爆乳褐色大剣豪・伊東一刀斎とクソガキ弟子の昼と夜 作:ulth
流浪の最強剣客、伊藤一刀斎。
戦国の世に生きる武士ならば、誰もが知る女の名である。
何処から現れたのか定かではないが、気づけば誰もが知るほど、その剣技に並ぶもの無し。
かの大剣豪、鐘捲自斎の弟子でありながら、師をしてかなわぬぞいと言わしめた、剣姫、剣聖の堂々たる武芸者である。
凄まじきは、剣の腕だけではない。
いや、もとよりこの一刀斎なる戦士は、刀がなくとも、槍であれ、小太刀であれ、棒切れであれ、それこそ徒手空拳であれ、関係なく強い。
ゆえに、その美貌も、肢体も、また素晴らしい美貌なのである。
世に名高い武将姫たちの中でも、飛び抜けて目を引くのは、その蠱惑的な褐色の肌。
白金色の美しい髪を緩やかに波打たせたその姿は、人の目を引いてやまない。
美貌は鋭く、しかしどこか茫洋と、世を俯瞰しているようにも思える。
自らの剣など、戦国の世ではしょせん大海に揺れる一葉でしかないと、悟りを開いているかの如き容貌。
だが、そうであるからこそ、自ら海中に泡と消える事なしと、不動の志を肚にしっかりと据えているような、ずっしりとした雄大さが、その赤い瞳からは感じられる。
そして、その肢体。
驚くほど長身で、高頭身の、ものすごい女体。
これが、あまりにも女としての魅力にあふれている。
はっきり言って、オスなら誰もが、このカラダに欲情し、興奮すること間違い無しの、勃起強制エロ女体なのである。
まずもって、そのデカ乳。
どたぷんっ! と、泰然自若とでも言うかのように突き出た、超特大の乳肉大山脈。
この国ではあまり見ない、艶やかな褐色の肌が、つやつやと光を照り返す、まろやかな肉曲線のおっぱい。
これがもう、どうあっても男の目を奪う。
ただでさえ、長身で、世人男性より背の高い美女なのだ。
そのおっぱいのサイズ感と来たら、まさに乳牛。
圧倒的過ぎるデカパイが、歩くたびに、ゆっさゆっさ、と盛大に揺れる。
もはや、チンポを愚弄しているとしか思えないデカ乳。
もしこのデカ乳がそこらの女なら、半刻もせずに男たちの慰み者になっているだろう。
だが、このデカパイを澄まし顔でぶら下げているのは、天下に名高い大剣豪、伊藤一刀斎。
これを欲望のままにむしゃぶりつけるオスなど居ない。
乳も凄まじければ、尻もまた、とんでもなくデカい。
きゅっ♥ と引き締まったくびれや、靭やかな腹から、どたぷん♥ と、急激に広がる、豊満な尻。
乳肉とバランスをとるかのような、特大のデカ尻。
骨盤の広さをアピールし、女として、いくらでも立派な子を孕めると言わんばかり。
乳肉もそうだが、無様に垂れ落ちる事無く、ぷりぷりと瑞々しく実り、ハリのあるその褐色媚肉は、男から理性を奪い、オスへと貶める、魔性の肉。
自分を孕ませられるオスを探しているとしか思えぬ、問答無用の繁殖扇動爆尻だ。
だが、しかし、こんなにも素晴らしい、孕ませれば死んでもいいと思えるほどの、極上の尻をしているのに、男たちは誰もそんな事は口にできない。
なぜなら、絶対に勝てないからだ。
もはや種族として、この女には、勝てない。
ただの暴力でも、性の力でも、決して勝てない。
それほどの力関係を一瞬で悟らせる、暴力的なまでにオス泣かせな魔尻なのである。
もちろん、そのデカケツを支える足も、またこれが艷やかだ。
大きな尻に相応しい、丸太のように太く、ムチムチとした、肉感的すぎる太もも。
自身のウエストよりも太いのではないかと思えるほどの太ももは、筋肉のしなやかさと、雌脂のやわらかさを併せ持つ、大剣豪らしい太ももだ。
そんな太ももから、ふくらはぎへ、足首へ、つま先へと伸びる脚は、これがまた長い。
この長く妖艶な肉美脚を目にした男たちは、その脚に踏みつけられる妄想で、たまらず精を放ってしまうだろう、そんな様子が妖異に思い浮かぶ、精子虐殺美脚である。
いずれもが、伊藤一刀斎という、指折りの大剣豪を示すもの。
即ち、剣客として、武将として、また女として、彼女は圧倒的に強く、毅いのだ。
これほどの武威と才能を持つならば、驕り高ぶることもあるだろう。
だが彼女は、決して自らを緩ませない。
「人」として、まだまだ未熟である、とさえ、感じているからだ。
なにせ彼女の師はかの鐘捲自斎その人である。
普段は奇妙な言動で、弟子たる一刀斎を振り回す、ケレン味のある、これもまた白髪の美女であり、やはり大剣豪と呼ぶに相応しい剣士である。
だが、鐘捲自斎を語るときに、剣のことなど、強い、とだけ述べれば良い。
そんなことよりも、語るべきことは多いのだ。
それほどに、人として豊潤な女であった。
懐が深く、呵々大笑で世を渡る人であった。
なにせ、弟子たる一刀斎が、自らより強くなったとなれば、「強い!」と称賛し、それを喜べる人なのだ。
弟子に、負ける。
武芸者として、これほどの屈辱はない。
だが、師であれば、それは親のように、弟子という子の成長を喜ばずして、なんとしようか。
それを屈託なく、腹の底から、何の衒いもなく、できるのが、鐘捲自斎なのだ。
一刀斎は、まさにその時、師をまことに尊敬した。
そして、自らの不明を恥じた。
一端の武芸者、ひとかどの剣豪と、知らず知らずのうちに、思い上がっていた。
自らの増上慢にも気づかず、天狗になっていたのだ。
そのことを、師に勝って、師に教えて貰った。
これは、かなわぬ。
人としての器が、違う。
清々しいまでの、敗北であった。
であるから、一刀斎は、今でも彼女を、師と仰いでいる。
親の心を、子は知ったのだ。
だから、自らも、弟子をとることを決めた。
いまは旅路にある。