※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

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No.00-1.4B 嬉し泣き

「…………え…………?」

 

 眞穹(まそら)の胸中に満たされたのは、果てのない感激と驚愕であった。内心(ないしん)では罵倒され、暴行を受け、追い出されることを覚悟の上でここに戻って来たと言うのに、その予想を大きく裏切られた形で、現在のこの状況に至る。

 否、遡(さかのぼ)ればギルドホームである《殿宮(とのみや)》は既(すで)に存在しないものとなっていて、ギルド《やまとまほろば》は解散しメンバーとの再会は叶(かな)わないとさえ考(かんが)えていた。

 

 あるいは《殿宮(とのみや)》だけ残(のこ)されてメンバーは散(ち)り散(ぢ)り、更(さら)には《殿宮(とのみや)》がなくなってなおギルドが存続していたとしても、確実に門前払(ばら)いを受けることになっても文句は言えないとすら思っていたのに。

 なのに、てっきり敵と認識されているものと思っていたと言うのに、彼らはこうして迎(むか)え入(い)れてくれた。

 

 返(かえ)ってきた言葉も、遺恨(いこん)でも怨嗟(えんさ)でもなく、「お帰りなさい」という温(あたた)かい一言。だからこその驚愕である。

 

「…………どうして?」

 

 理解が追い付かない。そこにいるメンバーたちは皆(みな)顔を隠(かく)していたり、あるいは微笑(ほほえ)みを浮かべるばかりで、本心も本意も全(まった)く見えない。誰も答(こた)えない。だが誤魔化(ごまか)しでもなんでもなく、純粋(じゅんすい)に再会を喜(よろこ)び、復帰を祝(いわ)ってくれているのは間違いない。

 

 不安、動揺、恐怖、忌避、敵意、苦辛、憂鬱、後悔、あらゆる心理的な圧が、眞穹(まそら)の意識を刈り取ろうと心身を包み込んで来る。逃(のが)れられない恐怖故(ゆえ)、仲間たちに問いかけたことを後悔させている。

 

(……バカだ……)

 

 責任逃(のが)れをしてのけた自分に、彼らからの答(こた)えなど返(かえ)って来はしない。無意識にそう思い込んでいることが分かる程(ほど)に、先ほどまでの堂々とした様子はどこへやらと言わんばかりに覇気(はき)のない態度に、ギルドのメンバーたちもまた一握の不安を覚える。

 

 長らく不在であったリーダーを明るく迎(むか)え、全員で祝宴(しゅくえん)をするはずであったのにあのおどおどとした姿を見せられれば、どう受け答(こた)えをするべきか分からないのも必然であり、せめて表情は変えまいと努(つと)めているのだ。

 

 だが《やまとまほろば》の主人たる眞穹(まそら)は仲間たちの配慮に気付く様子はなく、罪悪感や恐怖で俯(うつむ)いたまま時間だけが過ぎ、静寂ばかりが満ちて穏(おだ)やかではない雰囲気が募(つの)ってゆく。

 

「眞穹(まそら)さん」

 

 暫(しばら)く動きがないまま呆然としていたが、両者の間(あいだ)を隔(へだ)てる緊張を解(ほぐ)すべくヴラグツェンが一言彼の名を呼ぶと、声をかけられた彼はぴくりと体を震(ふる)わせる。次の言葉はなんだ、何を言うつもりなのかと心臓(しんぞう)が内側(うちがわ)から凍りつくかのような感覚が襲(おそ)い、全身から冷や汗が溢(あふ)れ出す。

 

「2ヶ月以上の休息の末(すえ)この場に戻って来てくれたことを、この場の全員を代表して心(こころ)から感謝します。…………本当にありがとうございます」

 

 少しばかり上擦(うわず)った声で、ありのままの感謝を伝える。偽(いつわ)りのない態度で謝罪をしてくれたこと、長い休止期間を経(へ)てまたここに戻って来てくれたこと、何より自分たちを信じ、己(おのれ)の家である《やまとまほろば》と《殿宮(とのみや)》を任せてくれたこと。

 

 様々な記憶と感情が波打(なみう)つように脳を満たし、静かな興奮と有り余る緊張で震(ふる)えの混じった声が眞穹(まそら)の耳に届く。だが聞こえているのか、聴きとってくれているのか、疑念にも似た不安感もまた会議室にいるの全員の心中(しんちゅう)にある。

 

 果たして応(こた)えてくれるのか、もう一度声を掛けようとしたその時、くぐもった声が発せられる。

 

「うう…………!」

 

 この時ようやく秋冬(しゅうと)が目を覚まし、聞き慣れない泣き声の主を探(さが)して会議室を見回(みまわ)す。そして部屋の奥の方へと視線を動(うご)かせば、眞穹(まそら)が顔を隠(かく)すように手で押さえ、嗚咽(おえつ)を漏(も)らしていた。

 

 何があったのかは察(さっ)しがつくが、何が理由で泣いているのかは見当(けんとう)もつかない。この状況に居ても立ってもいられず、自分の席を離れ眞穹(まそら)の近くへと駆け寄る。

 

「帰ってたのか!?」

 

 昼寝をしている間(あいだ)に帰って来たのだから当たり前だが、今(いま)は問い質(ただ)している暇(ひま)はない。普段はドジなトラブルメーカーそのもので、その上でちゃらんぽらんなバカである秋冬(しゅうと)。そんな彼が珍(めずら)しく真面目(まじめ)な態度を見せたために、ヴラグツェンたちもはっとして彼に続く。

 

 秋冬(しゅうと)が行動を起こした動機は、条件反射同然の衝動である。彼自身、何故(なぜ)自分がこのような行動を取ったのか、理由など全(まった)く分からない。ただ何かしら理由があって嗚咽(おえつ)している眞穹(まそら)を、何となく放(ほう)って置けないと判断したからにすぎない。

 

「泣くなよギルマス!」

 

 だが口から吐き出した言葉は慰(なぐさ)めでも問いかけでもなく、歓喜(かんき)と感謝であった。

 

「俺たちに会いに来てくれたんだろ!?」

 

 秋冬(あきと)は眞穹(まそら)の肩を両手で掴(つか)むと、そのまま自分と向(む)かい合うように方向を変えさせ、力いっぱい揺さぶって言葉を投げ掛ける。揺さぶりの勢(いきお)いで顔を隠(かく)す両手が下に下(さ)がり、幼子(おさなご)のようにすら見える泣き顔が露(あらわ)になる。

 

 滝(たき)のように溢(あふ)れる涙(なみだ)で視界を覆(おお)われつつも、目の前で自分を揺さぶる人物の顔がはっきりと見える。嗚咽(おえつ)は叫(さけ)ぶような泣き声へと変わり、眞穹(まそら)は勢(いきお)い良く秋冬(しゅうと)に抱きついた。

 

「秋冬(あきと)くぅうん!」

 

 突然飛びかかって来た相手に驚(おどろ)き、無意識の反射運動に従(したが)うまま彼を抱き止めてしまう。

 

「えっ!?ちょっ!?」

 

 アバターの設定上二人の体格に差は殆(ほとん)どなく、しかも片方は女顔である。端(はた)から見れば女が男に抱きついているようにも見え、秋冬(しゅうと)は赤面してしまう。

 

「あらあら♪その位置にいるのはあたしのはずだったのに☆」

 

 倒れないよう後(うし)ろに下(さ)がろうとしたところを狙(ねら)い、当て付けがましい態度でかななが脇腹を小突いて来る。

 

「やめろ恥ずかしい!」

 

 もちろん怒鳴り付け、何とか距離をとろうとカニ歩きのように足を動かすと、今度(こんど)はケイローンが腕を組んでニヤニヤと見下ろしながら冷やかしを飛ばす。

 

「お前が起きた途端(とたん)に大騒(さわ)ぎになっちまったなぁ」

 

 普段から騒動の中心(ちゅうしん)となることが多いのは周知の事実だが、今(いま)は眞穹(まそら)を落ち着かせるのが先決である。当然反論をしている余裕などありはしないのだが、馬鹿にされたまま部屋を退出するのは悔(くや)しいため一言物申(ものもう)しておく。

 

「そういうのは後(あと)で言ってくれよ!」

 

 自分に抱きついて肩に顔を埋める眞穹(まそら)を抱き抱えたまま、彼の自室へと向(む)かうべく今度(こんど)こそ出口を目指して一歩を踏み出すが、あと少しで扉(とびら)と言うところでまたも行く手を遮(さえぎ)られる。

 

『オいしいとこ全部一人で持ってく気かよ』

 

 次は何だと額(ひたい)に青筋(あおすじ)を浮かべて振り返(かえ)れば、全身に銀の鍍金(めっき)を施(ほどこ)し、太く長い腕や脚には空洞と隙間を作り、そこに球体を仕込んでいる人型の機械が立っていた。

 

『カ報は寝て待てってか?この幸せ者め』

 

 赤く光るモノアイで秋冬(あきと)を睨む【アンセム(Anthem)】の顔には、やはりと言うべきか嫉妬の色が見える。秋冬(しゅうと)の先ほどまでの怒りは呆(あき)れへと変わり、ストレスを吐(は)き出すように溜め息を吐(つ)く。

 

「苦労人なのはお互い様だろ」

 

 既(すで)に耳元で眞穹(まそら)が泣く声も聞こえなくなり、肩に回(まわ)されていた手も離れた。ある程度落ち着いたらしく、腰を抱えていた秋冬(しゅうと)の手を外(はず)してゆっくりと後(うし)ろへ退(さ)がり、まだ少し赤い頬(ほほ)を隠(かく)すように服の襟を持ち上げ、頭を下げる。

 

「あの……取り乱してごめん……もういいよ」

 

 この一言で会議室は和(なご)やかな雰囲気に染まり、テーブルを離れていた全員が改(あらた)めて自分の席へと戻った。

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