「…………え…………?」
眞穹の胸中に満たされたのは、果てのない感激と驚愕であった。内心では罵倒され、暴行を受け、追い出されることを覚悟の上でここに戻って来たと言うのに、その予想を大きく裏切られた形で、現在のこの状況に至る。
否、遡ればギルドホームである《殿宮》は既に存在しないものとなっていて、ギルド《やまとまほろば》は解散しメンバーとの再会は叶わないとさえ考えていた。
あるいは《殿宮》だけ残されてメンバーは散り散り、更には《殿宮》がなくなってなおギルドが存続していたとしても、確実に門前払いを受けることになっても文句は言えないとすら思っていたのに。
なのに、てっきり敵と認識されているものと思っていたと言うのに、彼らはこうして迎え入れてくれた。
返ってきた言葉も、遺恨でも怨嗟でもなく、「お帰りなさい」という温かい一言。だからこその驚愕である。
「…………どうして?」
理解が追い付かない。そこにいるメンバーたちは皆顔を隠していたり、あるいは微笑みを浮かべるばかりで、本心も本意も全く見えない。誰も答えない。だが誤魔化しでもなんでもなく、純粋に再会を喜び、復帰を祝ってくれているのは間違いない。
不安、動揺、恐怖、忌避、敵意、苦辛、憂鬱、後悔、あらゆる心理的な圧が、眞穹の意識を刈り取ろうと心身を包み込んで来る。逃れられない恐怖故、仲間たちに問いかけたことを後悔させている。
(……バカだ……)
責任逃れをしてのけた自分に、彼らからの答えなど返って来はしない。無意識にそう思い込んでいることが分かる程に、先ほどまでの堂々とした様子はどこへやらと言わんばかりに覇気のない態度に、ギルドのメンバーたちもまた一握の不安を覚える。
長らく不在であったリーダーを明るく迎え、全員で祝宴をするはずであったのにあのおどおどとした姿を見せられれば、どう受け答えをするべきか分からないのも必然であり、せめて表情は変えまいと努めているのだ。
だが《やまとまほろば》の主人たる眞穹は仲間たちの配慮に気付く様子はなく、罪悪感や恐怖で俯いたまま時間だけが過ぎ、静寂ばかりが満ちて穏やかではない雰囲気が募ってゆく。
「眞穹さん」
暫く動きがないまま呆然としていたが、両者の間を隔てる緊張を解すべくヴラグツェンが一言彼の名を呼ぶと、声をかけられた彼はぴくりと体を震わせる。次の言葉はなんだ、何を言うつもりなのかと心臓が内側から凍りつくかのような感覚が襲い、全身から冷や汗が溢れ出す。
「2ヶ月以上の休息の末この場に戻って来てくれたことを、この場の全員を代表して心から感謝します。…………本当にありがとうございます」
少しばかり上擦った声で、ありのままの感謝を伝える。偽りのない態度で謝罪をしてくれたこと、長い休止期間を経てまたここに戻って来てくれたこと、何より自分たちを信じ、己の家である《やまとまほろば》と《殿宮》を任せてくれたこと。
様々な記憶と感情が波打つように脳を満たし、静かな興奮と有り余る緊張で震えの混じった声が眞穹の耳に届く。だが聞こえているのか、聴きとってくれているのか、疑念にも似た不安感もまた会議室にいるの全員の心中にある。
果たして応えてくれるのか、もう一度声を掛けようとしたその時、くぐもった声が発せられる。
「うう…………!」
この時ようやく秋冬が目を覚まし、聞き慣れない泣き声の主を探して会議室を見回す。そして部屋の奥の方へと視線を動かせば、眞穹が顔を隠すように手で押さえ、嗚咽を漏らしていた。
何があったのかは察しがつくが、何が理由で泣いているのかは見当もつかない。この状況に居ても立ってもいられず、自分の席を離れ眞穹の近くへと駆け寄る。
「帰ってたのか!?」
昼寝をしている間に帰って来たのだから当たり前だが、今は問い質している暇はない。普段はドジなトラブルメーカーそのもので、その上でちゃらんぽらんなバカである秋冬。そんな彼が珍しく真面目な態度を見せたために、ヴラグツェンたちもはっとして彼に続く。
秋冬が行動を起こした動機は、条件反射同然の衝動である。彼自身、何故自分がこのような行動を取ったのか、理由など全く分からない。ただ何かしら理由があって嗚咽している眞穹を、何となく放って置けないと判断したからにすぎない。
「泣くなよギルマス!」
だが口から吐き出した言葉は慰めでも問いかけでもなく、歓喜と感謝であった。
「俺たちに会いに来てくれたんだろ!?」
秋冬は眞穹の肩を両手で掴むと、そのまま自分と向かい合うように方向を変えさせ、力いっぱい揺さぶって言葉を投げ掛ける。揺さぶりの勢いで顔を隠す両手が下に下がり、幼子のようにすら見える泣き顔が露になる。
滝のように溢れる涙で視界を覆われつつも、目の前で自分を揺さぶる人物の顔がはっきりと見える。嗚咽は叫ぶような泣き声へと変わり、眞穹は勢い良く秋冬に抱きついた。
「秋冬くぅうん!」
突然飛びかかって来た相手に驚き、無意識の反射運動に従うまま彼を抱き止めてしまう。
「えっ!?ちょっ!?」
アバターの設定上二人の体格に差は殆どなく、しかも片方は女顔である。端から見れば女が男に抱きついているようにも見え、秋冬は赤面してしまう。
「あらあら♪その位置にいるのはあたしのはずだったのに☆」
倒れないよう後ろに下がろうとしたところを狙い、当て付けがましい態度でかななが脇腹を小突いて来る。
「やめろ恥ずかしい!」
もちろん怒鳴り付け、何とか距離をとろうとカニ歩きのように足を動かすと、今度はケイローンが腕を組んでニヤニヤと見下ろしながら冷やかしを飛ばす。
「お前が起きた途端に大騒ぎになっちまったなぁ」
普段から騒動の中心となることが多いのは周知の事実だが、今は眞穹を落ち着かせるのが先決である。当然反論をしている余裕などありはしないのだが、馬鹿にされたまま部屋を退出するのは悔しいため一言物申しておく。
「そういうのは後で言ってくれよ!」
自分に抱きついて肩に顔を埋める眞穹を抱き抱えたまま、彼の自室へと向かうべく今度こそ出口を目指して一歩を踏み出すが、あと少しで扉と言うところでまたも行く手を遮られる。
『オいしいとこ全部一人で持ってく気かよ』
次は何だと額に青筋を浮かべて振り返れば、全身に銀の鍍金を施し、太く長い腕や脚には空洞と隙間を作り、そこに球体を仕込んでいる人型の機械が立っていた。
『カ報は寝て待てってか?この幸せ者め』
赤く光るモノアイで秋冬を睨む【アンセム】の顔には、やはりと言うべきか嫉妬の色が見える。秋冬の先ほどまでの怒りは呆れへと変わり、ストレスを吐き出すように溜め息を吐く。
「苦労人なのはお互い様だろ」
既に耳元で眞穹が泣く声も聞こえなくなり、肩に回されていた手も離れた。ある程度落ち着いたらしく、腰を抱えていた秋冬の手を外してゆっくりと後ろへ退がり、まだ少し赤い頬を隠すように服の襟を持ち上げ、頭を下げる。
「あの……取り乱してごめん……もういいよ」
この一言で会議室は和やかな雰囲気に染まり、テーブルを離れていた全員が改めて自分の席へと戻った。