※この作品はR-18です。

シュマゴラスのかわいさのあまり死ぬかもしれない   作:きー子

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その2

「……なんてことでシュ。シュマゴラスに、敗北など──ありえないでシュ」

 

 なんだこれは、と俺は率直に思った。すっかり夜も更けた飲み会終わりの刻限に辿る帰路、いったい俺はどれだけ酔潰れれば気が済むのかと、ほとほと自分に呆れ返りかける。

 ぱちぱちと瞳を瞬かせる。そして即座に、現実と自分の脳みそを疑った。きっと何より脳みそこそがおかしいのだろうと言い聞かせる。

 おそらくは誰もがそうするだろう。なぜならば──眼前の路上に、緑色をした球(ボール)のような物体が、その身を揺するかのごとくひとりでに蠢いていたのだ。

 奇妙極まりない光景に、思わず目を見張る。動くだけではない。俺の聴覚に異常がなければ、それは言葉さえをも発しているのだ。聞く限りでは、間違いなく人間の声であった。

 

「──まずいでシュ。魔力が不足してまシュ。このままでは……」

 

 ボールにしては大きく、五〇センチは下回らないだろう。明らかな人ならざる存在の影だ。鈴を転がすような音色が逼迫したように焦りをにじませ、俺に確かな声を届かせる。

 常ならば、そそくさと立ち去っていたことは間違いない。だが、果たしてそれはいかなる気の迷いであったか。俺は完全に脚を止め、見守るかのごとくそれを見下ろしていたのだ。

 ──と、もしやこちらの視線を感じ取ったのだろうか。球状のそれが、ゆっくりと俺に向かって振り返る。瞬間、映り込んだ姿に俺はいささかの驚きを禁じ得ない。

 振り返ったその貌には、ひとつしか眼がなかった。否、そもそも眼球が存在することを驚くべきなのだろうか。紅い宝石のような瞳が見え隠れする、大きな単眼だった。

 翡翠色の丸い胴──と思しき部位──の根本には幾本もの触手が見え隠れして、それはなんとも人間離れした印象を焼きつかせる。

 澄んだ虹彩を輝かせ、紅玉がゆっくりと向けられる。はっと目が醒めるように、鮮烈な光。瞼は切なげに半ばまで閉ざされ、どことなくじっとりと湿ったような視線が俺を突き刺した。

 

「人間、でシュか」

 

 すっかりと酔いが覚めるような感覚を覚える。その代わり、俺の意識は知らず知らずのうちにその瞳へと引き寄せられていた。魅入られたのか、見入っているのか。

 

「──聞いてまシュか!」

 

 続いたのは、半ば以上に呆けていた俺への叱責である。流石にじろじろと見られた挙句、無視をかまされては無理もない。というか俺のせいだった。

 一体どこから声を出しているのだろう。そんな場違いな思考を垂れ流してしまうほどに、美しい声音であった。俺は阿呆のように頷いて、向けられた問いに首肯する。

 改めて見下ろす姿は、少しばかり不安げな様相を呈していた。たびたび瞼を瞬かせ、見上げる瞳が心許なげに揺れている。

 

「なに見てるでシュ。シュマゴラスは見世物じゃないでシュ」

「す、すまん。というか、それは君の名前なのか」

「そうでシュ。シュマゴラスの他のなにものでもなく、シュマゴラスの他はなにものもないのでシュ」

 

 さらりと物騒な言葉を零したような気がするが、たぶん気のせいだろう。少々不気味だが、くねりくねりと頼りなく地面を触手をのたうち回らせる姿には愛嬌があるとすら思えた。

 ちらちらと周囲に気を配るかのごとく視線を揺らがせ、シュマゴラスは落ち着きなくその身を揺する。焦りと戸惑いをあふれさせるその姿は、否が応でも庇護欲を誘うものであった。

 

「わかったならいくでシュ。オマエみたいなヤツを、相手にしてるヒマはないのでシュ──……ッ」

 

 すげない言葉と共に、しっしっと俺を追い払うかのごとく触手を振るうシュマゴラスだったが──不意にその声がつっかえるかのごとく震える。痛みをこらえるかのような呻きが響いた。

 俺はその様子に意を決して、シュマゴラスを抱き上げる。ちいさく軽い身体であった。伸びきった触手にもほとんど力がこもっていない。

 

「さ、触るなでシュ!」

 

 とっさにシュマゴラスが俺の腕の中で暴れだすが、一生懸命にもがいても身悶えするだけに終わってしまう。ろくに抵抗もできない様子で、暫くすれば次第に大人しくなっていく。

 注がれた心細いような視線をいとけなく思う。だがそれは後回しだ。俺はシュマゴラスの身体にはべる触手を捲り上げ、その肌を惜しげもなくさらけ出させる。

 あられもない翠緑の肢体にも構っていられない。俺はそれを見つけた瞬間、ついつい目を剥いた。肌にくっきりと鮮烈に浮かび上がる、凄惨な傷跡を見つけてしまったのだから。

 

「──おい、これ、お前ッ」

「肉体の傷など無意味でシュ──オマエには関係ないでシュ!」

 

 見ていられないような痕跡を浮かばせながら身悶えるシュマゴラスは、俺の目にいかにも力無く映る。強がるような言葉は、虚勢以外のなにものにも聞こえなかった。

 言葉の上での元気さに衰えが見えないのが唯一の救いだが、それが却ってなおさら痛ましさを際だたせるような結果を引き起こす。

 シュマゴラスの触手がいつの間にか俺の腕を引き剥がし、ぺしぺしと頬を叩く。決して痛いものではなく、あえてされるがままにしながら俺はそのちいさな身体を抱えこんだ。

 

「関係なくてもいいだろッ、怪我してんだろうがッ!」

 

 眼の前の生物がなにものか。地球上に存在しえる存在なのか。一体何をするために此処にいて、あるいはどうしてこんな所まで来てしまったのか。その傷はどこで負ったのか。

 今はそんなことはどうでも良かった。

 

「なんででシュ」

「惚れた!」

「──シュマに性別は無いでシュ」

「男じゃないなら問題ない!」

 

 ぐったりと俺の手の中に体重を預ける様子を感じ取って、一目散に帰り道を急ぐ。せめて少しでも震動を抑えるように、つとめて小走りになるよう意識しながら。

 

「────……愚かな、ナマモノでシュ」

 

 

 

 魔術師エンシェント・ワン。それがシュマゴラスを傷つけた人間の名であり、すでに故人なのだという。俺はシュマゴラスの身体にせっせと包帯を巻きつけながら、そんな話を聞く。

 魔術師はシュマゴラスと刺し違えてあえなく死亡。シュマゴラスもまた死を免れ得ないほどの手傷を負ったが、ありったけの魔力を吐き出して命からがら地球に落ち延びたようだ。

 

「現実離れしてるな……」

 

 魔術師とか、魔力とか。おまけにシュマゴラスはカオスディメンションという異世界の魔神で、地球──というよりもこの次元──を支配しにやってきたのだと彼女自ら語った。

 いわば侵略者です。本当にありがとうございました。というか、討伐されても全然文句が言えない段階に踏み入っていた。俺はようよう最後まで包帯を巻き切って息を吐く。

 

「オマエは話が早いでシュ」

「たいがい理不尽なのが目の前にいるからだと思う……」

「違いまシュ。混沌(カオス)でシュ」

 

 彼女が語った言葉であるのならば、あらゆる絵空事も信用に足るだろう。シュマゴラスは包帯の上から傷の様子を確かめるようにさすり、せわしなく瞳を瞬かせる。

 翡翠色の丸っこい身体をリラックスさせるかのごとく横たえ、あらん限りに触手を垂らす。後部に白帯を巻きつけた姿と相まって、いささか気の抜ける有様でもある。

 しかし俺にとっては、嬌態を振りまくかのような愛くるしい姿に見える。彼女の瞳はそのほとんどが閉ざされていた。なんだか眠たげである。

 速やかに押入れから毛布を引っ張り出してきて彼女にかぶせながら、俺はふと気になったことをまずは口にする。

 

「んで、だ。実際、どれくらいで回復するのよ」

 

 彼女が全快したとき、それはあるいは世界が滅亡する時なのかもしれないが。その懸念とは全くの無関係に、俺はシュマゴラスへ尋ねる。

 その言葉を発した自分さえも、その時を名残惜しく思っているのがよく分かる声であった。とはいえども、彼女とて俺のような小市民的存在に執着はするまい。なにせ魔神である。

 

「──黒魔術は不可逆でシュ。支払いの代償は易々とは戻らないでシュ」

「すまん、もうちょっと分かりやすく」

「長い時間がかかりまシュ」

「そうか!」

 

 たちまちのうちに、俺の声が自ずと跳ねた。さも喜びが隠しきれていないかのような有様だ。シュマゴラスは思わず呆れ顔になって、くなくなと触肢の先端を揺らめかせる。

 流し目に俺の姿を見やるシュマゴラスの瞳には、観察の意味合いが宿っている。しかし幸いなことに、警戒の色は少しずつ薄れてきていた。にわかに瞳を細めて彼女は囁く。

 

「表面的な傷はすぐでシュ。でも魔力が難儀でシュ」

「魔神なのに?」

「シュマの次元に戻れたらいいんでシュが」

 

 シュマゴラスは物憂げなため息を零して、くにゃりと身体をしなだれさせる。不覚にも色っぽいと思ってしまうほどの、蠱惑的な仕草だった。

 そのくせ彼女はやけに無防備で、あたかも自身の艶を引き立てるかのようでもある。

 ──なんでも、魔神とは言えど魔力を自在に扱えるわけではないらしい。魔力は豊富であるほど回復力も高まり、魔力を出し尽くせばそれに比例して回復力も落ち込んでいく。

 異界の魔神であるシュマゴラスは、そもそも魔力というもの腐るほど持っている。だからこそ今回のような事態は想定の範囲外で、早急に魔力を回復する手段が無いようだ。

 

「それはどうにもならんのか」

「外部から取り入れたらそれで済みまシュ」

 

 なるほど、と思う。実に合理的な話であったが、協力できる類には思えない。

 急速な説明によって納得させられているものの、そもそも魔力などというものが本当に存在しているかどうかも俺には疑わしいのだ。彼女の言うことでなければ与太話扱いである。

 

「……何か食べればいいのか? というか、そもそも食べるのか?」

「主食は人間でシュ」

「勘弁してください」

「当然でシュ。味見したら供給源が無くなりまシュ」

 

 ──うん?

 神妙に頭を下げる俺が聞いた言葉の中に、聞き捨てならないものがうっかり含まれていた気がした。ただちに顔を上げると、シュマゴラスは不思議そうに身体を斜にする。かわいい。

 

「供給源というと」

「生物の体液でシュ。つまり丸呑みするのも無駄ではないでシュが」

「ご都合主義!」

「血が良いでシュ」

「なるほど」

 

 頷きながら、俺は厳かにチャックを下ろした。

 憂いを含んだ色香を振りまくシュマゴラスに、もはや辛抱堪らぬ有り様となってしまった肉棒を遺憾なく突きつけてみせる。

 

「シュマゴラス。これが俺の出来る手助けだ。咥えてくれ」

「自分で抜くでシュ」

 

 スパァン、とシュマゴラスの触手が景気の良い音を立てて俺の玉袋を張り倒した。途端にびくびくといきり立つ逸物が鳴動し、たちまち白い溶岩を彼女の目元へぶちまける。──射精である。

 

「で、射精るッ……!」

「──シュマは世話になる地球人を間違えたみたいでシュ」

 

 シュマゴラスは呆れ返った声音で呟きながらじとりと俺を見つめ、おずおずと白濁した精子を啜り上げ、取り込んでみせる。その様を見た途端、俺の肉棒が再びもたげ出した。

 

 

 

 ──これが、俺とシュマゴラスの馴れ初めである。

 俺の精液を取り込んだシュマゴラスが一センチほど背丈が大きくなっていたことは全くの余談である。

 

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