あえる ヤれる アイドル『TRK26』まな板ショー 作:添牙いろは
彼女に好きな男がいるのは知っていた。けれど、よりにもよって王子様って……。
あれから大学は離れてしまったけれど、グループチャットの方ではつながっており、脈はまだ途切れていない……これもまた、惚れたがゆえの切ない期待だったのだろう。
だが、それも終わりを告げた。彼女が――ストリッパーになったのである。それが、俺には未だに信じられない。動画ファイルもすべて購入しているが……それでも信じられない。共に教室で机を並べていた頃の彼女からはまったく想像ができないから。
高校生の頃の栗塚さんは、どこか掴みどころのない神秘的な雰囲気を漂わせていて……上流家庭ではなかったけれど、そこはかとなく気品が感じられた。そんな彼女が、ストリップ劇場で全裸になって……股を開いて……! もはや、中身が変わってしまったとしか思えない。それなのに――不思議と、あの動画に映っているのが栗塚さん本人だと、確かに感じてしまうのだった。
栗塚さんは高校の頃からモテていたし――グループの中でも、他に告っていた男はいた……と思う。俺の……俺たちの知らないところで。栗塚さんは誰に告られてもまったく動じない。恋愛関係の話題になると、彼女は決まってこう言う。『私には、未来を約束した王子様がいるから』――在学中に伝え聞いた噂によると、それでも年に二・三人は言い寄る男が現れ――俺もそのひとりだが――全員同じ台詞で断られたとのこと。だからこそ――誰もが、我こそが本当の王子である、と名乗り出たわけだが。
しかし、少なくともあの高校に栗塚さんの王子様はいなかった。
いま通っている大学にも。
栗塚さんにとっての王子様は――こともあろうに、ストリップ劇場を営んでいた。ゆえに、彼女がそこの踊り娘となることは必然だったといえる。むしろ、望んで、嬉々として。
ゆえに最初は――誰もが疑わざるをえない。悪い男に騙されて――王子であると錯覚して――ロクでもない商売に加担させられているのだと。
しかし。
それでも――
裸の彼女を応援して、動画を購入している時点で――俺に、偽王子などと責める資格などないのだろう。
***
それは、グループチャットの鈴木さん――ひとりの女子が言い出したこと。
『今度、栗塚さんの舞台、観に行っていいかな?』
女子がストリップを観覧してはならない理由はない。けれど、思い切った申し出だった。それに対して、栗塚さんの返事は簡潔で。
『いいよ』
同性であれば恥じることはないのだろう。だからこそ。
『メンズは来ちゃダメだからね』
鈴木さんによる釘刺し。けれど。
『男子も来ていいよ』
その一言で、チャットルームはざわついた。いや、実際には誰も発言していなかったが、そんな空気が確かにあった。
『ちゃんとした仕事だと思ってるし、そもそも観客のほとんどは男性だし』
そこまで言われて欠席しては、むしろ栗塚さんの仕事を恥ずべきものだと考えている――そう、捉えられてしまう――などと考えてしまうのは、男ゆえの都合の良さか。
結局、鈴木さんは俺たちと予定を合わせることなく――けれども、秘匿することもできず、メンバーチャット内で訪れる日時は決められた。そして、俺たち四人は全員来た。そんな男たちを、鈴木さんは冷めた目で見ていた。
劇場ホール――席に座っても、俺たちは終始無言。舞台が始まればなおさらだ。
栗塚さんはTRK26というグループに所属しており、今日も単独ではない。見ず知らずの女性たちのヌードであれば、鈴木さんも一定の理解を示しただろう。しかし、顔見知りの裸を観劇に――自分の知らないところであればともかく、知ってしまっては思うところもあるのだろう。
そして、そこから逃れようもなく。ついに、栗塚さんの出番が回ってきた。
【première promesse】
作詞:栗塚善帆
血の
そっと触れる唇爆ぜて
愛しさと恐れ
禁じられた
混沌の海 儚く懐き
花びらの散る 夜空に
心溶かして
俺はこれまで動画で何度も彼女の裸を観てきた。それどころか、他の男と抱き合っているところまで。
けれど――直に観た衝撃は……あまりに強烈すぎた。同じ楽曲、同じ振り付けのシーンもしっかり脳裏に焼き付いている。だが、それでも――その肩を、その腕を――衣装が一枚一枚滑り落ちていく度に――これは本当に現実なのか――居眠りでもして都合のいい夢を見ているのでは――そう錯覚せずにはいられなくなる。それは、彼女の歌声が、あまりに懐かしいからかもしれない。
高校生の頃、俺たちはみんなでちょくちょくカラオケにも行ったものだ。栗塚さんは女子の中でも歌が上手く、彼女が来ると知れば自然と参加者が集まってきた。囁くように儚いのに、お腹に響くような力強さがある。高校を卒業してからずっと聴いていなかったが――いまステージで唄っているのは栗塚善帆さんなのだと信じられた。
だからこそ――その彼女が、水着――ではなく、下着――レースに縁取られた黒いブラジャーとショーツ――その姿を披露してくれたときは――思わず目が離せなくなった。そして、肩のストラップをするりと緩め、たぷんとしたカップが腕からこぼれ落ちたとき――ここは現か、それとも夢の中か――天井を見て、壁を見て、使い馴染んだ鞄をひっくり返して――確かに現実なのだと確かめる。しがみついている、といってもいい。あまりにも、夢のような光景だったから。
その両胸を拝めただけで――眩いスポットライトに照らされた彼女の白く丸い肌――そこに浮かぶ丸い花弁と力強い蕾――その肩に乗るのは同窓の頃に焼き付けてきた彼女の微笑み――ふわりとヴェールのように長く黒い髪の中で、彼女の身体が浮かび上がってくるようだ。
しかし、これだけでは終わらないことを俺は知っている。情報として知っている。彼女の舞台は、モニタを通して何度も観てきたから。
けれど――あまりに夢のようで――いまにも覚めてしまいそうで――けれど、覚めてくれるなと強く願って――そんな想いを、彼女は――栗塚さんは叶えてくれる。
腰の両側にて結ばれたふたつの蝶結び――その一端を摘んで引いてゆく。シュルシュルと小さく窄んでいく蝶の羽根――その身が崩れ落ちたとき――向こう側の一部が顕になる。薄い生地の向こう側にふわりと透かしていた――
そして、続いてもう一方も、同じように。二匹の蝶は、彼女の腰から飛び立った。すると――実のところ、そこは観慣れている。初めて観た感想は――意外と濃いんだな――失礼なことに。しかし、いまではそれが彼女であると魅入られるようになり――同じ光景がまさに、俺の目の前にある。前後をつないでいた二本の糸は途切れ、彼女によって吊るされていたのは後ろ側――それさえも、彼女は握りしめる。小さく、手の内に収めて。
彼女を包むのは光の輝きだけ――その肌に影を落とす余計なものは何もない。胸から、お腹から、女のコの割れ目まで――背中は、お尻の丸みまで――そのすべてを、すべての人々に魅せるため――台座は回る。座ったままの栗塚さんを乗せて。片膝を突き、もう片膝の裏に手を添えて――高々と掲げる。秘するべきところ――秘されるところを白日の下に晒すため。
正直、初めて観た栗塚さんの身体が美しすぎて――俺には何も言えない。多分、他の男たちも。鈴木さんについては申し訳ないけれど様子を窺っている余裕すらない。
他の演者の方々にも、同じように申し訳ないけれど、俺の頭の中は栗塚さんの裸体でいっぱいだ。だから、カーテンコールでずらりと裸の女性が並んだときも、栗塚さんひとりしか目に入らない。そのとき、ふと視線が交錯したのは、好意を寄せるがゆえの都合のいい解釈か――とそのときは思った。が、そうではなかった、と後に確信することとなる。
『本日のお相手は――』
暗い客席内で一点――強烈な光が下りた先にいるのは――
『この方です!』
――そのとき、俺は我に返った。心配していたことが――起きてしまったのだと。
***
『まな板ショー』――ファンクラブ会員限定のサービス――壇上で、目当ての踊り娘と――男女の関係を交わす――ここで選ばれてしまった時点で、俺がずっと――みんなには黙って栗塚さんの裸を追い続けていたことがバレてしまった。これまでの友人関係を守るつもりなら、しらばくれるべきだったのだろう。だが、まな板ショーに選ばれる幸運はもう二度と来ないかもしれない。それを考えたとき――俺は、すべての友人を天秤にかけ――ステージに上がっていた。
舞台の下にはかつての同窓生がいる――それはできる限り考えたくない。都合よく願うのならば――終演を待たず席を立っていてほしい――真実は知りたくない。だから、俺が見渡すことはない。俺が見据えるのは――ただひとり。何年にも亘って思い焦がれた――愛する女性の裸だけ。
俺は――彼女になんと声をかければ良いのか――考えていたつもりだったけれど――もう慣れたつもりだったけれど――本当に目の前に――手の届くところに――そして、触れてよいところにいる――その現実が、俺から思考を奪っていく。
そして、純粋に残った言葉は――
「……久しぶり」
その声は小さく、そして、音響に拾われることはない。そして、彼女は――左の耳――ヘッドセットに指を添える。それから、呟いた。
「久しぶりだね。こうして会うのは」
その声を――マイクを通さない肉声を聞いたのは何年ぶりか。それだけで、嬉しくて頬を保つことができそうにない。その様子は会場中に――何よりも、栗塚さんに。
「なら……杉本くん、って呼んだ方がいい? それとも――」
――奨吾くん?
それはまるで、麻薬取引のような。俺の前にいるのは一体誰か。ストリップ・アイドルか、それとも、高校時代の友人か。それとも――
「しょう……ご……」
そんな彼女は存在しない。俺のことを、下の名前で呼ぶような
彼女に名残惜しさはない。さも、当然かのように、一歩、また一歩と俺に近づく。両手を自然に下ろし――両胸のその先で、俺からの視線を一身に受け止めながら。そして、誘う。
「じゃあ、奨吾くん……キスしよう?」
俺は……負けたのだろう。彼女の魅力に。そして、自分の弱さに。どんな形でもいい――ここだけの夢でもいい――だから、ずっと、ずっと夢に見ていた彼女を――
閉ざされた目蓋の向こう側で――ふわり、と柔らかい唇が俺の唇に下りてくる。そして、押し付けられる。さらに、舌までも。
「あむ……あむぅ……」
俺にはもう、何もできない。餌をねだる雛鳥のように、善帆さんからもたらされる温もりを待つだけだ。文字通り、口を開けて。
「はむぅ……ん、ん……あぁん……」
触れても……いいのか……抱き寄せても……いいのか……? 一糸まとわぬ善帆さんの素肌を。
彼女は何も言わない。けれど、その細い指先で示してくれる。俺のズボンに手を伸ばし――ベルトを緩め、スッと外した。
大好きな女のコから求められる幸せ――差し出される宝物――だから俺は、恐る恐る――初めて、触れる――女のコの――胸に――それは、肉――脂肪の塊、などとは表現できない。まったく抵抗を感じさせず、俺の指をくにゅりと飲み込んでいく。
俺の指を受け入れながら、女のコの指は――開かれた隙間から下着の縁を引き伸ばし――耐えきれなくなったものを――取り出した。その、優しく滑らかな指で。
「熱いね……それに、硬い」
しっかりと握り締めて、俺に囁く。それは、俺にも触れて欲しいと言いたげに。だから――心臓を包み込む柔らかさに後ろ髪を引かれながらも――それでも、右手は離すことなく、左手は――彼女は、待っていた。少し足を開いて、そこに触れてもらうのを。
しっかりとした逆三角形の茂みを撫でながら――けれどその前に俺の右手に悪戯心を含ませて。
「うぅんっ」
ただ優しく愛でるだけでは飽き足らず、俺の指は小さなしこりを摘み上げる。その刺激に小さく悶えた善帆さんが可愛くて――むしろ、右手から迷いは消えた。
「はぁんっ」
そこは――つるり、と俺の指を招き入れる。
「くぅんっ」
敏感なところ触れて、善帆さんの腰が折れかけた。それでも、俺を離すことはない。俺の、握り締めたところから。
そして、女のコの唇から甘い誘惑が漏れ出す。
「欲しいの」
握り締めながら、軽く撫でて。
「奨吾くんの、入れて……?」
その顔は、見たことがなかった。なかったはずだ。けれども、思い描いてきた。いつか、こんな瞳で見つめてほしいと願って。そんな夢が、そこにあった。だから――
「あぁ……っ」
床の硬さを考えれば、俺が下になるべきだったのだろう。けれど、止まれない。俺は乱暴に、それでも精一杯優しく、真っ赤なステージの上で俺を待つ善帆さんの――求める場所に……ッ!
「あぁあ……っ」
ぬるり、ぬるり――温かく滑らかな割れ目に導かれ――俺は……
「あぁんっ、いい……いいよ……っ」
善帆さんに褒められて、俺の腰つきはいよいよ強くなってくる。初めてだから勝手はよくわからない。ただメチャクチャに、腰を引き、突き出す――その繰り返し。
「あぁっ、はぁっ、もっとぉ……もっと
初めて包み込まれた本物の感覚――自分の手などは当然のこと、どんなオナホールであってもこの悦びは得られない。温かくてヒクリ、ヒクリと俺を抱きしめてくれる……生身の善帆さんの代わりなんて……他の何にも……っ!
「
俺の表情を見て、善帆さんが問う。俺はそれに答えられない。けれど。
「いいよ……
その誘惑が……俺に最後の力を漲らせ――
ビュルッ、ビュルッ、ビュクゥ……ッ!
「いい……いい……
これまで幾度となく彼女で
この幸せが終わってほしくなくて――
「俺、やっぱり善帆さんのこと、好きだ」
なのに、俺は自ら終わらせてしまって――
「四年前の言葉をもう一度繰り返す」
俺を見上げるその顔は――もう、懐かしいものではない。遠く、録画されたカメラの向こう側で淫れて股を開いていたストリッパーのもの。
そんな女が、俺に告げる。
「私には――」
――未来を約束した王子様がいるから。
***
高校から続いていたグループチャットはこの一件をもって会話が途絶えた。だが、後に俺は知ることとなる。疎遠になった連中も結局栗塚さんのファンクラブに入会しており――別の公演――動画で観たぼかしの向こう側で――もしくは、この先の――しっかりまな板ショーに参加していたのだから、俺を責める資格もない。
だが――責めたくなる気持ちもわかる。いや――実際に責められたわけではない。だが、言葉は交わしづらい。それは――きっとあいつらも、かつて栗塚さんに恋をして――いまなお、その想いを引きずっているのだろう。ぶっちゃけ、ファンクラブの年会費は興味本位で応援できるほど安くない。
ステージで相対した栗塚さんのことを思い出してみると――どこか手慣れていたようでもあった。それは、男に抱かれることに、ではなく――俺
もし、栗塚さん……いや、善帆さんのファンクラブに名前をつけるとしたら――『負け犬たちの遠吠え』といったところか。決して届かない満月に向けて、虚しく――それでも、想いを告げずにはいられなかった――哀れな負け犬たち。誰もが本気で彼女を求め、だからこそ群れることはできない。そんな男たちが見上げる空で、善帆さんはいつまでも輝き続けることだろう。
なお、鈴木さんはまだ栗塚さんと交流があるらしい。ただ、俺たちとはもう話すことは何もない、とのことだ。