「最近、随分と楽しそうですね。私を、放置して」
絶対零度。その言葉が似合う冷ややかな声で、俺は問い詰められていた。
場所は、放課後の秀知院学園の応接室。カーテンで覆われた窓と、出入口の扉は施錠されている。いつも通り密会の場所に選ばれた室内はそこまで狭いわけじゃない。だというのに、異常なほど圧迫感があった。
目の前にはかぐやがいる。身長差の関係で俺がかぐやを見下ろしているはずなのに、何故が逆に見下ろされている気分だ。ゴゴゴとかいう擬音がつきそうな圧力と気迫を背に、かぐやは俺を睥睨している。
圧倒されるしかなかった俺だったが、
「ぇ……!?」
直後のかぐやの行動に驚いた。
壁に追い込まれた俺の退路を塞ぐ形で、かぐやが壁に両手を突いた。そして、体を徐々に寄せてきて、俺の腹部に胸を押し当てる。制服であっても、かぐやの胸が少々慎ましいものであっても、俺の体に密着する胸の感触は確かに感じられる。
「かぐや……?」
体を重ね、俺の両足の間に足を割り込ませてくる。壁に突いていた両手はゆっくりと俺の背中に回って抱きしめてくる。そうしてできる限り距離を詰めた後で、かぐやは俺を上目遣いに見つめてくる。
「もう、寂しかったんですよ……?」
甘えた声と、少し弱ったように眉尻を下げた表情。ぱっちりと開いた眼の内に俺だけを映す。俺の顔なんて別に見ていて面白いものでもないはずなのだが、かぐやは本当に嬉しそうに俺を見つめてくる。
かぐやの華奢だけど柔らかい体。口元に浮かぶ安堵の微笑み。
互いの吐息の音さえ聞こえる距離で抱かれて、俺は興奮を覚えた。ズボンの中でムクムクと膨らむ我が息子。ここ最近大量の経験値を与えられて成長著しいそれが、かぐやに悟られるのに十分な大きさまで勃起した。
「ぁ……ふふっ……」
すぐに勃起を察知したかぐやが、さらに俺との抱擁を強める。かぐやの腹部がぐぐっと押し寄せて、膨らんだズボンを押し潰そうとしてくる。その圧力に負けじと肉棒が頭を起こそうとするが、ズボンとかぐやの体によって完全に組み伏せられる。
「だーめ……」
少し背伸びをして、俺の耳元に口を寄せたかぐやが、そう囁いた。
「おチンポの勃起は許しません……」
楽しげな声音。熱い吐息を含んだそれで、俺の耳に囁きかけてくる。
「勿論、陰嚢で作ってしまった精子の放出も禁止します……」
「そ、そんな……」
「我慢してくださいね……」
そう言ってかぐやは、息を吸い込み始めた。
まさか。何をするのか事前に察知し、身構えた俺だったが、それは全くの無意味だった。
「はぁぁぁあああ~……」
「ぅっ、ぁ……!?」
左耳を襲った、かぐやの吐息。耳全体をくすぐり、穴の中を温かい息が駆け抜けていく。かぐやの澄んだ声が鼓膜を激しく揺さぶって、俺の意識が蕩ける。伴って、全身から力が抜けていくが、壁を背にしていて、かぐやに抱き着かれているおかげで倒れることはなかった。
同時にそれは、逃げ場がないことを示す。
「今度は右のお耳ですっ……」
「ちょ、ま、まって……」
「はぁぁあああぁあ~……」
「ぅうっ、ぐっ……!?」
左に続き、右の耳にまで吐息攻め。纏わりつく熱と心を魅了する音。その両方が牙を剥き、俺を襲う。容赦なく高められた興奮が俺の勃起を促進するが、フル勃起は強すぎず弱すぎずの圧力でかぐやによって封殺されている。
与えられた興奮を発散する場所を失っている。
生殺しだ。
そう思ったとき、これは俺に対する罰なのだと気がついた。
奈央と愛の二人と楽しむばかりで、かぐやを放置してしまった。一度手に入れて安心してしまったのもあるけど、もう少しやりようはあったわけで。申し訳なさを感じたのと、この天国のような地獄のような状況に追い詰められ、俺は声をこぼした。
「放っておいて、ごめんなさい……」
俺の言葉を聞いて、かぐやの表情がわかりやすく緩む。
「謝罪だけでは足りません……」
「……どうすればいい?」
謝罪以外でどうやって非礼を詫びればいいのか。
わからずに素直に問いかけた俺に対し、かぐやは続けた。
「約束してください。私を、あなたの正妻にすることを」
それはきっと、事前に用意していた言葉なのだろう。
「他の誰を、どれだけ愛しても構いません。ですが、それだけは忘れないでください。私はあなたの一番でありたい。あなたの一番近くで、あなたと共に人生を歩んで、いずれはこの身にあなたの子供を身籠ってみせます。そして、産んでからもあなたの傍で、明るい家庭を築いていきたいんです」
真っ正面からの告白。男の俺にさせようなどという考えもないのだろう。
「ですから、誰よりも先に私を、あなたのお嫁さんにしてください」
洗脳されて、俺を『誰よりも愛しい人』と認識し、俺に心を寄せてくるかぐや。俺を手に入れるためならば誇りも投げ捨てる。告白の途中で恥ずかしくなって、ちょっとだけ途切れ途切れになりながらも、ちゃんと言い切った。
俺は幸福を感じていた。人の脳を弄って、想いを誤認させておきながら。
俺は素直になろうと思った。どうせ、この生活からはもう抜け出せないのだから。
自分の思う通りに行動しよう。俺の悪行に、どうせ誰も気づかないのだから。
「かぐや。俺と結婚してくれ」
かぐやの瞳を見据え、俺は直球の言葉を投げつけた。
「喜んで」
返ってきたのは即答と、かぐやからの熱い口づけ。
「んっ、ふっ、ちゅっ、くちゅっ、ちゅぅっ、ん、はぁっ……」
潤った唇に密閉され、吐息を漏らしながらかぐやが舌を伸ばしてくる。俺の舌と絡ませて、唾液を擦りつけてくる。俺から積極的に求める必要はないくらいに、かぐやは俺の口内で激しく暴れまわっていた。
「ぐぢゅぅぅっ、んちゅっ、ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぢゅるるぅっ……」
時たま目を開いて、濃い愛情を感じさせる笑顔を見せ、かぐやが舌を動かす。俺もそれに呼応して舌を巻きつける。解いては、再び握手を繰り返す。唾液を混ぜ合わせ、増えすぎたそれを合間を縫って喉に流し込む。
「ぁ、んっ、好き、ですよ、ぁむっ、ぢゅるっ、ぬちゅちゅっ」
「んっ、ぁあっ、俺も、大好きだ、ぬちぃっ、くちゅっ、ぴちゃっ」
キスの途中でかぐやの拘束が解けたことで、俺からもかぐやを抱きしめ返す。
密室で、かぐやと逢引きして、大人がするディープキスを楽しむ。互いの吐息と接吻音が響く。
この場でこうしてかぐやと愛し合っていることを、かぐやと想い合っていたという噂の流れる生徒会長が見たらなんと思うのだろうか。少しだけ興味があったが、すぐに薄れ、俺はかぐやと二人の世界に戻る。
元のかぐやの本心なんて知らない。今のかぐやが俺にとってのかぐやだ。
絶対に手放さない。愛しつくす。それだけで良い。
俺は、かぐやとの口づけを互いが満足するまで続けた。
終わりは必ずやってくる。少し名残惜しみながらも、俺たちは舌と唇を離した。
唾液がべったりとこびりついて、ぬらぬらと光る俺たちの舌。その先端には、分厚い唾液の糸が伸びている。いや、糸というより橋か。立派なそれを見て笑い、二人で舌をまた寄せ合って、唾液の橋を仲良く舐め取った。
まだキスの余韻が残っている。
このままかぐやと交わって性欲を発散したいのだが、時間には限りがある。
「そろそろ生徒会室に戻ります」
かぐやが俺から手を離し、一歩下がる。
「……ああ」
抱擁の温もりがなくなって、俺はちょっとだけ気落ちした。
そんな俺の様子を見て、かぐやが口元に手を当てて笑う。
「ガッカリしなくても、またすぐに会えますよ」
「そうだった……」
俺は今日、かぐやと約束をしていた。
金曜日の夜。かぐやの家に泊まりに行くことを。
恋人の家に泊まって、やることなど一つだ。
だけど、かぐやが気になることを言っていたのを思い出した。
「そう言えば、プレゼントがあるって」
かぐやは俺に何かをプレゼントしてくれるらしい。だが、詳細は聞いていない。いったい何をプレゼントしてくれるのだろうか。
「それは勿論、来てからのお楽しみです」
かぐやは、立てた右手の人差し指を自分の口元に当てる。
やっぱり内緒か。すごく気になるが、どうせ今夜わかる。
ただ一つ、気掛かりがある。それは、先日愛に渡した洗脳ヘルメットが、まだ返ってきていないことだ。誰に使うのかは全く聞いていない。そのときの愛もかぐやのように「楽しみにしていてください」と言っていた。
二人の言い方が似通っていて、今回の件と何か関連があるのではと思っていた。
洗脳ヘルメット。そして、プレゼント。
期待感が強まっていく。発散できなかった肉欲がたぎる。
「……とりあえず、一旦家に帰るか」
約束があるのは今夜。悶々とした気分のまま、俺は家に帰ることにした。