地上でのパニシングの爆発から数年が経った。
幾千もの戦いと犠牲を乗り越え、とうとう空中庭園は地上の奪還に成功した。
しかしながら、地上はいまだ多くの瓦礫や侵食体の残党が残っており、安心して人が生活するには時間がかかる。
そこで、空中庭園は構造体を地上に派遣し、地上での生活再建計画を開始した。
パニシング濃度が薄れ、黄金時代の果てしない青い空を取り戻しつつある地上に、構造体は喜んで地上へ向かった。
戦いは完全になくなった訳ではないが、自分たちの文明を取り戻す絶好の機会に、彼らの目は無邪気な子供のように澄んでいる。
ある構造体は言った。
「私達が、人類の新たな文明を地上に芽吹かせるのです。」
サワサワとかすかに鳴くセミの音に、ルシアはおもむろに目を覚ました。
休眠ポッドのハッチをゆっくりと開け、その機体を起き上がらせる。
両腕を空高く突き上げ、ぐんと伸びをした。
「・・・いい朝!」
満面の笑みとともに、ルシアは言った。
周りを見渡すと、辺りにはたくさんのテントが張られている。
まだ人が出てきている様子はないため、きっと朝の早い時間帯なんだろうとルシアは思った。
ルシアの近くにはもう一つ別の休眠ポッドがあり、そこには蒲牢がいる。
九龍以外の土地を見てみたいと、目を輝かせながらルシアに頼み込んだのだ。
ルシアは蒲牢を起こさないように気をつけながら、タブレットを取り出して任務の内容を確認し、時間を潰すことにした。
「今回、あなた達にお願いしたいのは温帯地域のJP区画の再建準備です。JP区画は黄金時代、自動車技術に秀でた地域でした。各地には世界的に著名な自動車メーカーの本社や工場が立ち並び、特に燃料電池技術やハイブリッド技術については世界一の技術を持っていたと言えるでしょう。」
ルシアは、任務説明をするセリカの声を思い出した。
戦いが終結してからも彼女は忙しそうで、しきりに指揮官に「休暇が欲しい」と嘆いているそうだ。
「・・・そうだ。今はもう、“指揮官”じゃないんだった。」
ルシアの言う“指揮官”、すなわちグレイレイヴンを率いた指揮官は、その武勲を讃えられ、今は空中庭園の“大将”に肩書が変わっている。
指揮官が大将に任命されたことを知ったグレイレイヴンは指揮官を盛大に祝おうとしたが、肝心なところで3人とも泣き出してしまったせいでパーティーどころではなくなってしまった。
「・・・だって、指揮官じゃなくなったら、もう私達と一緒に作戦ができないと思ったんですもの。」
通常、大将は地上に赴いて指揮をすることはない。
幾千の戦いをともに戦い抜いた指揮官との別れの辛さを、誰一人として押し殺すことができなかったのだ。
これに一番驚いたのが、他でもない大将だったのだ。
「え?僕、まだ任務するよ?」
思いもよらぬ一言に、3人は顔を上げた。
「大将になる条件として、僕が上に言ったんだ。「時間が許せば、地上でみんなと一緒に働きたい」って。」
その言葉の通り、大将は今も時間があれば率先して地上に趣き、通常の指揮官と同様に任務をこなしている。
たちの悪いことに、大将がどこの区画に行くかは他の指揮官には知らされないようで、「大将の思考回路を直接学ばせていただけるなんて!」という好意的な意見と「急に来られても心臓に悪い」という否定的な意見が指揮官連中の間では真っ向から対立しているようだ。
「・・・任務のとき以外は指揮官でいいって言われているし、今はいいかな。」
ルシアは、首にかけたドッグタグをギュッと握りしめた。
そこには、今はドッグタグと一緒にグレイレイヴンの4人で撮った写真を入れたペンダントがかけられている。
「いつでも一緒にいられるように」と、リーフが提案したものだった。
実際のところ、今の大将は空中庭園で仕事をしているし、リーとリーフはそれぞれの専門性を生かしてルシアとは違う区画で任務にあたっている。
4人揃って任務に挑むのは専らハイレベルな戦闘に限られており、その数も最近ではめっきり減っている。
「う、うーん・・・」
休眠ポッドから、蒲牢の声が聞こえてきた。
いつのまにか、かなりの時間が経っていたようだ。
ルシアはタブレットをしまい、今日の任務の準備に取り掛かることにした。
「行ってきます。指揮官。」
―同時刻、空中庭園にて―
デスクで仮眠を取っている大将のもとに、1本の内線電話が入電した。
大将はパチリと目を開け、受電ボタンを押す。
ホログラムに浮かび上がったのは、焦りの感情を全面に押し出したアシモフだった。
「緊急で伝えるべき事案が浮上した。すぐにこちらに来てくれ。」
「事案の元凶は?」
大将はコンピュータを立ち上げながら言った。
アシモフは、彼にしては珍しく少し口ごもったあと、覚悟を決めたように大将に言った。
「ゲシュタルトだ。」
「・・・「あの時」が、来ようとしている?」
大将の言葉に、アシモフはコクリと頷いた。
「分かった。」
大将は電話を切ると、コンピュータを閉じて立ち上がった。
部屋の奥に向かい特殊なカードキーでなにかを認証すると、精巧なホログラムでできた本棚の一部が消え、黒いドアにかかっていた障壁も消えていった。
ゆっくりとドアを開け、一冊の資料を取り出して数ページめくり、その内容に間違いがないことを確認すると、ドアをロックして大将は自室をあとにした。