです。今のは2ml程度でしょうか。……この意味が分かりますか?」
「……まさかお前!」
「幻想郷は広いですよねぇ。ですが私は、あなたと同じように空間転移……瞬間移動のような魔法も習得していますから、広さなんて関係ありませんけど」
「やめろ……やめろリリス!!」
「あなたが私を満足させてくれるまで、ハーレムを構成するメンバーを、少しずつ傷付けていきたいと思います。下手したら、殺しちゃうかも。ふふっ、私の毒を常人が喰らうと一体どうなるのか、忘れたワケではありませんよね?」
────被害者の肉体が少しずつ崩壊を始める。大きな関節部はブチン、ゴキンと骨が外れるような音と共に崩れ、再生が完了するまでは満足に身体を動かせなくなる。崩壊を止めるには、患部を丸ごと摘出して、再生させるしかない。
「では……いつか私と愛し合いましょう……♡」
「誰がテメェなんかと!殺すぞ!」
「できもしない事を喚くのはやめてくださいなっ♡それではまた……近いうちに♡」
リリスは恭しくスカートを持ち上げる真似をして瞬間移動で消えた。
どうやって封印を解き、監獄を抜け出したのか?
ポータルも破壊してある今、どうやって幻想郷へ奴が辿り着く事ができたのか?
などなど、疑問は尽きない。だが今、なんとなく分かっているのは、俺の身の回りのヤツが────幻想郷が危機に晒されていること。
そしてその原因が、俺であること────。
「……大変な事になったわねぇ」
「紫さん……」
「全部、見させてもらったわよ。あの子とあなたの関係も全て、『認識阻害』の魔法が解けてから深く探らせてもらったわ」
「……」
「解決なさい。この件に関して、私は手伝わない。これ以上は全て、知らぬ存ぜぬを貫き通すからね。いいわね」
「…………はい…………」
紫さんにそう釘を刺された俺は、高熱が出た時の頭のようにフワフワしたまま、地底から博麗神社へスキマ移動。すると思っていたより早く帰ってきたからか、それとも俺の隣にヤツが居ないからなのか縁側に居た霊子以外の子供達と霊夢は、パタパタと早足で寄ってくる。
「どうしたの?そんなやつれた顔して。というか、あの子はどこ行ったの?」
「霊夢……スマン…………まずい事になった」
「え?まずい事って、一体何が……」
そのとき、太陽をバックに、博麗神社上空に件の人物、リリスが優雅に現れた。普通の人間だろうと誤認させられていた霊夢や子供達は、彼女の邪悪な気配を感じ取り、一瞬で臨戦態勢に。
「あなた、人間じゃあなかったの!?」
「ええ」
「半妖でもない……らしいね?」
「そうですわ」
「この気配……翼は無いけど、ホントに悪魔だね」
「翼があるのが普通というワケでもないですから」
「じゃ、じゃあ、お父さんが言ってた、お姉さんが
『悪魔』っていうのは……」
「紛れもない事実ですわ」
唖然とした顔でリリスを見る霊夢と子供達。何か嫌なものを感じたのか、霊子が障子の向こうから、チラリと目を覗かせている。
「ふふっ……では、博麗神社の皆さんに向けて改めて自己紹介させて頂きますね」
「「「「!!」」」」
「私、