※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

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No.00-1.4A おかえりなさい

 兎(うさぎ)としての本能か本人の気質なのかも分からない呉藍(くれない)の情欲の暴走を、眞穹(まそら)ときりたんぽの二人が何とか抑(おさ)えた後(あと)、気を取り直して中之島の東屋(あずまや)へと向(む)かう。

 

 対して情事が中途半端に終わった上、眞穹(まそら)が自分の誘(いざな)いに乗らなかったことが不服なのか、微(かす)かに怒気を纏(まと)う呉藍(くれない)が、橋を渡(わた)る途中で意地悪げに問うて来る。

 

「眞穹(まそら)君、現実(リアル)で好(い)い娘(ヒト)はできた?」

 

 耳元へと口を近付け、聞くだけで溺(おぼ)れてしまいそうな程(ほど)の艶(なまめ)かしさを込めた声で囁(ささや)けば、眞穹(まそら)の顔は火が点いたように赤く染まった。羞恥(しゅうち)で硬直(こうちょく)した体に鞭(むち)打ち、助け船(ぶね)を求めて振り返(かえ)る。

 が、頼(たの)みの綱(つな)であるきりたんぽは全(まった)く興味がなさそうな表情(かお)をし、あさっての方向(ほうこう)を向(む)いて口笛(くちぶえ)を吹いている。

 

「えっと……恋人は……まだいません……」

 

 赤面したまま素直(すなお)に答(こた)えれば、人差し指てつんつんと頬(ほほ)をつつきながら笑いかけてくる。

 

「あら、そうなの……」

 

 この間(あいだ)にも東屋(あずまや)の扉(とびら)へは近付いており、取っ手に手をかけたその時、呉藍(くれない)が衝撃的な一言を囁(ささや)いた。

 

「(なら……私の情夫になる気はないかしら)」

 

 淫蕩極(きわ)まるその言葉は、鼓膜から神経を通して脳へと至(いた)る。そして、その言葉の意味を理解すると同時に、後ろに立つ彼女に振り返り、

 

「変な事聞かないでよっ!」

 

 眞穹(まそら)は顔を耳まで真っ赤に染め、羞恥(しゅうち)と怒気を込めて叫(さけ)んだ。急に何を言い出すのかと思えば、それは自分の愛人になれという理解不能かつ猥褻(をいせつ)極(いわ)まる非常識な内容。根の部分は人並み以上に真面目(まじめ)で、倫理道徳もまともな部類の眞穹(まそら)だからこそ、この態度を取る呉藍(くれない)に怒鳴り返(かえ)さずにはいられない。

 

 付け加(くわ)えるように性欲に忠実な姿勢や誰に対しても色目を見せることを躊躇(ちゅうちょ)しない態度を非難するが、当の呉藍(くれない)はどこ吹く風とばかりに余裕のある態度を崩(くず)さない。

 

 むしろ眞穹(まそら)の方があることないことを喚(わめ)き散(ち)らす、幼(おさな)い子供の癇癪(かんしゃく)そのものな様子を見せているとさえ言える。呉藍(くれない)にもまた彼の成人男子らしからぬ女顔(おんながお)を真っ赤に染め、中途半端な変わり具合の声で喚(わめ)く様(さま)は滑稽に見えているらしく、やはりにこにこと余裕に満ちた笑顔(えがお)のまま。

 

 よく見ればあたかも母親のような眼差(まなざ)しで見つめているのも分かる。

 

「何をにやにやしてっ……!?」

 

 一向(いっこう)に笑(わら)い顔を変える様子を見せない彼女に違和感を感じ取ったその時、再(ふたた)び呉藍(くれない)の囁(ささや)きが耳を襲(おそ)った。

 

「(養子に貰っちゃいましょう、なんて言ったら貴方(あなた)はどうするの?)」

 

 言い聞かせるような発言に反してあまりにもめちゃくちゃな内容に、最早(もはや)何も返(かえ)せない。見かねたきりたんぽが眞穹(まそら)の肩に手を置き、慰(なぐさ)めにもならない一言を告(つ)げる。

 

「ギルマス、聞こえたろ?もう諦(あきら)めろ」

 

 

 

 

 

 アクシデントがあったものの、今度(こんど)こそ三人が会議室に入(はい)ると、席に着いて静かに待っている者、そわそわと歩き回っている者、気の合う者と遊んだり昼寝をしている者など、メンバー各々(おのおの)が違う形で自分たちのリーダーの帰還を待っている。

 

 だが当の眞穹(まそら)がログインしていることを自分でメンバーたちに連絡していないことに加(くわ)え、そもそも外(そと)の様子を気にしてすらもいないようで、扉(とびら)が開(あ)けられる音にも三人が入室する足音にも誰一人として気付いていない。

 

(みんな……本当にごめん)

 

 この人望の無さも自分の責任だと肩を落としながら心(こころ)の中(うち)で謝罪し、背後に立つ二人に見送られるようにゆっくりと足を踏み出す。足音は、しない。

 

「ん?」

 

 しかし、有り余る気配に最初に気付いて振り向いたのは、金と銀の装飾が目立つ藍色の軍服を着込んで聖書を読んでいた金髪の男。ステータス画面の名前欄には【ユングヴィ(Yngvi)】と書かれている。眉ひとつ動かさず会議室の奥の方へ進む眞穹(まそら)の姿、そして部屋の扉(とびら)を挟(はさ)むように佇(たたず)むきりたんぽと呉藍(くれない)を見て、ユングヴィはふっと笑い聖書に栞(しおり)を挟(はさ)む。

 

 ギルドマスターの帰還に気付かないまま喧騒が続く中、閉(と)じた聖書をテーブルに置いて椅子に座り、足を組む。

 

「……ずっと待ってた」

 

 わざとらしく呟(つぶや)き、軍帽を脱いで再(ふたた)び立ち上がる。彼の視線の先には、賭(か)けを止(や)めてすぐ愛善(あいぜん)が挑発し、厄止(やくし)と睨(にら)み合って言い争(あらそ)うのを諌(いさ)めるアグオスが立っている。

 

 そして、争(あらそ)う二人の頭を押さえつけて止めようとしていたアグオスも、ユングヴィが手旗信号の要領で帽子を振るのを目にしてやっと気付いた。歓喜(かんき)のあまり居ても立ってもいられず、思わず力(ちから)いっぱい両腕を伸ばして愛善(あいぜん)と厄止(やくし)の顔を押し潰(つぶ)す勢(いきお)いでテーブルに叩(たた)きつけ、大声をあげる。

 

「皆(みな)静かに!静粛(せいしゅく)に!日嗣(ひつぎ)が……」

 

 その口から飛び出した“日嗣(ひつぎ)”の名前に、六人を除(のぞ)く場の全員が動きを止めてアグオスを注視した。

 ヴラグツェンに視線を向けなかった六人は、扉(とびら)の両脇に立つきりたんぽと呉藍(くれない)、眞穹(まそら)の存在に気付いてアグオスに伝えたユングヴィ、アグオスの掌(てのひら)とテーブルに顔を押し潰(つぶ)され、鼻の軟骨と前歯が折られて呼吸が儘(まま)ならない状態でもがき続ける愛善(あいぜん)と厄止(やくし)、そしてテーブルに足を投げ出し背もたれに全身を預(あず)けて眠りこけている秋冬(しゅうと)である。

 

 その時と場をわきまえもしない暢気(のんき)な態度に舌打ちをしつつ、二人の頭に置く腕と手に更(さら)に力を込めて体重をかけながら、かなり興奮した様子で叫ぶ。

 

「たった今(いま)、日嗣(ひつぎ)さんが帰って来た!」

 

 愛善(あいぜん)と厄止(やくし)の顔から吹き出した血でテーブルが汚(よご)れるのも構(かま)わず、会議室が揺れそうな程(ほど)の力を喉(のど)に込めて声を響(ひび)かせた。待ち望んだ人物が帰って来た、という宣言に部屋はしんと静まりかえり、46人の視線は部屋の奥に据え付けられている一際(ひときわ)大きな椅子へと移(うつ)される。

 

 見れば白髪(しらが)混じりの黒髪を綺麗(きれい)に整(ととの)え、白を基調として銀色と紫色の刺繍(ししゅう)が施(ほどこ)されているゆったりと余裕のある衣袋を纏う男が、緊張した面持(おもも)ちで椅子の前に立っている。

 

 彼はまず自分の発言を待つメンバーたちを無視し、アグオスの方に注意を向けて申し訳なさそうな声色(こわいろ)で告(つ)げる。

 

「……あの、アグオスさん……手を退(ど)けてあげて。二人ともゲームオーバーになっちゃうから」

 

 はっとした顔で手元へと視線を落とせば、何とか自分の手から逃(のが)れようとテーブルに手を着き、頭を持ち上げようともがき続ける愛善(あいぜん)と厄止(やくし)の血が飛び散(ち)っている。

 

 それを目(ま)の当たりにしたギルドメンバーの引きつった表情を他所(よそ)に、アグオスは呆(あき)れたように溜め息を吐(つ)く。そして両手の力(ちから)を緩(ゆる)めて二人を解放すれば、可哀想(かわいそう)なことに二人の顔は鼻先から醜悪(しゅうあく)に潰(つぶ)れ、前歯も折れている上に頬(ほほ)と額(ひたい)、そして顎(あご)に青痣(あざ)までできていた。

 

「……ひっとくふるはほおほっは(窒息するかと思った)……」

 

 愛善(あいぜん)は鼻から血をぼたぼたと滴(たら)しながら涙目(なみだめ)で呟(つぶや)く。厄止(やくし)は意識が朦朧(もうろう)としているらしく、何も言わない。

 二人のステータス画面には[状態異常(バッドステータス):負傷\出血・流血・骨折・打撲]と表示され、HPの数値も減少しており、痛々(いたいた)しい状態の顔面と相(あい)まって更(さら)に恐(おそろ)ろしげに見える。

 

「……えっ……と……」

 

 だがメンバーたちの視線はぼろぼろになった二人から外(はず)され、会議室の奥に立つ眞穹(まそら)へと向(む)け直される。その場の47人に再(ふたた)び注視されて手に汗を握りながらも、何とか緊張を解(ほぐ)して心《こころ》を落ち着けようと、深呼吸を繰り返して意識を集中する。

 

 不安が蘇(よみがえ)る。非難、拒絶、侮蔑、罵詈、否定、嘲笑、迫害、暴行、目の前のプレイヤーたちがあらゆる最悪を纏(まと)い自分を襲(おそ)う未来を幻視し、拳(こぶし)を握る力(ちから)がより強(つよ)くなる。

 

「…………スゥー…………」

 

 だからこそ、これから発する言葉が第一歩となる。かつて仲間だった者たちと、残り十と三、四時間というとても短(みじか)い時間ながら、もう一度仲間の輪の中(うち)に立つための要(かなめ)。

 

「…………長い間(あいだ)、留守を押し付けてごめんなさい。今(いま)、帰りました」

 

 それは頭を深々(ふかぶか)と下げての謝罪だった。二言(ふたこと)という短(みじか)い言葉だが、これ以上の謝罪を思い付かなかったが故(ゆえ)である。

 眞穹(まそら)の謝罪には誰も答(こた)えない。眞穹(まそら)も顔を上げようとしない。一同が沈黙したまま、静寂な時間だけが過ぎ去る。

 

「……眞穹(まそら)」

 

 やがて、ユングヴィが帽子を被(かぶ)り直し、軽く頭を下げる。それを合図に、遂(つい)にメンバー48人が声を出した。

 ただ一言、「おかえりなさい」と。

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