この所、暗闇が苦手だった。アビサルハンターたる彼女が闇に恐れを抱く事は、本来ならばあり得ない。こうなってしまったのは、彼女が正気に帰り、ロドスに合流した後からである。狂人号の一件により、彼女…スペクターは己を取り戻した。それは喜ぶべき事であり、少なくとも落ち込む事ではない。だのに、彼女は全てが万事解決し、狂気を脱してめでたしめでたし、とは到底嘯けそうに無かった。
寝るには瞳を閉じる必要があって、瞼を落とせば闇色に覆い被さられる。それがどうにも嫌で、スペクターは最近、眠くなるまでの時間、こうして寝台脇の椅子に座って、明るめの常夜灯に横顔を晒すようになった。普段戦闘の際に着用している装束は畳まれ、今は就寝前の格好をしている。机に肘を付いてはぼうとして、小さく吐息を漏らした。左手で頬杖を付き、長く美しい銀髪の毛先を右の親指と中指で弄って、伸び切った自身の影をその視線でなぞる。結局、暗闇に身を委ねるのも、こうして時間を潰すのも、さして変わりはないのかもしれない。
暗闇が嫌いなのは、余計な事を考えてしまうからだ。だが、ここ数日は暗闇に身を置かずとも、暇さえあればその『余計なこと』を考えてしまうようになってしまった。
彼女が抱く蟠った感情は、全てがドクターに起因していた。更に言えば、ドクターとスペクターの関係に起因していた。昔のスペクター…修道服で身を包み、襲い来る狂気に呑まれて精神が不安定だった頃のスペクターの治療の一部を、当時、ドクターが担当していた。ドクターは特に精神的なカウンセリングを担っており、その為ならば多少の肉体的接触は許容された。それは例えば、手を握って温もりを伝えたりだとか、落ち着かせる為に抱き締めたりだとか、添い寝をする事で夜に暴走した彼女を宥めたりだとか、そういったモノだ。だが、どうやらシスター姿の彼女は、
彼女はドクターへ直接的な、男と女としての交わりを求め、ドクターもそれに応えた。その時の彼にどんな想いがあったのか、どんな顔で受け入れたのか、過去の全てが他人事のような今のスペクターには分からない。記憶は所々に紗が掛かり、涙で歪みでもしたようで、確としては掴めない。ただ、スペクターの中で、大切な思い出として仕舞い込まれている事だけは真実だった。
彼と彼女は幾度も身体を交じらせ、その度に情を深めていった。記憶は曖昧な筈なのに、彼から与えられた温かみは、愛おしげな視線は、この身体に焼き付いていて、今尚拭えはしない。だが、それが向けられていたのは嘗ての
「私は……」
スペクターの影が、頼りなく揺れる。耳に沈み込む静寂が鼓膜を刺した。
過去の自分も今の自分も、両方共に自分であり、そうスペクターは受け入れ、納得している。だが、彼はどうだろうか。表と裏など、結局は主観に過ぎないのだ。見たことの無いコインを摘み上げ、こちらの面が表であり、もう片面は裏であると決めたとして、その決定を万人が違和感なく受け入れる事ができるだろうか。
「……ドクター…」
呟かれた言の葉は、切なげに揺れていた。そうだ。何よりも厄介なのは、この声に乗せられた色だ。あのシスターがドクターへと抱いた感情が、その時限りのものならば何も問題はなかった。過去のスペクターの想いが、今のスペクターにまで受け継がれていなければ、彼女は悠々と、余裕綽々で過ごしてこれただろう。だが、熱は冷めずに残り、彼の良い所ばかりが目に付くようになってしまった。芸術とロマンスは切っても離せぬものだ。ならば、芸術へ造詣深いスペクターが、その意味に気付かない訳はなかった。
らしくない己に向けて、呆れた溜め息を吐き掛ける。物事というのは思いの外単純だ。こうしてずっと思考を空回りさせて、勝手に不安を増幅させ続けても、進展はない。悩む事が一概に無駄とは言い切らないが、瞬きを刻む間にさえ、時間は宿っているのだ。
想いに馳せるスペクターを、睡魔が襲う。そろそろ就寝の時間だと、思考を切り上げ、席を離れようとしたその時、彼女の身体を冷たい隙間風が撫でた。雪が降る程ではなくとも、今夜は寒い。その寒気に、スペクターは一つ、思い付く事があった。それは極論であり、その論法は「仲を深めたいならば、交際する男女が行う行為をすれば良い」という乱暴なものだった。暴論であり、スカジへの負い目もまたあったが、それでもスペクターはそれを信じた。あまつさえ、その実行を決意してしまったのである。
◇ ◇ ◇
現在、ロドス本艦はリターニアに駐留している。美しい街並みに、優れた芸術家達が住まうこの街は、スペクターの好みに沿っていた。結果、彼女はドクターを誘って街の散策に出る事にし、彼もまたそれを承諾した。
その、リターニアの一角、そこにある時計台の前を待ち合わせ場所として、銀髪の女は立っていた。当初はそのような如何にも人が多そうな場所は避けようと、ドクターは提案していたのだが、「ドクターは人混みに紛れた私を見付ける事が出来ないのね。悲しいわ」などと態とらしく嘘泣きをされてしまえば、彼としては受け入れざるを得なかったのである。
スペクターの容姿は周囲の目を引く。多くの視線が寄せられるも、彼女は一切気にかける事なく、リターニアの景観に目を向けていた。声を掛けてくる、顔も知らない軟派な男を数人適当にあしらい、待ち人に焦がれること少し。
「すまない、待たせたかな」
時間きっかりに現れたドクターは、スペクターへと軽く手を振り、彼女の元へと足早に歩み寄る。凍えた風に口元を襟で隠し、身を竦めていた彼女は、その姿を見るなり口端を綻ばせた。
「そうね、少し待ったかしら。駄目じゃない、ドクター。私にどことも知れない悪い虫が付いたらどうするつもりなの?」
嫌味にしては柔らかい口調の小言に、ドクターは一言二言謝って、改めてスペクターの服装を眺める。今日の彼女は随分と、見覚えのある格好をしていた。
「その服は……」
少し癖のある白銀の長髪は三つ編みにされ、後ろに流されている。頭部を覆うのはいつもの三角帽子ではなく、黒のシンプルな帽子だった。黒と灰色の衣服は、厚い生地ではないながらも、幾重にも布が重なり、寒そうな印象は受けない。そしてその上から羽織られた白のカーディガンが、全体の印象を纏めている。端的に言えば、良く似合っていた。
「ええ、あの娘が着ていた冬服よ。私も結構気に入っているの。どう?似合っているでしょう?」
過去のスペクターが着ていたその衣装を、見せびらかすように腕を広げると、そのままくるりと一回転をする。赤い瞳が悪戯に、ドクターの眼を覗き込んだ。
「ああ、綺麗だ。似合ってるよ」
「あら、ありがとう。でもドクター、貴方はそんな野暮ったい服装なのね。貴方が一体どんな格好で私とのデートに臨むのか、楽しみにしてたのよ? なのに残念。これは仕事じゃないんだから、もっとまともなお洋服でないと」
不満げな表情を見せる彼女に、ドクターは反論の言葉を持たなかった。ドクターの格好はといえば、いつも通りのバイザーを被った、いつも通りの不審者スターターセットである。怯むドクターを可笑しそうに、弾んだ声で笑うスペクターは、分かりやすく上機嫌だ。
「でもいいわ。貴方が今日という日の為に休みを作ってくれたのは知っているもの。それに免じて許してあげる」
そうして緩やかに微笑むと、冷気から隠していた指先を黒の袖から覗かせて、ドクターへと差し出した。
「それじゃあ行くわよ、ドクター」
ドクターがそれを手に取れば、楽しいデートは幕を開けた。
それから先ず、スペクターの提案で服屋に入り、ドクターの為の私服を揃えると、街を巡りながら頃合いを見て昼食を摂った。ランチ中に彼女が語った話では、今回の目玉は十七時開演のオペラであるとの事だ。それまで暫く時間があるため、美術館でゆっくりと時間を使おうという運びとなった。約三時間にも渡る館内巡りであったが、彼女との時間はドクターにとって流星のように早く、充実したものだった。気持ち声量を落としたスペクターに、耳元でこしょこしょと解説されるのは、内緒話をしているような、妙な楽しさもあった。スペクターもまた、ドクターの鑑賞ペースに合わせながらも、終始満足げに美術鑑賞を楽しんでおり、歩き疲れたドクターが備え付けの椅子に腰を下ろせば、鼻歌まじりにその隣に座った。
三時間はあっという間に過ぎ去り、今は本日の本命、オペラ鑑賞まで後三十分程という状況にある。美術館から大通り寄りに進んだ先にある劇場、その一階の正面席で、ドクターとスペクターは肩を並べて開演を待ち侘びている。絨毯を思い起こさせる赤い布で包まれた座席に、天井や壁は眩い照明を反射して黄金に輝く。豪奢な作りの劇場は、大貴族の館にも似た装いをしていた。
今回の演目は、人気の脚本家によって書かれた新作であるようで、辺りの人々は静かに期待を漲らせている。オペラとは大衆にも開かれた芸術だ。場内の人々は上流階級から労働者階級まで幅広い。一階も上階もぎっしりと人が並び、その注目の程を示していた。
それから幾許かして、照明が落ちた。幕がゆっくりと左右に開かれ、それに合わせて観衆の声がぱたりと止まる。指揮者が壇上に立つと、拍手と共にオペラが始まった。
それは、記憶を失ったヒロインと、その恋人である主人公、また彼らを取り巻く周囲の人々を題材にした物語だった。
第一幕では、ヒロインが記憶を喪失し、主人公が嘆きの歌を唄い上げる。主人公は新たな愛を見付けるも、ヒロインを忘れられず、迷いの中で記憶から消し去ろうと藻掻いた。
第二幕では、ヒロインが次第に主人公へと惹かれるも、彼が記憶を失う前の自分しか見ていない事に気付き、葛藤に苦しむ。主人公もまた、ヒロインに心を奪われるも、新たな恋人と籍を入れ、全てを過去に置き去ろうと苦心する。
スペクターはそれを、悲しむような、慈しむような目で観ていた。思わず、その横顔に魅入るドクターを、彼女はそっと視線だけで嗜める。その瞳に込められた熱と情念に、ドクターは何も言わずに彼女の手を握った。
第三幕、最終幕になり、主人公は不治の病を患った。意識が薄れていく主人公の元に、ヒロインが駆け付け、記憶が戻った演技と共に彼へ愛を語る。そうして主人公は喜びに包まれ、ヒロインの腕の中で生き絶えた。彼の亡骸を抱え、ヒロインが悲痛なアリアを劇場に響かせると、それをもって幕は閉じた。
優れた歌唱と卓越した演奏、場面を際立たせる演出の全てが合わさったそれは、最高峰の芸術といえる代物だ。万雷の拍手が場内を埋め尽くし、それは客席の照明が灯ってからも続いた。誰もが満足し、感じ入っている。長いカーテンコールが終わると、スペクターは興奮もそのままに、ドクターへと向き合った。
「素晴らしかったわ。特にヒロイン役の女優の声が気に入ったわね。透き通るようで、哀愁を潜ませていていて…まだあまり聞いた事の無い名前だったけれど、あの娘はきっと大成するわ。私が言うんだもの、間違いないわよ。それに寸分の狂いもない演奏も。他にも素晴らしい点は沢山。ああ、語り足りないわ。ねえドクター、貴方もそう思うわよね?」
熱く語るスペクターに対し、ドクターは知識不足故に程度の低い返事しか返せない。ただ、今し方見た物が優れた物であったことは理解出来た。退場する人々に合わせて、ドクターとスペクターも流されるように退出する。二人共に余韻に浸って、受け取った物を己の中で咀嚼する。そうして感想を語り合いながらエントランスの人混みに詰まる二人の耳に、程近くに居た二人組の客の話し声が滑り込んだ。
「……そういえば、さっきの脚本の作者って結構問題のある人らしいよ。酒と女と金にだらしなくて、一度逮捕されたこともあるって」
「え、そうなの? なんか複雑だな……」
「素晴らしい作品ではあったんだけどねえ」
それは何でもない、ただの雑談であり、その二人組はそのまま出口の方へと流れて行き、直ぐに声は遠くなる。ドクター達も、その場では気に留める事もなく、恙無く劇場を後にした。
外はやはり凍えるが、二人はそれを疎まなかった。先程のオペラの楽曲を鼻歌で奏でながらスペクターが歩く。ドクターが彼女の手を取ると、スペクターは喜んで指を絡めた。大通りから少し外れて、人通りが少なくなり始めた頃合いに、彼女は不意に鼻歌を止めて、ドクターの顔を覗き見た。
「ねえドクター。ドクターは、さっきの脚本家がどうとかいう話、聞いていてどう思ったのかしら」
「さっきの…ああ、あの二人組が話していた事か? 私としては特に何も……へぇ、そうなのかと思ったな」
「あら、それはどういう感情なの?」
スペクターの質問に、彼女の真意を掴みかねて、ドクターは小さく唸った。少し迷った後、真意が分からないからこそ、分からないなりに正直に答えると決めた。
「どういうって言われると……まあそういう事もあるかと思ったな。良くも悪くも思わなかったよ。作者の人格に問題があったとしても、あの作品は素晴らしい物だったし、あれに使われていた技術は本物だった。作者の悪評もまた、作品が持つ一つの側面で…それも含めて作品を受け入れる事に、私は特に抵抗はないよ」
「…えぇ、そうね。素晴らしい回答だわ」
ドクターの返答に、スペクターは小さく笑った。何がお気に召したか、やはり捉えられずとも、ドクターはその笑顔を見れた事で良しとした。
二人は足並みを揃えて歩き出す。互いの手を固く握って、その熱を確かめ合った。冬の重さに耐えかねて、寒々しく木の葉を落とした木々が道路脇で身を寄せ合う。木枯らしが吹き遊び、道行く人の温かみを奪っていく。冷たい季節の街はどこか灰色掛かっていて、曇天が地上に落ちてきたようだった。それでも、そんな事は気にせずに、ドクターとスペクターは楽しげに、並んで会話に勤しんだ。
空は翳り、夕闇の気配が辺りを満たしている。二十一時を過ぎて、今ではもう十分に夜中と言って良い時分だ。上機嫌なスペクターに連れられて、ドクターは数分歩き続けた。気付けば二人の足は華やかな表通りには無く、闇の深い、退廃とした空気の一帯にあった。スペクターの足が、一つの建物の前で止まる。それの正体を察して、ドクターはぎょっと目を剥いた。
「スペクター、これは……」
俗にいうラブホテルという物が目の前にあり、スペクターの思惑など、言われるまでも無く理解出来る。言葉に詰まるドクターの反応に、驚きや困惑に近い物を見出して、スペクターは彼の左腕に自身の両腕を絡めた。
「なあに、ドクター。私はその気だったのだけれど、貴方は違ったのかしら?」
◇ ◇ ◇
驚きこそしたものの、ドクターはスペクターを拒まなかった。慣れない様子の彼女に変わって、ドクターがホテルのチェックインを済ませ、エレベーターに乗り込む。スペクターは興味深そうに周囲を伺い、ドクターはそんな彼女を見守った。
目的の階に着き、二人はエレベーターから降りて、廊下に出た。与えられた鍵に刻まれた番号を手掛かりに、目当ての部屋を探し出す。
室内は、一見普通のホテルと変わらなかった。大きなベッドと、浴場に繋がるドア、二人用の小さな丸机と、揃いの椅子。酒類が入っていると思しき戸棚に、柔らかそうなソファ。淡い色味の照明に白々しさを覚えながら、二人は部屋に踏み入る。
ガチャン、とラッチボルトの沈む音が明瞭に鳴った。スペクターはその帽子とカーディガンを脱ぎ、ドクターもまたデートの始めで買った上着を玄関付近のフックに掛ける。奥に進む事なく立ったままの二人は、部屋の入り口で向き合った。
「ねぇドクター。もしかして、だけれど」
開口一番、スペクターはドクターへと問い掛けた。
「ドクターは今の私より、前の私の方が好きなんじゃない?」
彼女は微笑みを携えていた。いつも通りの試すような態度で、いつもより少し弱々しい内面を包み隠す。前で手を組み、じっとドクターと視線を合わせた。
「私とあの娘はコインの表と裏のようなもの。貴方からすれば、私が裏で、あの娘が表なんじゃないかしら。私としてはそれでも良いのよ。でも、私が目覚めた事で、結果的に貴方からあの娘を奪ってしまったなら、そこに少し、申し訳なさを覚えるってだけ。ドクター…ドクター、貴方は、私をどう思っているのかしら」
乙女心が、彼女の口を動かした。いつの間に、際限なく膨れ上がったドクターへの想いが、自己認識と喰い違う。自分は自分で、その認識を他者に委ねるつもりは無かった筈なのに、ドクターの評価が、ドクターの心情が、気になって仕方がなかった。バイザー越しではその表情が分からないからと、デートの始めにそれを取らせたは良いものの、元より表情に乏しい彼からその内側を汲み取る事は困難だ。ドクターは、そんなスペクターの心情を知ってか知らずか、安心させるように笑みを浮かべた。
「君の言う通り、私にとっては彼女が表で君が裏だ。でもね、どちらもコインに変わりはないんだ。私は今の君を受け入れているし、けど、かといって以前の君を忘れた訳じゃない。例え、いつか不意に君が昔のようになっても、私はそれを受け入れるよ。もちろん、多少なりとも時間はかかるだろうけど。…なにせ今の君も、とても魅力的だから」
彼女にとって、それ以上の言葉はなかった。視線を上げ、ドクターの言葉を噛み締めるようにして頷くと、両手を解いてドクターの右手を取る。ドクターが、過去のスペクターにしたように、壊れ物を愛でるように、柔らかく包み込む。
「好きよ、ドクター」
直裁な告白は、捻じ曲げようも無く真っ直ぐに宛先に届いた。ドクターは笑みを保ったまま、首肯によって答えとする。それにスペクターは破顔すると、諦めたように首を横に振った。
「でも、駄目ね。これじゃ全然伝えられた気がしないもの」
哀しむような、落ち込んだような、そんな顔と声色で、彼女は言う。だが、彼女とてこんな簡単な告白で全てが表現し切れるとは最初から思っていない。スペクターは一つ、軽い呼吸を挟んだ。
「だから、言葉だけじゃなくて、陸の方法で伝えるとするわ」
スペクターの唇が、薄く弧を描いた。ドクターの手を握り込んでいた両手を離し、その腕でドクターの後頭部を抱き寄せる。そのまま、口付けが交わされた。それは軽く擦り合わせるだけの、唇の感覚を確かめ合うようなキスで、なんら淫らな所のない、純真なものだった。
「───っ?」
だというのに、その瞬間、スペクターの身を奇妙な感覚が貫いた。ばくん、と心臓が驚き、跳ね上がる。自分さえ把握していない、己の身体の奥底にあるスイッチを強制的に押されたような感覚。その未知の感覚に、彼女は困惑と共に身を捩るしかない。
「?………?、?」
彼女の動揺を差し置いて、その身体は加速度的に高まっていく。動悸が早まり、頬に朱が差し、呼吸が途切れる。その腕が衝動のままにドクターの顔を更に近付ける。それから先をどうすれば良いのか、一瞬身を固めた後、本能に従いドクターの唇を自身のそれで喰んだ。ドクターもそれに応え、彼女の唇を吸いながら右手で腰を抱き寄せ、左の指先で背筋をなぞる。それだけでスペクターは性感に震え、強く情欲を刺激された。
「ぇ、ん……っあ、は、ふ……っ♡」
重なった唇同士が互いに捕食し合う。その様は、見かけこそ対等であれど、それは単にドクターが加減をしているからに過ぎない。久方振りの交わりは、記憶のない、その癖開発され切っているスペクターには酷なものになるだろうと。そう気遣い、ドクターはスペクターの顔色を伺う。すれば、そこには陶然とした赤ら顔で、ままごとのような口付けに酔い痴れる、銀髪の美しい女が居た。
「………」
久方振りなのは、何もスペクターだけではなかった。
「んぁ……!?」
堪えられなくなったドクターが、彼女の唇を舌先で割り開いて、その口内に侵入する。虚を突かれた女は、碌な反応もなく舌の自由を開け渡した。男の舌が彼女のそれに絡まり、押し込み、口内を我が物顔で這い回る。歯茎を舌先で撫でて、口蓋を擦り、舌の根本に溜まった唾液を掻き出す。スペクターは正しい舌の交わり方どころか、抵抗の仕方さえ知らなかった。ただドクターの唾液の味を教え込まされ、身体に刻まれた記憶をほじくり返されていく。ドクターから唾が下咽頭に送りつけられ、それがスペクターの喉を通れば、唾液が伝った跡が熱を持ち、灼け付いては彼女を攻め立てる。胃に落ちる度、そのまま下腹に溜まって疼きと化した。
「ぅ……ぅぁ………♡」
知らないのに、知っている。分かるのに、分からない。シスター姿の彼女に与えられ続けていた快感は、何も知らない生娘に耐えられる物では到底なかった。眼前の雄の匂いが、力強い舌のぬめりが、彼女を狂わせていく。背筋を撫でていた指がスペクターの腰辺りに到達し、その括れを執拗になぞる。ぞわぞわとした快感が腰に溜まっていき、スペクターは一層身体を縮こませた。
「んく……ぅっ……ぅ♡」
男の舌が女の舌を嬲り、女はされるがままに呼吸を荒くしていく。断続的に吐かれる呼気は、彼の唇と舌に邪魔され、彼女の喉元で止まる。そのせいで息継ぎが上手くいかず、スペクターの息はどんどんと狭まっていく。軽い酸欠と止め処無い情欲で、彼女の頭は既にぐちゃぐちゃだった。泥濘んだ唇をぱくぱくと泳がせて、僅かな隙間から外気を取り入れ、空気の交換を促す。
微かばかり正気を取り戻したドクターが、彼女の様子に気付いて接吻を緩やかにする。これ幸いとスペクターは酸素を吸い込み、呼吸を整えた。スペクターがある程度落ち着いた事を確認し、ドクターは再び舌を動かし始める。彼女の舌を下敷きにして、或いは彼女の舌に吸い付いて、甘く歯を立てて、上下関係を刻み込む。
「ぁ……っ、く、ぅ……、ひ、ふ…♡」
口付けの心地良さに、スペクターは脳を蕩けさせた。己の肉体と思考を蹂躙されているのに、嫌悪感というものが一切無い。どこまでも純粋に、彼に夢中になる。堕とされていく。その自覚が頭の片隅にあった。
「……あ」
ドクターが腰から手を移動させ、その十本指でハリのある尻を服越しに掴んだ。敏感になった女体には、ドクターの指の一本、関節一つまでもが鮮明に感じ取れる。ドクターは心地の良い臀部を揉みしだきながら、背中を壁に預け、スペクターを抱き寄せた。
一揉みされる毎にじんわりと快感が広がり、足が震える。それなのにドクターが隙間なく身体を密着させれば、柔らかな胸部を潰され、同時に剛直を腹部に押し付けられてしまう。そうなればもう、スペクターには耐えようがなかった。
「………っ♡っ♡」
ふるふるとスペクターの全身が戦慄き、小さなオーガズムを迎えた。ドクターが右の掌でスペクターの頭を撫でて、彼女の口内から舌をゆっくり引き抜く。茫然とした眼を名残惜しげに細めるも、スペクターはされるがままに口付けの終わりを受け入れた。光に反射する唾液の橋を、彼女はちゅっと音を発てて吸い取ると、熱い溜め息を吐き出し、呼吸のリズムを整えようと苦心する。
「はーっ、はーっ、はーっ、はー、はぁ、ふっ、ふ……ん」
長いキスが終わって、今、スペクターはシャワーなどどうでも良くなっていた。早急に続きに、もっと先に進みたいと思いはしたが、それでも優雅さと余裕は失いたくなくて、可能な限り表情を取り繕った。
「……なんだか悔しいわ。貴方は澄まし顔をしているのに、私だけこんなに息を荒げているなんて、不公平だと思わない?」
何とかゆとりを取り戻そうと言葉を紡ぐ。防戦一方だったからいけなかったのだ。こちらが攻める番になればどうにでもなると判断し、スペクターは一つ作戦を立てた。
「今度は私の番よ、ドクター。貴方のソレに奉仕してあげる」
途中から腹に突き付けられていたその剛直を、嫋やかな指先でそっと撫でる。布越しに伝播する熱に、スペクターは一瞬驚くと、確認するように何度か触る。ドクターはそんな彼女の手を引いて、何も言わずにベッドへと向かった。
「じゃあドクター、脱いでくれるかしら」
ドクターに着いて行きながらも、このままではまた主導権を握られると思ったスペクターは、ドクターに指示を出す。ドクターは特に抵抗もなく袖から腕を外し、それを見ると彼女も同じように服を脱ぐ。その間、じっと熱い視線を向けてくる彼に、ゾクゾクと来る感覚を抑えながら、スペクターは得意気に笑った。
「なぁに、ドクター。そんなに私の身体が気になるの?」
波打つ長い銀髪は光を写し、鈍く、妖しく瞬いた。頬は羞恥と興奮に染まり、戦時になれば好戦的に歪む赤瞳は、にんまりと笑っている。その下半身を包む黒のパンティストッキングと、同色のレースのブラジャーは如何にも煽情的で、ドクターの瞳を捉えて離さなかった。特にそのパンストの所為で、長く美しい脚のラインがより際立ち、男心を強く擽る。バストは巨乳とはいえなくとも、整った形を保ち、ドクターの獣を刺激した。恋人の視線を独占している事実に、スペクターは意気揚々としていたが、その股座は隠しようも無く湿っていた。パンストの一部が濃く変色し、それは現在進行形で広がり続けている。その事実を極力隠そうと、性急にドクターに身を寄せると、半裸になった彼の上半身に、自身の胸部を押し付けた。そうして想い人と視線を重ねると、啄むような接吻をして、彼の股間をまさぐる。彼女の指先に、下着に隠れたままの硬直が引っ掛かった。
「こんなに熱いものなのね」
にぎにぎ、にぎにぎと軽い力で握れば、ドクターは僅かに呼吸を乱した。が、どうやらそれだけでは足りないようだ。何はともあれ、立ったままではやりずらい事に気付いて、ドクターの胸板を軽く押すと、ベッドに腰を下ろさせる。ベッドの端に座ったドクターの前で、スペクターは膝を突く。下着の中で窮屈そうに倒れ、強く主張する肉棒に生唾を飲み込んで、下着に手を掛けた。
「…っ」
ぶるん、と肉棒が解き放たれ、スペクターの鼻先を掠めた。途端、痛烈なまでのオスのフェロモンと性臭が、スペクターの鼻腔を満たした。
「♡♡!?」
ただそれだけ。たったのそれだけでスペクターのメスは舞い上がり、下腹の疼きを酷くし、軽く絶頂した。以前の記憶は朧げであろうと、身体に刻み込まれた記録だけは鮮明だった。何度も何回も抱き潰され、イキ潰され、全身を桃色の幸福で満たされた。ずっと精を溜め込み、苛立ちを蓄積し続けてきた凶棒は、濃厚な性臭をこびりつけ、スペクターの記録を叩き起こす。ここ数週間与えられていなかったその臭いに、身体が無条件に悦び、独りでに昂っていく。
奉仕を理由に、攻め続けていれば呑まれはしないと、そんな考えが間違っていたのだ。経験値が違う上に、何よりスペクターは知覚し得ない過去に、ドクター自らの手で調教され尽くしている。こんな物は茶番であり、出来レースでしかなかった。
「……♡」
気を抜けば弛緩しそうになる表情筋を、意識して抑えて、スペクターはソレと対面した。両手を使っても包みきれない長さのそれの、中腹辺りに恐る恐る五指の先を添える。直に伝わる熱に息を呑みながら、指を進めて剛直を握り込んだ。外気に晒されていた指は少し冷たい。その感覚に目尻を狭めるドクターの顔を、スペクターはじっと見詰める。
取り敢えずは上下に扱けば間違いはないだろうとの事で、ぎこちなくその手を動かす。下げて、上げる。下げて、上げる。手に合わせて、包皮が剥けてはまた戻る。その様子を、スペクターは興味深そうに観察しながら、一心に続けた。時々膝元から恋人を見上げ、その表情から巧拙を見極める。どうやら、この程度の刺激では足りないようで、スペクターは頭を捻った。
「ドクター、これはどうするのが正解なのかしら」
言いながらも彼女は手を休めない。その手つきはやはり不慣れで、単調で、射精を促すには不十分だ。ドクターはもどかしさを堪え、僅かに躊躇いながら申し出る。
「じゃあ……舐めてみてくれるか?」
「ふぅん…陸の人は変な事を思いつくものね」
言いながらも、彼女はあっさりと受け入れた。その唇からはみ出すように覗いた舌端が裏筋を撫でる。今度は舌の面積を広くしてもう一舐め。一回、二回、三回と、繰り返し行い、その度に少しずつ舐める場所がズレていく。重厚な亀頭を中心に、威圧的な青筋。それらに目を奪われながらも奉仕する。
不恰好なフェラであっても、続けていれば刺激になる。舌のザラつきが亀頭を摩り、ドクターは腰を震わせた。先程より反応が良くなったドクターに、スペクターは気を良くする。得意そうにフェラチオを続けるスペクターだが、それでもやはりその技は拙く、ドクターは生温い視線で彼女を眺めた。その視線の意味を察したスペクターが不服に眉根を寄せようとするも、じわじわと侵蝕し、全身を満たし始めた淫熱に、それどころではなくなってしまう。
「ん……♡」
ドクターの味と匂いが、スペクターの五臓六腑を侵して全身に広がり、それはガソリンのようだった。今やマッチ一つで惨事が引き起こされる。それとも、もう起きているのかもしれない。再び荒み始めた呼吸を、スペクターは悔し気に堪えようとする。その甲斐虚しく、興奮の証であるそれは、唇の隙間から漏れ出ては陰茎に吹き掛かった。剛直から発せられる臭気を取り入れる度、脳が溶け落ちてその機能が一つずつ停止していく。目尻を緩ませ、桃色の吐息を溢す今の彼女は、どう見ようとも発情し切った雌以外の何者でもない。
「はっ、ん、くっ、は、ふっ……ふっ」
呼吸を乱すスペクターの頭をドクターが撫でてやれば、それに導かれるようにして肉棒を咥え込んだ。柔らかな唇で亀頭を挟み、それから少しの間は、先程と同じ様に亀頭周りに舌を這わせていた。そのまま数分に渡って不恰好なフェラチオを続けていれば、肉棒から我慢汁が滲み出した。それを味わうように、染み込ませるように、掬い上げるように、舌の先端を鈴口に押し付ける。ぬめった肉塊の動きは段々と大胆になっていく。雁首に回し、高く反った段差を擦り上げる。溢れ出したカウパーに反応して、裏筋から鈴口に掛けて舌で舐め上げ、拭い取った。分泌され続ける唾液と先走り汁が彼女の狭い口内を占拠し、口端から零れ掛ける。数回喉を小さく動かし、唾液と我慢汁のミックスジュースを嚥下して、それからフェラに意識を戻した。
「んくっ、っく、ぁ、ちぅ…れろ、ぁ……は♡」
眼前の雄の匂いを口内に擦り込もうと、己の剛直を懸命にしゃぶるスペクターの姿に、ドクターは背筋が凍えるような快感を覚えた。彼女の銀髪を指で梳き、宥めるように撫で付ける。その指を彼女のもみあげに移し、毛の流れを確かめるように髪を掻き上げる。スペクターの髪はふわふわとして柔らかい。汗ばんだ頭皮と、それに張り付く銀髪が、妙に艶かしかった。幾度か指を髪に通し、堪能した後、血の集まった耳を、小指以外の四本で擽る。
「ッ…♡」
首を傾け、肩を竦ませ、快感に驚くスペクターを、ドクターは片手間に苛める。中指の先で耳の穴の入り口をこしょぐってやれば、スペクターの肩は震えた。耳介を親指と人差し指で弄び、外縁の窪みを親指の腹で押し広げる。背筋を伸ばし、度々硬直しながら、スペクターは奉仕を続けた。耳に悪戯をされる毎に頭をぐるぐると掻き回される感覚が湧き上がり、それが彼女の集中力を奪う。半分以上無意識に、肉棒を深く咥え込んだ。半ばまでが口内に収まると、ドクターは空いた左手でスペクターの頭を撫でた。
「スペクター、頭を上下に動かしてみて」
ドクターの指示に従い、ゆっくりと顔を動かし、剛直を慰める。ドクターのモノは巨きく、とても咥え切れる気がしない。どうにかして快感を引き出そうと、頭を上げ、引き抜く際には舌で舐め擦り、頭を下ろし、向かい入れる際には唇を締め、圧迫する。それでも入り切らない根元は手で扱く。ドクターにとってはその懸命さこそが最高のスパイスだった。
ずろろ、ずろろと、女の口の中でペニスが擦られていく。往復した回数が二十回を超えて、遂にスペクターの唇が、精管の膨らむ触感を捉えた。彼女がその意味を察する前に、きゅうと子宮が鳴り、疼く。それによって射精の瞬間が来たのだと脳も気付く。口内性交は熱を増し、ドクターの精を引き抜こうと、スペクターは肉棒を大きなストローか何かのように吸引する。
「!」
ドクターの腰が震えた。同時に夥しい量の精液がスペクターの咥内に送り込まれる。それの対処法を知らないスペクターは、反射的に、刷り込まれた動きに従って、粘ついた白濁液を飲み込んだ。
「んっく♡くっ♡ん♡……ん、ん、ん♡」
水で溶かした片栗粉の粘度を数倍にし、雄臭くしてえぐみを加えたような味。到底美味しい訳はないのに、スペクターの喉は止まらず、吐き出すどころか受け入れていた。
射精はまだ続いている。スペクターが可能な限り喉を動かせば、子種は食道に流し込まれ、胃の底でもったりと溜まった。その感覚だけで、スペクターは甘イキをした。久方振りの男の、ドクターの味に、スペクターの身体は歓喜に騒ぎ立った。
「……っっはー、はーー、はーー、はー……っんく、ぁは、ふーっ……♡…けふっ……んく……、く」
口内に残ったこってりと濃厚な精液を噛み切り、細切れにしてから複数回に分けて飲み込む。脳内が曇りガラスでも通したようにぼやけ、性欲に支配されていく。初めて知る味だというのに妙に舌に馴染み、ぞくぞくと背筋に興奮が走っていく。
「すごい味ね。……不思議だけど悪くないわ……♡」
最後まで飲み切ったスペクターを讃えるように、ドクターの掌がスペクターの頭頂部を撫でれば、今度は心地良さが彼女を包んだ。マッサージによって気を鎮められていくような感覚に、スペクターは身体の力を抜く。銀髪を指で梳き、撫でること数分。心地良さが興奮を越え、スペクターはその間に息を落ち着かせる。十分に平静になった折、ドクターはスペクターを己の横に座らせると、間を埋めるように、労わるように数回キスをした。その後彼女の肩を抱いて、ベッドに寝かせる。
「…あ」
「身体の力を抜いていて。私に任せてくれれば良いから」
「……そうね。そうしようかしら」
大人しく身を預けてくるスペクターの、ブラジャーを腕から抜き、パンティストッキングを脱がせる。ドクターを補助するように、スペクターは腕を上げ、或いは腰を上げる。その動作すら前戯の内で、彼女の中を熱くする。下着はベッド端に纏められた。
むわりと広がる濃い牝臭に包まれながら、ドクターはスペクターの両脚の間に腰を入れ座る。髪と同色の陰毛で着飾る秘所は、見るからに濡れそぼり、微かに開閉する事でオスの獣欲を煽ろうとしている。いつでも挿入出来る状態にありながら、ドクターは挿入は疎か、肝心な部分へ触れる事さえしなかった。膝下に手を沿わせ、内腿までゆっくりと触れるラインを上げていく。ほっそりとしていながら柔らかく、ハリのある脚は触りがいがある。肌は既に火照り、赤子のそれのように温かかった。長い脚を暫く掛けてなぞっていけば、それに伴い少しずつ肉付きが良くなっていくのが分かる。ドクターの手は遅々として、だが、ぎこちない訳ではなく、スペクターの身体が受ける快感の取り扱いを、彼女よりも心得ていた。
とうとうその手が秘所に近付き、女は堪らなくなって期待と緊張に腰を捩らせた。だが、男の手は花園に接触する事なく、さらに上へと登っていく。腰をなぞり、腹部を摩り、下乳を擽り、乳首を無視して鎖骨の辺りにまで指を伝わせる。その指が肌を滑る間、延々と情欲を炙られ続け、スペクターは息も絶え絶えになっていく。そんな彼女の頬を撫で、それから腰を折り、ドクターは己の鼻先を彼女の首元に押し進める。問題なく近付いたその時、首筋に甘く歯を立てた。
「?!」
スペクターには幾つかトリガーがあった。それは性欲を強制的に叩き起こされるスイッチであり、ドクターとの幾多の性交渉の内で刻まれたものだ。一つは口付け、そして一つは甘噛み。中でも、彼女は甘噛みに弱かった。
「♡♡」
好いた雄から求愛行動に、サメはどうしようもなく高まり、ごぼりと白く濁った愛液を漏らした。首を弓なりに逸らして、ミルク色の頤を天井に晒す。衝撃にぱくぱくと口を閉じ開き、渇きをどうにかしようと太腿を擦り合わせる。
「ドクター……♡」
首筋に柔らかく犬歯を立てるドクターの頬を両手で挟み、その頭を己の眼前まで移動させる。鼻先同士があと人差し指一本分で触れ合うという距離で、唇で唇に噛み付くようなキスをした。それから頭を掻き抱き、口付けを深くする。一度接吻を解き、啄むようなキスを四回。その後左右の手をドクターの背に回し、甘えるように、強請るように、蕩けた瞳で彼を見上げた。
「ドクター、もう良いでしょう? 切ないのよ、ねえ、ドクター……♡」
ドクターは頷いて、少し身体を浮かし、スペクターの下半身を触りやすいように腰をずらした。スペクターの頬に添えられていた自身の手を、彼女の体のラインをなぞりながら今度は下に降ろしていく。肋骨の気配と腰の細さ、ヒップの弾力を確認し、水気を湛えた秘所へと指を流す。中指と薬指で花弁を弄り、絶えず誘惑する筋を縦になぞった。
「ぁ……っは、っ♡」
単純ながら、初めて与えられた生殖器からの快感に、スペクターは堪える術を持たなかった。全身が粟立ち、腰が引く。存外に重く、深い刺激が尾骶骨にまで響き、延いては背骨が溶け落ちるような錯覚に陥る。呼吸を浮かせるスペクターを他所に、ドクターはその二指で秘裂を割り、侵入した。
「ッ、〜〜〜♡ぅ」
ぬるついた壁は節ばった指を全面から包み込み、絡みつく事で歓迎の意を伝えた。縋り付く肉を振り切って、ドクターは天井側に指を曲げ、中を柔らかくしていく。ドクターの動きに従って、既に潤った膣内からは愛液が漏れ出し、シーツに染み込む。指先一つで敏感に反応する彼女に気を良くして、親指でクリトリスを擦れば、しなやかな身体が大きく跳ねた。
「ひぅ♡♡!?」
スペクターの背筋が反らされ、腰が逃げ、ドクターの指と快感を遠のけようとする。それを咎めようと、ドクターが子宮を腹越しに押し込めば、彼女の腰は完全に砕け、抵抗の意思は挫けた。手の甲を口に当て、何とか声を押し殺そうとするが、敢えなく漏れ出た喘ぎ声がドクターの情欲を煽った。
「もっ、ぅムリよ……♡」
「まだ始まってもないんだけど……」
その言葉に頬を引き攣らせ、スペクターは過去の自分を呪った。なんでこうも開発され切っているのか、と。それから懇願するような視線でドクターを見遣るも、彼の指が膣内から抜かれ、衝撃的な快感に思わず目を伏せる。
「そろそろ良いかな」
前戯の意義は、スペクターが受け入れ易いように膣を解す所にある。これだけぐちゃぐちゃなら何も問題なかろうと判断して、ドクターは体勢を整え、枕元のコンドームを引き寄せる。袋を破いて取り出し、ゴムを怒張に被せると、スペクターの脚を掴んだ。少し怯えた様子の彼女を軽くあやしながら、肉棒を割れ目に添わせる。
「……っ」
スペクターの喉が、緊張と期待、そして微かな恐れで鳴った。その、生娘そのものな反応を合図に、ドクターはグンと腰を突き出した。
「イ、ッ……♡ふ、ぁ?〜〜〜♡♡」
強烈なオーガズムに一瞬意識が吹き飛ぶも、腹の中で我が物顔で居座る雄の感覚に意識が揺り戻される。長大な肉棒の全てが、呆気なくスペクターの中に収まった。膣内はどこまでも素直に陰茎に甘え、もてなす。ヴァギナが勝手にペニスを締め付け、その動きでまた、スペクターは軽くイった。
ドクターは暫く動かなかった。久方振りの性交に驚くスペクターの身体を労り、或いは追い詰める為に、愚息が馴染むまで待った。その間にも無意識に収縮する自身の柔肉のせいで、スペクターは絶え間ない快楽に襲われ続ける。己を一番満たしてくれるオスに、どうにか動いて貰おうと、無意識に腰を振ってまでして誘惑する。それでも、ドクターは動かない。そのせいで、蜜壺は益々勢いを上げてドクターに泣き付いた。
やがて、柔肉と剛直がぴったりと隙間なく一つになった。秘壺全体で怒張を抱え込み、スペクター本人は温水プールのような快楽の波に流され続けている。それを確認し、ドクターは頃合いを見て、引き摺るようにして肉棒を抜いていく。
「はっぁあッ♡ぅぅうぅぅ〜〜〜♡」
蜜壺に備わったひだが全身全霊でペニスに張り付き、行かないで、ここにいてと請願する。ぬるま湯から急に引き揚げられたサメは、訳も分からず善がるしかなかった。半分も抜けない間に、彼女は五回絶頂した。だらしなく快楽に溺れる顔を両腕で隠すも、ドクターに手を取られ、恋人繋ぎでシーツに拘束される。そうされてしまえば、スペクターはもう、されるがままにするしかなかった。
「イッ♡く…っ♡イッてるって、ぇ♡」
言葉なのかそうでないのかよく分からない譫言を黙殺し、ドクターは残り半分を同じペースで抜いていく。険しく反り立った雁首が天井を削り取り、スペクターの言葉が更に曖昧になる。彼女が上側を責められるのにとことん弱いと知っていながら、じっくりと時間を掛けて腰を引いていく。スペクターはもう、反撃だとか、防戦一方だとか、それどころではなかった。火照り、美しくも淫らに顔を歪めるその様子は、ドクターの欲望に油を注ぎ、愚息はもう一段階硬度を増した。
「はっ♡ぁッ♡はっ♡はッ♡」
剛直が抜けきるギリギリまで腰が離れる。スペクターは首を振り、体を捩り、喘ぎ声を発する事で、頭から爪先まで充満する快感が、キャパシティを超える前に発散しようとする。そんな彼女を嘲笑うかのように、腰が再び突き出された。
「〜〜〜〜〜ッ♡♡」
ドクターのソレは易々とスペクターの最奥を突いた。柔らかな下腹の肉がイチモツによって変形し、がくんがくんとスペクターの意識と視界が荒ぶる。そのまま掻き回すように肉棒を使い、子宮の入り口を亀頭で撫で回した。
「ィぅ……ふぅぅう、〜〜〜♡」
ポルチオを弄られる感触に、女は酷く感じ入る。恋人繋ぎになっていた右手を解いて、ぽこりと膨らみ、肉棒の気配を見せる腹部を、ドクターはその手で押し込んだ。
「ぅッ♡はッ♡ぅっ、イっ……♡」
上から圧を加え、そのままストロークの長いピストン運動を始める。ゴリゴリと膣内を掘削し、性交の悦びを思い出させる。ポルチオを体外から刺激され、重い快感を叩きつけられているというのに、それによってペニスの造形を、血管の一本から括れのカタチ、亀頭のシルエットまでも詳細に教え込まれる。ゴム一枚越しであってさえ、容易にそれを把握出来た。スペクターは受動的に陰茎を舐めしゃぶり、その情報を更に克明に己に刻む。
「〜〜〜♡ッ♡ッァ、ひぅ♡」
女が何度イったかなど、双方共にとっくに数えるのを止めていた。彼女はただ、与えられる快感を美声に変換し奏でるだけで、ドクターはドクターで、彼女の肉体に溺れていた。極上の女体を求めるあまり、初めはねちっこく、焦らすようだった前後運動は、次第に激しくなっていった。一往復に四十秒掛けていたのが、三十五秒、三十秒、二十秒、十秒、五秒と早くなっていく。ごちゅん、と一際強い音がして、鈴口が子宮口と熱い接吻を交わした。
「ひ、ぉ………♡、っっ〜〜〜〜〜♡♡」
追い討ちを掛けるつもりで恥骨と恥骨を擦り合わせればメスのフェロモンと共に愛液を放出する。ぷるぷると女体が戦慄き、それが伝わり乳房が揺れる。口寂しくなったドクターが、上半身を折って頭を胸元まで近付け、綺麗に色付いた頂点に吸い付いた。母乳は出ないと理解していながら、いつか出るようにしてやるという執念を込めて、しっかりと舐め尽くす。
「はっ、ふ、ドクター……♡」
それ以上の言葉が出ないのか、唇を開閉する事で何かを伝えようとするスペクターに、ドクターは全てを察した。身体を倒し、彼女の唇を奪うと、口内に舌を這い回させる。乳首が胸板に潰され、男の腕が女の身体に絡まり、女は全身で雄を体感する羽目になった。愛する番の匂いと味に発情を加速させ、そのせいで脳から生成される快楽物質が溢れ、潮となって吹き出した。色を濃くしていくシーツを他所に、二人は口付けに夢中になる。
「は、ちゅ……♡ちぅ、はっ、ちゅ、ぱ……♡れる、るぁ♡」
ドクターは彼女の頭を掻き抱き、スペクターは彼の背中に腕を回す。ぺちゃぺちゃと舌で交わり、熱を押し付け合う。女の舌を歯で挟み、やたらと甘いその唾液を啜ってやれば、女は堪らずもう一度気を遣った。言葉が足りなかった筈なのに、キスを求める意思が伝わった事に、女は歓びに呑まれ、強くオスを締め付けた。精液を欲し、子種を強請る膣内は、きゅうきゅうと疼き、ざわざわと蠢動した。その動きにドクターも射精欲を煽られ、ピストンを再開する。
長い接合時間の間に、ドクターもまた追い詰められていた。強く腰を振り、ラストスパートを仕掛けると、泡立った白い愛液が溢れ、スペクターの喉からはあられもない喘ぎ声が洩れた。
「ぁっ♡どくっ、た♡ぅ……す、は♡き、ょっど…くたあ♡」
そこに篭っていた筈の意味は解け、言葉の体をなしていなかった。氾濫する快楽の波に踊らされ、背中に置いた腕をがむしゃらに動かし、必死に彼にしがみ付く。押し寄せる絶頂に足を伸ばし、爪先を丸め、脚が付け根から痙攣する。男の汗が女の肌に零れ落ち、女の汗と混じって一回り大きな雫になった。激しい前後運動を繰り返し、蜜壺を耕していく。
「イっっ♡く♡ィっ、は……あッ♡」
傘が張り詰めたのが、スペクターにも分かった。深く肉棒が押し込まれ、秘すべき園を踏み荒らす。子宮口を分厚い亀頭で殴られると同時、スペクターは記憶が戻って以来、最も深いアクメをした。
「ォ、う、ぁ、あ゛…ァ〜〜〜〜〜〜♡♡♡♡」
びゅるびゅると、とんでもない勢いで遺伝子スープが吐き出されていく。それを薄っぺらなゴムの向こうに感じ取り、スペクターはまた深くアクメした。直に浴びれば火傷でもしそうな肌熱い種付け汁を叩きつけられ、女は射精が続く限りの間絶頂し続けた。
「っぁ♡あ♡〜〜♡〜っ、っ♡っっっ♡」
吐精行為は一分に渡って行われた。出し切る為に中で揺らせば、それでまた女はイき、スキンを付け替える為に引き外せばもう一度イった。淫花から全容を現した肉杭はゴムを覆う愛液に濡れ、照り光る。先端の精液溜まりはぱんぱんに腫れ上がり、内容物の量の程を見せつける。それがもし胎内に流し込まれていたら、と思えば、スペクターの背筋は否応なく痺れた。
「ドクター……?」
使用済みのコンドームを結び、そそくさと次のゴムを肉塔に被せるその姿に、スペクターは唖然とした。陰茎は未だに力強さを失わず、ゴム越しでも察せられる程に血管を浮き上がらせている。冷や汗を流すサメを手招きし、ドクターは彼女を自分の上に跨がせる。
「次はスペクターが上になってみてくれるかな」
抵抗の意思を覗かせるスペクターに、すかさずドクターは口付けをして声を奪う。恋人にキスをされた女は、頭に霧が掛かり、判断能力が著しく低下し、男の言う事を素直に聞き入れた。一度目の挿入の余韻も冷めず、敏感なままの女体を引き摺って、よろよろとドクターの腰辺りまで尻を移動させる。ドクターの腹に右手を付いて、それを支えに力が入らないながらも身体を持ち上げ、左手で剛直の位置と向きを調整してする。先端が品良く整えられた茂みを潜り、姫裂の門前に当たる。戯れにも満たないそれに、弱体化したソコは軽々と達し、スペクターの腰が砕けて足の力が抜け落ちる。ぱちゅん、そう音を発てて、巨塔は姿を隠した。途端、下から突かれる事もなく、スペクターは自重でトんだ。
「お゛、ァ、ぁ、〜〜〜〜♡……っ♡♡」
深く突き刺さったペニスから、捌き切れない切れない量の快感が注がれる。スペクターが上にいる事で亀頭に子宮を潰され、腰が砕けた為に満足に動く事が出来ない。そのせいで延々と快楽電流を流され続ける。全てがスペクターにとって致命的だった。
対面座位の形でふんぞり返った肉棒が子宮口を柔らかく歪め、過敏な淫壺が絶頂に絶頂を重ねる。両者共に動いていないという条件は同じなのに、これではスペクターのストレート負けだ。
「よいしょ、と」
行動不能と見たドクターが、スペクターの尻を鷲掴み、女体を持ち上げていく。膣が収縮し、胤を求めて搾られる。それに逆らい、肉塔が子宮から遠ざかっていけば、ヒダがめくれて女を責め立てた。次第に剛直が膣内から去っていくも、最奥から分泌され続ける本気汁のお陰で肉棒が乾く事はない。肉棒が完全に抜けるギリギリで運搬を止めると、空中で手を離した。
「あ゛ッゔ♡っ、っっ♡♡」
勢い良く奥底に辿り着いたそれは、大きな衝撃としてスペクターに迎えられた。頭の中を滅茶苦茶にされ、必死に自身に縋り付くスペクターが愛おしくて仕方がない。
彼女の唄声は素晴らしく、それは淫らに濡れていようと変わらなかった。高価な楽器を爪弾くような心地で、ぺたんぺたんと餅でも突くような音と共に、丸みを帯びた臀部を繰り返し上下に運ぶ。それに伴い、彼女の咽喉もまた快感を歌い上げた。口端に張り付いた銀の糸屑を気にする余裕すら無く、ドクターの頬に自身の頬を擦り付ける。熱を分け合おうとするその仕草は、男の劣情と愛情に油を注ぐ。男の眼下には女の薄色の肩があり、それは如何にも美味しそうで、如何にも噛み付き易そうに写った。
「ッ!?あっ♡ぅ〜〜〜〜〜〜♡♡」
これで本日二度目の噛み付きだ。ドクターの犬歯が浅く押し込まれる触感に、スペクターの肌が粟立つ。カチカチ、カチカチと奥歯が鳴って、パチパチ、パチパチと視界が白む。腰が溶け落ちるような重いオーガズムが淫洞を襲った。ドクターの肩口に額を置いて、煮える熱を耐え忍ぶ。それでも結局堪らなくなって、惚けた顔を上げ、かと思えば隠すように俯く。常の狂気を帯びた勇猛さや、悪戯な猫にも似た優雅さは何処へやら。そこには、髪を振り乱して淫らに溺れる、ただの一人の女がいた。
「どっ…くた、っぁ……どくたー…♡」
紅玉色の瞳を愛欲と情欲、恋心と執着心で満たし、ぐずぐずにほつれた思考回路とふにゃふにゃにふやけた滑舌で愛を顕す。それがどうにも可愛らしくて、ドクターはじっくりと想いを伝えたくなった。動きを止めて竿を姫園に仕舞い、尻を両方の手で揉みしだく。汗ばみ、しっとりとした尻肉は瑞々しく、胸とはまた違った柔らかさがある。火照ったそれが肌に張り付くのを捏ねる事で堪能し、息を荒げるスペクターの額に、自身の額を重ねた。
「ふーっ、ふー、ふーっ……♡」
無遠慮に吐息を吐き掛け合い、鼻先を擦り付け合う。恋人同士でのみ許される距離感に、膣全体が蠢き、女の感情を物語る。男もまた応えるように、芯の通った肉棒を小さく揺らした。それを中で感じ取り、さっと頬を染めたのは、羞恥か興奮か。
「………♡」
視線を逸らすスペクターの唇を、ドクターの舌端が撫でた。彼女が従順に咥内を明け渡すと、ドクターの赤肉が滑り入った。己の物と異なる、分厚い男の舌に、スペクターは奉仕欲を刺激される。それをぱくりと咥え込むと、覚えたてのフェラチオの応用で、軽く首を前後させながらしゃぶっていった。舌先に自分の先端をくっつけ、挨拶すると、舌全体を舐めていく。時折ペニスにそうしたように、愛を込めてちゅうちゅうと吸引する。己の動きでドクターの肉棒が顫動すれば、スペクターの欲は満たされた。
くぐもった鼻息が、両者の間で籠っていく。長いディープキスにより、二人は激しい動きは制限される。口接を保ったまま性器を攻め合おうと思えば、上げて宙で落とすようなやり方は出来ない。よって、腰の動きだけでまぐわう事になった。汗で汗を拭うように、身体同士を擦り付け合う。男の筋張った肉体と、女のどこまでも優しい肉体。互いの違いをまざまざと思い知り、その事実に互いが高まる。
「んっ……っっ、んぅ……♡れろ、はぷ…ちぅ♡」
スペクターが腰を持ち上げ、落ちてくるのに合わせてドクターが突き上げる。二人の腕はそれぞれの背中に回り、キツく抱き締め合っていた。ねとねとと粘度の高い愛液を滑り剤に、小さく収まった窮屈な愛交を深めていく。
「……、っふ、ハ……はぁ♡」
狭苦しいからこそ、多幸感は強烈だった。男の腹底が煮え滾り、焔が股座に集中していく。女は足を恋人の腰に回し、胸を潰して密着した。ドクターの呼吸が乱れていくのを口元で捉え、スペクターは間近に迫った三度目を察し取る。軽い絶頂を続ける淫壺が、その瞬間を待ち侘び騒めいた。
「スペクター、そろそろ……」
「ん、はッ……えぇ……♡」
意識して膣を引き締め、剛直に纏わり付いたヒダを蠢動させる。媚びる膣壁が射精を急かし、ドクターの脳裏が限界に白む。直ぐそこでギラギラと滾る男の瞳に、スペクターのメスがときめき、更に発情を悪化させた。二人共が相手の身体に縋り付いて、頂上の景色に備える。込み上げてくる雄の欲塊を堪えることなく、ドクターは精を解き放った。
「ぃ、ゔ…〜〜〜〜〜♡♡」
スペクターの腰がうねり、スキンを着けている事すら忘れて子種をせがむ。胎に直接掛けられることなく、コンドームに胤を奪われたことに子宮口が失望し、同時に長い吐精に裏付けられるオスの優秀さと、己に向けられた愛情の深さに、肉と心が歓喜した。
全てを放出し切り、暫くしてドクターがペニスを秘所から引き抜く。淫花の入り口の皮が雁首に引っ掛かって僅かに伸びた。それからゴムを付け替えて、もう一戦の構えを取った。
数週間振りの交尾に、男は猛っていた。その獣欲は一度や二度の性交では収まらず、五回戦目が行われ、たった今吐精によって幕が閉じた。コンドームは全て尽き、白濁液で膨らんだ水風船がベッドに五つ。ドクターが一息吐いて、獣性を仕舞おうとする。そこに、スペクターが小さく、態とらしく、キャーと鳴いた。
「腰が抜けて力が入らなくて…これじゃ何かされても全然抵抗出来ないわ……♡」
「……」
その台詞に嘘はなかった。腰が抜けたのは本当だし、力が抜けたのも本当。どんな蛮行をされようと、抵抗出来ない事もまた本当だ。だが、それを自ら口にする必要も、流し目でドクターを見遣る必要も、本来ならば無い筈だった。
「─────」
ドクターは何も喋らなかった。急速に鋭さを取り戻していくその目付きこそが答えだ。濡れた赤眼で男を魅了し、四つん這いに尻を晒して、女は疲労に重くなった身体で、最後の一回を強請った。その艶姿に、六度目の性交だというのに肉棒が硬さを取り戻していく。スキンがないのはスペクターも承知の上だ。ドクターは裸のままの愚息を掴むと、眼前で誘惑を繰り返す秘所に沈めていく。
「……♡」
後背位からの挿入に、スペクターは声もなく感じ入った。疲れ、身体は重いというのに、性感だけは敏感だった。飽きもせず棒に吸い付く淫壺は水気の多い音を発て、汗で湿った空気は室内の温度を上げていく。
奥へ誘うヒダの案内に従って、肉棒は最果てにまで到達した。ゴム無しでのセックスは刺激が強く、先ほどまでとは一線を画する明瞭さで雄棒の姿形を刻まれる。下腹に収まったそれに、スペクターは愛おしさが呼び起こされて、深くイった。
「っ♡はぁっ♡……っっ♡」
喘ぐ体力もないスペクターの口からは、途切れ途切れの空気のみが発せられる。男が腰を女の臀部に密着させ、体の前面を女の背面と重ねる。首を伸ばし、女にこちらを振り向かせ、性に蕩けたその表情を視線で愛でる。スペクターは恥入ろうとしたが、そんな余裕すらなかった。今までになく深く挿入された肉塔が、一番の弱点をノックした。端々に走るあまりの熱に耐えかねて、雌サメはかくかくと腰を振る。上に、下に、横に。奇しくもそれは——オスを煽るように。
「ァ…っ」
「……」
「ち、がっ」
肉棒が膣内で青筋を立てた。それを感じ取った轍の鮒は、何とか音を繋げて形にしようとする。が、失敗した。弁明の機会は与えられず、五秒を掛けてムスコを引き抜かれると、一秒も掛けずにナカに叩き戻された。
「♡♡♡」
喉から押し出された空気が、スペクターの喘ぎ声だった。ポルチオを執拗にノックされ、休憩する暇など欠片もなく、延々と悶え続ける。長時間に渡る行為に、分泌された汗が長い睫毛に溜まり、水滴を作っていた。がくんと首が落とされ、その勢いで汗が宙に舞った。喉が上手く開かず、きゅうきゅうとただ快感に痺れる。
「……っ♡〜〜〜ッッ♡はっ、はッ、ハっ…ふ、は、♡……く……っぅあッ、ぁっ、ァ♡」
正しく獣の交尾だ。激しい抽送にスプリングが軋み、女の躰が揺れる。狭く細い肩を掴んで、大きな動きで子供部屋のドアを叩けば、スペクターは快楽の渦に叩き落とされた。
「はぁ゛……♡ふ、ぅ゛……♡」
『ダメ』だとか、『もっと』だとか、そんな台詞は圧倒的な刺激に踏み潰される。もし例え、仮にそれらが口に出来たとして、雄を煽る以外の結末は得られなかったであろうが。なにせ、スイッチを入れられた今のドクターは、スペクターが何をしようと昂るのだから。現に、濁った愛液を垂れ流し、四肢を打ち震えさせる彼女に、ドクターは脳を沸騰させていた。
「ローレンティーナ……ッ!」
「♡……っ♡っっ♡」
嫋やかに首を反らし、女は悦に浸って甘く鳴いた。その声に益々もって勢い付いて、男は挿抜を切にする。手と膝を付いた背中に覆い被さり、膨らんだ喉仏から唸り声を絞り出すその様は、捕食風景にも映った。
確と伝わる雄棒のカタチと、生々しく絡まる肉ヒダの具合に、ごっこ遊びとは違う、本物の交尾を、生殖行為をしているのだと、双方共に本能で察する。ドクターは、沸々と湧き上がる昏い衝動──この女を真の意味で己の番とする為の方法と、それを欲する心──に勘付きながら、それを抑えようとはしなかった。いや、抑えられはしなかった。自分本位に、自身の快楽を最優先に、泣いて喜ぶ姫壺を耕していく。肉置の良い尻に腰を打ち付け、我慢汁を染み込ませてやる。
「───はっ……ひぁ、ぇ、ふ♡」
「ふゥっ、ハッ、ハッ、は、グ……ぅ」
スペクターの断続的な吐息に、ドクターの荒々しい呼気が混じり、ランダムにリズムを刻んだ。彼女がシスターであった時でさえ、生で、中に直接遺伝子を放った事はない。ドクターにとってこれは一線を越える行動であり、それが今まさに行われているという事実に、脊髄が焼き切れそうだった。性欲を押し付けるような身勝手な腰振りに、それでも、開発され尽くしたスペクターは、この上なくイき狂う。ドクターを止める者はいなかった。スペクターは彼を受け入れ、その横暴と突き放す事も可能な種付け行為を、愛をもって許容した。
「責任は取る……ッ」
「────」
ドクターが口走ったその一言に、スペクターの発汗量が殊更上がる。ずっと前から降りて来ていた子宮が、亀頭に吸い付き精子を求める。肉塔もそれに応えてその存在感を増した。今夜だけで既に五回経験した射精の兆候は、過去のそれらの何れよりも分かりやすく、スペクターには感じられた。一滴さえ逃さぬように、自ら臀部を押し付けることで肉棒を最奥に固定する。
「出すぞ……!」
精管から白濁が迸った。余計なモノを挟まずに、粘ついた生命の素が胎に注ぎ込まれる。ドクター史上最長の射精は、彼女に向けた熱の程を表している。出された全てを呑み下すように子宮がうねり、収縮を繰り返す。七度目とは思えぬその量は、雌を溺れさせるのに十二分だった。
「♡♡♡ッッッ♡ぃ………っ♡ァ〜〜〜〜〜♡♡」
胎内目掛けて精子が殺到していく。止めど無く吐かれ続ける白い欲望が、頭と膣内を漂白し、脳の回路がショートするような絶頂がもたらされ続ける。女の貌は幸福に充ちていた。背後からではそれを覗くことが出来ず、ドクターは雄塔を引き出すと、彼女の肩を抱き、向き合って横になる。
「すご、っ……あつ……♡♡」
精が出し切られた後も胎に残り続ける感覚に、スペクターは蕩けた吐息を溢す。今間違いなく、二人は一つになっていた。体力の全てを使い切り、脱力し、頬を寄せ合う。揃って呼吸を整え、何も語ることなく、静かに互いの体温を確かめる。それから暫くの間、抱き合ったままで心地の良い倦怠感に浸り続けた。