「お兄ちゃん、一緒にお風呂入らない?」
「……は?」
俺がいつものように部屋でネトゲをしているとみはりが話しかけてくる。
「いや、なんで……」
「たまにはいいじゃない。それにこの前、髪が上手く洗えないって言ってたわよね。私が教えてあげる」
笑顔で俺を見つめるみはり。
「え……、いや、別に良いよ……」
「遠慮しなくていいんだよ、お兄ちゃん」
「でも……」
俺には熱湯をかけられた日のトラウマがある。
もし、一緒にお風呂に入れば、また同じ事をされるんじゃないだろうか。
そう思うと、怖くて仕方が無かった。
すると、煮え切らない返答に苛立ち始めたのか、みはりは俺の腕を引っ張り、
「お兄ちゃんに拒否権なんてないよ。早く来て!一緒に入るよ!!」
声を荒らげながら、俺を無理矢理立たせた。
「……」
黙って下を向く俺。
空気が張り詰め、胃の奥から酸っぱいものが逆流してくる。
どうすればこの場を切り抜けられるのだろうか。
足りない頭をフル回転させる。
その時、
バチィィン
乾いた音が響いた。
俺は一瞬、宙を舞い地面に倒れ込む。
ほっぺが焼けるように痛い。
「あぁ……、い、いたぃ……」
ほっぺを抑え、かすれ声を上げる。
みはりが、そんな俺を見下しながら何かを呟いている。
耳鳴りが酷く、何を言っているのか聞き取れない。
しかし、命の危機を感じた俺は、みはりの言葉に
「い、一緒に入るから……、酷いことしないでぇ……」
と泣きながら返事をした。
「うふふ、お兄ちゃんの髪、本当に綺麗だね」
そう言って、みはりが俺の髪を丁寧にブラシで洗い流す。
「うひっ!」
毛先にトリーメントを塗るみはりの指先がくすぐったく、声が出る。
「あはは、何その声、可愛い~~」
笑いながら俺の髪を流すみはり。
そんないつもとは違う、優しいみはりの姿に困惑すると共に、安心感を覚える。
もしかして、本当に俺とお風呂に入りたかっただけなのか?
それなら、うわべだけでも楽しむ素振りをみせた方がいいのかもしれない。
そうすれば、きっとみはりも満足する。
そして、それが2人の関係を元に戻すきっかけになれば……。
―これは俺に残された最後のチャンスだ
そう考え、みはりと楽しくお風呂タイムを過そうと決意する。
しかし、そんな友情ごっこでは、もうどうにもならないほど、俺たちの関係は歪みきってしまっていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
みはりが自分の髪を洗いながら、俺に話しかけてくる。
「……ん、なんだぁ、みはりぃ」
湯船に浸かり、まったりしながら、夢見心地で答える。
「お兄ちゃんが私を初めて犯した日のこと、覚えてる?」
みはりがシャワーを止め、ゴミを見るような目で俺を睨み付けてくる。
穏やかだった空気が、身の毛もよだつような恐ろしい雰囲気に変わる。
「あ、あぁ……」
あの日の事を思い出し、脳がパニックを起こす。
同時に、呼吸が荒くなり、まともに息が出来なくなる。
―どうして今まで忘れていたんだろうか
あれはちょうど1年前の今日。
両親の不在を確認した俺は、風呂に入っていたみはりを無理やり犯した。
俺に何をされても抵抗しなくなっていたみはりだが、あの日ばかりは、
「痛い、痛いよ!!」
と叫びながら、必死に抵抗していた。
みはりの声が想像以上に大きく、隣の家に聞こえてしまうのではないかと焦った俺は、その日初めて、みはりの顔を殴った。
あの時のみはりの絶望に満ちた表情だけが、今でも脳裏に焼き付いている。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
みはりが俺の前に立つ。
「はぁ……、はぁ……」
何を言えばいいのか分からず、ただただ怯える。
「お兄ちゃんのほっぺ、白くてぷにぷにだね」
みはりが俺のほっぺをスーっとなぞる。
「あ……、いやっ……」
俺は思わず後ずさる。
しかし、狭い浴槽の中で逃げ場など無く、あっという間に壁際に追い込まれる。
するとみはりは、片手を壁に押しつけ、
「もしお兄ちゃんが私に犯されたら、どんな表情をするのかな?」
鬼のような形相でそう言った。
「あ、ああああああ」
パニックを起こし、叫び声を上げながら逃げ出そうとする俺。
みはりはそんな俺の髪を掴み、
「自分の犯した罪から逃げちゃだめだよ!お兄ちゃんっっ!!」
と大きな声をあげ、ドンッと俺の顔面を床に叩きつけた。
「アガッ、っぁぁぁぁああああああ、痛い、痛ぃぃぃいいい」
悲鳴と共に、鼻から血が噴き出し、顔中が痛み出す。
だが、みはりはそんな俺を気遣うことなく、再び髪を引っ張る。
ブチッ……、ブチッ……と髪の抜ける音が聞こえる。
「や、やめ、ひっぱらない……ゴフッ」
俺の言葉を遮るように、みはりが俺の顔を浴槽の中に沈める。
「が、ガハ……」
息が出来ない……。
体が熱くなり、耐えがたい苦しみが俺を襲う。
……このままじゃ、死ぬ。
本気でそう思った俺は、必死に手を動かし、ガリガリッとみはりの手をひっかく。
しかし、俺を抑えるみはりの力が弱まることは無く、徐々に意識が遠くなっていく。
薄れる意識の中、誤って壁をひっかいてしまい、爪が割れ、指先がジンジンと痛み出す。
―あぁ、これが最後に感じる痛みか……
そんな事を考えながら、俺は静かに目を閉じた。
「おはよう、お兄ちゃん」
目を覚ますと、そこにはみはりの顔があった。
「あ、あぅ……」
みはりに話かけようとしたが、上手く喋れない。
同時に、今まで感じたことのないような痛みが全身を駆け巡る。
「無理しなくていいよ、お兄ちゃん」
みはりは俺に笑いかけ、そっと手を握る。
視線を横に移し、辺りを見回す。
どうやら俺は、みはりに介抱されていたようだ。
実際、俺の隣には救急箱が置かれている。
助かったのか……。
心の底から安心感が湧き出すと共に、全身の力が抜け、強烈な眠気に襲われた。
「ふふ…、おやすみ」
みはりの声を聞き、もう1度目を瞑る。
―俺はその日、夢をみた。
夢の中で俺は、みはりと仲良く銭湯に入っていた。
その光景は微笑ましく、2人共、とても幸せそうだった。
―もしかしたら、あったかも知れない世界
俺が間違いを犯さなかった「もしもの」日常。
そんな夢を見て、幸せな気持ちに包まれながら、俺は静かに夜を明かすのだったー