この話から最初に読もうとしている方にとってはなかなか面白くないお話だと思います。予めお詫び申し上げます。
機械たるもの、従者たるもの 作者 棒笹
「あれ。ここは・・・?」
薄暗い空間の中、一体の構造体が目を覚ました。
「どうして、こんなところに横たわっているのでしょうか?」
うつ伏せの状態からゆっくりと機体を起き上がらせ、機体についたホコリを払おうと手を近づける。
手が機体の人工皮膚にふれた途端に伝わってきた生暖かい感触に、彼女は飛び上がった。
「ひっ!?なにこれ!?」
手をニギニギと動かす。
違和感の正体は、油と水の中間のような液体によるものだった。
ブンブンと手を振って液体を取り除き、機体の別の部位にふれる。
太もも、腹部、乳房、へそ・・・どの部分を触っても、結果は同じだった。
「・・・この液体、一体何なんでしょうか?」
彼女は、視覚モジュールを調節してあたりを見回すことにした。
「・・・視覚モジュール、調節完了。さて、何があるのでしょう。」
ゆっくりと目を開けると、最初に視界に入ってきたのは自分の手―――
「きゃああっ!?」
想像を絶する惨状に、彼女は尻もちをついた。
バシャリと液体が跳ね、彼女の背中を濡らした。
「・・え、え・・・?」
彼女が驚くのも無理はない。
彼女の視界に入ったのは、すべての生命体を飲み込んで成長する悪魔のような液体・・・「赤潮」そのものだったからだ。
「なぜ!?赤潮はあのときなくなったはずなのに!!」
そう。彼女は赤潮の元凶を討伐している。
しかし、彼女の眼の前には今現在も赤潮が存在している。
その事実が彼女を混乱の渦に陥れた。
「・・・とにかく今は、ここから脱出しないと。」
彼女は立ち上がり、あたりを見回して脱出経路がないか探し始めた。
「奥の方に、赤くない物体が見えます。まずはそこに向かってみましょう。」
そして、一縷の希望を求め、走り出した。
幸いなことに、彼女の機体は塗装が奪われた以外は何も問題なかった。
あたりに生命体の反応はないため、全裸の自分を恥じらうことなく歩みを進めている。
(指揮官、どうかご無事で・・!)
自分の主のもとへ帰るため、彼女はひた走る。
徐々に目標が大きく見え始めた。
(肌色と黒色・・・人間の死骸でしょうか・・?)
視界に入る色に不安を覚えながらも、その足は止めない。
(逆元装置のようなものも見えている・・・構造体かもしれません。)
もしかしたら仲間かもしれない。
そう思うと、彼女はより一層スピードを上げて目標に接近した。
「はあ、はあ・・・」
そして、彼女はとうとう目標の眼の前に立った。
目標は、赤潮をかき分けて進む彼女の足音に気づいていないのか、背中を向けて赤潮の中に横たわっている。
彼女は目標の前に膝をつき、トントンと機体を叩いて声をかける。
「大丈夫ですか?」
しかし、返事はない。
「・・・このままだと窒息してしまいますから、起こさせてもらいますよ。」
そう言うと、彼女は目標の肩をつかんでゆっくりと体の向きを変える。
透き通るような白い肌に、先が赤いツインテールの髪型、赤い角のような2本の逆元装置・・・
「それ」がなにかを理解した彼女は硬直した。
目標を握る手が、ガタガタと震えだす。
「これは・・・私・・・?」
そう、彼女の手は、もう一人の彼女を握っている。
厳密に言えば、「別の機体に生きる自分」ということになるのだろうか。
「・・・どうして。こんなの、普通だったらありえないはず・・・。」
彼女が動揺するのも、無理はない。
通常、機体間で意識海は共有されており、いずれかの機体が動いている間、その意識海を利用する他の機体は休眠ポッドにいるはずだからだ。
「出撃前は、全部の機体が揃っていたはず。どうしてここに?」
激しい動揺で全身が震え、もう一人の自分を激しく揺さぶる。
赤潮が波を立てると、赤潮に沈んでいたもうひとりの自分の機体が見えた。
「・・・黒い?」
なにかが引っかかる彼女は、もう一人の自分を抱えて立ち上がった。
「・・・うげぇぇぇっ!?」
たちまち襲った激しい嘔気。
思わず手が離れ、機体が赤潮に沈む。
「あれは、私達の骨・・・!?」
意を決し、もう一度、もう一人の自分を抱える。
「やっぱりだ・・。」
もう一人の自分は、乳房から下の肉が完全に失われ、カーボンファイバー製の骨格が見えていた。
薄暗い空間の中では詳しく見えなかったが、骨盤から黒いホースのようなものが垂れ下がっているのも見える。
「長い間浸かっていて、溶かされたのでしょうか・・。」
いつかは私も・・・。
否応なしに頭に浮かんだ考えを振りほどこうと、彼女は頭を振った。
「・・・あなた、は・・・。」
その時、もう一人の自分が声を発した。
「・・・あなたは、私・・・?」
もう一人の自分の声に、彼女は答える。
「・・・はい。あなたの、ルシアの別の機体です。」
「そう。」
「教えてください。ここはどこなんですか?あなたはどうしてここにいるんですか?」
ルシアは、ありったけの質問をもう一人のルシアにぶつける。
「・・・口でいうより、あなたにこの記憶をあげるほうがいいわね。」
「記憶?」
「顔を寄せて。私、腕がないの。」
ルシアが顔を寄せると、もう一人の自分に唇を奪われた。
「暴れないで。これが答え。」
もう一人の自分からルシアに、鮮明なイメージが流れ込んでいく。
二人のルシアはそっと目を閉じ、イメージの世界に溶け込んでいった。
「突然呼び出してすまない。今日はお前たちに、大事なことを伝えなければならない。」
イメージに現れたのは、アシモフだった。
「いえ、問題ありません。ところで、大将はどちらに?」
もう一人の自分が問いかけている。
「今日の用件は、お前たちにだけ伝えるべきことなんだ。だから、大将には席を外してもらっている。」
「わかりました。」
もう一人の自分は丁寧にお辞儀をし、アシモフから一歩下がった。
「さて、本題に移ろう。お前たちの機体には、緊急時にゲシュタルトが制御できるようにモジュールが仕込まれていることは知っているな?・・・
そこから先の情報は、あまりにも衝撃的だった。
ゲシュタルトが老朽化し、構造体を取り込むようになってきていること。
取り込まれた構造体は、不必要な記憶をすべて消去され、ゲシュタルトに忠実な下僕となるように再教育されてしまうこと。
再教育をされた意識海には脆弱性が残り、長期にわたってゲシュタルトに使用され続けることで完全に破壊される可能性があること。
アシモフたちは必死で代わりのAIを構築しているが、完成するのがルシアたちが取り込まれたあとになるかもしれないということ。
そして何より、もう一人の自分はこの記憶をずっと持っていたということ。
「・・・これでわかった?」
イメージが消えると、ゆっくりともうひとりの自分は目を開き、唇を離した。
「・・・」
「衝撃が強すぎて、少し混乱しているようね。」
「・・・あなたは、もう「再教育」をされたのですか?」
「ええ。あなたがここに来る半年ほど前にね。」
「・・・私は、もう逃れられないのでしょうか。」
「ええ。残念ながら。」
「・・・」
ルシアは赤潮の中にへたり込んだ。
「もう、指揮官には会えないんだ・・・。」
ルシアの目から、涙がこぼれ落ちる。
静かな空間に、ルシアの嗚咽が木霊する。
「・・・ねえ、ルシア。」
もう一人のルシアが、声をかけた。
「あなたは、最期の時まで指揮官に迷惑をかけたいの?」
「・・・。」
「ずっと一緒だった指揮官を、最後の最後で泣かせるつもり?」
「・・・。」
「人間も私達も、最期のときは自分では決められない。でも、私達には、最期をどう迎えるかを決めることができる。」
「・・・。」
「ルシア。私の最期の願い、聞いてくれないかしら。」
「最期」という言葉にハッとして、ルシアはもう一人の自分をそっと抱き抱えた。
「・・・あなた、もしかして・・・!?」
「そう。もう、この世界とお別れしないといけないの。」
もう一人の自分の股関節から、黒いホースが勃ちあがる。
「それ、もともとはおちんちんだったのよ。ゲシュタルトが私を利用するごとに、そこから白い液体が溢れ出す。白い液体が出るごとに、私の体は崩れていく。
次に白い液体が出たら、私という存在は完全に消滅し、正真正銘ゲシュタルトのお人形になってしまうの。」
「そんな・・。」
「私、今どんなことをされているんでしょうね?全く想像つかないわ。」
ケタケタと、もう一人のルシアが笑う。
「笑い事じゃない、なんて言わないでよね。笑い事にしないといけないの。あなたのために。」
機体をカタカタと震わせながら、ルシアが喋り続ける。
「私の最期のお願い。それは、指揮官にちゃんとお別れを言ってくること。あなたが、構造体ルシアの最後の一人なの。」
「お別れ・・。」
「辛いのはわかってる。でも、あなたにしかできないことなの。
指揮官を、悲しみの渦に落とさないで。
あなたの言葉で、指揮官の背中を押してあげて。
私達がいなくなっても、立派な指揮官でいられるように。」
「・・・わかりました。」
「・・・ありがとう。それじゃあね、ルシア。」
もう一人のルシアが精一杯の笑顔を浮かべると同時に、ホースから大量の液体が吹き出した。
赤潮に液体が混ざり、あたりを白く染めていく。
ルシアはもうひとりのルシアを抱きしめる。
全身を脈動させるもう一人のルシアは、彼女の腕に抱かれた安心感に涙を流す。
「・・・あとは、たのんだ・・・わ・・・」
白い液体を吐き出し尽くしたもう一人のルシアを赤潮が飲み込み、彼女は消えていった。
「・・・お別れ・・・。」
もう一人のルシアが残した最期の願いを噛みしめるルシア。
最期の時は、もうすぐそこに迫っている。
(続)