《やまとまほろば》のギルドマスター、眞穹がギルドホーム《磯城心安明津大殿宮》、またの名を《殿宮》の門を通り過ぎ、遂に自らの城の中へと足を踏み入れる。
建物の頂点部分が見える部分から視線を上げれば、緩やかな真円を描く環状の窪地と、雨風に曝された剥き出しの土と岩肌、つまりカルデラ地形の全貌が見える。
カルデラの頂点には窪地全体をぐるりと囲むように長大な壁が建てられており、その高さは10mにもなる余りにも大規模なもの。
「ここも全く変わってないなぁ」
EVSON-THWOEはサービス初期のESOの頃からオールジャンルゲームと銘打つだけあり、道具作りや建物の建築と言ったクリエイティブゲームに関わるゲームシステムも完備していたが故の楽しみ方ができた。
窪地の底から聳え立つ円形の塔の屋上から地上を見下ろせば、広大な土地の中にたくさんの建物が見える。
「みんな、頑張ってくれたんだね……」
あらゆる時代、あらゆる建築様式の建物が建ち並ぶその様子は雑多という言葉がよく似合う。例えば中国式の木造建築を参考にデザインし、満遍なく広げるように設置した禁城。ローマ式の石造建築を用いた円形闘技場の中に、ギリシア式の石造建築を用いた神殿を無理やり押し込んだいかにも歪で混沌とした建物。
華やかなルネサンス様式の宮殿を取り囲む、五芒星型の水堀と土塁に植え着けられる青々とした木々。立派な石垣と天守閣を擁し、水を湛えた池と風情ある東屋がよく似合う庭園や、小さいながら出城も設えられている日本式城郭。
そして、窪地の中に存在する全ての建物を繋ぎとめ、望んだ場所へと導く大小あらゆる形の道路。それら一つ一つが長い時間をかけて造られたものであり、眞穹というプレイヤー、ひいては日嗣という人物がEVSON-THWOEをプレイしてきた14年間を彩る、努力とゲーム愛の象徴でもある。
「……ありがとう……」
乱立する建物の中でも最も目につくのは、カルデラの中央に建てられた巨大な近代建築。開花した桜の花弁のそっくりな上層構造物が目立つ、六つの菱形が寄り集まったような下層構造物の外見が特徴の、ギルド《やまとまほろば》の象徴たるギルドホーム。
その独特な外見から《御中六岐大花社城》と大層な名を付けられているが、これは偏にネーミングセンスに一長一短ありな眞穹が、「これは自分が作った場所」という強い思い入れを込めたが故の自信の表れと言えるだろう。
「〔空中浮遊〕」
メンバーたちの努力が目に見えて素晴らしく、余りにも保存状態が良かったことで感極まって落涙しそうになるのを何とか堪え、恐らくまだログインしているメンバーたちが集まっているであろう東屋、すなわち会議室へ飛ぶために飛行魔法を発動する。
「みんな、元気かな……」
塔の屋上に手すりに手をかけてゆっくりと踏み台の先端に進み、そのまま踏み台を蹴って空中に飛び出した。そうして宙を泳ぐように飛行し、真上から地上を見下ろせば、建物の屋根や道路を往来するNPCたちの姿が見て取れる。
何しろサービス終了を告知された8月31日から、サービス終了日の前日である今日11月24日になるまで、一度たりともログインしていなかったのだ。ここに再びログインしたその時まではギルドの解散は愚か、自分が造り上げたギルドホームさえも跡形もなく消失している事さえ覚悟していた。
だが今こうして舞い戻ってみれば、2ヶ月半以上もの間見向きも省みもしなかったこの場所は、最後に目の当たりにした風景を変わらないまま保ち続けており、あまつさえ放棄していたも同然の自分を快く受け入れてくれている。人間として感謝せずにはいられない。
(みんな……ここにいるの?)
己のような罪深い者でさえ受容してくれるのならばと思い浮かべるのは、この《殿宮》と《殿宮》の住人たち全ての世話を押し付けてしまった仲間たちである。
ここを残しているのなら恐らく皆が集まり、自分の帰りを待っているのであろうと、《やまとまほろば》結成当初から会議室として用いている東屋を目指して飛んでいるのだが、心中にあるものは期待よりも不安の方が強い。
(…………いるよね?)
暫く飛び続けて日本式の平城に近付くと、庭園に設えられた人工池に浮かぶ中之島と東屋が見えて来る。が、予想とは少し様子が違う。
「ん?……あれは……」
目的地を見下ろして中之島と畔の間を注意深く見つめると、橋の上で一組の男女が組み合っているのが見える。無論気に止まらないと言うわけはなく、何事かと思って高度を下げれば、事態の全貌が明らかとなる。
(えっ!?ちょっ、ちょっと……!)
空を飛ぶ眞穹の目下で繰り広げられていたのは、きりたんぽと呉藍の二人が官能的かつ濃厚な口吸いをする様であった。
更に詳しく観察すれば、呉藍はきりたんぽの肩に、逆にきりたんぽは呉藍の腰に手を伸ばして抱き合っている。
その姿はまるで恋人か夫婦のようで、情欲に由来する行動であると理解するのは極めて容易であり、現実ではとても見られない光景に赤面したまま動きを止めてしまうのは必然と言えよう。
(……二人ともこんな外でなんてことを……!)
眺めているこちらが羞恥心でいっぱいになり、赤くなった顔を押さえるのが精一杯であるのに対して、本人たちは見られていることに気付いているのかいないのか、唇を重ねたまま互いの股座、あるいは臀部に手を伸ばしてまさぐりあっている。
これ以上の行為、つまり情交をする様を見せられては堪らないと、眞穹は迷いなく地上へと降りて二人の元へ駆け寄る。
「それ以上はだめ!ストップ!」
眞穹の叫びは二人の耳にも届き、両者は呆けた顔で声と足音のする方へと視線を動かす。そして視線の先から近付いて来る男は、走る勢いのままきりたんぽと呉藍の間に割って入り、情交を中断させた。
「二人とも昼間から何てことしでかしてるの!?」
何とか止めた彼の心境が混乱の極みにあるのは、二人の人物に向けられる真っ赤な顔を見ればすぐに分かる。見てはならないものを見てしまった恥ずかしさ、それを自分の仲間がしようとしていた事実が、24歳にしてなお性交渉未経験の男にはより大きな衝撃として響いている。
…………ロマンの欠片もない再会、という情けない部分も一枚噛んでいるであろう。
「遅いご到着ね……ちょうど貴方の噂をしてたところよ」
先ほどまでぴんと立てていた長い耳を垂れさせ、羞恥で顔が真っ赤な男の顎に指を添えて持ち上げる。彼女の魔性の赤い目に写るのは、異性に顔を触られた事実に慌てながら後退りをして離れる眞穹の姿。
情交に対する羞恥と、目の前の異性が放つ妖艶な気配への警戒が混在する態度を取る彼に、呉藍は紅く短い舌で唇の端をペロリと舐め、意欲がまだ失せていないことをアピールする。
「その辺にしとけよ、このエロ兎」
色欲を一切隠さず一歩を進むも、きりたんぽによって行く手を塞がれ、腰に手を回されて引き離された。眞穹の到着を待つことが目的である以上、自分たちの行いを見た彼にその先の行為の邪魔をされるのは仕方がない。
何より情事ができなかった事の責めを負わせるのは筋違いにも程がある。だが呉藍は妖艶な表情を崩す事なく、きりたんぽに向かって扇情的な言葉を返す。
「ごめんなさいね。私が肌を見せたい男はたくさんいるの」
この答えを聞いたきりたんぽは、思わず赤面して尻尾を振り回す。他方の眞穹は、2ヶ月以上もの間顔合わせをしていない呉藍の、その微塵たりとも変化していない彼女の好色ぶりに、改めて恐怖を覚えた。