あえる ヤれる アイドル『TRK26』まな板ショー 作:添牙いろは
僕の社会的な信頼はすっかり地に堕ちたといっていい。一部の熱心なファンたちのおかげで芸能活動は続けられるみたいだけど……メディアへの露出は明らかに激減した。それでもなお上辺だけの笑顔で僕を励まし続けるマネージャーの言葉は軽い。せっかくここまで育てた金蔓を手放してなるものか、という欲望ばかりが伝わってくる。どうやら、他の新人社員にしばらく押し付ける算段さえしているようだ。どうせ、しばらくは水面下のソロ活動である。預けるだけ預けておいて、ほとぼりが冷めた頃に再び僕を回収するつもりなのだろう。
デビューしてからの三年間、息をつく暇もなかった。いまも完全にやることがないわけではないけれど……少しは後ろを振り返る余裕もある。けれど、振り返ってみたところでロクな思い出がない。
小学校の頃、友人がバンドごっこを始めたいと言いだし、誰もやりたがらないからという理由で担当させられたベースのポジション。別段やり甲斐もなかったが、仲間外れになりたくなかったのでそれなりに練習もした。
中学に上がった頃――多分、こどもバンドを解散する理由にしたかったのだと思う。僕は、高校生ばかりのバンドを友人から紹介された。さほど興味はなかったけれど、友人の顔に泥を塗るわけにもいかない。そこで本格的な音楽活動が始まったが――ライブに出るときは絶対応援に行く、と豪語していた友人たちがチケットを買ってくれたことは一度もない。
その三年後――俺たちにはいましかないから――というのは高校を卒業し、大学生になった彼らの都合である。けれども、そんな彼らしか僕と仲良くしてくれる友人はいない。音楽活動というのは、ひとりでただ弾き続けるだけならともかく、弾く場所を借りるのにはお金がかかる。いいバイトがあるから、と昼間に仕事を入れられて――そんな僕が通える高校は定時制しかなかった。
仲間たちは大学にいるうちに必ずデビューするんだ、と意気込んで――意気込んでいたわりには、コンパとかの方に精を出していたようにも見えたけど。こんな調子でデビューなんてできるわけがない――このまま大学卒業のときが来たら、このバンドはどうなってしまうのだろう――だが意外なことに、その不安が現実のものとなることはなかった。デビューが決まったのである。僕たち『マストミッション』が。
ただ、いまから思うと……芸能事務所からの誘いに『僕だけデビューするわけにはいかない』と最初に断ったためだろう。一応バンドごとのデビューとなったが、事務所にいわれるがままにメンバーは立ち代わり入れ替わりで散り散りに。気づけば……元々そんなに得意でもなかったベースも取り上げられ、華があるという理由だけでボーカルに転向。元々やらされていた仕事――女のコに声をかけて“とある事務所”に紹介するスカウト――もう続ける理由もなかったが、職場の人たちは僕がメジャーデビューしたと知ると、このことがバレたらマネージャーやメンバーに迷惑がかかるぞ、と脅しを掛けてくる始末。その結果、売れ筋から落ち目まで、好きでもない女のコに声をかけ続け……中にはそれによって歌手生命を絶たれた人もいる。
どうやら僕は、芸能界にいるだけで周りに迷惑をかけてしまうらしい。もう、自ら辞めてしまった方がいいのだろうか……。
だからこそ、いまは余計なことをするべきではない、ということはわかってる。けど、ずっと忙しかった中、久々に時間が空いて――持て余している、といえるのかもしれない。僕にはずっと気になっていたことがあった。それは……僕が陥れてしまった女のコのひとりのことである。
同じ高校の女優科に通っていた後輩・
なのに、よりにもよって……スカウトの方の事務所が手を出すなんて! それも、社長自ら! 彼らの仕事は人前には出せない裏稼業である。そんなところにルミノさんを売り飛ばすなんて……けど、そのときの僕には怖い大人たちに逆らう勇気などなかった。
ルミノさんは助演女優として舞台を支えることを望んでいたと聞いている。自ら目立ちたいなど思ってもいなかっただろう。しかし、否応なく注目を集めてしまい……様々な噂にも絶えなかった。中でも、彼女に告白し、フラれた者たちの狂言――それはあまりに突拍子もなく、それでいてセンセーショナルな――当時の男子生徒なら知らない者はいなかっただろう。しかし、荒唐無稽でもあった。もしその話が本当なら、事務所に売り渡しても良心が痛むことはないだろう、と思えるほどに。
だが、その結果――僕はおそらく、夢を見ていたのだと思う。噂話の印象があまりにも強すぎたために。夢の中だからこそ……“その瞬間”を隠し撮りした写真を、事務所に提出していた。何も考えられないまま、ぼんやりと。
その結果、ルミノさんは心を病み、学校からも去ってしまった。ただ、それと同時に……どうやらストリップ劇場に所属したらしい。毒をもって毒を制す――裏稼業の事務所から身を守るためには少しでもマシな裏稼業の事務所に所属するしかなかった、というのが実情のようだ。
ルミノさんをそんな醜い世界へ引きずり込んでしまった罪滅ぼしの意味も込めて、僕はルミノさんのファンクラブに入会している。それには様々な特典がつくため……そこまでの価格を設定する人は、芸能人でもなかなかいない。僕自身の会も比較的高めだと思うが、さらにその四倍である。それでも僕は入会した。とはいえ、特典のひとつ――配信動画の類は観たことがない。それを観てしまったら罪滅ぼしにならない気がして。
そして、チケット抽選の優遇についても。これまでは当然辞退してきた。動画と同じような後ろめたさと、そもそも現地に足を運べるようなスケジュールではなかったこと、何より――アイドルがこのような繁華街に訪れていたことが芸能記者の目に触れれば事務所にも迷惑がかかってしまう。
だが、いまの僕は――むしろ、理由をつけて事務所から追い出してしまいたい勢力もあると聞く。だったら……その方がむしろすっきりするかもしれない。何より、また忙しくなれば二度と赴くこともできないだろう。
ゆえに、僕はやってきた。きっと最初で最後になるであろう――ストリップアイドルユニット・TRK26の劇場に。
ルミノさんは劇場内でも特に人気があると聞いている。その彼女が
そんな彼らを遠くから眺めながら……僕はフロア隅の席に座っている。……あのグッズ、本当に買う人いるんだなぁ……。ルミノさんが提案したと聞いて、彼女を応援するのなら僕も買うべきか、と悩んだのだけど……やはり、本物のファンは覚悟が違う。
僕はここに来るまで、この劇場もライブハウスのようなところだと考えていた。実際、数人の常連と思われる人同士は和気藹々としている。けれど……全体を見ると、やはりどこか落ち着かない。この空気は多分、風俗店に近いものなのだと思う。そちらについては行ったことがないから想像でしかないけれど。ただ、同じ音楽イベントを楽しみに来た……というにはどことなく余所余所しい。おかげで、僕の素性を探ろうという人もいなさそうだ。
こんな雰囲気の中、どんな舞台が始まるのだろうかと少し不安にもなったけれど……ライブ自体は普通のアイドルグループと変わらない。ただ、脱いで、裸になることを除いて。……果たして、脱ぐ必要はあるのだろうか? 確かに、技量はいささか拙い。ただ、それを補うために脱いでいるようにも見えない。裸になることはあくまでパフォーマンスの一部――脱ぎながら唄って踊ること自体を楽しんでいる――そんなステージに見えた。
だからこそ、少しずつ彼女を受け入れられている自分がいる。この劇場の舞台であれば、“あの事件”が夢ではなく現実だったとしても――
そして、ついに彼女の出番がやってきた。
【おじさんといっしょ♡】
作詞:砂橋ルミノ
さあ 隠したりしないで
ほら 恥ずかしがらないで
可愛いところを見せてよ
もっと もっと
ふたりだけのないしょの秘密
他の人たちに話さなければ
バレないよ 怖くないよ
だから ほら きっと大丈夫
オトナたちはみんなやってることだよ
男の人でも女の人でも
だから さあ 裸になって
一緒に気持ちよくなろう
あつあつの かちかちの
大きく硬くなってるのは
キミのためだよ
ぬるぬるの てかてかの
濡れたり開いたりしてるのも
自然なことだよ
最初は誰でも
知らないことだから
知ってゆきながら
オトナになろう
さあ 隠したりしないで
ほら 恥ずかしがらないで
可愛いところを見せてよ
もっと もっと
さあ 触れてごらんよ
ほら つながってみようよ
がまんなんてしないで
いって いって
……う、うーむ……? 歌声もメロディもとても可愛らしいのに、歌詞とタイトルから異様な雰囲気を感じる。というか、多分地上波ではアウトだ。それに、歌唱力についても、まだ練習生の域を出ていない。
だが――やはり、入学早々に男子たちから度重なる告白を受けているだけのことはある。その辿々しささえ含めてルミノさんはそこはかとなく可愛らしい。
そんなルミノさんが……衣装を軽やかに脱いでいく。中から現れた白いレースの下着さえ、清楚であり厭らしさをまとわせることはない。
そんなルミノさんに、僕は可能性を感じる。これは決して、芸能人を多く擁している鳥越学園の生徒だからではない。彼女は彼女として――輝く素質を持っている。きっと、彼女は――
だが、しかし――
――え……?
ステージまで遠かったこともあり、最初は気づかなかった。
この劇場には小さいながらもセンターステージがある。大サビになるとここに立ち、最後の一枚を脱いで曲を締めるのがお決まりの流れのようだ。そこまで来てしまったルミノさんを見ていいものか、よくないのか迷っていたけれど――気づけば目が離せなくなっている。白い三角の下着の、足の間から――シミが広がっていったのはほんの一瞬だったかもしれない。その雫はすぐに線となり、パタパタと床を打ちつけて――!
お、おい……こ、ここは……ストリップ劇場……あくまで裸になるショーであって……その……これは……明らかにアクシデントじゃ……!?
けれど、音楽は続き、客のテンションも上がり続け、何より、ルミノさんの表情が……!?
『おまんまんさえあればいい!』
!? い、いま……彼女は、何を……!?
僕が唖然とする間もなく、ルミノさんは濡れたパンツを躊躇なく下ろし――それによって、あの日のことが夢ではなかったことを思い知る。あれは本当に……刺青だったんだな……。下腹部に……直立した男性器の形の……そして、続けざまに脱ぎ捨てたブラの中にはたわわな胸と……そこに彫られているのは女性器の記号。あの日、夢だと思い込もうとした現実がそこにある。
だが……こ、この表情は……!? これまでの奥ゆかしさが微塵もない。
そして――
『あああああっ! おまんこおまんこおまんこおまんこおまんこおまんこおまんこおまんこぉぉぉぉぉ!!_!』
お、お、、お、おい……っ!? ガニ股になって手にしたマイクを……!? 感電したらどうするんだ! しかし、不安な様子は微塵も見せず、ルミノさんは激しくマイクを出し入れ出し入れ……
さらには、あの訓練された最前列の観客たちまで……おっ、おい! あんなところでパンツ下ろして許されるのか!? パフォーマンスだとしてもやりすぎじゃ――
『ちんちん大好きちんちん大好きちんちん大好きちんちん大好きぃ!』
マイクで無茶をしながら見せつけるように……そして……
そして……
「
プッシャァァァァァァァァ!!
最前列男たちはステージの絶壁にへばりついて自ら浴びに……な、なんなんだ……何かの宗教的儀式か……?
あの下着姿のときまでは……いや、あの“アクシデント”が起こるまでは、どこまでも可愛らしい、ルミノさん
だが……
そんな彼女から、僕は可憐な繊細さを感じている。守ってあげたい――一歩間違えれば
カーテンコールが済み、これで終幕か……と思ったが、まだホールの照明が戻ることはない。どうやらアンコールもあるらしい。
だが……拍手も手拍子もなく、鳴り始めるのはドラムロール――これはアンコールというより追加公演――いや、ライブ自体が正式に終わっていなかったと考えるべきか。カーテンコールで締めることなくその後何が起こるのか――スポットライトは巡り続けて止まる様子がない。
それもそのはず――光が指し示そうとしていたのは演者たる女のコではなく――僕……だと……!?
***
係の人に導かれて、僕はメインステージの方に上がらされていた。ただし、まだ幕は下りている。
完全に正体がバレたのかと観念していたが……そこで求められたのはアイドル・
「それでは、ここで服を脱いでください」
……これには、さすがにすんなりとは受け入れられなかった。しかも、何かに着替えるわけでもなく、ローブのようなものを用意してくれるわけでもなく……そ、その手にあるのは……ラバー……マスク……? これで、意図は理解できる。だが、理解できない。この異様な雰囲気に流されることもできずに戸惑っていると……係の女性は対応に慣れていた。
「ルミノちゃんはまだ、男の人を脱がすのは難しいので……」
何が起きようとしているのかはわからない。だが、冗談を言っているのではないこともわかった。
だが、一応。
「それは……パンツまで……?」
「はい、ご協力をお願いします」
お願いされてしまった……。こういう劇場なのでそういうこともあるのだろう。それに、そのラバーマスクをかぶるのなら僕の素性がバレることもない。むしろ、ここは指示に従っておくべきか。
そして。
……す、すべて脱ぎきったところで……うん、女の人も平然としているし、これで正しいのだろう。未だに信じられないが。そして、ここに立てと言われるがままに何か大きな箱の前に立ち、両腕を上げ、両足を少し開く。
すると……
「え……?」
手錠……足錠……? それに首輪まで着けられて……み、身動きが……?
「こ、これは一体……?」
何かのギャグだとしてもやりすぎな気がする。この状況に混乱していると、噛まされたのは……ギ……ギャグボール……!?
「あれでルミノちゃん、ここまでして何とか、ということなので……」
そもそも全裸ラバーマスクの時点で――芸能界の住人として、何が起きても驚かない覚悟が決まっていたのが、逆に良くなかったのかもしれない。まさか死ぬことはないだろう、と高を括っていたところ……この状況はまさに死と隣り合わせ。腕一本動かせない
そこは、僕が一〇分ほど前まで下に座っていた劇場のホール。満席ではあったが拍手はない。むしろ、嘲笑さえ聞こえる。な、何故僕はこんな晒し者にされているんだ? 吉坂稔がストリップ劇場に来ていたことは察知されており、社会的な制裁を受けろというのか……?
しかし、迷う間もなく、そのまま見世物にされることもなく――
『おまんまんさえあればいい!』
可愛らしくも淫猥な絶叫が聞こえてくる。だが、もう誰も僕を見ていない。主役の登場に、会場がこれまで以上に沸き立つ。そんな声援を受けて、僕を追うように現れたのは――ガニ股のままルミノさん――しかも、その股間に光る棒をぶら下げて……ッ!? とはいえ、当然それは男のモノではない。彼女は自分考案のファングッズを実際に使って……!
その姿を視認したところで、処刑台が後ろへと傾いていく。そして、真上を向かされたところで……何が起こるのかと怯える暇さえない。視界を遮るように、裸の女のコが僕の顔の上に跨ってきたから。どこに置いたのか、刺さっていたモノはなくなっている。だが、よく見れば……光る点が……みっつ……? 性器の、三ヶ所に……光る素材の……アクセサリーが……? だからこそ、股の下が暗がりになることはない。むしろ、自ら発光して照らしている。
見てはならないものを見てしまったと思い、僕は反射的に目を瞑っていた。しかし。
「おまんまん
彼女自身が見ろというので、僕は恐る恐る目を開けていた。が、女のコのソコは未だそこにあり……やっぱり僕は……!
そう思ったのも束の間。彼女の
え、え、え……? 彼女の割れ目から丸い光差したと思えば、それは大きくなり……
『あっはぁぁぁぁぁ……♪』
そ、そりゃあ、子供ひとり通るところとはいえ……光る玉子が……ルミノさんのそこから……!
――ポコン。
『あはぁぁぁん……♡』
ネトっとしたボールが僕のまぶたに落ちてきた。る……ルミノさんの出産した……光るゴムボール……っ!?
さらには、ついでといわんばかりに……
ビチャァァァァァァァァ!!
思わず顔を背けたくなったが、ファンたちの様子を思い出すに、これはご褒美なのだろう。だから、僕はそれを受け止めることにした。彼女の所業を考えれば、こんなの大したことはないと胸に刻んで。
そして……僕は何となく次の展開は覚悟していた。裸のルミノさん――性器を見せつけてくる異性を前にして、僕の性器も勝手に意思を持ってしまっている。僕の童貞は……きっとここで……このような形で……
『おまんまんさえあればいい!』
ルミノさんの立ち位置は、僕の足の方……というより、股間の上に移されていた。ガニ股のままそこへゆき、未だ腰を振っている。
『おちんちん大好きおちんちん大好きおちんちんおちんちんおちんちーーーんっ♡』
光る股間がゆらゆらと揺れながら僕の上に下りてきた。ルミノさんの両手は
『ふぁぁぁぁぁぁぁん♡♡♡』
それは、あっという間の出来事だったと思う。ぬるぬるっと僕の
『あははぁんっ、あははぁん……♡ おちんちんおちんちんっ! ルミノ、おちんちん大好きぃ♪』
腰を上下させて嬉しそうなルミノさんの嬌声を聞いていると……告白を装って彼女を呼び出した日のことを思い出す。弱みを握ってアダルト事務所に送り込むことになってしまう……あんな可愛らしい女のコを……そんなことが許されるはずがない……! だが、僕の良心は見事に打ち砕かれ、残されたのは喪失感。だが、目の当たりにするのは二度目だからか……僕は意識を保てているようだ。ルミノさんがどんな思いで僕に跨っているかはわからない。けれど……
『ザーメンザーメンおちんぽみるくぅ!
その懇願は、まるで僕のライブに来ているファンたちのようだ。ファンたちのように、熱狂している。何に? 少なくとも、ラバーマスクの一般客に対してではない。ならば……この行為そのものに対して……?
僕がその問いの答えに至ることはない。ただ、頭と切り離された本能だけが僕の
びゅるっ! びゅるっ! びゅく、びゅく、びゅくぅ……っ!
僕はただ……初めて他人によって至らしめられたこと……それも、女のコに……いや、ちゃんと認めるべきだろう。僕はセックスしてしまったのだ。初めて。しかも、こんな舞台で。
しかし……何故だが悪い気がしない。むしろ、高揚さえしている。それは……さっきのライブを思い出せるから。ちゃんと衣装を着ていたときは――歌詞はともかく――可愛らしく唄って踊っていたルミノさん――そんな女のコに犯されたのであれば……けれど、あのルミノさんに犯されるところがどうしてもイメージがつながらなくて……よくわからないまま、僕は下腹部にもたらされた快感だけを反芻していた。ルミノさんが可愛らしい声で、卑猥な言葉を連呼するのを聞きながら――
***
あれから一週間が経ったが、僕が劇場にいた事実が公表されることはなく……また、脅迫の類のようなものもない。落ち目のいまこそ狙い目だというのに。どうやら、本当に誰にもバレることはなかったようだ。
とはいえ、今後劇場に行くのはやめておこうと思う。何故なら、これ以上僕の芸能活動を滞らせるわけにはいかないから。これまで僕は、自分が求められていたこの世界に何らかの意味を感じたことはない。けれど、いまは違う。僕以上に相応しい人がいることを知ったいまなら。
砂橋ルミノさん――彼女がここに立つには様々な困難が待ち受けているだろう。そのとき僕が――微力ながら助けてあげたい。助けてあげるチカラを持ち続けるには、世間が求める“吉坂稔”でありつづけなければならないのだ。
僕なんかより、ルミノさんの方がこの世界で輝ける。彼女をここへ迎え入れるため――僕はあえて引退しない。どんな恥でも晒し続けよう。彼女の恥ずかしさに比べれば、僕の身の不幸なんて大したことなどないだろうから。