「弦月姫っ……虔魔っ……そんな……!あんた達、目ぇ開けなさい!!弦月姫!!虔魔ぁっ!!」
らしくないくらいに感情を露わにする咲夜。だが彼女がこうなるのも仕方ない。娘と息子が目の前で血のレーザーに腹部を貫かれているのだから、頭を抱え蹲ってしまうのも仕方なかった。
しかし、そんな咲夜の声が届いたのか、静止した静かな世界の中、か細いながらも、なんとか2人の声が返ってきた。
「……お……お母ぁ……さ……ま…………」
「痛い……痛いぃッ……」
「弦月姫!虔魔!良かった……良かったっ……!!」
咲夜は初めて、子供達の前で涙を見せた。姉弟はそんな母を見て驚いた顔をするが、口元の血を拭い状況を説明する。
「無事なのね……本当に良かったわ……」
「お腹が痛いですけど……。今にも意識が飛びそう、ですけど……なんとか……耐えてます……ッ」
「もう少し下なら股間を貫かれてましたよ……全く、童貞のまま死ぬなんて……ゴメンですよ……っ」
軽口を叩く余裕はあるらしい────と思えるが2人の顔面には脂汗が流れんばかりに輝いていた。きっとかなり無理をしていて、心配させまいとしてわざとそんな事を言うんだろう。
咲夜は2人を余計に心配するのはやめて、2人のそんな気持ちを汲む事にした。
「あら虔魔、あなたってばまだ童貞だったの?」
「悪いですか?」
「妖怪なら、童貞が許されるのは3歳までよ?」
「……。なんか逆に疲れました。妖舞お兄様が童貞な時点でそれは詭弁ですよ……イテテ……」
「あらら。とりあえず状況報告して。虔魔から」
「はい。僕はさっき、美鈴さんを倒した水色の髪の悪魔と戦ったのですが……まぁ……返り討ちに遭い、ここで気絶してたみたいですね……」
「美鈴がやられる前に敵襲に気付けなかったの?」
「3階の掃除をしていましたので……はい……。少し気付くのが遅れました」
「じゃあどうして気付いたの?」
「換気をしようと窓を開けた所、血の匂いがして。美鈴さんの血の匂いと判断し、持ち場を離れ現場に急行しました」
「……弦月姫は?」
「1階の各部屋のベッドメイキングをしてました。換気はしましたが、風向きの関係で、血の匂いには気付けず……。エントランスを通り掛かったら虔魔が倒れていたので、起こそうとしたのですが……」
「魔法陣が虔魔の上に現れたものだから、咄嗟に、虔魔を庇った……と」
「その通りです。時間を止めれば良かったのですがそれより先に身体が動いてしまい……」
「ったく……咄嗟に能力が使えないのはまずいわね。思わぬ所で、今後の課題を得られたわね?」
「はい……。しかしこの攻撃、まずいですよ」
「!……何がどうまずいの?具体的に報告して」
「傷が広がるんです……この攻撃……」
「しかも吸血鬼の再生力も通用しませんよ、コレ。全く、ふざけた攻撃ですよ」
美鈴の傷が広がっていたのは、彼女が動いていたからではなく、技の効果だったのか────と今更ながらに納得がいった咲夜。
と同時に、最後までよく彼女の話を聞いておけば良かった、と奥歯を強く噛み締める。
「っ!そうだ美鈴さんは!?」
「僕が見た限りではかなりまずい状態でしたが……」
「今は……私が美鈴の時間を止めてる。どうにかして対処法を見付けないと、彼女の時間を動かしたら、数分……下手したら数秒で、美鈴は死ぬ」
「「ッ!!」」
泣きそうな顔になる弦月姫、リリスへの憎しみを露わにする虔魔。あまり仲の良くない姉弟ながらも美鈴への想いは変わらない。
「気にしなくていいわ。この時間停止と、美鈴への時間停止は別々。そして、旦那様だったら、美鈴の治療も行えるでしょう。パチュリー様も居るしね。治癒魔法の使い手の数は、紅魔館は幻想郷イチよ」
「しかし治癒魔法で治せますかね、コレ……」
「どうして?」
「治癒魔法、実際に受けると分かるんですけれど、細胞分裂を促進させるような感じがするんですよ。元の再生力に更に治癒力を上乗せするような、素の再生力を倍増させるような、そんなイメージです」
「!……だから『火傷のような細胞の変質したモノは治癒魔法でも治せない』の……?」
「はい。僕ら吸血鬼は元より、妖怪は頑丈ですから基本的に欠損すら治るようなんです。勿論、種族によって再生を完了するまでの時間に大きな差はあるはずなのですが……」
「つまり、治癒魔法は『自然治癒の範囲』なのね。自然治癒を超速で強制させるのが、治癒魔法……」
「少なくとも、パチュリー様のはそのタイプです。以前、色々あってパチュリー様の治癒魔法を受けた事があるので」
「その『色々』はまた今度聞かせてもらうとして。もしそうなら美鈴は永遠の眠り姫になるわよ」
「そんなぁ……!」
「お父様でも無理なのでしょうか。僕、もう少しで分かるような気がするんですが……」
虔魔がポロッとそんな事を言うので、2人は彼を凝視する。彼は一点を見つめ、うーん、うーん、と痛みに耐えながら頭を必死に回し、やがて……。
「あぁそうだ。傷ついた部位を捨てるんですよ」
「「ッッ!?」」
「お父様が火傷を治す際は、火傷した部位を切断し新たな切断面を作っていました。そうすると、その新たな傷口から再生するので、
「待ってよ虔魔!じゃあ私達は……っ」
「ドーナツの如き輪っかを作るように、このお腹を内臓ごとくり抜く必要がありますね……クックック、我ながらイカれたアイディアですよ……!」
「はぁああああ!?……イテッ……ゲホッ!」
「もしくは……おヘソの少し上辺りから、一刀両断。そして新たに下半身を再生させるしか望みは無いと思われますが」
「嫌よそんなの!そんな痛みになんて、耐えられるワケないでしょッ!?」
「じゃあ、くり抜きますか」
「ぜッッッたいにイヤ!!」
「大丈夫ですよぉ。吸血鬼なんですから、最悪でも蝙蝠1匹分の肉片があれば再生できるんですよ?」
「イーーーーヤーーーーッッッ!!!!いだだっ、いだぁいっ!!痛っ、うぐっ、ううっ……」
「大きな声を出すからですよ。あー……これ時間停止解除したら5分以内には死にそうですね……ぐッ……はぁ、既に視界が白くなってきましたよ」
常人なら、というか、時間停止の影響を受ける者ならば、出血も止まる。しかし十六夜姉弟は揃って時間能力者であり、能力や魔法による時間停止なら影響を受けない。
今回に限っては、それがアダとなっている。傷の広がりは止まっても、出血は止まりはしない。
「どうやって脱出しましょうね、なんかもう痛みが和らいできているような気さえしますよ」
「細分化は……あんた達はできないんだっけ?」
「あ!」
「あー細分化……クククッ、完全に忘れてましたよ。そういえばそんな技能もありましたね。それならば簡単ですね、ええ。傷付いた部位を、1匹の蝙蝠に押し付け────脱出後に、その失った部位を再生させる……!」
瞬間、眼をギラつかせた虔魔は、バサリと全身を蝙蝠に変身。弦月姫が庇っているその場所には少し大きめの翼が欠損した蝙蝠が1匹だけ串刺しのままピクピクと痙攣していた。
「やはり、腕が欠損する感覚というのは、何度体験しても慣れませんねェ」
「虔魔、ストックの血を飲んできなさい」
「必要ありません。それより敵はどこですか」
「え。……いいから、血を補給しなさい。あの出血は殆ど致死量よ」
「お母様、お母様。────もう一度、聞きます。て・き・は・ど・コ・で・す・か?」
「ッ……!」
眼をかっ開き、口元から血が零れるのも厭わず、殺意すら籠ったような目で咲夜を見上げる。息子のあまりの気迫に押され、咲夜は口元を震わせながら言葉を返す。
「……地下牢に続く階段よ」
「虔ッ…………魔……」
聞くや否や、返事すら言わず、瞬間移動のような凄まじい速度で飛び出す。弦月姫は弟へ向けて手を伸ばすが腹を貫かれていては届くはずもなし。
「それよりほら弦月姫、さっさと細分化しなさい」
「す、少し集中力を高めないと……」
「吸血鬼の基本技能は、メイド業務を叩き込むより前に教えています。それを何故忘れるのかしら」
「ッ……すみません……」
「……。さっさとそれ抜けて、傷ができた部分は蝙蝠1匹に押し付けて、再生させなさい」
「はいっ」
「そうしたらストックの血を飲んで、私達の援護に来なさい。私は、このまま虔魔の所に行く。虔魔が敵を殺してしまう前に、止めなくちゃ」
「え」
弦月姫は敵の姿を知らなければ、どうして咲夜が敵を殺してしまわないよう気を使っているのかも、全く分からなかった。それでも、自分はメイド長の母に従うだけだと、全身の神経を集中させ、肉体の輪郭を崩し、少し時間をかけて、細分化していく。
咲夜はそこまで見守り、遅れながらも虔魔の方へ援護に向かったのであった。
◆
「……ここですか?ここに居たんですか、あの女は。縄しか残ってないじゃないですか。何なんですか。何なんですか?何なんですかっ?何なんですか!?何なんですかあの女はァッ!暴れるだけ暴れて!!時が止まる前に逃げ出したとでも言うのですかッ!フザけやがって!ナメやがって!コケにしやがってあの女ァッ!!ブチ殺すッッ!!!」
石畳の階段も破壊する勢いで階段を駆け上がる。曲がり角は壁を蹴って、速度を落とさず方向転換。すると向こうから、咲夜が階段を駆け降りてくる。虔魔はちらりと一瞥するがそれだけで、スレ違い、階段を駆け上がる。
咲夜はそれだけで、リリスが逃走した事を察し、虔魔の後を追う為に方向転換して、己の時間を加速させて虔魔に追いつく。
「敵はっ!?」
「居ませんでしたよォ、ええ!必ず奴をブチ殺してやります!どこに行きやがったあの女ァ!!」
「……やっぱりあなたも、旦那様の子ね」
「はい?当然でしょう。何を今更?」
咲夜は、牙を剥き出して闘争本能を曝け出す彼を見て、ふと、20年以上前の事を思い出していた。
妖怪の山の掟に逆らったからと言われ無実の罪で囚われてしまった鴉天狗・射命丸文を単独で救出に向かったエスカルゴ。
そこで殺されかけるが、それによって、吸血鬼の潜在的な凶暴さや本来の残忍さなどが開花する事になった、あの一件。
今、彼の身に起こっているのは、まさにあの時のエスカルゴの覚醒パターンであった。ならば、この覚醒直後の強さに賭けるのもありかもしれない。
「────虔魔、よく聞きなさい。敵は博麗神社に移動したわ」
「はい?何故分かるんです」
「虔魔と弦月姫を貫いた、あの攻撃はね。
「!」
「何処にやったか問い詰めたら『エントランス』、そして『はく』……とまで言っていたわ」
博麗神社以外に「はく」から始まる地名は無い。故に、咲夜も、そして虔魔もリリスの次なる目的は博麗神社なのだと確信した。
「私は停止を解除して旦那様を探しに行く。虔魔はとにかく、無理だけはするんじゃないわよ」
「ええ分かってますよ。死ぬ前に戻ります」
「……じゃ、解除するわね」
こうして、次なる戦いは静かに幕を開けた。早く決着をつけ、あの悪魔を仕留めなければ、幻想郷が滅茶苦茶にされるという予想が実現してしまうのを肌で感じながら……。