霊夢、異世界へ
エスカルゴとモルモーによる世界創成が終わりを告げてしばらく経った頃、それは起こった──。
「……?」
今日も今日とて、博麗の巫女である博麗霊夢は、紅魔館に遊びに行っていた子供達に代わって、1人きりで境内の掃除をしていた。
しかし、鳥居の辺りに妙な気配を感じた霊夢は、掃除の手を止めて鳥居を注視する。すると次の瞬間グンニャリと空間が歪んだかと思うと、黒い球体が出現した。
「ッ!」
咄嗟に身構える。するとその球体からは、まるで何かに弾き飛ばされるかのように1人の少女、いや幼女が飛び出してきた。
「きゃうっ!」
「え……ちょっと、大丈夫?」
「あうぅ…………幸先悪いスタートですぅ……」
びたんっ!と勢い良く石畳に顔をぶつけた幼女は顔を抑えながら身体を起こした。鼻血まで出して、涙目になってしまっている。
レミリアのようなロリータファッションを纏い、しかも吸血鬼のようなよく見慣れた翼があるので、どこか親近感を覚えたのだろう。4児の母親である霊夢は先程までの警戒を解くと、ハンカチを渡すと共に、その幼女に手を差し伸べた。
「ほら、立てる?」
「んぅ……ありがとうございます……」
見た目や気配だけでは、悪魔か吸血鬼かの区別がつかなかった。どういうワケか霊夢にさえその辺の情報がまるで読み取れなかった。
それを受けて、霊夢は少しだけ警戒する事に。
「……で?何なのよあんた」
「あ!そーでした!あなた博麗霊夢さんですね!」
「え。そ、そーだけど……あんたは?」
「それなら良かった!座標も完璧だったみたいっ!来てください霊夢さん、あなたを私達の世界に招待しますからねっ!」
「えっわっ、ちょっと!?きゃあああああっ!?」
グッと腕が抜けるかのような勢いで腕を引かれ、その幼女は黒い球体に身を投じる。続いて、霊夢も黒い球体に衝突────はせず吸い込まれていき、博麗神社では、その球体はポシュンッと消滅した。
「到着でーすっ!」
「は……?」
到着したのは幻想郷に比べて遥かに文明の進んだ世界だった。紫のスペルカードで見た「電車」が、柵の向こうで、ガタンゴトンという重い音と一緒に走り抜けていく。色なんかは違うが「電車」だなと一見してすぐに分かった。
更に、かつて「外の世界」で目にしたような高い建物「ビル」が、そこかしこに並んでいる。
そして、電車を小型化したような四角の移動物が2人の目の前にキキィーッという甲高い音と一緒に停止した。
「さ、霊夢さん!乗ってください!」
「いや……何が何だか分からなくて……っていうか、ここはどこよ!?」
「それも説明してあげますから!ささ、ほらほら、バスに乗って!」
「…………」
全く納得いかなかった霊夢だったが、その幼女が目の前の「バス」に乗り込んだので、渋々ながらも霊夢もその後に続いた。
座るように誘導され霊夢がおずおずと着席するとブルンと重い音を立ててバスはトコトコ走り出す。
「それでは改めてご挨拶させて頂きます!この度は霊幻世界観光ツアーにご参加頂き、誠にありがとうございます!私、霊幻世界観光大使の、『セツ』と申します!以後お見知りおきくださいませ!」
「
「霊幻世界とは、幻想郷のお隣にある、次元が違う世界です!結界などで隔てられているのではなく、存在している『空間』そのものが違うのです!」
「?」
「えっと、四次元世界とは違うんですけどー、少し分かりやすく言うと、幻想郷と違って『結界』では囲まれていないっていう事です!」
「それはさっき聞いたわ」
「あうっ!?……うぅ……すみません……」
セツはポケットからメモを取り出すとパラパラとページを捲っていき、あるページを数秒見つめるとパタンと閉じ、ポケットにしまう。
「では、ツアー参加者の霊夢さん!まずはこちらをお受け取りください!」
「?……せ、1000円札が10枚?1万円?え、怖い、何で急にお金を?こんなの要らないわよ」
「いえいえ、受け取ってください!霊夢さんが創造魔法をお使いになるというデータはありませんし」
「ム。確かにそりゃ創造魔法なんか使えないけど。それがこのお金と、何の関係があんのよ?」
「この世界は、物々交換が主なんです。サービスを受けたら、提供者の『欲しいもの』を、創造魔法で創り出してお渡しします。しかし、誰にだって得手不得手はあります。創造魔法が使えない者、または魔力が少ない者の為に、このお金というモノは存在します」
「……幻想郷も未だに基本的に物々交換だけど……」
「恐らく、幻想郷より分かりやすいと思いますよ!そもそもモノに値段は無いので……!」
「え?」
「この世界は『好意』、『魔法』、『性』の3つの要素で成り立っているのです。例えば、料理なら、美味しければそれなりのお金を渡しますし、相手の欲しい物も何個も渡します。もし不味ければ、無銭飲食でも構いません。その店員は泣きますが」
「えぇ……」
セツと名乗る幼女の説明は、実に分かりにくい。彼女なりに分かりやすく伝えてくれようとしているというのは霊夢にもよく伝わるのだが、いかんせん世界観があまりに違い過ぎた。
「────いや待って、普通に流されちゃったけど
『霊幻世界観光ツアー』って何よ!?何で私ここに誘拐されたの!?」
「ゆっ、誘拐なんてとんでもないです!私はただ、神様に選ばれた霊夢さんをお連れしただけで……」
「は?神様?」
「ハッ!す、すみません!今のは聞かなかった事にしてくださいっ!」
「はぁ?」
「その……
「わ、分かったわ……」
「……霊夢さんは『創造主様』から、選ばれました。
『どうぞ私の世界を楽しんでくださいね』と!」
「にしては強引だったけどね」
「すみません、あぁでもしないと弾幕ごっこなどを挑まれるでしょうし、もしもそうなったら私がボロ負けになって、任務遂行できなくなるので……」
実際、針を構えて、臨戦態勢にまで至ったのだ。霊夢は、何も言い返す事が出来ず、ちらりと目線を逸らして黙り込む事しか出来なかった。
「ん?この世界にも『弾幕ごっこ』があるの?」
「ありますよ。魔法か体術がメイン戦法ですけど。幻想郷のルールを輸入したそうで。これを知るのは私を含め一部の者なのですけどね」
「ふぅん……」
ふと窓の外を見る霊夢。道行く人々、その多くが翼が生えている。しかしちらほらと、天使のような白い翼や、黒い鳥のような翼の者なんかも居る。
中には先端がスペードのような形をしている謎の尻尾を持つ者や角が生えている者までいるようだ。その中でもある共通点を見つけた霊夢は、質問するというよりは、独り言。呟くように言う。
「肌の露出、多くない?」
「先程も申しました通り、この世界では、『性』も1つの大事な要素なのです。だから羞恥心はあまり持っていません」
「この世界の創造主、ヤバイ思考ね」
「えへへっ……。もっと言うと、私達の肉体はただの器で、本体は魂なんです」
「え」
「だから不老不死なんです。生まれつきですよ」
「は!?
「はいっ!霊夢さん、良い反応しますね!」
「……あれ?生まれつき不死ならともかく、不老なら赤ん坊から育たなくない?」
「私達は、セックスをトリガーに、魂を分ける事で子作りをします。魂が主体です。そこに年齢などの概念は無くて、故に『生まれつき成体』なのです。魔力が集合した擬似生命体『魔力体』と、少しだけ似ていますね。これを『分霊出産』と言います」
「!!」
魔力体────小悪魔の娘ここあ&シガレットがまさにその「魔力体」なる存在だ。小悪魔は悪魔の中でも力が弱い「小悪魔」という種族。
しかし娘2人は、エスカルゴから小悪魔に大量の魔力を譲渡され、それを彼女が「2人の娘」という形に出力したというもの。
確かに、似てはいる。魔力体は魔力の集合体だ。そこに年齢や性別などの概念は存在すらせず、故に老いもせず、生まれつき成体。魔力が尽きる以外は死んだりすることもない。細部は異なるが、確かに両者は、似ていた。
魂という名の本体を切り分ける出産、成程確かに神様の分身「分霊」と似ている。故に「分霊出産」なのだ。
「創造主様は、とても深い愛情の持ち主なんです。愛する者を失うのを、いたく恐れているのです」
(どこかで聞いた事あるような)
「この世界の住人は全て創造主様の子孫なんです。私も含めて。このバスの運転手も。今すれ違った、裸コートの露出狂さんも、それを追いかけるケモ耳チャイナドレスの子も。皆が他人で皆が一族です」
(……じゃあ、エスカルゴじゃない、か?にしても、似たような思考回路の持ち主って、存在するのね。アイツなら自分の世界くらい創りそうで怖いわね)
エスカルゴに露出癖があるという話は霊夢すらも知らない。だから、露出狂が闊歩するこの世界は、エスカルゴの世界ではないかもと疑いを晴らした。
「親戚ばっかなの?近親相姦とかどうなってんのよこの世界……いや私が言えた事じゃないけど」
「近親相姦をタブーとする概念はありません。まず私達の子作りと幻想郷や他の世界での子作りとは、根本からして大きく違うので……」
「?」
相変わらず分からない。しかし窓の外をしばらく眺めて、霊夢は、大きな違和感に2つ気が付いた。
「……待って。この世界、男は?女しか居ないわよ。それも、赤ちゃんに近いような幼女から少女まで」
「男は存在しません。創造主様は男が嫌いなので」
(やっぱりエスカルゴ?)
ロリコンで男が嫌い。まさに自分の旦那の事だと霊夢は目眩がしてきた。確かにそれなら自分をこのブッ飛んだ世界に招待してくるのも納得がいった。
「……で?どうやったら帰れるのよ」
「あ、はい。帰る方法は2つあります。まず1つ、このツアーに最後まで参加すること。次に、参加者である霊夢さんが『満足』することです」
「途中退出は?」
「不可能です!」
「私をこの世界に連れ込む時のあの黒いヤツは?」
「あぁ、アレはですね、私とか、この世界の誰かの能力じゃないんです。この世界の創造主様の能力の一部を具現化した入口────『ポータル』です。座標を指定する事で任意の場所に移動できます」
(エスカルゴの《異世界に行く程度の能力》かな。とするとやっぱり、ここはアイツの創った世界?)
「霊夢さん?どうしたんですか、難しい顔して」
「……ねぇ。この世界の創造主って……誰?」
「それは、ツアーの最後にお教えしますよ。ゴール地点は全ての『ネタばらし』しますから。ですから霊夢さん。もしもそれを知りたいのなら、どうか、それまで決して『満足』しないでくださいね?」
「…………分かったわ」
察してはいた。それでもやはり、答えは彼女から聞いてみたかった。
悪魔のような、黒い笑顔を浮かべたセツ。そこに何やら嫌なものを感じ取りつつあった霊夢だったが意外とすぐに「それ」は現れた。