※この作品はR-18です。

五つ子が全員オレの肉便器www #悪魔のアプリ#洗脳ハーレム   作:a-su

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第九節 カミナ

 客室のそこかしこで、警官隊が土下座している。

 上杉風太郎もだ。

 カミナが嗤う。

 

「……け、けけ」

 

 悪魔のアプリは、十全に機能したようだった。寿命を支払った甲斐があるというものだ。

 

 裸の五月を洋室に残して、カミナは浴衣姿で廊下に出た。左手に曲がって玄関の方に向かい、和室の中を確認する。

 

 四葉と三玖、二乃、一花が身を寄せ合って震えていた。彼女らの浴衣は乱れていない。ただ怯えているだけ────そこまで確認したカミナは、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

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「カミナくん!?」「カミナ!」「カミナさまっ?!」「カミナさん!」「カミナ先生!?」

 

 五つ子達が慌てて駆けよってくる。彼女たちに抱き起こされるまま仰向けになり、廊下の天井に顔を向けた。

 

「は……!! お、おお……お……!」

 

 一花の胸に抱かれたまま、カミナは呻く。息を上手く吸えない。

 体の中心から苦しみが沸き起こって、それが去る前に手足から激痛が襲ってくる。繰り返される苦痛の波で、気が狂いそうだ。

 

 五つ子達が、口々に呼びかけてくる。大丈夫ですか、死なないで、しっかりして、置いていかないで、どうしてこんな事に……。

 

 彼女らの声だけが、カミナの寄る辺だった。これを聞けなくなるなら、死んだ方がマシだと思った五つの声。その響きだけが、命の灯し火を辛うじて繋ぎ止めてくれていた。

 

 

 ◆◆◆

 

「はぁ……はぁ……はぁ……立たせてくれ……」

 

 苦痛の波が少し引いたところで、カミナは声を絞り出した。五人がかりで体を支えられ、ゆっくり立ち上がる。それだけで自分の中から大事なものが抜け落ちていくような喪失感を覚えた。

 

「───ざまあ見やがれ」

 

 土下座を続ける風太郎から、刃のような言葉が放たれる。コイツはマジで自分を殺しにきたのだと、カミナに思い知らせる声だった。

 

「へ……お前も、喋れなくしておきゃあ良かったかな……」

 

「早く死ねよ」

 

「慌てんな……どうやら、あしたの日の出は拝めそうにねえからよ……」

 

「カミナ先生、うわ事を……! 早く病院にっ」

 

 浴衣を着直した五月が、心配そうに寄り添ってきた。カミナがふらつく度、涙ぐみながら支えてくれる。悪魔の力で風太郎を認識できなくなっている彼女は、ただひたすらカミナだけを案じてくれていた。

 

「……一つだけ、聞いておきてえ」

 

「なんだ」

 

「オレがこいつらを操って、人質にして逃げるとか……お前は考えなかったのか」

 

 警察に対し、彼女らを盾にしていたら、という事だ。意識を書き換えて悲鳴を上げさせる事も、涙を流させる事もできたろう。

 そうすれば、カミナだけは逃げられたかもしれない。そんな事をしていたら、五つ子の誰かが傷ついたかもしれない。

 

 もし風太郎が彼女らの犠牲を前提に踏み込んできたのだとしたら、それはカミナにとって許しがたい事だった。

 

「そんな事、お前はしない」

「なんで分かる」

「見てりゃ分かるって言ったろう、バカ」

「殺すぞ」

「お前は、こいつらに本気になってる」

「む」

「だから犠牲にしたりはしない」

「……ちっ。頭のいい奴は嫌いだぜ」

 

 カミナの言葉に、風太郎はにやりと笑った──ような気がする。土下座しているから顔は見えないままだ。

 

「俺が勝って、お前が負けた。そういう事だ」

「……そうだな。オレの負けだ、上杉風太郎」

「どうするつもりだ」

「死にに行くさ。星の見えるとこへな……」

 

 聞きたかった事は聞けた。カミナは背を向け、五つ子たちに支えられながら玄関に向かって歩き始める。

 だが玄関で一度足を止め、土下座している警官のひとりを見た。正確には、そいつが腰から下げているものを。

 

「そいつを寄越せ──ついでに使い方も教えろ」

 

 

 ◆◆◆

 

 一花と四葉の肩を借りて階段を昇りながら、カミナはぼんやりと考えていた。

 

(オレ、上杉がどんな人間かよく知らねえな。こいつらの家庭教師をやってて、頭が良くて、貧乏らしい事くらいしか……)

 

 風太郎は、カミナの事をしっかりと調べ上げたのだろう。フルネーム、以前にいた職場、そこで起こした殺人事件の事まで……直接カミナを害するのではなく、情報の力でより強い暴力を動かしてきたのだ。

 

(これが格の違いってやつか……)

 

 悔しいが、認めざるを得ない。もし自分たちを物語にするなら、百人中百人が風太郎を主人公にするだろう。カミナは悪役──それもザコキャラだ。彼の人生を滅茶苦茶にしようとして、みごと返り討ちにあう……。

 

 右肩を支えてくれている一花が、下を向いたまま話しかけてきた。

 

「カミナくん、死んじゃうの」

「ああ、そうらしいや」

「そう……」

「泣いてくれるか?」

「泣かないよ」

「そうか。嘘つきだな」

 

 一花の足下に、ぽたぽたと水滴が落ちる。

 カミナはそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

「ああ、なんか……星が、近えな」

 

 高台にそびえるホテルは、周りに遮るものを持たない。その屋上テラスからは、無数の星々を一望する事ができた。

 寒くはない。夜風の中に、むしろ暖かささえ感じた。

 

「下ろしてくれ」

 

 テラスの中央にはウッドデッキが設けてあって、そこで景色を楽しみながら一杯やれるようになっている。間接照明が、夜のとばりの中で非日常的な雰囲気を醸し出していた。

 

 デッキの上で、直に座り込む。五つ子たちもそれぞれカミナの近くに腰を下ろした。

 

「カミナさん、何かしてほしい事は……」

「ん? ああ、いや……もう、何もない」

 

 夜空を見上げる。視界一杯に広がる星の海に、思わずため息が漏れた。こうも輝く星空は初めて見た気がする。それに()()()()()()()()ので、星空を独り占めしたような気になれるのもいい。

 

「あー。温泉入って、ここでお前らにビールでも()いでもらってたら最高だったろうな」

 

 姉妹たちは静かに涙を流し続けている。五月と一花、三玖、二乃……。

 いや、四葉だけは泣いていなかった。呼吸は深く、腹筋に力を入れているようだ。青ざめた顔で必死に笑顔を作り、平静を装っている。

 

「みんな、聞いて欲しいの」

 

 彼女は、手にポーチを持っていた。中からピルケースを取り出す。錠剤が何粒か入っているようだ。

 

「お父さんに、もらっておいたんだ。これを飲むとね」

 

 何か言おうとして、言葉に詰まる。涙がこぼれそうになるのをこらえながら、四葉は懸命に微笑もうとしていた。

 

「これ、これを、これを飲めばね、カミナさんと一緒に……」

 

「止めろ!」

 

 カミナは叫び、猛然と立ちあがった。

 五つ子の顔が凍りつく。

 

「このバカ!」

 

 四葉の手から、ピルケースをたたき落とす。プラスチック製の容器はウッドデッキの上を転がって、排水溝に落ちていった。

 

「何してんだ! お前なに考えてる!」

「だって!」

「黙れ!」

 

 よろめきながらも支えなしに歩き、カミナは光の中を抜けだした。暗く冷たいコンクリートの上に降りる。

 ふらふら進んで、屋上の外周にあるスチールの手すりにつかまった。金属の冷たさが、手のひらを刺すようだ。

 

「カミナさん!」

「来んじゃねえ!」

 

 終わりにしなければ。これから死ぬ自分に、万が一にも彼女たちを付き合わせてはいけない。

 解き放たなくては。死にゆく自分の想いから、彼女たちを自由にしなければならない。

 そのための道具は、既に警官から奪って──。

 

 ふと、血の匂いがした。それを追うように、鼻の奥を刺激する臭いもする。それは手すりの外、つまりホテルの外壁から漂ってくる。

 カミナは、手すりから身を乗り出してビルの下を覗き込んだ。そこにある光景に、恐怖で身体が凍りつく。

 

「─────────っ!?」

 

『ハ ハ ハ ハ ハ……!』

 

 ホテルの外壁を何かが這い上がっている。それは人間の形をしているが、しかし人間ではなかった。身体が狂気じみてネジれている。血に染まった腕が壁を掴み、蜘蛛のように上昇していた。

 

「は、班長!?」

 

『ハ ハ ハ ……!』

 

「いや……モリゾラか!?」

 

 それは遺体だった。かつてカミナの怠惰を叱責し、ただそれだけの理由で死に至らしめられた、最初の犠牲者……その遺体に、悪魔モリゾラが宿った姿だ。

 

 べちょり、と遺体が屋上へ転がり出た。かつての墜落で全身が損壊しており、左腕の肘から下は千切れてなくなっている。

 死臭に耐えられず、カミナは口元を覆った。

 

「うっ……てめえ、今さら班長に取り憑いて……何のマネだッ」

 

『ハ ハ ハ ハ……いえ、“そのままの私”では訪れにくい場所でしてね。なにしろほら、このホテルは()()()()じゃあないですか』

 

 声は男のものだ。口を開く度に、コンクリートの上で頭が揺れる。首の骨が折れているのだろう。カミナを見上げる目は、悪魔の実在を示すように赤く輝いていた。

 

「今さら何しにきやがった」

『お力になれる事があると思いましてねぇ』

「支払えるモンなんか、もう何もねえ」

『いいえぇ。ありますよ』

「何言ってやがる」

 

 遺体が、のそりと這いずる──恐怖で固まっている五つ子達の方向へと。

 

『むしろ、ソレこそが私の望みなのです』

 

 カミナは、その前に立ち塞がった。

 

『おお愛よ、人間の愛! とても素晴らしい』

「悪魔に何が分かる」

『ハ ハ ハ ……! 悪魔だから分かるのですよ。愛のため、共に死んであげたいと願う気高いイノチ。ソレにどれだけの値がつくのか』

 

 悪魔が嗤う。人の魂を売り買いする事を喜んでいる。

 

「アイツらはこの先もずっと生きる。今日死ぬのはオレ一人だ」

 

『おっと、勘違いしないで下さい。私は新たな取引を提案しに来ただけなのです』

 

「なんだと?」

 

 カミナは一歩も引かない覚悟で睨みつける。

 だが悪魔も全く譲らない。こっちは立っているだけで精一杯だというのに、余裕綽々といった様子で語りかけてくる。

 

『むすめ達のイノチを半分いただきます。それを五等分した一つを、あなたに戻して差し上げましょう』

 

「は───?」

 

 カミナは唖然とし、そして硬直した。やがて理解が追いついてくると、腹の底から怒りが込み上げてきた。歯を食い縛り、こめかみに青筋が浮かぶほど憤る。

 

「──ざけんな……」

 

 悪魔は、五つ子の命を搾取しようとしているのだ。一花と二乃、三玖、四葉、五月。彼女らから寿命の半分を奪う。その五分の一を、報酬としてカミナにくれてやろうと言っている。

 

『ふざけてなどいませんよ。とてもいい条件でしょう? 少なくとも、あなたにとって悪い話ではないはずです』

 

 そう、それは甘美な誘惑だった。恐らく三十年以上、カミナは生き延びる事ができる。彼女たちを思うさま抱き、ひょっとしたら子供だって作れるかもしれない。その成長を見守りながら、穏やかに暮らしていけるだろう。

 

 カミナは、のうのうと未来を謳歌できる。五つ子たちを、モノとして売り渡すことで! 

 怒りのあまり、カミナはコンクリートの上で地団駄を踏んだ。

 

「ふざ……けんな! あいつらは、オレだけのものだ!」

 

 とたんに体から力が抜け、その場にへたり込む。悪魔のアプリをインストールされたスマホが、懐からこぼれ落ちた。

 

「あ、が……ぐっ……!」

 

『ほ お ら。契約が必要でしょう? そう思いませんか、むすめさん達』

 

 血まみれの遺体が、油の切れた機械のような動きで立ちあがる。指の折れた手でスマホを拾い上げ、五つ子たちに向かって呼びかけた。

 

「ひぃっ……!」

 

 彼女らは、ウッドデッキの上で身を寄せ合い震えている。だが誰ひとり逃げようとはしていない。姉妹どうし手を繋ぎ、苦痛に震えるカミナを見守っている。

 

『皆さんはカミナさんのモノでしょう? モノならば、売り買いされたっていいじゃありませんか……ねえ?』

 

「アタシは!」

 

 叫んだのは二乃だった。目に涙をためているが、それをこぼすまいと必死に堪えている。

 

「アタシは、受け入れる」

 

「よせ、二乃……!」

 

「カミナは黙ってて! アンタを死なせずに済むなら……!」

 

 そう考えているのは、二乃だけではないようだった。三玖も四葉も、一花も五月も覚悟を決めた表情で頷いている。

 

『おお……! 愛! 美しい愛!』

「やめろ……お前ら……」

『ハ ハ ハ! すばらしい輝きです!』

 

 悪魔の声は恍惚としていた。五つ子が決意する姿が、さぞ愉しく悦ばしいのだろう。 

 姉妹たちの情を嬉しく思いながらも、カミナの心に焦燥感が湧き上がる。このままではダメだ。決断しなければ──。

 

 悪魔/遺体が、血まみれの手でスマートフォンを操作する。ぬちゃり、ぬちゃりという粘着質な音をさせながらだ。

 

『アプリを更新しました。カミナさんの指紋を登録すれば契約成立です』

 

 悪魔がスマホの画面を突きつけてくる。血に濡れた画面の中央に、血の色をした円が浮かび上がっていた。

 

『さあ、あの時のように』

 

 その中に人差し指を置くだけでいいのだ。それだけでカミナは助かり、五つ子達は売り物となる。

 

「てめえ、最初っからアイツらが目的で──オレに捧げさせるために、アプリを渡したのか!?」

 

『ハ……当 た り 前 だ、バ カ め っ!』

 

 次の瞬間、カミナは蹴り飛ばされていた。仰向けに倒れ、靴の裏で顔面を踏みにじられる。

 

『欲しいと思うか!? 貴様のような底辺クズのイノチなぞ!!』

 

「あ……がっ……!」

 

『最初っから、狙いはあの五つ子だけだ!』

 

 悪魔は遺体を操り、カミナの全身を痛めつける。何度も何度も蹴りつけ、苦悶の声を上げるカミナを死の淵へと追い詰めていく。

 

『むすめ達は、貴様なんぞとモノが違う! 神に祝福された特別な存在!』

 

「う、ぐ……があっ……!!」

 

『神に寵愛された、強く優しく美しいイノチ! 本来なら、我ら悪魔は近寄る事さえできない!』

 

「あ、ぎゃぁっ!」

 

 ばきっという音。カミナの鼻が折れたのだ。

 

『貴様のようなクズに力を貸し、捧げさせねば手に入らぬ最高のイノチ!! だからこそ、悪魔なら誰でも欲しがるウルトラ・レア! 超一級の! 目、玉、商、品! なんだよォーッ!!』

 

 そしてとどめとばかりに、一際強く蹴りつけた。もはや身動きもできず弱々しく呻くだけのカミナを嘲笑い、悪魔は命令する。

 

『さあ、このスマートフォンに触れるがいい』

「う……う……」

『死にたくなければ、むすめ達のイノチを売れ』

「オ、レ、を」

『貴様のような底辺のカスなら簡単だろう?』

「助けて、くれるのか……」

 

 にたあ、と遺体の顔がゆがむ。

 

「ほんとうに、助けてくれるのか」

『ああ、もちろんですよぉ、カミナさん』

「あいつらのイノチを売れば、オレを治してくれるんだな?」

『ええ、ええ、もちろんですよ』

「──いいぜ」

 

 カミナが頷くと、悪魔の哄笑が夜空に響いた。

 

『ハ ハ ハ! 

 ハ ハ ハ ハ! 

 ハ ハ ハ ハ ハ!』

 

 悪魔が嗤う。背を反らし、天を仰ぐようにして笑う。

 けたたましく耳障りな声を聴きながら、カミナは体を起こした。ふところに手を入れ、警官から奪った()()()()()()()()()()()を握りしめる。教わった通りにしっかりと構え、撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。

 

 があん、という破裂音。

 

『ハ ハ ハ───あ?』

「もう、いいぜ。お前とはここまでだ」

 

 銃口から煙を上げるそれこそは、誉れも高きリボルバー・ニューナンブM60。この国の秩序を守る警官達が携帯する、最後の切り札である。

 その標的は悪魔ではない。悪魔が右手に持ったスマートフォンだ。

 

『お、お前、お前────?』

 

 意表を突かれ、悪魔は硬直していた。遺体は乗り物にすぎないのか、痛みで手を引っ込めるでもなく隙だらけの姿を晒している。

 だからカミナは撃つ。秩序の弾丸を一発、二発、三発、四発。弾倉に込められていた五発全てを撃ちつくす。

 

『お、お前、おお、お前お前お前───!!』

 

 五つの弾丸により、標的は完全に破壊された。カミナが悪魔モリゾラと契約した証であるスマートフォン。悪魔のアプリをインストールしたその端末は、遺体の右手ごと砕け散っていた。

 

「もうお前からは、何ももらわねえ。もうお前にゃ、何も渡さねえ」

 

 これでもう、カミナが彼女たちを売る事はできない。彼女たちをモノ扱いする事はできなくなったのだ。

 

『この……ド底辺の……! 腐れチンポコ野郎があああぁぁぁぁっっ!』

 

 悪魔の絶叫とともに、遺体が迫る。爬虫類じみた動きで突進し、カミナを組み伏せて拳を振りかざした。

 骨が拳から露出している。銃弾を受けた事で砕けた先端が、鋭く尖っていた。

 

 殴られれば即死だ。それでいいとカミナは思う。死んでしまえば、彼女たちを売る必要もなくなるのだから。

 

(せめて最後に五秒、欲しかった)

 

 それだけが心残りだ。たったの一秒ずつでいいから、一花の、二乃の、三玖の、四葉の、五月の顔を見る時間が、欲しい。

 

『死ねェェ──────ッッッ!!!』

 

“メリィィ────クリスマァァスッ!”

 

 遺体(あくま)が目の前から消えた。

 一拍遅れて、強烈な風がカミナに吹き付ける。

 

「……は?」

 

 カミナは、呆然自失して宙を見つめるしかない。何が起こったのか、認識すらできなかったのだ。

 何かが来た。そして遺体を連れ去った……ということだろうか。空気の動きから、そう推測するしかない。

 

Ho(ホッ) Ho(ホッ) Ho(ホッ)…………”

 

 笑い声に吸い寄せられ、視線を移動させる。常識では考えられないものを、カミナは目撃した。

 

「マジかよ」

 

 きらめく星々をバックに、人の乗ったソリが、四つ足の生き物に引かれて夜空を旋回しているのだ。

 ソリの上には、赤い帽子に赤い服の老人が座っている。白いひげをたくわえた彼は、モリゾラが宿った遺体を片手でむんずと掴んでいた。

 

“そして不届きな悪魔にも、天国周遊ツアーをプレゼントだ! メリー・クリスマス!”

 

 老人は朗らかに叫んだ。そして、瞬く間に夜空の向こうへと去っていく。

 

『ぎいにゃあああああぁぁぁ……ッ!』

 

 悪魔の悲鳴が、ドップラー効果を伴いながら遠ざかっていった。やがてそれも完全に聞こえなくなり、周囲は夜の静寂に包まれる。

 

「……だからさ。気が早すぎるって言ってんだろ、じいさん」

 

 後に残されたカミナは、大の字になって夜空を見上げた。満天の星空が、今の自分にはまぶしすぎる。

 

「ああ、何もかも終わっちまった……」

 

 もちろん、カミナは理解していた。悪魔のアプリを消し去った以上、全ての洗脳が解けてしまうことを。

 五つ子たちは正気に戻って自分を憎み始めるだろう。上杉風太郎や警官隊が呪縛から逃れ、この屋上にやって来るのも時間の問題だ。

 

(それでも)

 

 彼女らに近づこうと、地を這うためにカミナはうつ伏せになる。

 

「……あっ」

 

 その時、初めて気づいた。両手の手首から先がなくなっている。炭酸が弾けるような音を立てて大気に溶け、少しずつ消えていく。足先の感触も無かった。

 

「ぐ……! くそ、くそ、くそっ!」

 

 カミナは、もう死んでいる。そういう事なのだろう。一秒ごとに肉体が崩れていく。

 だから必死で這った。コンクリートが肌を傷つけるのもかまわずに、歯を食いしばって進み続ける。

 

「ぐっ……! ぐっ……!」

 

 そして、当然の罰を受けた。

 

「来ないで!!!」

 

 叫んだのは、意外にも三玖だった。立ち上がり、嗚咽するような金切り声で叫ぶ。

 

「お願い、やめて、来ないでっ!!」

「三玖……三玖、オレは……」

 

 好きな女からの拒絶は、骨身に染みた。心臓がねじ切られるような苦しみを感じながら、カミナはなおも進む。

 だが彼女らは後退り、必死に距離を取ろうとした。

 

「イヤ! もう嫌! あんなのは私じゃない!」

「う……」

 

 どうやら洗脳されていた時の記憶は残っているらしい。その記憶に突き動かされてか、一花も二乃も、四葉も五月も、冷や汗をだらだら流していた。吐き気をこらえるように口を押さえ、焼け付くような視線でカミナを見ている。

 

 ウッドデッキの上で間接照明に照らされる五人の少女たちは、かよわく……痛々しい姿で、カミナを拒絶していた。

 三玖が、涙声でカミナをなじる。

 

「どうして……私が欲しかったなら、普通に声をかければ良かったのに……」

 

「普通って……なんだよ……」

 

「なんでも……ナンパでも、普通に告白するのでも……なんでも良かった! それなのに、あんなの……!」

 

「け……けけ……そりゃ、お前の普通だろ……」

 

 しょせんジン・カミナと中野家の五つ子たちは、住む世界が違う。悪魔の力なくして、決して交わることはない関係だった。

 

「競って、奪わなきゃあ、なんにも手に入らねえのがオレの普通さ……」

 

「でも、もしかしたら、本当の新しい恋が、もしかしたら……」

 

「けけっ、あり得ねー。お前みたいに恵まれた女が、オレみたいな底辺のクズを気にするもんか」

 

「そんなこと──」

 

「夢を見せるな。オレを惨めにするな……」

 

 とうとう、カミナは動けなくなってしまった。肉体の崩壊が加速して、膝や肘さえ消え始めたからだ。

 ばん、と階下につながるドアが開く。

 

「無事か、お前ら!」

 

「フータロー君」「フー君っ!」「フータロー!」「うえすぎさんっ」「上杉くんっ」

 

「良かった、間に合った……!」

 

 彼女らの無事を確認した風太郎は、安堵のあまりかへたり込みそうになっていた。肩で息をして、滝のように汗を流している。

 

 その光景を見て、やはり上杉風太郎こそ五つ子に相応しい男なのだ、とカミナは思った。

 真心がある。誠意がある。頭の良さと、心の温かさが同居している。彼女たちのために、彼はどんな苦労だってしてきたのだろう。

 

(モテやがるわけだ……こいつには敵わない……そうなのか……?)

 

 そうなのかも知れない。それが神とやらの定めた運命ならば、逆らう事はできないのだろう。

 だからこそ、許せない。

 

「待ちやがれ、上杉ぃ……!」

 

 腹の底から声を出し、叫ぶ。

 風太郎が弾かれたようにカミナを見る。驚愕と戸惑いと恐怖、他にも様々な感情を顔に浮かべていた。

 

「お前、もう……」

「見下すな。オレを、哀れむんじゃねえ」

「無茶言うな」

 

 情けないが、風太郎の言う通りではある。カミナは、とうとう手足を全て失っていた。芋虫のように這いつくばって、彼を見上げる事しかできないのだ。

 

「……オレは、お前が許せねえ」

 

 いや、できる事はもう一つあった。みっともなく怒りを叩きつけ、呪う事だ。

 もはや虫の息。言葉を発するだけで意識が飛びそうになる。必死に息を吸い、カミナは叫んだ。

 

「オレは許せねえ! お前なら選べたのに!」

 

「……何をだよ」

 

「みんなをだ! 四葉だけじゃねえ、一花も二乃も三玖も五月も、お前が好きだったのに!」

 

「……」

 

「お前なら、みんな幸せにできたろうが……!」

 

「バカだな。それは、選ぶのとは違う」

 

 風太郎は、呆れたように首を振った。

 

「一人を選ぼうとしないのは、全員をないがしろにするのと一緒だ」

 

「だから他のヤロウにくれてやるのか!?」

 

「俺は四葉を愛する。一人の女性を命がけで愛し抜こうと決めたんだ」

 

「それが一番ムカつくんだよ! そんなキレイゴトなんかで、よくもあいつらを!」

 

「……俺の親はそうした! こいつらの親も!」

 

「オレのお袋は、オレを見捨てて……」

 

 カミナは、崩れ落ちた。とうとう、胸から下がなくなったのだ。血潮が流れる代わりに、シュワシュワと炭酸のような音をあげて大気に溶けていく。

 

「上杉……」

「なんだ?」

「オレは、ゴジラになる」

「は?」

 

 もう、見上げる事さえできない。コンクリートだけを視界に入れながら、カミナは語り続ける。肺が消えたのになぜ話せるのか、自分でも不思議だった。

 

「悪魔のアプリさえあれば……あいつらさえ手に入れれば幸せになれるって……間違ってた……借り物の力なんか、お前みたいな本物の前では役に立たねえ……弱くちゃダメなんだ……強くならなくっちゃあ……あいつらを……幸せに……」

 

「ゴジラみたいにか?」

 

「そうだ、オレはゴジラに……何度負けても帰ってきて、強く大きくなって……お前を踏み潰す……踏み潰して、あいつらの王様に……」

 

「そうか。成仏しろよ、カミナ」

 

「……………………」

 

 怒りと呪いだけを残し、最期に一度瞬きをして、カミナは消滅した。

 

 

 ◆◆◆

 

 魂が浮かび上がり、ホテルの屋上からゆっくりと離れていく。雲を突き抜け、夜空の果てへと飛んでいくのだ。

 まさかな、オレが天国へ行くのか──カミナはそう思った。

 

『カミナ……会いたかった……』

 

「お袋……?」

 

 ふと気づくと、すぐそばを光の玉が漂っていた。赤い光を放つソレは、カミナの母と同じ声を発している。

 

『ごめん、一人で逃げ出して……母さん、弱かったから』

 

「いや……もういい」

 

『ずっと見守ってたけど、あたしの声は届かなくって』

 

「もういいって」

 

 いつの間にかそこにあった手足を動かし、カミナは空中で体の向きを変えた。地上ははるか遠く、すでに五つ子の姿はどこにも見えない。

 

『好きな子、できたのね。それも五人も』

 

「悪いかよ」

 

『そんな、嬉しいんだよ。あたしのカミナが、誰かのために生きようとした事が。同じ所に行けることが。見える? 空のずっと上に輝く金の光……あれは天国の門。あたしと門をくぐって、神様のところに……』

 

 光が強くなる。その暖かさは、確かに母を思い出させた。だが、

 

「イヤだ」

 

 カミナは一言で切って捨てた。そして、もがく。天に昇るのではなく、地に墜ちるために。

 

「お袋、オレは間違ってた!」

 

『待ってカミナ、話を……』

 

「あいつらはエロい身体してて、飛びきりいい女で……でもそれ以上に心が豊かで、愛の深い、あったかい女だった!」

 

『カミナ、母さんを見て……』

 

「オレはお袋より、あいつらが好きだ!」

 

『…………!!!』

 

「アイツらに負けないくらい、オレも愛したかった! もっともっと、一緒にいたかった!」

 

 もがくカミナの背後で、門が開く音がした。

 風が吹いてくる。カミナを優しく包み込み、身体を引き寄せていく。

 

「ぐ……! オレの天国はあそこじゃない、アイツラのそばにしかねえんだ!」

 

 歯を食いしばり、カミナは再びもがく。薄汚い欲望と醜い恋心を抱えたまま、現世へ戻ろうと必死に手足を動かす。

 神の愛と安らぎよりも、血の通った人間のぬくもりをカミナは選んだのだ。

 

「もう遅いんだ。もうオレはあいつらに参っちまってる。手放せねえんだ。他のやつに渡すなんて考えられねえ。誰かがあいつらにキスしてチンポ挿れちまったらと思うと、おちおち死んでもいられねえ!」

 

 三玖を、四葉を、五月を、一花を、二乃を……決して誰にも渡さない。上杉風太郎だろうが、他のどんな男だろうが。

 

『カミナ』

 

 赤い玉が、すうっとカミナの前に出た。息子を天国に迎えるべくやって来たはずの母が、優しい口調で告げる。

 

『お母さんを、食べなさい。決して許されない罪を犯して、ふたりで地獄に墜ちるの……』

 

 カミナは、手を伸ばしてつかみ取った。

 

 ◆◆◆

 

 風太郎は、ふうっと息を吐き出した。

 ホテルの屋上には、秋の夜風が吹いている。冬の悪魔と契約者は去り、自分と五つ子達を苦しめた悪夢は終わった。あとは、彼女たちを家に送り届けるだけだ。

 

「四葉……大丈夫か」

「上杉さん、私……汚されちゃいました」

「忘れろ。悪い夢だったんだ」

 

 風太郎は、四葉の肩に手を置こうとした。彼女を守るという誓いを込めて、抱き寄せようと手を伸ばす。

 しかし四葉は、その手を拒むように身を退いた。

 

「触らないで!」

「……!」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 それは無意識の行動だったのか、四葉は真っ青になる。よく見れば、浴衣は冷や汗でぐっしょり濡れていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、私──」

 

「いいんだ。あんな目にあったんだ、怖いよな、男は」

 

 PTSDだ、ストレス障害が男性恐怖症として現れているのだろう……と風太郎は推測した。

 無理もない。なにしろ彼女は心を操られ、ついさっきまでレイプされていたのだから。

 

「ゆっくり治していこう。ずっと側にいるから」

 

 四葉がうなずく。うつむき加減の顔からは表情が読み取れないが、震える唇だけが痛々しい。

 そんな彼女の姿を見て、風太郎は改めて誓う。必ず彼女の笑顔を取り戻そう、と。

 

「深呼吸しようぜ。ほら、吸って、吐いて……」

 

「スゥー……ハァ……」

 

 二人は、こわばった体を悪夢から解き放とうとした。ゆっくり呼吸を繰り返す。深く、新鮮な空気を吸い込む。それは鼻から流れ込み、肺を潤し、古い空気を押し出して血液に溶けていく。

 

 カミナが溶けていった大気が、二人の全身に染みこんだ。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 瞬く間に五年が経ち、風太郎と四葉の結婚式が目前に迫ってきていた。

 

 

 

(第四章 了)

(終章へ続く)

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