あえる ヤれる アイドル『TRK26』まな板ショー 作:添牙いろは
僕はまだまだ人に教えるほどの人間ではない。それでも、乙比野くんは僕のことをコーチと呼んで仰いでいた。
僕が具体的に手解きしたことはない。ただ、彼女は僕のダンスから自力で学び取り――ときとして、共にステップを踏み――それは彼女がまだ、中学生だった頃の話だ。
あれから僕が世界各国のステージを飛び回るようになり――そんな最中にポルノ女優との結婚を決めたことで、ダンス界は少々騒然となったけれど――古い世代の重鎮たちは――僕の先生も含めて――欠席――どうやら僕たちを祝福してはくれないようだ。
様々なリアクションを前に新たな時代――世代間の断絶を感じながら――その中で、異色の一通が我が家に届く。それは、僕が送った返信用の葉書ではない。封書に入ったポストカード――ですらなく、一枚の写真。ポラロイドカメラで撮影したと思われる縁の広い余白に『出席させていただきます』と。そして――『一度、劇場にお越しいただけると嬉しいです』――『ストリップ・アイドル・TRK26
詳しいことは書かれていなかったが、ネットで検索すればすぐに出てきた。『TRK26』――それは、ストリップ・アイドル・ユニットとして東京・新歌舞伎町の劇場で活動しているらしい。婚約者も生業上そのグループのことをそれなりに知っていた。本来、ストリップショーとはセクシーな演目の後に脱衣パートがあり、このふたつはしっかり分かれていたという。彼女も、撮影が空いたときは時々ゲスト出演していたらしい。
しかし、ある時期から劇場の責任者が替わり――唄いながら脱ぐ――ストリップもある意味ダンスの一種である。僕たちもその縁によって巡り合い、この度結婚に至ることとなったのだが――このTRKというのは『アイドル』であることに重きを置いているらしい。通常のアイドルと同じように唄って踊り――その中で脱いでいく――
しかも、それだけではない。『あえる! ヤれる!!』というコンセプトのとおり――『まな板ショー』と呼ばれるアンコール――カーテンコールの後でファンを壇上に呼び、そして――
乙比野くんは実直で、融通が利かないというか、妥協ができないというか――結婚式の案内の返信にストリップ劇場への招待券をつけてくるあたり――変わっていないな、と微笑ましく思う。だが、来月には式を控えている身でそれはないだろう。乙比野くんだってそれはわかっているはずだ。
それをわかっていなかったのは、ただひとりだけ。
「え? 行ってあげないの?」
本来、最も嫌悪を示すべきである婚約者が――
「これからも私、仕事でいろんな男の人とセックスするわけだし」
仕事だから――僕もそれを承知で結婚している。ただ、仕事ではない自分がそのような不貞行為に手を染めて良いものか――そう悩むことも、彼女にはお見通しだったようだ。
「その教え子のコも、仕事として舞台に上がってるのでしょう?」
自分の仕事を認めてくれているのなら、そのコの仕事も認めてあげて欲しい――そう、背中を押してくれたのだった。教え子を自称する後輩が、自分の見ていなかったところでどのような成長を遂げたのか――それが見たいと願うのは、ダンサーとして当然の想いなのだから。
***
ブロマイドの裏面には『この写真を見せれば劇場に入れます』とあった。その文言通り、窓口の人は僕をすんなりと受け入れてくれた。
ストリップ劇場には初めて来るけれど――一応自分なりに調べてみたが――現地で恥を掻かないように、と伴侶の方が僕にレクチャーしてくれた。
基本的には普通のライブ会場と変わらないけれど、席指定はないので早めに確保しておくこと。もうひとつの違いは――ファッションショーのような花道が客席の中央まで伸びていること。このあたりについてはアイドルの舞台よりストリップの方を踏襲しているようだ。
しかし、ライブの方は――
『~~~~♪』
もちろん、事前に有料動画をいくつか買って拝見している。もちろん、乙比野くんのものを。しかし――やはり舞台というのはナマに限る。光や音響――この空気感は画面越しでは伝わりきらない。
そして、予習していた通り――もし、何も知らない者がこの舞台を見上げていたら、さぞ面食らったことだろう。裸にならずとも成立するクオリティの歌と踊り――その最中に脱ぎ始めるのだから。
ストリップ・アイドル・ユニットというだけあってソロ曲は基本ないらしい。ふたり、ないし三人でひとつのステージを盛り上げていく。
そして、ついに乙比野くんの出番となった。彼女もまたひとりではなく、五人で舞台に立っている。黒いレザーの衣装――トップスとミニスカートの間でお腹を出しているところが色っぽい。この新たなストリップという世界で、彼女はどのようなステージを見せてくれるのか――と見守っていたが、意外なことに――
【ダンシング・スパイラル】
作曲:憐夜希
後に知ることとなるが――乙比野くんがリーダーを務める五名の踊り娘によって構成されるダンスユニット――『シャドウステップ』は本来ボーカルたちを演出するためのバックダンサーとしての役割が主だった。
しかし、今日は――堂々と、中央で――!
そこに歌はない。しかし、旧来のストリップともまた違う。ストリップショーは、やはりショーだった。ミュージカルとしての要素も強い。
それに対してこの舞台は――
うん、やはり乙比野くんは僕の知らないところでもしっかりスキルを磨いていたようだ。正直、体力筋力の面ではより優れているメンバーはいる。しかし、ダンスは総合力だ。リズムに身を委ねつつも指先からつま先まで余すところなくシルエットを意識する――そのうえで、振り付け一つひとつの意味を考え――つながりを考え――それができているのは乙比野くんだけだった。
かつての教え子のさらなる成長に胸が熱くなって失念しかかっていたが――これはストリップショーである。曲の雰囲気が変わったところで、彼女たちは衣装の前を開き始め――一般的なダンスであれば、別段慌てることはない。けれど、これが特殊な舞台であることを知っているからこそ――そのレザーのカップもまた、前をファスナーで留めている。それさえも引き下ろし、その向こう側に肌色が覗いたと気づいた次の瞬間には――
ふるり、とそれ以上何ひとつ隠すものはない。胸の丸みの頂点をほのかに染める桃色と、その先でしっかりと存在感を持って膨らんでいる突起――女性として成長した
もちろん、それに見合ったダンススキル――乙比野くんはもう子供ではない――完全にこの手から離れている――それを僕は、誇らしく思えた。
僕は先生のつもりはないし、まだまだ勉強が必要な立場のつもりである。それでも、後進がこんなにも素晴らしい舞台を魅せてくれたことについてはやはり嬉しい。それだけでも満足だ。
しかし――乙比野くんは妥協を良しとしない。どうやら僕は――ただ招待されただけの一般客のまま終えることはできないようだ。
***
完全に意表を突かれた、といえば嘘になる。結婚間近の相手をこのような劇場に招待している時点で――後悔なくやり尽くすつもりだったのだろう。乙比野くんはそういうコだ。
「せ、先生……私の舞台……どうでした……?」
カーテンコールでは裸のままだったが――僕が係員の指示で幕の下りた
それは承知の上で。
「……うん、スクールはやめたと聞いていたけれど……良い環境に恵まれたようだね」
「は、はいっ!」
真っ直ぐな向上心――こういうところは本当に変わらない。まるで、数年前を思い出すようだ。しかし、彼女はふっと目を伏せて。
「あっ、そ、そうだ。先生、ご、ご結婚おめでとうございます……」
「うん、ありがとう……」
こんな状況で交わす挨拶ではない気もするが。
「ホントのところ、来てくれるとは思ってなかった……」
それでも招待状を送らずにはいられないのが乙比野という女のコなのである。自分がデリカシーを失しているのは自覚しているからこそ、言葉を選びながら。
「えと、そのー……奥さんには……?」
厳密には、入籍はまだだけど。
「ちゃんと許可はもらってきたよ」
「そ、そうですか……良かったです……」
と口にしながらも、乙比野くんの表情は優れない。なので、一応確認しておくべきだろう。
「えーと……僕の婚約者のことは……」
「は、はい……知ってます……」
うん、雑誌の記事にもなっていたのだから、乙比野くんが知っていても不思議はない。だが、ここで彼女は急に慌てだす。
「いえっ、だから招待した、ということでもないんですが……」
ポルノ女優と結婚するような男ならば――乙比野くんがそんなことを考えるようなコでないことは十分承知している。
「だろうね。キミは、いつだってそういうコだったから」
「はい……私、そういうコでしたね……」
自分で決めたことはなかなか曲げない。良くも、悪くも。あのスクールの所長は……やはり乙比野くんと同じように我の強い人で――それも、決して交わらない方向性で――辞める直前で僕と乙比野くんは出会い――変な表現だが、彼女は急に素直になった。所長の初心者仕様のレッスンはあっさり流し――ウォームアップどころか、ラジオ体操のような軽さで――所長とは無関係に、僕とのダンスを楽しみにしてくれていた。所長のコネで練習拠点として使わせてもらっていただけの僕がやって来るのを待ちわびて。だからこそ、僕が日本を発つと知って、スクールもあっさりとやめてしまったと聞いていた。
そこに、まったく不安がなかったわけではない。僕を慕ってくれていた後輩が、それを機にダンスからも足を洗うようなことがないかと。けれど、今日のステージを見ればそれは杞憂だったと安心できた。
そして。
「私はずっと、先生の教え子です」
この先も踊り続ける――乙比野くんからはそんな強い意志を感じた。
けれど――僕たちはいま、ダンススクールで再会したわけではない。乙比野くんの仕事場で――それも、おそらく幕間に――
「先生は誠実な人だから……ここがどういう場所かちゃんと知っていて、それで……
「……うん」
それは劇場に、という意味ではない。カーテンコールの後に行われた抽選のようなドラムロール――僕がここにいるのは偶然ではないのだろう。
だからこそ――僕は乙比野くんの先生という器ではないけれど――ただ、婚約者からも釘を刺されている。男として、女のコに恥を掻かせないようにと。自分の舞台に招待している時点で、そういうことなのだからと。
だから――ここは、僕の方から手を差し伸べなくてはならない。
「……僕に、乙比野くんのステージを手伝わせてくれないか?」
その申し出に――可愛い教え子は目尻を親指の付け根で軽く拭う。そして――するりと羽織っていたガウンを床に落とした。間近で見るその姿は――純粋に美しい――たとえそれが、我が伴侶でなかったとしても。
***
もちろん、乙比野くんのまな板ショーも動画で見ている。普段はもっと堂々としていたようだが……今日はどこか大人しい。花道でも僕の腕を取って――視線もキョロキョロと落ち着かないようだ。かくいう僕も、隣に裸の女のコを従えているわけで。乙比野くんの胸は立派に育っており、ジロジロと見下ろして良いものかつい迷ってしまう。幕裏での対話中は暗がりの中にあったが、ライトを浴びて、乙比野くんの肌も美しく輝いているようだ。
ふたり、神妙な面持ちのまま、花道の終着点――ここを『盆』と呼ぶらしい。この円形舞台は回転する仕組みになっており――女のコが座ったまま全方位にその姿を魅せられる工夫が施されている。
今回もまさに、その機能が十全に発揮されそうだ。
「そっ、それじゃあ……ここで寝てもらっていいですか……?」
と示すのは円の中心。僕はただその指示に従う。
乙比野くんはそんな僕の横に腰を下ろし――軽く目を閉じると深呼吸――そして、僕のズボンに手を伸ばした。ベルトと留め具を解き、前を緩め、中に穿いていたトランクスのゴムに指をかけ――ここでもう一度深呼吸。そして――
「……ほぉ……」
どこか感心したようなため息を漏らす乙比野くん。僕の
乙比野くんは僕の顔と剥き出しになったところを何度か交互に視線を往復させた後――ゆっくりと、股間の方に顔を落とし――まるで接吻を交わすように――
「……ん♡」
唇を窄めながら、口の中では舌を丹念に這わせて――これまで乙比野くんをダンサーとしてしか見てこなかったが、この舌使いはむしろ僕の婚約者に近い。乙比野くんは――ストリップ・アイドルとしてもしっかりやっているようだ。
そして、濡らして準備を整えたところで――彼女は唇を離す。本来の場所で僕たちをつなぐために。
「……で、では……失礼しまして……」
回る台座の上で、彼女の緊張が伝わってくる。僕に跨り、目の届かない股の下にすべての意識を集中させて――色づいた胸の先まで見上げられているのも意に介さず――慎重に――くにゅり、と柔らかな肉ひだが触れたところで、乙比野くんは少し腰を動かして、そして――
「……んっ」
わずかに喉を鳴らすと、ゆっくりと身体を落としていく。僕の、ズボンの上へと。いや――
「……あはっはぁ……♡」
一際大きく息を吐き、乙比野くんは目を細めてライトを見上げる。天井から降り注ぐ眩い光を。そして、両手を掲げると――軽快なビートが鳴り響く。何故なら彼女はダンサーであり――これはダンサーのためのステージなのだから。
「あっ、あっ、はっ、はぁっ♡」
リズムに合わせて全身を弾ませ、両腕は――懸命にポーズを決める。しかし、さすがにこれは――体勢的にも安定しないし――けれど、乙比野くんは踊り続ける。僕の上で――決して僕を放さず。
「はっ、はっ、あぁっ、あぁぁっ♡」
本来、パラパラはこんなに上体を揺らすものではない。これは、下になっている男性と――胸の動きを魅せるサービスなのだろう。
「んっ、んっ、あんっ、あぁん……っ♡」
乙比野くんの胸は、女性としてしっかり育っている。その二房をこんなに激しく――それを見上げているだけで、こちらも猛ってくるようだ。それに、乙比野くんの
「せっ、先生……まだ……っ?」
僕の方も高ぶっている。だが、至らしめるには及ばない。一方で、乙比野くんは――
「わっ、私……もう……そんな……っ」
振り付けが硬くなっている。それに、僕を
「わたっ、私、私……みっ、見ないで……っ!」
ダンスを放棄して両手で顔を覆う乙比野くん。しかし、すぐに気を取り直して――
「……ううん、
閉ざしていた胸を開き、僕を迎え入れるように――
「私が
僕の方はもはや握り潰されそうなほどに締めつけられている。それはそのまま乙比野くんの快感へとつながり――
「
女のコのお腹がひくひくと痙攣しているのが下からでも見てわかる。まるで後ろから勢いよく押されたかのように背を反らせ、両腕を広げ――けれど――辛うじて転倒することはなく――そこから伏せる動作への移行も、あくまで振り付けのように。
「ん、ん、ん……はぁ……」
乙比野くんはゆったりした動作で僕の方にもたれかかってきて――そこで力尽きた。この角度では僕を収めることはできず――けれど、腰は僕の上でビクンビクンと小さく脈打っている。
「ご、ごめんなさい……私……もう……」
重さのかけ方からも、身体の自由が利かないことは伝わってくる。これ以上の続行は不可能だろう。
だから、僕から言えることはただひとつだ。
「……ありがとう、お疲れ様」
もたれかかったままの彼女を、僕は担ぎ上げる。腕の中で乙比野くんは……何だか不服そうだ。
「……初めて上で
やはり、こういう性分は――ダンスであっても、ダンスでなくても、万事変わらないのだろう。
けれども、これはダンサー・乙比野杏佳のステージだから。
「僕は、キミの先生だからね」
この言い分はちょっとイジワルだったかもしれない。何故なら、彼女はとっくにもう――
***
それから翌月の結婚式当日――
セレモニーが行われるチャペルの外で、彼女は待っていた。
「おめでとうございます、先生」
多くの人にキャンセルされたが、乙比野くんが来てくれたことには嬉しく思う。だが、乙比野くんが寄り添う男性は――?
「えっ、えーと……こちらはっ、私がお世話になってる劇場のプロデューサーで……それで……っ!」
僕からの視線を感じて何やらしどろもどろに言い訳のように紹介する乙比野くん。微笑みながら会釈を交わすその青年に向けて、僕は――
「僕の大切な後輩を……よろしくお願いいたします」
乙比野くんがひとりで立っていられる理由を、僕はしっかりと理解した。彼女はこれからも彼の下で――さらなる進化を遂げていくのだろう。