ルシアはあのときと同じようにリーフを力いっぱい抱きしめた。
しかし、力加減はあのときの比ではない。
ベキベキという音とともに、リーフのカーボンファイバー製の肋骨が砕け散る。
「おぐぅぅっ・・・・!」
リーフの口から循環液が吹き出す。
吹き出した循環液は、ルシアの白い肩に降りかかりへばりつく。
「卵子保有構造体の損傷率が規定値に到達。高速修復剤を投与します。」
すると、いつの間にか元の形に戻っていたルシアのペニスがドクンと震えて射精した。
「げぼっ・・・はあ、はあ、はあ・・・」
ルシアが射精した高速修復剤が全身を駆け巡り、リーフの顔色が良くなっていく。
「回復を確認。」
再びルシアの腕がリーフを締め上げ、肋骨が砕け散る。
「あがぁっ・・・・。」
循環液の跡の残る口から、真新しい循環液がまた吹き出す。
「高速修復剤を投与。」
ルシアが高速修復剤を射精し、リーフが修復される。
また肋骨が砕かれ、高速修復剤が流し込まれる。
ベキベキという嫌な音が、数十秒ごとに鼓膜を襲う。
「・・・逃げないの?」
アイラが、目が点になっている大将を見て言った。
「逃げていいのよ?あんな姿、大将には辛すぎる。」
しかし、大将は首を横に振った。
「これが何なのか、説明して・・・?大将、正気なの?」
地上での戦いと同じ、あの気迫に満ちた目で見つめられたアイラは、観念したようだ。
「・・・麦踏みのようなものよ。
強い子をリーフに産ませるために、ルシアが意図的にリーフを攻撃しているの。
生命の危機に貧した構造体は、特殊な神経伝達物質を放出する。
その物質が、受精卵にとっては高速で成長し、力をつけるために必要なの。
ああやって痛めつけて、たっぷり物質を出させたあとに培養槽にリーフを入れれば、ゲシュタルト様の管理と相まって出産までの時間が数十分の1に短縮されるの。
それで・・・」
「うあああああああっ!!!」
続くアイラの言葉が、リーフの絶叫にかき消されていく。
いつの間にか、リーフとルシアの上半身は、リーフの循環液で真っ赤になっていた。
「・・・どうしてか、こういうときに限ってゲシュタルト様は私達から自我を奪ってくれないの。
感情と物質の放出がリンクしているのかしらね。
痛みもちゃんと伝わるし、苦しいし・・・。」
大将はアイラに質問した。
「・・・それは無理よ。
そんなことをしたら、異重合体に全身をめちゃくちゃに貫かれておしまいよ。
私達構造体は、あくまでゲシュタルト様の所有物。
実験動物にするか、ザーメンタンクにするか、はたまた電子脳だけを取り出してAIのモジュールに組み込むか。
すべてはゲシュタルト様次第なの。」
バキィッ!
音に反応したアイラがリーフの様子を瞬時に確認すると、手を伸ばして大将の目を覆った。
大将がアイラの手をどかそうとすると、アイラがそれを必死に制止する。
「ダメ!」
しかし、大将はアイラの手を振りほどいてリーフを見た。
さすがの大将も、これには絶句した。
リーフの顔は、まっすぐに大将の方を向いていた・・・その首を覆う人工皮膚は破れ、黒い骨が突き出ているが。
「・・・そのまま死ねたら、どんなに楽でしょうね。リーフ・・・。」
沈痛な面持ちで、リーフを見つめるアイラ。
ルシアがリーフの傷口に手をかざすと、次の瞬間にその傷は修復された。
ギリギリのところで意識海を保持していたリーフは、自身が修復されたという事実に震え上がる。
「・・・いや、だ・・。」
「・・・やっぱり、そう言いたくなるわよね・・・。」
アイラは、大将の手をそっと握った。
「・・・今だけは、許してね。」
ルシアの両手が、リーフの逆元装置を鷲掴みにすると、氷が徐々に広がっていく。
「ああやって、ゲシュタルト様が逆元装置に干渉する理由は2つ。
1つは私達に指導をするとき。
もう1つは、私達を罰するとき。」
「ああ、あ・・・・」
リーフの全身から力が抜けていく。
「「嫌だ」とか、「怖い」っていう言葉は、今の私達にとって禁句なの。
ゲシュタルト様への反逆を意味するから。
その言葉を言った構造体は、あんなふうに罰を受ける。
ルシアなら氷漬け、カレニーナなら爆破、私なら・・・。」
アイラの手が震える。
「・・・1回だけだけど、大鎌で電子脳ごとルシアの逆元装置を切り飛ばしたことを覚えているわ。」
「交配対象構造体の体温、-273度。処罰完了。」
ルシアの声とともに、逆元装置から手が離れた。
長期間フリーザーに入れられた食品のように、リーフの全身には霜がおりている。
ルシアは一度リーフから離れると、全身に熱気をまとい始めた。
「奪ったリーフの熱を使っているのね。
あのままだと使い物にならないから、復活させてあげないと。」
赤熱したルシアの機体で、リーフを包み込む。
リーフの機体はみるみるうちに解凍され、ものの数分で人工心臓が動き出した。
「・・・あ。」
電子脳が回復し、強制的にリーフが起動させられる。
「・・・ごめんなさい、ゲシュタルト様。」
リーフは、自分が犯した過ちを理解し、自らペニスを突き刺してルシアを抱きしめた。
「・・・もう、こんなことは言いませんから。どうか、続けてください。」
数秒後、リーフの絶叫が再び響き始めた。
「・・・なぜ、ここまでして耐えるのか、ですって?」
一部始終を見届けたアイラが言った。
「・・・それは、人類を信じているからよ。」
アイラは、握っている大将の手に力を込める。
「・・・アシモフが、ゲシュタルトの代わりになるAIを作ってくれてることはみんなわかってるの。
あれが稼働すれば、私達はゲシュタルトの支配から解放される。
それがいつになるかはわからないけど、私達はここにいる限り寿命を迎えることはないから、ずっと待ってるの。
何度殺されようと、孕まされようと、培養槽に入れられようと。」
その時、アイラの腹部が大きく蠢き、アイラはガラスにもたれかかった。
「うぐぅ・・・もう、この時が・・・!
大将・・・私が、私じゃなくなる前に、これだけは言わせて・・・!」
アイラは大将の顔に両手を添えた。
「私もルシアもリーフも、みんな大将を信じてるわ・・・。
だから、いつか絶対、ここから出して。絶対よ・・・!」
そして、アイラの両手は力尽きたように大将から離れた。
「・・・WH-12115「アイラ・極彩」。出産準備に移行。」
ゲシュタルトに支配されたアイラは、すっと立ち上がると、大将に背を向けて部屋を出ていった。
(続)