貴方といると、ときどき怖くなるのです。
もし次の「生」があったとき、私は貴方なしで生きていられるのでしょうか。
*
あの夜のことは今でもあまり思い出せない。けれど、しっかりと耳に残っている声がある。
『からっぽか。だから君の存在はよく響くんだね』
『楽器はたいてい、中身は空洞だよ。じゃないと、音が響かないだろう?』
不思議なくらい、この胸に響いた言葉。何がそんなに響いたのかもわからなくて、でもただただ嬉しくて、涙が零れそうで。からっぽの私はからっぽのまま、見えないもので満たされたような気がした。
その言葉を私にくれた人が今、少し硬い面持ちで私の前に立っている。
「……やっぱり、こういうのは緊張するな」
そう照れたように笑い、彼はポケットから小さな何かを取り出した。綺麗なネイビーのベルベット、高級そうなリングケース。
その意味がわからないほど、子どもではない。
「君の隣を、誰にも譲りたくないんだ」
ソファに腰かける私に目線を合わせるように、彼は膝をつく。ぱかりとケースを開いた中心に鎮座する細身のシルバーリング。その頂点には、永遠の絆を意味するダイヤモンド。小粒ながら上品にカットされたそれは、光を受けてきらりと輝いた。
「柚希、……僕と、結婚してください」
あの日から、順調にお付き合いをしてきたと思う。響輔さんは本当に優しくて、私の仕事のことも理解して尊重してくれて、響輔さんがお忙しい時もできるだけ気遣ってくれて、拙い私の言葉をちゃんと聞いてくれて。こんなに素敵な人がどうして私を、と思う暇もないほど大切にしてもらっていると思う。
そんな貴方にずっと甘えたまま、今日まで来てしまった。
「……響輔さん」
胸がいっぱいで、いつも以上に言葉が出てこない。
伝えたいことがたくさんあるのに、私の気持ちを全部貴方にそのまま受け取ってほしいのに、私ときたらまだ「好き」の一言だって貴方に伝えられていない。
伝えたいけれど、上手く言葉にできなくて。
この気持ちを「好き」の一言で表していいのかわからなくて。
全部伝えようと思ったら前世のことも全て言わなきゃ伝えられない気がして、頭の中がぐちゃぐちゃのまま、ずっと伝えられずに来た。
そんな情けない私のことを見捨てないでいてくれるだけで、本当に嬉しいのに。
響輔さん、私、この「生」があってよかったと思っているんです。今までずっと、嘆いてばかりだったけれど。
だって、そのおかげで貴方に出逢えたから。
貴方に出逢うために生まれなおしたんじゃないかなんて、本気で思ってしまっているんです。それだけ、貴方に出逢えたことが、嬉しい。だからこそ別れが怖くて、もし次の「生」があったとき貴方がいなかったら、なんて。そんな馬鹿なことを考えてしまうほど怖くて。
だから、どうか、わがままを言わせてほしい。私の真意なんて知らなくていい、ただの気休めでいいから。
私に──「永遠」の約束をください。
「お願いがあるんです」
言葉と一緒に、涙が零れ落ちる。
ぼやけた視界で響輔さんが少し首を傾けたのが見えた。その顔は緩く微笑んでいて、いつものように優しく私の言葉の続きを促してくれる。
嗚咽を呑み込み、震える唇を一生懸命に動かした。
「……私の名前を呼んでください」
もしまた次の「生」があって、私が「佐倉柚希」でなくなったとしても。
「貴方の名前を呼ばせてください」
もし貴方に次の「生」があって、貴方が「羽賀響輔」でなくなったとしても。
「ずっと、貴方の傍にいさせてください」
貴方のことが、好きなのです。心から愛しているのです。からっぽの私でもいいと思わせてくれたのは、貴方なのです。
「響輔さん、」
次の言葉を紡ごうとした唇は、彼によって飲み込まれた。
実質上の最終話です。
本の書き下ろしでした。