※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

10 / 27
No.00-1.3B 集合

 小松田(こまつだ)は眞穹(まそら)が門扉(もんぴ)と壁の内側に入(はい)ったのを確かめると、耳に装着している〔知覚同調装置(パラレイドデバイス)〕へと指を近付ける。

 スイッチと思われる部分に指先が触れると同時に独特な起動音が脳内に響(ひび)き、同じく〔知覚同調装置(パラレイドデバイス)〕を身に付けている全(すべ)てのNPCに通信が接続される。

 

「皆様にお知らせします」

 

 二度と戻らないと諦(あきら)めてすらいた御主(アドン)が遂(つい)に帰還したことで沸き上がった喜(よろこ)び、興奮、動揺(どうよう)、緊張(きんちょう)、様々な感情が入(い)り交(ま)じった心(こころ)持ちで立ち竦(すく)みつつも、小松田(こまつだ)はあくまでも冷静な態度を崩(くず)さずに次(つぎ)の言葉を伝える。

 

「ただいま、《やまとまほろば》の大王(おおきみ)にして、“五十柱の諸御主(ヌーン・アドナイ)”の頂(いただき)たる“全ての御主(アドン・クル)”であらせられる聖宮(ひじりのみや)眞穹日嗣(まそらのひつぎ)様が、この《磯城心安(しきうらやすの)明津大殿宮(あきつおおとのみや)》にお帰りなさいました」

 

 一切(いっさい)偽(いつわ)っていない。嘘は全(まった)く言っていない。己(おのれ)の目で見た事実を、己(おのれ)の耳で聞いた事実を、素直に述(の)べただけ。

 だからこそ小松田(こまつだ)の言葉を疑(うたが)う者など一人としておらず、今(いま)彼の耳には知覚同調(パラレイド)越(ご)しにNPCたちの歓声が聞こえている。

 

 《殿宮(とのみや)》のあらゆる場所にいるNPCたちは、“正門監視員(フロントゲートキーパー)”である小松田(こまつだ)からの連絡を受け、皆一様に、そして須(すべから)く歓喜(かんき)していた。

 2ヶ月以上も姿を隠(かく)し、二度と現(あらわ)れないとすら思っていた自(みずか)らの主(あるじ)の最後の一人が、念願叶(かな)って遂(つい)にこの《殿宮(とのみや)》に帰って来たのだから、自然その歓(よろこ)びは大きいのだ。

 

「何(なん)か外(そと)が騒(さわ)がしいな」

 

 興奮と歓喜(かんき)に満(み)ちたNPCたちの叫(さけ)び声は、東屋(あずまや)の会議室で今(いま)か今(いま)かとひたすら眞穹(まそら)が姿を現(あらわ)すのを待っていたメンバーたちの耳にも届く。

 その中で最初に席から立ち上がったのは、秋田犬そのものの頭と毛並みを持ち、ローマの闘剣士(グラディエトル)のような格好をした男性プレイヤー【きりたんぽ】である。

 

「気にすんなよ。NPCが騒(さわ)いでる理由なんてどうでもいいし」

 

 しかし、きりたんぽが会議室の扉(とびら)に手をかける瞬間を見計(はか)らって愛善(あいぜん)が声をかけ、彼の動きを止めた。外(そと)の様子が気になるきりたんぽにしてみれば、気にするな、どうでもいいという失礼な二言(ふたこと)で邪魔をされるのは面白いことではない。

 扉(とびら)に向(む)けていた顔を愛善(あいぜん)の座る席に向(む)け、頭で手を組む小生意気な少年を睨(にら)み付けながら答(こた)える。

 

「どうでもいいって思ってんなら人がする事に口を出す必要はないだろうが」

 

 唇(くちびる)のない顎(あご)と顎(あご)の間(あいだ)から、短(みじか)いながら鋭(するど)い牙(きば)が覗(のぞ)く。もちろん厄止(やくし)も愛善(あいぜん)の余りにも軽率な挑発に、呆(あき)れも軽蔑(けいべつ)も隠(かく)さない視線を向(む)ける。

 

「もし騒(さわ)いでる理由が“ギルマスが帰って来てるから”だったら、あなた殺すわよ。今のうちに撤回なさいな」

 

 光のないじっとりとした巨大な一つ目から放(はな)たれる禍々(まがまが)しい眼光で、【回(めぐり)】が愛善(あいぜん)を牽制(けんせい)するかのように威嚇する。これには普段から傲岸不遜な愛善(あいぜん)も、渋々(しぶしぶ)ながら負けを認(みと)めるほかはなく、不満を吐(は)き出すように大げさに溜め息を吐(つ)く。

 

 EVSON-THWOEという決して狭(せま)くはないゲームのプレイヤーたちの中でも、最上位から数えた方が早い部類の実力者とはいえ、同格の手練(てだ)れ三人を同時に相手取るのは厳(きび)しい。

 

 しかも今回は厄止(やくし)を相手に自分の財産まで賭(か)けており、万一きりたんぽと回(めぐり)を巻き込んだ決闘に発展すれば只事(ただごと)では済(す)まない。

 これ以上事(こと)を荒立(あらだ)てないためにも、諦(あきら)めて投了するしか選択肢はなかった。

 

「ったく……分(わ)ぁーったよ!オレの敗(ま)けだ!」

 

 あわや一触即発の状況は、愛善(あいぜん)が素直(すなお)に負けを認めたことで無事未遂に終わる。愛善(あいぜん)、厄止(やくし)、回(めぐり)、きりたんぽの四人以外のメンバーたちは議論や雑談に夢中な者も多く、どうやら眼中にすらなかったようである。

 

「最後の最後までガキのままかよ……」

 

 きりたんぽも緊張が解(ほぐ)れたようで、大きく欠伸(あくび)をしながら今度こそ会議室の扉(とびら)を開(あ)け、東屋(あずまや)の外(そと)の庭園へと移動した。

 そして人工池の畔(ほとり)にある石造(いしづく)りの鳥居と、漆喰(しっくい)の壁に囲まれた六角形の東屋(あずまや)がある中之島を結(むす)ぐ波のような曲線を描(えが)く橋から少し上を見れば、《殿宮(とのみや)》の中心にどっしりと鎮座する近代建築が見える。

 

(しかしいつ見ても凄(すげ)ぇ)

 

 昔眞穹(まそら)から直接聞いた話(はなし)によれば、あの建造物の外観は七歳の頃に思い付いたものらしい。それをオフラインモードで定期的な整備と増改築を欠かすことなく管理し続け、6年目にしてようやく現在の形に整(ととの)ったという。

 建築様式が全(まった)く違う多くの建造物が建ち並ぶ中、オンラインモードでプレイするようになってからも管理を怠(おこた)っていなかった眞穹(まそら)の技量には、一線を退(ひ)いてしまっている今(いま)もなお脱帽の念を抱いている。

 

「きりた君、戻りなさい。まだ会議は終わってないわ」

 

 欄干に肘(ひじ)をついて暫(しば)しぼんやりとしていると、後(あと)を追うように会議室から出てきたメンバーの一人に声をかけられる。何者かと思って振り返れば、赤目の兎の頭に鹿の角を生やし、低音の女声を持つ留袖(とめそで)姿のアバターが、蛇の目傘を日傘代わりに橋に立っている。

 その人物の傍(かたわ)らに浮かぶステータス画面の名前欄には、【兎鹿(うじか)呉藍(くれない)】と表示されている。

 

「まあ待てよ。NPCが騒(さわ)ぎながら警備から離れてるんだ、気にならない方が変だろ?」

 

 きりたんぽは呉藍(くれない)の注意には耳を貸さず、あくまで己(おのれ)の意見を主張して眞穹(まそら)の帰還を待つ魂胆(こんたん)のようだ。欄干から肘(ひじ)を退(ど)けると、警備を任(まか)せていたはずのNPCたちが一人残(のこ)らずいなくなっている東屋(あずまや)と中之島へ指(ゆび)を差しながら、呉藍(くれない)の方を向いて答(こた)える。

 しかし当の相手は指(ゆび)差された方向(ほうこう)には一瞥(いちべつ)もせず、呆(あき)れを含(ふく)んだ態度でやれやれと頭を振り、視線を合わせるようにして続ける。

 

「今(いま)はNPCの心配をしている場合ではないわ」

 

 傘を閉(と)じて、きりたんぽに近付く。兎(うさぎ)特有の丸い形の頭、長く伸びる耳と黒ずみが目立つ角、深紅(しんく)の目に白い毛並み。いずれをとっても美しく、そして神秘的な顔が、お世辞にも逞(たくま)しいとは言えない猟犬の顔に、息がかかるほどの位置まで距離を縮める。

 

「わたしたちが待つべきは眞穹(まそら)君ただ一人。今日ここに彼が現れなければ、《やまとまほろば》は終わりなのよ」

 

 艶(つや)を宿(やど)す口調と色(いろ)を孕(はら)んだ眼差(まなざ)しを浴(あ)びせられ、きりたんぽは奥歯を噛む。意識を刈り取られそうな色気(いろけ)にあてられまいと視線を逸(そ)らそうとするが、呉藍(くれない)の赤い目からは逃(のが)れられない。

 このように魔性そのものな視線を浴びれば、もう諦(あきら)めて彼(・)女(・)に従(したが)うしかない。

 

「ギルマスが心配なら、こんなことしてる暇(ひま)なんてないはずだがな……」

 

 悔(くや)しさを込めた声で半(なか)ば自棄気味(やけぎみ)に負け惜しみを吐(は)き捨て、感情のままに目の前のメ(・)ス(・)の唇(くちびる)を奪(うば)った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。