あえる ヤれる アイドル『TRK26』まな板ショー 作:添牙いろは
実際のところ、彼女の年齢は自分のふたつ下――彼女の傍で時間を歩んだのは出会ってからわずか一年だが、それから先も、私は彼女と共に生きてきたつもりだ。妻子のある、いまでも。
彼女との出会いは、実に浮ついたもので――悪友らと共に、今年入ってきた一年生に可愛いコはいるか――軽い気持ちの物見遊山。しかし――彼女は、賑やかだった。教室でも楽しそうに――激しい身振りのオーバーアクション――しかし、それが抜群に可愛くて――
美少女というより、愛嬌がある、というべきか――しかし、それは女性に対して褒め言葉になっているのか――ともかく、一目惚れだったのである。
とはいえ、これは私が変わり者だからではない。現に、私の後にも告白した男は何人も続き――直接聞いたわけではないが、断られた理由はすべて同じだったらしい。家が厳しく、放課後時間を取れないから――二〇五〇年は当時はそんな時代だったのである。子供は親がきちんと管理しなくてはならない――少子化に歯止めをかけるべく、お見合いという風習まで復活し始めていたほどだ。
水裏さん――リリちゃんの家はそんな中でも際立って厳しかったらしい。小学生の頃から数多の習い事を押し付けられ、自由に振る舞えるのは学校の中だけだったという。それが、あの弾ける笑顔を生み出しているのだとしたら何とも皮肉な話だ。
しかし、そのような理由であれば諦めきれない。何故なら、スタートラインにすら立てていないも同然なのだから。ゆえに――リリさんの志望校は周知のこと。彼女には親が認める大学というものが存在しており――そこは県内でもトップの国立大ではあるのだが――私は、そこで待つことにした。彼女ならば、必ず合格すると信じて。
だが――彼女は来なかった。そこで待っていても彼女と再会することはできないと知ったのは、出逢ってから二年目の冬――テレビで。アイドル発掘番組に登場した――メインはその同級生であり、彼女自身はその友人としてバックで踊る役割だったが――次に彼女を見たのは、音楽番組だった。期待の新人アイドル・水裏リリとして。デビューに漕ぎ着けたのは、応募した女子ではなく――その友人たるリリちゃんだったのである。
【Beyond after school】
1ページずつ読み進めていく教科書
最後のページに最初のページが
いつまでも続いていくように
いつまで続いていくのだろう
あなたの待つその世界を私は待てない
Beyond after school
自分の足で歩いていきたい
自分の瞳で見つめる先を
護られるだけの子供じゃないから
水裏リリは17歳
あなたが私の手を取るのなら
私はどこまでも羽ばたいていける
Beyond after school
……リリちゃんが来てくれると信じて決めた進学先――自分は一体何のためにそこにいるのか――まあ、入試自体はそこまで厳しいものではなかったとはいえ、虚しさによる脱力感に苛まれたものだ。
そんな私を救ってくれたのもまた、リリちゃんだったのである。モニタの向こう側で唄って踊るリリちゃん――もしいつか、彼女と出逢ったときに恥ずかしくないよう――きちんと履修して、卒業して、就職して、結婚して家庭を持って――それでも私は、リリちゃんを応援し続けてきた。
ライブには欠かさず通い、音源ディスクもすべて買い、番組はすべて録画し――それらは実家に置いてある。妻からも色々言われるし。そんな私がいまでも手元に残しているのは――リリちゃんの直筆サインTシャツだけだ。
それを記してもらったあの日――前山武です――私はフルネームで名乗ったが――応援ありがとう、これからもよろしくね――どうやら俺は、彼女の記憶の片隅にも残れなかったらしい。後にファンクラブ情報で知ったのだが、リリちゃんは中学生の頃から告白され続けてきたらしい。ゆえに、私のことも――路傍の石のひとつにすぎなかった、ということだ。しかし、それでも構わない。リリちゃんは、もう――誰かひとりのためのリリちゃんではないのだから。
それから――リリちゃんがお笑い芸人としていじられるようになっても、枕営業の噂が立っても――私は彼女のすべてを愛し続けた。
しかし、そんなある日――芸能界引退と共にストリッパーデビューの報――さすがにこれは、冷静に受け止めることなどできない。自分は妻のある身である。通常の音楽ホールであれば北は北海道から南は九州まで――当選さえすれば、どこへだって足を運んできた。しかし、さすがにストリップ劇場となると――
だが――
一先ずネットを通じてリリちゃんを応援していたとき――私はそこはかとない敗北感に打ちひしがれていた。後頭部のみ映り込んでいる会場の男たち――彼らがどれだけのリリちゃんのファンかはわからない。しかし、彼らはリリちゃんのお姿を拝んでおり、一方、私は――ッ!
東京への単身赴任――家族もいるし、私はリリちゃんと過ごしたこの地元から応援することを是としてきた。しかし、もはや居ても立ってもいられず――妻はあまり感心がなかったようで、健康には気をつけるように、とだけ。むしろ、息子は地元に飽き飽きしているフシがあり、私と共に上京したがっていた。
学校があるのでそれは認めず――だが、連れていけない理由は、それではない。
父はその先で、かつての姿を取り戻すのだ。リリちゃんを追いかけ続けていた、ファンの姿に。
当然、ファンクラブにもすぐに入った。その優遇措置をもってしても当選するとは限らず――何より、混乱を避けるため、リリちゃんの公演は回数も少ない。けれども、当たった際には仕事を休んででも馳せ参じた。
そしてその日、ついに――!
だが、しかし――
そこは、ただのストリップ劇場ではない。いや、何をもって“ただ”のストリップ劇場とするのか――日本ではもうここひとつしか残っていないので比較のしようもないのだが。それでも、ここが“ただ”脱ぐだけでは終わらない劇場であることには違いない。
あえる、ヤれる――それが、彼女の所属する『TRK26』というユニットなのである。
***
『まな板ショー』――あえるだけでなくヤれるアイドルユニットを標榜する最たる催し――リリちゃんと対面できる可能性があるのだから、失礼のないように――最初は毎回美容院に行くほど気合を入れていたが、それも二度三度と外れると――今日は仕事の都合で職場から直接来ている。下着ばかり新品にしたところで、こんなヨレたスーツで相対することなどはできない。
ゆえに私は、覚悟を決めた。それに、そういう観客も少なからずいるらしい。壇上で脱いだり脱がされたりするのは恥ずかしいので、ここで自ら裸になってしまうファンというのも。自分はこのような場であれば人前で脱ぐことも厭わないし、むしろ彼女の手により脱がしてもらいたいくらいだが――私はあえて自ら手をかける。リリちゃんと同じ姿で会いに行くために。
最後の一枚を下ろしたところで――少しは恥ずかしいかな、とも思った。だが、リリちゃんと同じであれば、むしろ誇らしくなってくる。この会場で、裸なのはリリちゃんと自分だけ――ならば、堂々と胸を張って――!
この緞帳の向こう側に、リリちゃんはいる。私のために幕が開くことはなく、左右の隙間を掻き分けてゆけ、とのことだ。めくればすぐのところに、リリちゃんが――
緊張に震える足を押さえ、私は、そこへ。彼女の待つ、その舞台へ――
目の前が真っ白な光の中へと吸い込まれると――彼女は、いた。
その瞬間――自分の記憶が急速に遡っていく――
ずっと、昔から――デビュー当時から――
いや、それ以前から――
手紙で校舎裏に呼び出して――彼女は少しそわそわして、けれど、嬉しそうに、それでも、申し訳なさそうに――
そんな彼女に、重なったからこそ――
ビクンッ!
もう――抑えることができなかった。
ビュルッ、ビュルッ、ビュクッ、ビュク……ッ!
これには会場もざわつく。何しろ、指一本――自分の手さえ触れることなく――私は、射精に至らしめられていたのだから――
これに一番驚いたのはリリちゃんだった。
「わっ、わっ……えっ?」
小走りに私の方へと駆け寄り――床に飛び散る精子を見下ろして、踏まないように――そして――
「だ、大丈夫ですか?」
間近で見ると――同じリリちゃんとは言い難い。二〇年の月日が刻まれた肌――そこには人並み外れた苦労の色が滲んでいる。そんな彼女を、私は――思わず――
「リリちゃん……ッ!」
力強く、ギュっと抱き締めて……!
「あらあら、元気だしてくださいねー」
抱き合いながら背中をポンポンと叩かれ……けれども、こぼれ出る涙は止めどなく――
彼女の柔らかさに包まれて、私の身体にはチカラは漲っている。しかし――いまは彼女を犯すことはできそうもなかった。
私は、静かに彼女を放す。そして……力強く、一礼。そこに言葉はいらない。これ以上恥を上塗りするようなことは。
私はそのまま踵を返し、幕の向こう側へと戻っていく。そこでは次の女性が裸で待機していたようだが、それには目も留まらない。私は一体何をしていたのだろうか。何のためにここまで来たのだろうか――ただただ自分が不甲斐なく、明日からのことも考えられない。
しかし――背中が優しい温もりにふわりと包まれる。そして可愛らしい声が私の耳に届いた。
「前山さん……?」
その言葉に、私は――!
「リ……リリちゃん……?」
私のことを……思い出してくれた……?
「え、えーと……高校一年の春……入学して一ヶ月も経たないところで私に……」
「は……はい。その節は、とんだ失礼を……」
急なことだったので、変に営業的な挨拶になってしまったが……私からの返事に、彼女の腕の力が少し強まる。
「いえ、嬉しかったですよ。嬉しかったですが……あの頃は、恋愛とか絶対無理だったので……」
「はい、存じております」
私がリリさんの家庭環境のことを知ったのは告白した後だったが……知っていても、思い留まることはなかっただろう。だから、結果は変わらない。リリさんに迷惑をかけてしまったであろうことは。
「さっき、何も言わずに頭を下げて、背を向けたとき……思い出したんです。私がお断りした中で、そんな潔かった人がいたことを」
そのような理由で覚えていてもらえたのなら、フラれた甲斐があったのかもしれない。
「……それと、併せて……前山さん……。……私のサイン会で、悲しそうな顔する人、少ないですから」
「申し訳ありません」
「いえ、告白までされてたのに忘れてたんですから……こっちこそ申し訳ないです」
そこで、彼女の腕がはらりと緩んだ。
「え、えーと……それで、ですね……」
彼女が可愛らしくクイクイと手を引くので、私は導かれるように振り向いていた。相変わらず彼女は裸のままで……胸の下で、モジモジと指を絡めて。
「リリのこと、ずっと好きでいてくれた人のこと、このまま帰してしまうのは忍びなくて……ですね……」
トン、と私の胸にリリちゃんの額が下りる。
「もし、よろしければ……お礼がしたいので……」
どんなお礼か――それは、リリちゃんの指が自ずと示していた。控えめに、そっと添えられた、私の――一度は自滅してしまったものの、いまなお力を失うことのないソコは、彼女の意思を確かに理解している。
「……横になって、いただけますか……?」
もはや、俺に迷いはない。私からではなく、リリちゃんから求められて――拒めるファンがどこにいようか。
脱力するように崩れ落ちると――リリちゃんの手から俺の身体の一部がするりと抜け落ちる。その刺激に少しピクンと
床に寝そべり、俺は見上げる。そこには、どこか安堵したリリちゃんの微笑みがあった。
「それでは……よろしくお願いいたします」
静かに、彼女の唇が下りてくる。瞳を閉じて――私の顔に向けて。
そして――小さな口づけ。しかし、そのままふわりと胸を合わせたところで――唇の繋がりは力を増す。
「ん、ん、あむ、あむぅ……」
あまりの柔らかさ、あまりの温かさに――私は、自分が何をされているのかわからなかった。けれど――唇を離した彼女の一言で理解する。
「……よければ、私のことも抱きしめてくださいね」
リリちゃんを――抱く――抱いてほしいと求められている――だから、この唇で交わしている愛しさは――
「はむ、あむ、はむん……♡」
私は……リリちゃんと、キスを……している……! この
それを意識してしまったが……今度は距離が近かったからか――抱き合っていたからか――リリちゃんにも伝わってしまった。
「……あ、もしかして……
それに気づいてしまったので、リリちゃんはたゆんと大きな胸を持ち上げる。
「
私の愚息はリリちゃんの前で滾りに滾り――さっき
「
リリちゃんが、私の愚息に指を添えている。リリちゃん自身の、女のコに向けて。そして、腰を下ろしていく。ズルリ、ズルリとリリちゃんの
「……はぁんっ♡」
硬い骨盤が合わさり――きゅっと締まる肉の壁――そして、可愛らしい吐息――それらが一斉に私の胸の内へと押し寄せてきたことで、思わず――
ビュルッ!
「……ぁ♡」
それでも、リリちゃんは……私のすべてを許してくれる。
「……ふふっ、また
リリちゃんは
「……もう少し……おつき合いしてしていただいてもよろしいですか……?」
ゆっくり、ゆっくり……それは
「ん、ん、あっ、はぁ……っ」
リリちゃん……あの頃は、ここまで目立った胸ではなかった気がするが……あれからさらに育ったのだろうか。それに、妻ともそんなに歳も変わらないのに……ずいぶん苦労してきたのかもしれない。
そんなリリちゃんが、私の上で……大きな胸をたゆんたゆんと揺らして……!
「はぁっ、あぁ……いい……いい……ですか……っ」
「は……はい……っ」
良くないはずがない。リリちゃんが――リリさんが、私の上で女性としてのすべてを尽くしてくれているのだから!
「リリも……あはぁっ、リリも……いいですぅ……いい、いい……うぅんっ♡」
ここまでもキュッキュと私を締めていてくれたリリさんだったが、ここに来てさらに
「はぁっ、はぁっ……
おそらく、これが今日の最後になるだろう――そう確信させられるほどに力を漲らせた私の
ビュクッ! ドクンッ! ビュクッ! ドクンっ!
「はっ、はっ、あ……やぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡」
これまでの先走りとは桁が違う……! リリさんの
「あ、あ、すご、すごいですねー……まだ……あはぁ……まだ……
私の想いはすでにリリさんの
しかし、それもようやく収まった。しばらく目を閉じて
「えへへ……いっぱい、
それで、私は心身ともに実感できた。私はいま――二〇年間恋い焦がれていた女性と、男女関係を結んでいたのだと。
「私のこと、こんなに好きでいてくれて……ありがとうございます」
もし、
けれども、私は妻子持ちであり、彼女は――アイドルである。
「これからも……リリのこと、よろしくお願いいたしますっ」
リリさんは私から降り、裸のままペコリと頭を下げてくれたので、私は慌てて身を起こして姿勢を正す。立て続けに
***
どこまでを不倫と呼ぶのか――アイドルとのセックス――キス――ハグ――握手――もしくは、サイン会に並んだり、それこそファンであること自体を不倫と見做す女性もいるだろう。
カジュアルに風俗で働いたりAVに出演したり――そんな時代であっても、私の妻がどこまで許容してくれるのかはわからない。しかし、自分の中では切り分けられている。家庭は家庭、そして――リリさんはリリさんである、と。
今日も、リリさんの舞台に当選――だが、二回連続で壇上に上がれるほど、私は女神に愛されていない。やはり、リリさんが他の男と抱き合う様を見せつけられるのはツライので――選ばれなかった時点で、静かに私は席を立った。
ロビーで、煙草を吹かしながらひとり思いに耽る。もう一度、彼女を抱きしめられる日は来るのだろうか……。そのときはもっと男らしく、いつまでも可愛らしい彼女と向き合えればと願っている。