あえる ヤれる アイドル『TRK26』まな板ショー 作:添牙いろは
僕はいまでも信じることができない。いや、信じたくないだけなのかもしれない。三年間、ずっと同じクラスだった
クラスの連中は姫だの女神だの持ち上げているが――いつも沖道さんはつらそうだった。当然だろう――そんな変な仕事をしていることをクラス中に晒され続けているのだから。
そんな無神経な連中となんて、僕にはどうしても仲良くすることができず――三年に上がってからはいつしか友人たちとも疎遠になっていた。
そんなある日――
「……ッ!?」
僕の下駄箱に……封筒が……!? 古典的ではあるものの、まさかこれは――!?
差出人は書いていなかったけれど――
「沖道さん……」
中に入っていたのは、写真だった。制服を着た沖道さんの。ただ、この厚ぼったくしっかりとした白い縁取りは――プリンターのような据え置きの機械で出力されたものではなく、おそらくカメラと印刷機が一体化していて、撮ったその場で印刷物として渡せるタイプの――地下アイドルがサービスでよく撮ってそうなものだ。何となくのイメージだけど。
地下アイドル――『TRK26・沖道春奈』というサインまで記されており――これが、普通の地下アイドルとかなら普通に――いや、それ以上に応援できたかもしれない、僕だって。けれど、沖道さんは――!
どんな意図でこんなところに投函したのかはわからない。けれど、沖道さんの写真を粗末にすることなど僕にはできず――!
――ふと、裏返してみたところで――僕はこの一枚の意味を理解した。何故なら、普通にメッセージが書いてあったから。『今度の日曜日、シークレットゲストとして登場するので、劇場に来てみませんか』――と。
***
追伸で、『この写真を持参すれば無料で入れる』――『このことは内緒にしてね』――もちろん他言するつもりはないし、秘密を共有するような間柄の相手もいない。それどころか、そもそもこんなところ誰にも――特に、クラスの連中には見られたくない。
一応、普段は着ないようなジャケットを羽織って――眼鏡をかけたり帽子をかぶったりして最低限の変装をした上で、僕は沖道さんが働いているという劇場へとやってきた。おそらくここで間違いはないと思う。TRKという名の劇場は他になさそうだったから。
しかし、この建物は――本当に沖道さんらしくない。真っ赤な壁は古くて重苦しいし、タバコ臭いし酒臭い。常連ヅラしたオッサンたちの笑い声にも品がない。
そんなロビーの空気に耐えられず、僕はホールの方へと逃げ入った。するとそこには――露骨なまでの張り出し舞台。それだけで――普通に歌を聴かせるのではなく、姿を見せるための劇場なのだな、と思い知らされる。当然、そこを囲むように座席は向けられているが――そんな間近でがっつくほど、僕は恥知らずじゃない。だから、一番遠い隅っこに。教室にいるときと変わらず、僕は自分の居場所で黙ってじっとしていた。
しばらく待っていると徐々に席は埋まってゆき――照明が落ちると音楽が鳴り始めた。すると、大人っぽい女性がしずしずと歩いてきて、しばらくは普通に歌を唄っていたけれど――和装の衿口に手をかけたところで、僕はすぐさま下を向く。やっぱり――こういうのは見ちゃいけないと思うから。場内の盛り上がりから、どのようなことが行われているのか何となく察せられる。歌は――普通に上手いのだから、このようなステージに立たされているのは勿体ないと思う。
そんな調子で何曲か流れた後――
舞台袖から出てきたのは――沖道さん――!
【夢とうつつの間で】
作詞:藤山京子
はだかのまま 笑いかける同級生
チャイムの音 覚めた夢に沁みる
キミの隣 笑いかける同級生
その横顔 幾度も見た日常
だけどキミは 忘れてない夢を
その横顔 不思議そうに笑う
制服姿 いつもの同級生
光の中 笑いかける同級生
歌につれて はだけてゆく制服
舞台の上 夢の中の笑顔
キミが触れて 開く花の秘密
制服姿 思い出せない もう
沖道さんは元々歌が上手かった。学校の舞台では水着で唄わされてたけど、今日はチェックのブレザーにミニスカート――まさにアイドルって感じだ。
なのに――!
「……ッ!」
やっぱり……さっきの人みたいに服に手を――こんなの――僕には見ていることなんてできない……ッ! きっと、せっかくの衣装を、沖道さんは今頃脱ぎ捨てて――けれど、こうして下を向いて目を瞑っていれば――僕の頭の中では脱いでいない。沖道さんはいまでも可愛らしいスカートを翻しながら――
結局、音楽が終わるまで僕は俯いたままだった。そして、沖道さんの出番が終わったのだから、もう僕がここにいる意味もない。幕間の隙に、僕は静かに席を立つ。そして――少しだけ迷っていた。
今日は沖道さんの招待でここへ来ている。このまま挨拶もせずに帰ってしまって良いものか――けれど、ズケズケとこのような場で直接挨拶に行くこと自体が無神経なのかもしれない。
ロビーに他の客はおらずガランとしているけれど、下品な残り香のようなものは染み付いている。そんな片隅の長椅子に腰を下ろして、僕は少し考えていた。やはり、このまま帰るべきだろう。舞台のお礼は、後日手紙で渡せばいい。沖道さんが僕を誘ってくれたように。
だが。
「沖道さんの、御学友の方ですね」
「貴方は……?」
そのスーツの男は突然現れた。けれど、不思議と驚きはない。それはむしろ、この殺伐とした待合室の中で安らぎのようなものを感じさせるからか。
そして、その男は当然のように――挨拶のように、名刺を差し出してくる。
「私は、このTRK26をプロデュースしている者です」
それは、その紙切れに書かれた役職の復唱に過ぎない。あまり関わりたくなかったので、それ以上話を聞くつもりもなかったのだが。
「沖道さんがお話したいことがあるそうなので、しばらくここでお待ちいただけますでしょうか」
その物腰があまりに丁寧だったのでつい受け取ってしまったけれど――ストリップ劇場の名刺なんて持っているのを誰かに知られたら、どんな勘違いをされるかわかったものではない。
後で慎重に処分しておくとして――沖道さんはまだステージがあるので動けないのだろう。プロデューサーと名乗る男も用件だけ伝えるとすぐに立ち去ってしまった。どのくらいここにいればいいのか――途中で退屈になってきてスマホをいじったりしながら、結局三〇分以上は待たされたと思う。
「木下くんっ」
呼ばれて顔を上げると。
「沖道さん……」
もちろん、服は着ている。だが、まさかいつもの制服姿とは思わなかった。ステージ衣装ですらない――その装いは、まさに教室で見慣れたもので――いよいよ僕らは場違いな気がしてくる。
そして、慌て気味な様子も見慣れたものだ。
「え、えーと……色々お話したいことはあるんだけど……色々……ホントに色々事情があって……」
どうやらまだ沖道さんの仕事は終わっておらず、わずかな時間を作って僕に会いに来てくれたようだ。そんな忙しい沖道さんが僕にどうしても伝えなくてはならないこととは――
「それで、ね……? ちょっと木下くんに、ステージに立っててほしいんだけど……」
「……え?」
***
沖道さん曰く、ただ、ステージに立っていてくれればいいだけだから――何のために、と尋ねても、それについてははぐらかされてしまった。とはいえ――そもそも、タダで招待された時点で何か裏があってもおかしくはない。何より――沖道さんが、必死だったから。必死で、僕に頼み込んでいたのだから。それに応えてあげたい――そう考えるのは不自然なことではないだろう。
連れてこられたのは無人のステージだった。幕は下りているし、暗くて音楽も鳴っていない。
「えーとね、えーとね、幕の間を通って……先端の丸い舞台のところで待っててくれればいいから」
沖道さんに言われたとおりに――とりあえずちょっとだけ幕を開いて向こう側を覗いてみると――演目はすべて済んだのか、それとも幕間なのか。部屋は暗いが中央舞台とそこへ通じる渡り廊下だけはスポットライトによってしっかり照らされている。どうやら、客は入ったままらしい。ということは、まだ終わっていないということだろうか。
よくわからないまま、僕は言われたとおりにホールの方へ――出てきた途端、拍手喝采なんて浴びてしまったどうしよう――と思っていたが、別段そんなことはない。ざわっ……と少し客席がどよめいたけれど、ホールは不穏な静けさを保っている。見えてはいるけれど、目に写ってはいない――まるで裏方がステージの準備に来たかのようだ。
よくわからないまま、僕は沖道さんの指示のとおりにその先端へと到着する。そして、普通に立っていた。観客たちに動揺する様子もないので、段取りに間違いはないらしい。
しかし、すぐに。
『皆さん……お待たせしましたー……』
スピーカーから流れる声に振り向くと、僕が入ってきた緞帳のあたりにスポットライトが当てられている。だから、沖道さんがそこから入って来るんだろうな――それも、派手に幕を開いて……と見せかけて、意外なことに僕と同じようこっそりと。けれど、それもまた沖道さんらしいな、とも思える。ただ、決定的に彼女らしくなかったのは――
「!!」
驚きながらも――心のどこかで警戒していたのかもしれない。二枚の垂れ幕の間から現れた沖道さんが――胸から足の方まで肌色だったように見えて――僕はその瞬間、目を閉じて背を向けていた。ワァァァァ……ッ、と沸き立つ客席の反応からも、その憶測に間違いはないだろう。
僕は頭がぐちゃぐちゃになって――ただただ立ったまま固まっていて――けれど、沖道さんの声だけは柔らかくて。
「木下くん……ちょっとだけ、目を開けてみて」
その声はスピーカー越しではなく、すぐ隣から。どうやら、沖道さんは僕のすぐ傍まで歩いてきていたらしい。
その指示通りに、僕は目を開ける。ただし、沖道さんの方は向かずに。目下にはたくさんの客――男たちの目が。
「すごいよね。お客さん、いっぱいで」
けれど、僕のことは誰も見ていない。この場で沖道さんのことを見ていないのは僕だけだろう。ふたり並んだまま、顔も合わせずボソボソと呟くような会話は続いていく。
「私ね、恥ずかしい……。すっごく、恥ずかしい……」
そうか……。沖道さんだってやっぱり嫌々やっていたんだ。そう思ったけれど――
「恥ずかしいけど……頑張ってるんだ……」
この声色に後ろ暗いものはない。むしろ、力強く――
「木下くんにもね、見てほしいの。私の……頑張ってるところ」
力強く、僕の手を握る。そこから、沖道さんの思いが伝わってくるようだ。
「こっち、向いてくれる? 木下くん」
向いてはいけない――良心の呵責はあるけれど――沖道さんの頼みを断ることにも同様の呵責を感じる。僕にはもう、どうしたらいいのかわからない。わからないけれど――沖道さんの思いには応えたい――それだけを胸に、僕は声のする方に顔を向けた。
そこに立っていたのは――左手を後ろに回してはにかむ沖道さん――その姿は、幕の間に挟まりながら一瞬だけチラリと見えたそのまま――胸の膨らみはその先端まで――股の間もすっきりとしていて――僕はいままで、女の人の裸をこんなにじっくりと見たことはなかった。けれど、初めて見て――綺麗だな、と思えた。
それでも、女のコが恥ずかしいことには変わりなく。
「……えへへ、どうかな? 私……頑張ってるよ」
僕の左手を離すと、照れくさそうにステップを踏んで――くるりと後ろを向いたのは、背中やお尻まで見て欲しい、ということかとつい思ってしまったのだけど。
『ちょっと、お願いがあって……いい?』
沖道さんの声が大きくなった。スピーカーを通して。だからこれは、アイドルとしてのお願いなのだろう。
『え、えーとね……男のコにも頑張ってもらわなきゃなんだけど……恥ずかしいかもしれないけど……』
後ろを向いたまま、沖道さんはモジモジしている。
『見せてもらって……いいかな……?』
「な、何を……?」
『そ、その……アレ……男のコの……アレ、なんだけど……』
沖道さんの言いたいことは何となくわかる。けれど、どうしても信じられなくて……それで沖道さんに余計な恥を掻かせてしまった。
『ち……ちんちん……♡』
その一言で会場がワっと賑やかになる。沖道さんは背中越しにこちらの様子を窺いながら――目を細めて――そこには彼女なりの達成感があるようだ。やりきったような横顔に――けれど、僕としてはやはり申し訳ない。
「でも、僕、そのー……アレなことになってるけど……」
沖道さんが目の前で裸になっているのだから、これは当然の反応である。
とはいえ。
『うん、うん、大丈夫だから、むしろ、そうでないと困っちゃうというか……』
男のそういうところを女のコの方から理解を得られると逆に恥ずかしい。けれど、恥ずかしがっている場合でもなくなってきた。
『だから……私と一緒に……頑張って、くれる……?』
沖道さんと一緒に――一歩間違えれば、私も頑張ってるのだからお前も頑張れ、という脅迫――だとしても――沖道さんと一緒なら、僕だって頑張れるから――
『……わっ』
と、相変わらず沖道さんの視線は背中越しで。けれど。
『良かったぁ……♡』
その優しい眼差しを受けて――僕も沖道さんの気持ちが少しだけわかった気がする。恥ずかしいけれど、その頑張りを励ましてくれる人がいるのなら――
『それじゃあ、そのまま……
沖道さんは後ろ向きのまま僕にお尻を近づけてきて――僕は、そのまま――言われたとおりに立っている。形が変わってしまったため、女のコのお尻にぶつかってしまいそうだけれど――そこで沖道さんは、ぐいと前屈みになって――自分の股の間から手を出して、指先でひょいと――男のソコを――!
けれど――触られただの何だのと大騒ぎする状況ではなくなった――すぐに。
『あ、あぁ……ん……♡』
ぬるり、と温かな感触へと変わったのは本当に一瞬のことだった。こんな簡単に――信じられないほどすんなりと――僕の
『はっ、はっ、あっ、んぁ……っ♡』
ただ押し込められただけではなく、沖道さんは自らお尻を前後に振って――僕を、中に収めたまま――何度も――っ!
『あっ、あぁっ! ねぇ……気持ちいい……っ?』
沖道さんに呼びかけられて、僕は包み隠さず本音を口にしてしまった。
「ぅ、ぅん……こんなの……初めて……っ」
『私も……うぅん……っ、気持ちいい……気持ちいいよぉっ……♡』
そんなこと――そんなことを言われてしまったら――! されるがままだったはずなのに、いつの間にか僕は沖道さんのお尻に掴みかかり自ら腰を打ち付けて……っ! だって――沖道さんもこんなに喜んでくれているのだから……っ!
『あっ、あっ、あぁんっ! いいっ、いいっ、いいのぉっ……っ!』
僕もこんなにいいのに――沖道さんも喜んでくれるなんて――! 僕は何でも頑張れる――そう思った矢先に――
『ね、ねぇ……胸……触れる……?』
右腰に当てられていた僕の手に沖道さんは自分の手の平を添えて、それを、ゆっくりと引っ張っていくように――
――ふわり――初めて触れる女のコの胸は――ただの脂肪の塊――とはいい難い。それとも、女のコの脂肪だからか――あまりにも柔らかすぎて――けれど、沖道さんが求めているのは――期待しているのは――
『ん、ん……もっと、そのー……先の、トコを……』
柔らかさの中にある、少しだけ硬い部分――手触りのいい――その突起を――
『あぁんっ! いいっ!』
僕は――僕は――両手で、女のコの胸を――おっぱいを――こんな――堂々と――柔らかくて――気持ちよくて――そのうえ、その先を摘んであげると――沖道さんの
『いいっ、いいっ、いいっ、
女のコが果てようとしている。けれど僕もまた――
「うんっ、うん……っ、僕もっ、けど、けど……っ!」
胸を掴んだままじゃ……腰を離すことなんて……
『いいよ……いいよ……っ、……
こういう仕事をしているのだし、無防備ではないと思う。けれど――
『
精液が――
「で……
けれど、沖道さんは――
『うんっ、
そんな甘い声で誘われたら――僕は――
ビクリッ!
ビュクッ、ビュクッ、ドクン……ッ!
『はぁ……っ、ぅうん……あぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡』
一際大きな嬌声の中、男の脈動が始まると――僕はそれ以上動けなくなってしまった。沖道さんとつながったまま――沖道さんの
それを、彼女は嬉しそうに。
『えへへ……あはぁ……あったかくて……あぁ……♪』
嬉しそうに
***
きっと、舞台の上で沖道さんの裸をチラっとでも見てしまったあのときから――僕はあの
大して広い客席でもないので――僕が沖道さんの唄う姿を見ていなかったのは、ステージの上からでもわかっていたらしい。
共にステージに上がってみて、沖道さんが僕を招待した理由がよくわかった。沖道さんは、自分の裸を見せつけたい痴女ではない。恥ずかしいけれど頑張っている姿を見てほしかったのだ。彼女は胸を張ってストリップ・アイドルという仕事に従事している。とはいえ――
「み、みんな、無理しないでね……? ただ、劇場に行くだけなんだから……」
放課後の教室で男子たちに囲まれる沖道さんが辛そうに見えていたのは、僕の先入観だったようだ。実際のところは嬉しそうで……けれど、少し申し訳なさそうで。多分、他の予定を差し置いてでも沖道さんの送迎に参加してしまう男子が後を絶たないからだろう。気持ちはわかる。僕だって……沖道さんを送っていけるのなら――
「……あ」
僕は沖道さんと目が合った。そして、彼女はにっこりと微笑む。普段なら、他の男たちを蔑みながら顔を背けたところだが――僕はもう、沖道さんの公式ファンクラブの一員である。きっと、あの男子たちもそうなのだろう。だったら、負けていられない。同じ、沖道さんのファンとして。
僕も他の男たちも、沖道さんを思う気持ちは変わらない。席を立ったときにそれに気づいたからか――クラスメイトたちに対する嫌な感情は、不思議なくらいに消えていた。