ゲシュタルトが、構造体の人工心臓を動かした。
「セキュアブート:成功。胸骨分離実行。セット心拍数を150、人工心臓拡張率を200%に設定。」
人工心臓が、その体積の2倍に拡張して激しく拍動している。
光沢のある黒いゴムの下で、それぞれの構造体が必死に人工心臓を動かす様子が見て取れた。
ペニスに真新しい循環液が高圧で圧送され、萎えていたペニスが再び培養槽の外へ向かって伸びる。
その勢いはあまりに激しく、すべての構造体のペニスはゴムの膜を突き破って外界へとその姿を表した。
ディープクリーンに備えてか、それぞれのペニスは先程よりも一回り大きく、仮性包茎となった21号と蒲牢以外は全員赤黒い亀頭を露出させていた。
玉袋はしきりに収縮し、存在しないはずの精液をペニスに送り込もうとしている。
「電子脳への物理的アクセスを開始。」
培養槽の上から、太いチューブが降りてきた。
チューブの先端にはチップソーがついており、その奥には電子脳との接続端子がある。
チューブは、構造体の頭頂部にゆっくりとチップソーを近づけていく。
「照準設定:完了。WH-19547「ルシア・鴉羽」で試験接続実施。」
ルシアの頭上で、甲高いモーター音とともにチップソーが高速回転を始めた。
そして、チップソーがルシアの頭部に触れると、モーターがうなり培養槽の中に火花が散る。
ルシアの頭部は激しく揺さぶられ、まるで首の座らないお人形のようだった。
それぞれの構造体に専用で設計されたカーボンファイバー製の頭蓋骨に、みるみるうちに穴が開けられていく。
循環液が噴き出し、精液で真っ白になった培養槽に新たな色を落とし込む。
ルシアは完全にゲシュタルトの管理下に置かれているようで、このような惨状に対してもうめき声一つ漏らさずに頭蓋骨に穴を開けられ続けている。
もっとも、意識海がアクティブであったとしても、ゴムの膜に覆われている今では声一つ出せないのだが。
やがて、バコンという音とともにケーブルがルシアの頭部へ入り込むと、チップソーの回転が止まった。
ケーブルがもぞもぞと動き、お目当ての電子脳を探してルシアの脳を掘り進む。
幾重にも及ぶ電子脳の保護クッションや保護ゲルを破壊し、ケーブルが電子脳を捉えた。
『カチッ。』
キーボードのエンターキーを押したときのような軽い音とともに、ルシアの電子脳はゲシュタルトに捉えられた。
「診断結果:オールグリーン。WH-19547「ルシア・鴉羽」に射精シグナルを送信。」
すると、しぼんでいたルシアの玉袋が少しだけ膨らんだ。
「WH-19547「ルシア・鴉羽」。射精せよ。」
玉袋の膨らみが戻ったその瞬間、ルシアは射精した。
規則正しいペースでペニスを脈動させ、5回精液を培養槽に放出すると、そこでピタリと射精が止まった。
「試験接続成功。引き続き、残る構造体への接続を実行。」
ヴィラやアイラなど、残された構造体の真上で静止していたチップソーが回転し始める。
チップソーの回転数が十分になると、チューブはまっすぐに降りてそれぞれの構造体の頭蓋骨を切断していく。
培養槽の隅々から、まるでコーヒー豆を挽いているかのような轟音が聞こえてくる。
黒いラメ入りの赤い帯が、真っ黒な構造体の頭上から立ち上る。
噴き出す循環液が精液に混ざり、更には砕け散った頭蓋骨がその中に入り込んでキラキラと舞っていた。
ディスプレイ上では、それぞれの構造体のバイタルサインに一切の変動はない。
ゲシュタルトが自らの体内で行っていた改造を、単に露出のある培養槽の中でやっているというだけなのだろう。
やがて、所々から頭蓋骨を切り終えた音が聞こえてきた。
ケーブルがもぞもぞと動き、さんざんに揺さぶられた構造体の頭部を弄びつつ電子脳を探す。
電子脳探しが難航している構造体では、頭蓋骨に開いた穴から赤黒いゲルが飛び出していた。
電子脳が見つかった構造体は随時ケーブルを接続され、射精シグナルを送られる。
「WH-13521「21号・XXI」に射精シグナルを送信。WH-13521「21号・XXI」。射精せよ。」
「WH-21667「ヴィラ・緋耀」に射精シグナルを送信。WH-21667「ヴィラ・緋耀」。射精せよ。」
「WH-12115「アイラ・極彩」に射精シグナルを送信。WH-12115「アイラ・極彩」。射精せよ。」
そして、シグナルを受け取った個体は規則正しく5回射精し、ペニスを勃起させたまま待機する。
「WHC-01644「蒲牢・華鐘」に射精シグナルを送信。WHC-01644「蒲牢・華鐘」。射精せよ。」
そして、最後に蒲牢のペニスから5回精液が吐き出されたところで、全ての構造体の電子脳とゲシュタルトが物理的に接続された。
「臍へのフルードチューブ接続を実行。」
今度は、透明な太いチューブが構造体のへそのあたりに伸びてきた。
先端には、細いナイフのようなものが円形に並べられている。
今度は蒲牢が、テストの構造体に選ばれた。
蒲牢のへそに、チューブが突き刺さる。
ナイフは蒲牢の腹部を切り開き、蒲牢の腹には皮膚や筋肉が寄せられてできたシワが見えた。
ある程度の大きさの穴を確保したところでナイフは格納され、代わりに太いホースが蒲牢の腹腔に入り込む。
腹腔に差し込まれたホースは先端をくるりとかえし、蒲牢の腹膜に密着して固定された。
「投入フルード:ザーメンマテリアル・C、投入量:3.6L。投入開始。」
透明なホースに、粘性のある白濁した液体が満たされていく。
ホース内の脱気が終わると、ハッチが開いて液体は蒲牢の中を満たし始めた。
小さな蒲牢の小さな腹部に、濁流が流し込まれていく。
蒲牢はみるみるうちに腹部を膨らませていき、やがて黒いゴム膜が限界を超えて破裂した。
数刻ぶりに、蒲牢の美しい髪が培養槽の中で揺らめくようになった。
「投入終了。設定量の投入に成功。」
蒲牢の腹部がちょうど臨月を迎えた妊婦のようになったところで、液体の流入が止まった。
チューブがなければ、10代前半程度の幼い蒲牢が立派に身ごもっているのかと錯覚しそうだ。
「腹腔内圧上昇。セット値:15MPa。」
ゲシュタルトの音声とともに、蒲牢の腹部はみるみるうちにしぼんでいった。
液体は一滴もホースへ逆流することもペニスから溢れ出すこともなく、蒲牢の腹部にとどまり続けている。
蒲牢の機体が非常に高い圧力をかけることで、液体を圧縮しているようだった。
「WHC-01644「蒲牢・華鐘」、腹腔圧力15.02MPa。試験接続成功。」
やがて、蒲牢の腹部がすっかりもとに戻った。
そして、ゲシュタルトは蒲牢以外の構造体にも同じようにして液体を注ぎ込んでいった。
みるみるうちに構造体の腹部が妊婦のように膨らんでいく。
パリパリという音とともに、ゴムに覆われていた構造体の白い肌が再び日の目を浴びる。
新たな生命を生み出す培養槽にはとてもふさわしい体つきだ。
ビアンカやアイラは乳房が大きいため、膨らんだ腹部が乳房に触れそうになっている。
一方、そこまで乳房が大きくないルシアやリーフでは、その激しい腹部の主張に乳房が負けているようにも感じられる。
「全構造体へ設定量のフルード投入を完了。」
液体を入れ終えた構造体は、腹腔の内圧を急上昇させ、腹部をしぼませる。
数十秒もしないうちに、あれほど大きく膨らんでいた腹部が元通りになっていった。
こうして、構造体はその頭とへそにチューブを接続され、大量の白濁した液体でその身を満たされた。
「ディープクリーン実行準備を完了しました。」
誰に伝えるわけでもなく、ゲシュタルトがディープクリーンの内容を説明し始めた。
「現在、ディープクリーン対象構造体の電子脳とゲシュタルトは物理的に接続されています。
先程の記憶排泄プロセスは各構造体のプロセッサとの通信を介して実行していましたが、ディープクリーンではゲシュタルトが直接各構造体の記憶情報を読み取って記憶排泄を実施します。
このため、通信の精度や安定性に依存せず、ゲシュタルトがすべての記憶データを参照して不要データを抽出することが可能です。
現在接続状態にある全ての構造体の意識海はゲシュタルトが掌握しており、意識海干渉によるディープクリーン失敗のリスクは0.0017%です。
本機能構築当初のデータによれば、ディープクリーンによる記憶排泄により99.99%の不要な記憶の除去が見込めます。」
構造体に残された最後の希望が、フェードアウトしていく。
「ゲシュタルトが不要と判断した記憶は即座に体内の交換機に送り、随時精液に変換されます。
変換された精液は輸精チューブを通り直接輸精管に送り込まれ、即座に体外へ排泄されます。
臍に接続したフルードチューブから常時ザーメンマテリアルまたはザーメンマテリアル・Cを供給することで、構造体のステータスに依存しない精液排泄が可能です。
現在の接続人数では、各構造体に最大25回全記憶データの抽出と精査が行われます。」
培養槽の上部のディスプレイの表示が切り替わった。
心拍数や体温、意識海などの情報がなくなり、代わりに記憶データの抽出進行度と回数、射精した精液の量とその回数が表示されている。
そしてディスプレイの最上部には“READY”と表示されており、ディープクリーンを実行する準備が整っていることを示している。
「接続されているすべての構造体のステータスが“READY”に変化。」
ゲシュタルトが構造体の情報を確認した。
「これより、ディープクリーンを実行します。」
ディスプレイの表示が、“EXTRACT”に切り替わった。
(続)