僕はその日、「降谷零」を知る数少ない一人、警察学校からの友人を警視庁の一室に呼び出した。僕が呼び出すということ自体そう多くないだけに、彼は不思議そうな顔で座った。
「いきなり呼び出して、どうした?」
「個人的なことで悪いんだが、ちょっと頼みがあるんだよ」
頼み、と繰り返した友人の前に、古めかしい事件資料を差し出す。よく残っていたと言えるくらい古い資料だ。デジタルですらなく、手書きで資料がまとめられている。
「……強盗事件? 未解決の?」
「ああ、三十年も前のものだ。時効も過ぎている」
「で、これが?」
「本当はこんな事件、起きていなかったらしいんだ」
僕がそう言うと、彼は綺麗に整った眉をひそめた。また事件資料に目を戻す。
「被害者の遺族が『安室透』に依頼してきた。これは強盗の被害者を名乗る数名が結託して強盗事件に仕立て上げた狂言だということが判明したらしい。立件は出来なくても構わないから、何らかの証拠を掴みたいと」
「……どうして依頼人は今になって狂言だとわかったんだ?」
「その被害者を名乗ったうちの一人が口を割った。その直後にその人は亡くなったそうだが」
なるほどね、と彼は気乗りしない風に頷く。
彼はもちろん正義感をもった警察官だが、無駄なことはしたくない性格だ。三十年も前の事件を調べろって無茶な、と顔に書いてある。僕は苦笑しつつ言葉を続けた。
「お前が言いたいことはわかってるよ。僕も無茶だと思う」
「なら何で引き受けたんだよ。そもそもそれを何で刑事部でもない俺に言うんだ」
彼は強盗事件を扱うような部署ではなく、監察官、つまり警察官の不正を調べる職務に就いている。事件現場に出るようなことはない、内勤の警察官だ。
刑事部にもツテがなかったわけではないが、この事件の「証拠」を探すなら彼の方が適任だと考えた。何故なら。
「捜査に当たった刑事の署名、見てくれ。リストもついている」
ん、と彼はぺらりと書類をめくった。そしてその名前を見た瞬間、すっと目を細める。どうやら僕の意図を理解してくれたらしい。
「……そういうことか」
「ああ。だからお前に頼みに来た」
もう事件の時効は過ぎているし、今更調べたことで何になるわけでもない。彼に必要のない仕事を強いることになる。僕としても潜入任務に必要な依頼ではなく、別に断っても良かった。だが、それでも。
「……この依頼人は、復讐をするつもりだったらしいんだ」
警察官としての志は、忘れたくない。
事件は解決することよりも、未然に防ぐことの方がずっと大事だ。
「今は諦めてくれたようだが、この依頼は、彼にとってのけじめなんだと思う」
だから、できることなら力になりたい。
目の前に座る友人をまっすぐ見据えつつそう言うと、僕が絶大な信頼を寄せる彼は苦笑して、手に持った捜査資料をひらひらと振った。
「そんな話聞いたら断れねえな」
「悪い」
「ポアロの珈琲奢れよ」
「わかっているさ」
多忙を極める彼の手を借りるのは申し訳なかったが、彼に任せておけば証拠は揃えてくれるだろう。彼が非常に優秀なことは誰よりも知っていた。
そして依頼人に証拠を渡し、──どうか彼には自分と周囲が幸せになる道を選んでほしい。愛おしそうに微笑む彼と、その隣で顔を真っ赤にする彼女の姿が浮かび、思わず頬が緩んだ。
別にこの同期がどこの誰かはどうでもいいことです。
作者の別作品の主人公? 何のことやら。