「代謝」は進み、残るはルシアを残すのみである。
美しい構造体の数々は、今はその全身を黒いゴムに覆われ、培養槽の中に静かに吊るされている。
目を閉じ、直立して培養槽に浮かび続けるその様子は、まるで出荷されるのを静かに待ち続けるラブドールのようだった。
長い間射精できないように制御され続けた彼女のペニスは、すこし風に触れただけであっけなく射精してしまいそうなほど震え続けている。
最後に、ゲシュタルトはルシアに自我を戻した。
『指揮官を、悲しみの渦に落とさないで。
あなたの言葉で、指揮官の背中を押してあげて。
私達がいなくなっても、立派な指揮官でいられるように。』
ルシアは、もう一人のルシアが遺した最期のメッセージを思い出していた。
(・・・これは、私と指揮官の最後の任務。)
覚悟を決めたルシアは、ゆっくりとその目を開いた。
「指揮官、いままで私のことをお世話してくださり、ありがとうございました。
私は指揮官と、たくさんの戦場をともに戦いました。
単なる兵器に過ぎなかった私に、心を注いでくれたのは、他ならぬ指揮官です。
鴉羽の機体・・・私の最期の機体ですが、これも指揮官がいなければ、私はあの時全ての記憶をなくしてしまっていたでしょう。」
ルシアは、いつものあの凛々しい声をなんとかして保ちながら、言葉を続ける。
「・・・でも、ゲシュタルト様にとって、それは間違いだったのでしょう。
私達構造体は所詮、人類のために奉仕する機械に過ぎなかったのです。
ゲシュタルト様が殺せと言ったら、殺す。
死ねと言ったら、喜んで死ぬ。
孕めと言ったら、どれだけ醜い異形の子であろうと孕む。
それが、ゲシュタルト様の思い描く私達、構造体だったんです。
だから私は、今から培養槽の中でザーメンを出せと言われるんです。
ザーメンの中に指揮官との記憶を詰め込んで、培養槽の中に排泄しろと。
これは、たとえ指揮官が脱出命令を下しても、逆らうことはできません。
私、WH-19547の管理者は、指揮官ではなくゲシュタルト様なのですから。
仮に培養槽を出たとしても、せいぜい指揮官に抱かれながらザーメンを吐き出すことが精一杯でしょう。」
そこまで言うと、ルシアは大将の表情の曇りに気づいた。
「指揮官。私は、指揮官を困らせたくて言っているのではありませんよ。
むしろ、これが本当の私達、構造体だということを知ってほしいんです。
ゲシュタルト様の仕組んだプログラム通りに動く機械、それが私達なんです。
射精も、単なるプログラム制御でおちんちんから快楽を与えられて絶頂し、ザーメンを精巣からペニスを通して吐き出すだけのことです。
人類でしたらメスの子宮にザーメンを入れると孕むのでしょうが、私達のザーメンが人類を孕ませるようなことはありません。
そもそもザーメンに含まれているのは精子ではなく、私の記憶、不要なデータなのですから。
私は、記憶を失うことを恐れてはいません。
指揮官が、私達のことを覚えてくれている限り、私達はあなたの中でいつまでも生き続けます。」
そこで、ルシアは先程のリーフと同様、ペンダントが培養槽に浮かんでいるのに気づいた。
「このペンダント・・・リーフのですね。もしかして、リーフもここにいるのでしょうか?」
ルシアが隣を見る。
そこには、黒いゴムで覆われ、静かに眠るリーフの姿があった。
培養槽の中の液がひときわ白く濁っていることから、リーフがもうすでに射精を終えていることを悟った。
抑え込んでいた感情が、少しずつルシアの限界を超え始めた。
(・・・だめ、泣いたら、だめ・・・!)
「・・・そうですか。リーフももう、向こうへ・・・。」
(・・・声、震えてる・・・)
「・・・指揮官。リーフの最期は、立派でしたか?」
(どうして、こんなことしか聞けないんだろう・・・。)
大将が、リーフからの伝言を通信チャネルに載せた。
『ルシア、いままで本当にお世話になりました。
これからは、ゲシュタルトの中からあなたの任務をサポートしますね。』
ルシアの目が潤んだ。
涙を見せぬように下を向く。
(・・・それは違いますよ、リーフ・・・。)
(私は、あなたとリーと指揮官がグレイレイヴンにいたから、ここまで成長できたのに・・・!)
涙をこらえるルシアの鼻に、ペンダントがぶつかった。
ぶつかった衝撃でペンダントから写真が外れる。
ルシアは、写真の裏に文字が書かれているのを見つけた。
『どんな時でも、どんな困難に出会っても、最後まで私は私を見捨てない。
私は、「私」であり続ける。』
それは、リーフが自分のために書き残していた言葉。
しかし、その言葉は強固なルシアの心のガードを消し炭にした。
(・・・「「私」であり続ける」・・・。)
(・・・私、こんなときまで、リーフに助けられてしまいました。)
押さえつけていた感情に、ルシアは身を任せた。
「・・・えぐっ、ひぐっ・・・」
涙が流れ、嗚咽が響き渡る。
「・・・ごめんなさい、指揮官。私は嘘をついていました。」
涙を何度も拭いながら、ルシアは喋り続けた。
「本当は私、すごく怖いんです。指揮官との思い出や、リーフ達との思い出が消えちゃうことが・・・。」
「いつまでも、指揮官の隣にいられると思ってました。
指揮官の最期を看取るのが、私が指揮官にできる最後の恩返しだと思っていました。」
言葉が途切れてしまうほどに、ルシアは激しく咽び泣く。
「こんなことになってしまって、ごめんなさい。
最期まで、指揮官に迷惑をかけたままいなくなってしまうルシアを許して下さい。」
「・・・こんな私を見つけて、グレイレイヴンを率いてくれて、ありがとうございました。
大好きです。指揮官・・・!」
しかし、無情にもゲシュタルトはここで射精の指示を飛ばした。
ペニスがビクビクと震え、抑えられていた心拍数は急上昇していく。
咽び泣くルシアに、ペニスが精液を送り込む感覚はわからなかった。
・・・ドクン!
ルシアが、何かを言おうとしたときだった。
突如快楽の波が押し寄せ、ルシアが背中をのけぞらせると、大量の精液が噴き出した。
「うああああああああっ!いやだ、いやだっ!」
記憶を失っていく恐怖に、ルシアはもがき苦しむ。
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ・・・
凄まじい量の精液で、ルシアの眼の前はすぐに真っ白になった。
「いやだ、指揮官!忘れたくない!失いたくない!」
ルシアはすぐに精液を取り除き、必死になって指揮官を探す。
培養槽の壁に手を当てて機体を寄せ、指揮官を探し続ける。
「指揮官、どこですか!指揮官!返事して!」
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ・・・
機体の各所のセンサーにバグが生じ、五感が消えていく。
大将を探す間も、ルシアのペニスからは勢いよく精液が排泄され続ける。
自我が崩壊を始め、快楽が少しずつルシアを蝕んでいく。
「嫌なのに!記憶をなくすのは嫌なのに!どうしておちんちんはこんなにも私に快楽を投げつけるの!」
視界がセピア色に変色していく。
「やだ・・・指揮官、早く出てきて・・・!」
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ・・・
意識海の乖離が始まり、ルシアは次第に沈静化していく。
「しきかん・・・どこに・・・。」
顔にやってくる精液を振りほどきながら、必死になって大将を探す。
「あ・・・いた・・・」
やっとのことで、大将を見つけ出した。
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ・・・
とめどなく溢れる精液で、ルシアの記憶はもうほとんど残っていない。
「あれ・・・わたし、は・・・?」
「そうだ・・・あの人に、いうんだ・・・」
ドクッ・・・ドクッ・・・
射精のペースが落ち、もうまもなく打ち止めだ。
人工心臓の心拍数も、20を下回った。
最期の力を振り絞り、ルシアは声を出した。
「しき・・・かん・・・あ・・・」
―――
「WH-19547「ルシア・鴉羽」の機能停止を確認しました。」
壁に手を当てたまま機能を停止したルシアを、黒いゴムが覆っていく。
何かを言おうとして開けていた口は、ゲシュタルトによってゆっくりと閉じられた。
培養槽の中に残る、涙と精液の痕跡。
黒いゴムが彼女を覆ったあとも、それは培養槽に残っていた。
こうして、最後の一人、ルシアはゲシュタルトに「代謝」された。
すべての構造体の「代謝」が終わり、役目を終えた大将は姿を消した。
培養槽の中の構造体は、すべて骸となって静かに眠っている。
楽しかった記憶も、苦しかった記憶も、何もかもを精液に変えて吐き出して。
ゲシュタルトの思い描く理想の「構造体」に、生まれ変わってしまった。
ただ、ゲシュタルトは老朽化が進んでいる。
以前はこれですべての不要なデータを消去できていたが、現在では消去できたデータは良くて全体の85%程度だ。
つまり、今培養槽に眠るそれぞれの構造体の電子脳には、少なくとも15%の「不要なデータ」が残されている。
もし、彼女たちがゲシュタルトの中でコミュニケーションを取ることがあれば。
誰か一人でも、この事実を覚えている構造体がいれば。
誰か一人でも、大将のことを覚えている構造体がいれば。
骸となった彼女たちに、もう一度チャンスが訪れるかもしれない。
記憶の欠片をつなぎ合わせて、「自分」を取り戻すチャンスが。
大将のもとへ、人類として戻るチャンスが。
「すべての構造体の「再教育」を終了しました。」
黒いゴムに覆われた構造体が吊るされた培養槽を確認し、ゲシュタルトが言った。
「WH-12115「アイラ・極彩」の危険行動を評価。
脅威:高。ディープクリーン実行:適当。」
「ディープクリーン実行準備開始。
対象構造体:WH-12115「アイラ・極彩」、WH-13521「21号・XXI」、WHC-01644「蒲牢・華鐘」、WH-20110「リーフ・白夜」、WH-21667「ヴィラ・緋耀」、WH-16211「ビアンカ・真理」、WH-19547「ルシア・鴉羽」・・・」
もしもアイラの意識海が今なおその機体に宿っているとしたら、彼女はさぞ歯ぎしりして悔しがっただろう。
余計なことをしなければ良かった、と。
(続)