今日も凄く疲れた。 残業が多くて、毎日3時間くらい残業している。
毎日こんな風に電車に揺れられて、帰宅して寝て、また出勤の繰り返し。
そんな事を考えながら、私――由良は家路についていた。
ぼーっとしながら改札を通り、明るい駅から暗い道へと歩いていく。
最近あちこちに設置されはじめた青いLEDの街灯。
犯罪抑制の為というけれど、普通に歩いているこちらとしてはなんだか怖い。
そういえばうちの家の方に青いLEDの街灯なんてあったっけ――なんて思いながら、携帯電話を見た。午後二十二時時――青いLEDの街灯の中で煌々とディスプレイが光って、思わず目を細めた。
誰からの連絡もない。きているのはニュースサイトの通知だけ。
本当に欲しい人からの連絡というものは、来ないものだ。
「……はぁ」
深くため息をついた。
「蔵馬……会いたいよ……」
懐かしい名前が由良の唇からこぼれた。
由良と蔵馬は以前付き合っていたが、この前、凄くくだらない事で喧嘩――と言うより、一方的にさよならした。
自分が耐えられなかったからだ。
自分が南野秀一であり、蔵馬である事を明かした唯一の女性だと言ってくれていたのに、彼を一方的に裏切ってしまった。
蔵馬は仕事が忙しかった。出張がある日は決まって連絡さえなかったし、1ヶ月都合が合わず会えないとかも普通だった。
電話は時々していたけれど、やっぱり触れたくて、どうしようもなかった。
いつも深夜に来る連絡。
『今日は寒いから、風邪ひかないように暖かくして寝るんだよ』
そんな気遣う連絡もしてくれていたのに。
オレの仕事が落ち着いたら一緒に住もうか。だから待ってて――そんな風に言われて何ヶ月も待っていたけど、街を歩く恋人達を見る度に胸が苦しくなった。
――仕事が忙しいのはわかるけど、いつまで待てばいいの? 電話しかできないとか、夜しか会えないとか、付き合ってる意味あるの? もう私待てない! さよなら!
電話口でそんな言葉を言って切った。
着信拒否までして、徹底的に彼を排除した。
――本当は大好きだったのに。私は何をしているんだろう。
あれから、携帯電話を気にかける日々が続いた。もちろん着信拒否は解除したし、ブロックもしてない。だから、蔵馬から連絡来るかもって、淡い期待を抱いていた。でも結局、蔵馬から連絡は来なかったのだけど。
今となっては後悔している。仕事が忙しい職場に転職してから何となく気持ちがわかるようになった。何で彼を気遣ってあげなかったんだろう、待っててあげなかったんだろう。そう、いつも後悔する。
そしてはた、と気がついた。
「あれ、ここって⋯…」
表札に『南野』と書かれた家があった。
気付けばこんなところにフラフラと来てしまったのだ。
どおりでいつも見慣れない青いLEDの街灯があったのだ。
そう、ここは蔵馬が一人暮らしをしている家。付き合いたての頃はよくここに通っていた。蔵馬の事をずっと考えていたから、足が勝手に蔵馬の家へと向かっていたのだ。
「やだ……何してんの私。か、帰らなきゃ」
再び携帯電話を見た。午後二十二時十五分。
早くしないと家に帰るのがもっと遅くなってしまう。
――それなのに、発信履歴から蔵馬の名前を探している自分がいる。
少し遡って見つけた蔵馬の名前と電話番号は、3ヶ月前の日付になっていた。普段誰かとあまり電話をかけないから、そのおかげで三ヶ月前の履歴がいまだに残っていたのだ。
(最後に話したの……もうこんなに前なんだ……)
蔵馬に会いたい――そんな思いが、由良に発信ボタンを押させた。
でも、ハッと我に返って慌てて発信を切った。
自分から別れたくせに今更だ。
しばらくすると、突然携帯電話が振動した。蔵馬もとい南野秀一と大きく表示されている。 由良は恐る恐る電話に出た。
「……はい」
「由良、今電話した?」
久しぶりに聞く、蔵馬の声。優しくて、透き通った声。
「……うん」
「どうしたの。何かあった?」
いつもと変わらない声。
三ヶ月前の事など無かったかのように、優しく気遣う。 それが何だか無性に嬉しくて懐かしくて、申し訳なくて。 仕事のストレスも相俟って、こみ上げてきた涙が、大きな筋を作って頬を伝って落ちていった。
「あ……会いたいの……」
由良は涙声で言う。蔵馬は優しく落ち着いたトーンで言った。
「その言葉、ずっと待ってた」
そして一呼吸おいて蔵馬は
「オレも会いたい」
そう、言ったのだった。
責める事もせず、優しく受け止めてくれる。
「由良、今度うちにおいで」
蔵馬は、由良の何を察して言ったのかはわからない。
低い声で、蔵馬は言った。
「今……今じゃ駄目?」
無理を承知で由良は言う。
「いいよ、オレは。今でも」
そんな我儘を、嫌な顔一つせずに聞いてくれる蔵馬に胸が締め付けられた。
「迎えに行くよ、どこにいる?」
そんな風に言われて、由良は思わず口ごもった。
「実は……気付いたらここにきちゃってた。蔵馬の事考えたら、来ちゃった」
涙声でてへ、と言うように笑ったら蔵馬も電話の向こうで笑った。
「はは、無意識って凄いね。わかった、下で待ってて」
もうすぐ彼に会える――そう思ったら、胸の高鳴りが収まらなかった。