※この作品はR-18です。

機械たるもの、従者たるもの   作:棒笹

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第1話 沈む朝日

「ふぁぁ。おはようございます、ルシア。今日は一段といい朝ですね。」

休眠ポッドのハッチを開けながら、蒲牢が可愛らしい笑顔を見せつける。

「ええ。最近、朝がくるのが待ち遠しくなって来ています。」

ルシアが答えた。

「私達、人間だった頃はこんなに爽やかな朝を見たことなんてなかったですからね。」

「そうですね。私はずーっと夜航船の上でしたし、ルシアは・・・」

「私は、冷たい吹雪の中をひたすらルナと耐え忍んでいました。だから、朝がこんなにきれいなものだなんて、知らなかった。」

ルシアと蒲牢は、朝の光を浴びながら、構造体になる前の自分に思いを馳せていた。

「・・・さぁ、蒲牢。今日の任務の準備をしましょう。人類のお手伝いです。」

「もう、ルシア。その言い方、大将にやめろって言われたじゃない。」

「あ、そうでした。」

ルシアは、大将がルシアたちすべての構造体に言った言葉を思い出した。

「君たちは、その身体こそ人のものではないが、もとは皆同じ人類だった。地上を取り戻したこのときを境に、自分のことを同じ人類だと思って生きてほしい。人類諸君も、この度の勝利は全人類が一丸となって成し遂げた成果なのだから、構造体とともに、支え合ってこれからの日々を生きていこう。」

その言葉を聞いた守林人の涙を、ルシアは決して忘れてはいなかった。

ルシアはスッと息を吸い込み、口を開いた。

「・・・では、今日も一日、みんなで頑張りましょう。」

「そう。大将がいないからって、油断しちゃだめだよ。」

まばらに人が出てきつつあるキャラバンの中心へ、ルシアと蒲牢は歩いていった。

 

「ルシアさん、蒲牢さん、おはようございます。」

キャラバンの長がルシアたちを見つけて頭を下げた。

「おはようございます。今日は一段と暖かい朝ですね。」

蒲牢が声をかけた。

「ええ。時計ではまだ7時にもなっていないのですが、こんなに暖かかったらすぐにでも今日の作業に取りかかれそうです。」

「えぇ!?てっきりもう8時を過ぎていると思っていました・・・。」

蒲牢の驚嘆の声に、ルシアと長はたまらず吹き出してしまった。

「・・・でも、ほんの少し前までは、こんな風に時間を肌で捉えるなんてこと、なかったですもんね。」

長は、キャラバンの端にある古びた浄化塔を見て言った。

「工兵部隊の報告によると、あの浄化塔はあと数ヶ月で機能を停止するそうです。故障ではなく、もう浄化塔が必要ないレベルまでパニシングの濃度が落ちてきているようです。他の区域はまだもう少し時間が必要なようで、機能停止はここが初めてだと言っていました。」

「機能を停止したら、浄化塔は取り壊すのでしょうか?」

ルシアが尋ねた。

「いや、内部構造を補強して、文化的な遺産にするそうです。なんせ、初めて機能を停止する浄化塔ですからね。万一に備えて、浄化設備は使える状態でメンテナンスを続けるそうです。ハセン議長は反対したそうですが、大将がポケットマネーを出して修理すると言ったら根負けして予算がおりたそうです。」

「しきか、いや、大将だったらやりそうですね。」

ルシアは危うく口を滑らせそうになったが、間一髪というところでなんとか踏みとどまった。

「ええ。大将のお人柄でしたら、納得です。以前この区域にもお越しくださった事があるのですが、本当にいい人でした。何が足りないかを聞いて、それでは飽き足らず自分もこのあたりを歩き回って「この設備の補修は間に合ってるか」、「この人は医療部隊に支援を要請したか」なんて見つけては聞いてくれて・・・。あれで戦争中は無類の強さを誇ったなんて、ちょっと信じられないくらい。」

長は、手元のコーヒーが冷めるのも忘れて、大将の話を続けた。

「大将の率いるグレイレイヴンという部隊は、彼らがその戦場にいるだけで勝利が確定するほどの強大な存在だと聞いていました。トップクラスの演算能力、治療能力、作戦遂行能力を有する3体の構造体に、それらを的確な指示によって勝利へ導く大将。戦争後期には、大将の影響でファウンスの志願倍率が以前の10倍に跳ね上がったなんて噂も聞いたことがあります。・・・少し、話が長かったですかね。」

コーヒーカップに浮いた脂肪分をかき混ぜて、長はルシアたちの方を向いた。

そして、ルシアの胸元の小さなドッグタグを見つけると目を見開いた。

「そのドッグタグ、もしかして、あなたは・・・!」

ルシアは、バレたか、とちょっと困った顔を浮かべた。

「ええ。「その」ルシアです。」

長は、あまりの出来事にその場にへたり込んでしまった。

急いで蒲牢がサポートに向かう。

「まさか、生きてるうちにお目にかかれるとは・・・。長生きすると、こんなにいいことがあるものなんだなぁ・・・。」

ルシアはしゃがみ込み、長の顔を見て言った。

「お褒めいただき嬉しいですが、今の私達は長と同じ人間ですから。そんなに持ち上げないでください。」

ルシアの言葉に、長は大将の言葉を思い出した。

「そう、でした。大将に怒られちゃいますね。はは・・・。」

蒲牢の支えを借りながら、長ゆっくりと立ち上がった。

「・・・今夜、もしお時間があったら、大将のお話を聞かせていただけませんか?」

「ええ、構いませんよ。蒲牢もたくさんの物語を持っていますから、よかったら聞いてあげてください。」

話ののけ者にされて不機嫌そうな蒲牢だったが、ルシアの言葉に目を輝かせて飛び跳ねた。

「蒲牢も話していいんですか!?やったぁ!」

「ありがとうございます、ルシアさん、蒲牢さん。では、時間が決まったらお知らせしますね。おそらくここにいる人のほぼ全員が来ると思いますので、拡声器の準備をしなければ・・・。」

「そ、そんなに準備しなくて大丈夫です!」

ルシアは顔を赤らめながら、慌てて長を止めに入った。

「ルシアさん、蒲牢さん!そろそろ今日の任務を始めてもいいかー?」

遠くから、現場監督の声が聞こえてきた。

「あら、もうこんな時間ですか・・・。では、長。今日も一日よろしくお願いしますね。」

ルシアは長に別れを告げると、くるっと体の向きを変えて声を張り上げた。

「了解です!今から向かいます!」

そして、ルシアと蒲牢は現場に向かい走っていった。

 

無機質極まりない空中庭園の一室に、アシモフの姿があった。

電話をしてからまだ1分も経っていないが、右足をパタパタと動かして貧乏ゆすりをしている。

そのとき、部屋のドアが開く音とともに、大将が姿を現した。

「すみません、遅かったですか?」

「遅――、いや、1,2分か、すまん。貧乏ゆすりのせいだろうな。お前にしては頑張ったほうだ。」

「それはどうも。」

「座ってくれ。」

アシモフに促され、大将は持ってきた資料とともに席に座った。

大将の動きに同調するように、セリカがコーヒーを持ってきた。

「これ、置きますね。」

そう言うセリカの声も震え、動作もどこかおぼつかない。

「ありがとうございます。」

「・・・すみません。大将・・・。」

セリカの声には、今にも泣き出しそうな感情が込められている。

「セリカさん、あなたが何かを背負う必要はないんだ。これは僕が決めたことなんだから。それと・・・」

大将は1枚の紙をセリカに渡した。

「これ、僕の有給の譲渡書ね。限界だと感じたら、これをすぐに使うんだ。大将の署名があるんだから、ちょっとやそっとのことで突っぱねられることはないと思う。」

「・・・ありがとう、ございます・・・。」

そう言い残すと、セリカはゆっくりとその場をあとにした。

「話を始めよう。」

アシモフは資料を持ち出し、大将の前に座った。

「資料に間違いは・・・ないな。」

アシモフが大将の持ってきた資料のタイトルを確認して言った。

その資料のタイトルは、「ゲシュタルトの代謝機能に関する概要報告書」となっていた。

 

―構造体の大本は人類であるが、必ずしもすべての面において人類と同じであるとは限らない。

卓越した演算性能、攻撃性能、防御性能などは想像に容易いが、大きな相違点が一つある。

それは、「ゲシュタルトが管理者として設定されている」こと。

すなわち、構造体の自由は、その管理者であるゲシュタルトの加護によって与えられるものであり、絶対神による根源的な拘束を受けない人類のそれとは一線を画しているものと考える必要がある。

ログによると、人類を構造体に作り変える際、ゲシュタルトは当時の技術者らにこのようなメッセージを送った。

「現在の推測では、構造体の能力は人類を遥かに上回るものであり、侵食やハッキングなど、万一人類に牙を向くような状況となった場合、空中庭園は甚大な被害を受けることが予想される。そのため、空中庭園として構造体に対する何らかの制限を加える必要性を演算・検出し、その1つの案としてゲシュタルトに潜在的な管理者権限を与えるというものを考案した。」

そして、当時の技術司令はこの提案を了承し、構造体の電子脳にゲシュタルトによる管理用モジュールを組み込んだ。

これにより、空中庭園に対する謀反の意思や、あまりに常軌を逸する思考、行動に出た構造体をこのモジュールにより強制的に意識海を制御し、ゲシュタルトによる「再教育」を施せるようになった。

その再教育のプロセスを、我々はゲシュタルトの「代謝」と名付けた。

毒物を分解・排泄し、必要な栄養素のみを加工して取り込み利用する、人類の肝臓に見立てた言葉である。―

 

(中略)

 

―そして最近になり、我々はゲシュタルトの思考回路が当初のものよりも大きく変化していることにようやく気がついた。

きっかけは、「代謝」に入ったはずの構造体の消息がデータベース上で検知できなくなっていることだった。

通常の「代謝」にかかる時間の数倍の時間が経っても、その構造体は所属する小隊に戻らず、メンテナンスを受けにも来なかった。

指揮官から技術部門に連絡が入り、ゲシュタルトの様子を検査したところ、その構造体のシグナルが確認できた。

そして、技術部門の構造体が直接現地に赴くと、そこでは当該構造体が培養槽に詰められた状態でゲシュタルトに拘束されていた。

ゲシュタルトに質問をすると、次のように返信があった。

「ゲシュタルトそのものの機能低下により、外部機器により一部機能を保管する必要が生じたため、代謝の対象となった構造体をそのまま一定期間借用することにした。」

実際に、当該構造体はそれから3ヶ月後のある日、何事もなかったかのように指揮官のもとへ戻った。

我々は、この事案を踏まえゲシュタルトの全面的な監査に乗り出した。

その結果、設備面においては全く異常は見つからなかったが、ゲシュタルトの思考回路の劣化、あるいは変化によりこの事案が起きているものと結論付けた。

また、この事案と類似の事案の発生傾向は緩やかな増加傾向となっており、今後は本来は不要な構造体の「代謝」、そして長期間の借用、最悪の場合は構造体自身がその中で生命維持部品が製品寿命を迎え、息絶えるような事案の発生の可能性が考えられる。―

 

「・・・」

一通り資料の内容を再確認すると、アシモフは黙ってしまった。

「アシモフ、本題に入ってくれ。もう時間がないのでしょう?」

大将が、珍しくアシモフを煽った。

アシモフは頭を掻きむしってしばらくうつむき、ため息を吐く。

「・・・ゲシュタルトの思考回路の偏差が、許容範囲を超えた。」

そして、ゆっくりとではあるが、ようやくアシモフは口を開いた。

「以前、お前には許容範囲を超えた場合に想定される状況を説明したな?」

「ええ。今ここにいる多くの構造体、特に性能の高い構造体のほとんどすべてが、ゲシュタルトに「代謝」される、と。」

「そうだ。こちらで代替のAIの構築を進めていたが、ゲシュタルトの思考回路の偏差は、我々の予想を上回るペースで進行してしまった。これにより、想定できる中での最悪の状況が、もうまもなく発生しそうだ。」

「・・・とうとう、ルシアたちの番が来てしまう、ということですね。」

自分の言葉を噛みしめるように、大将は言った。

「彼女たちの下級機体は、もうゲシュタルトの中だ。現行の機体が、文字通り彼女たちの最後の姿だ。アレに対してゲシュタルトが介入すると、正真正銘彼女たちはゲシュタルトの「代謝」を受けることになる。」

「意識海をゲシュタルトの都合のいいように最適化され、ゲシュタルトに忠誠を誓いその使命を一生涯実行する「ロボット」として、生まれ変わる・・・。」

「意識海のバックアップデータはあるが、それを代替の機体に移してもまた同じ結末を迎えるだけだろう。少なくとも、こちらの新しいAIが稼働するまでは。」

それからまた、少しの沈黙が二人を包んだ。

「話はわかりました。では、私はどうすれば?」

大将が沈黙を破った。

「・・・プロトコルXQ-72が最適解ということになった。大将は、新しい構造体の配置と・・・彼女たちの「看取り」についてもらう。」

「つまり、私が彼女たちの最期を見届けよ、と。」

「・・・腐った上層部の、本当に腐った指示だ。俺を恨まないでくれよ。」

「恨むものですか。あなたがいなければ、人類は地上を奪還できなかった。それに・・・彼女たちと一緒に任務をすることだって叶わなかっただろう。」

大将の言葉に、アシモフは涙を流す。

部屋の隅から、セリカのすすり泣く音も聞こえてきた。

「・・・私は大丈夫です。むしろ、誰かがやらなければならないなら、彼女たちと最も関わりが深かった私がやるべきでしょう。」

大将はそう言うと資料を抱えて立ち上がった。

「アシモフ。ゲシュタルトに変化があったら教えてください。私は、私の使命を果たします。」

そして、部屋の隅にいるセリカの肩にそっと手を置き、部屋をあとにした。

 

「ルシア!こっちの任務はもう終わったよ!」

人混みをかき分け、蒲牢がルシアのもとへ走ってきた。

「こっちも、今しがた終わったところです。」

「工兵部隊って、やっぱりすごいなぁ!たった一日で30棟の建物を壊して、また新しい建物を建てちゃうんだもん。蒲牢、あんまり役に立てなかったかも・・・。」

「そうでもないみたいですよ。今しがた工兵部隊の副隊長と話をしましたが、蒲牢が建物をどんどん壊してくれるおかげで作業が捗ったと言っていました。カレニーナが別の区域にいるため火力不足が不安でしたが、蒲牢のお陰で隊長に怒られずに済みます、とも。」

「そうなんだ!嬉しいなぁ。」

蒲牢は無邪気な笑顔を浮かべた。

「ねえねえルシア。今夜、みんなに何を話すか考えておかない?私もルシアも、話そうと思ったら一晩じゃ足りないでしょ?」

「そうですね。では、休眠ポッドのあたりまで移動しま―――――

 

その瞬間、彼女たちの顔から笑顔が消えた。

 

さっきまで輝いていた瞳はたちまちくすみ、両手をだらりとぶら下げて棒立ちの状態になった。

 

まるで、何者かに体を乗っ取られたかのように、無気力な2体の構造体がそこにいる。

 

「・・・構造体「ルシア」、ゲシュタルトの意思を確認。空中庭園へ帰還します。」

 

「・・・構造体「蒲牢」、ゲシュタルトの意思を確認。空中庭園へ帰還します。」

 

もはやメッセージと形容すべき無機質な声を発したルシアと蒲牢は、休眠ポッドを操作し始めた。

 

「あれ、ルシアさんと蒲牢さんはどこに?」

しばらくして長が彼女たちの居場所を探し始めた頃には、二人はもうそこにいなかった。

 

「こちらアシモフ。同時多発的に複数の帰還ポッドの着艦要請を受信した。」

アシモフから大将に緊急チャンネルを介して通信要請があった。

「ゲシュタルトの「代謝」が始まったと推測できる。大将、プロトコルXQ-72を実行してくれ。」

「了解。これよりプロトコルに着手する。」

通信を終えた大将は、首にかけた1つのペンダントに手を伸ばした。

「・・・てっきり、俺が看取られる側だと思ったんだけどなぁ。」

 

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