「何度もごめんね、心配かけて」
眞穹が自分の椅子に座るのを合図に、会議室のテーブルを囲む50の席に50人全員が着き、そして全員が会議室の最奥に座る彼へと注目した。それらは仮想世界を通じたものではあるが、決して無機質な目ではなく、確かな敬意を有する視線である。
もともと気の合う5人がギルドを結成して以来、共に遊び共に戦いつつメンバーを増やし続け、7年という長い時間を経て成長し、現在の構成員は50名にまで増えた。この《やまとまほろば》というギルドの構成員は、この日まで一人として欠けてはいない。
「改めて2ヶ月と24日の間、留守を任せてごめん」
顔に浮かべるのは少し悲しげな笑み。席に着いて最初の発言は、またも謝罪である。だがそれを責める者は一人としていない。特に呉愛はテーブルに肘をつき、組んだ手の甲の上に顔を乗せ、柔らく、和やかで、穏やかな頬笑みを浮かべている。
東屋の外で見せた色欲の化身そのものな態度は鳴りを潜め、淑やかで優しい大人の女性を想起させる口調で、宥めるように告げる。
「ごめんなさいは、もう大丈夫よ」
《殿宮》に入り会議室に向かうまでの道中で彼女ときりたんぽの情事を見てしまったことを思い出し、頬を朱に染め視線を逸らす。対して呉愛はしてやったり顔で片耳を立てた。
だが彼女の赦しに従い、二言目に発するのは謝罪ではない。
「久しぶり、みんな」
この挨拶の通り、先ほどまでの緊張はなくなっている。誰一人として笑みを絶やすことはない。各々が改めて挨拶を返し始める。
「おかえり、眞穹さん」
既に仮面を脱いだヴラグツェンが掌を見せるように腕を曲げ、唇を広げて笑う。青いタキシードも彼の心境を表すかの如く、繊維一本一本がきらきらと輝いているように見える。
「二月三月経っても、お前は本当に変わらんのう」
胸に届くまで蓄えた白い髭を指で弄びながら、GUN.Dも吐き出すように一言。顔色から考えられる限りすこぶる調子が良いらしく、元気でなによりと一人頷きながら思い出に浸り始めている。
「みんな良い意味で変化がない。俺も含めてな」
両掌を真上に向けて呆れを隠さず、しかし少し誇らしげに呟く秋冬。それでもその表情にはやや不満を含んでおり、続くユングヴィの言葉からも良く分かる。
「お前は違うだろ。もともとバカなのがこの3ヶ月で勢いが増した」
彼の言葉は侮辱や軽蔑と言うよりは心配事と言った方が正しいだろう。馬鹿さ加減が酷くなったのは本人も自覚しているようで、先ほどまでの姿勢はどこへやら、申し訳なさそうな態度で指先同士をつついている。
その後も一人ずつ再会の挨拶をしていき、そして最後の二人に差し掛かった時だった。
「久しぶりギルマス♡やっと戻って来てくれたわね☆現実で妹がお世話になったわ♪」
かななの発言が眞穹の耳に入ったその時、彼は衝撃を受けて立ち上がる。現実世界でギルドメンバーの妹と自分が面識があるばかりか、自分と相手どちらかが何かしらの世話をかけたかも知れない。この事実になぜ驚かずにいられようか。
「そうなの!?」
そもそもかななに妹がいるという話は初耳で、加えて今まで彼女は家族の話題を振っても無視するか、あるいは強引に話題を逸らしてのらりくらりと避けてきたため、仕事柄口外できないものとばかり思っていた。
両親が存命している可能性は考えることができても、兄弟姉妹が存在するという第二の可能性を、眞穹は思いつきもしなかったというわけである。
「っでも、そんな子とは面識なんて……」
顔をぶんぶんと横に振って否定するが、ふとかななの隣の席に座る少女に目を向けると、自身の発言と記憶に違和感を覚える。その顔を良く見れば、昨夜の最終電車に乗り合わせて言葉を交わした新笠茅芽と瓜二つで、特に目元の綺麗な曲線を描く涙袋はぴったりと重なり、良く思い出せば声もそっくりだった。
視線の先にいるカヤメも恥ずかしそうに顔を赤くし、かななに助けを求めるように寄り添っていた。周囲のメンバーたちも驚いてこそいないが、やはりかななの職業を知っている以上羞恥が勝る者も多く、GUN.Dに至っては特に何を言うでもなくコンソール画面を開き気を逸らしている始末。
「本当にカヤメだったの?」
顔を蒼くしてカヤメに問いかければ、つい数秒前まで赤面していたのが嘘のように、悲しげな表情を浮かべてこくこくと頷く。
「夕べみたいにちゃん付けはしてくれないんですね……」
返事の瞬間、ぴしっと空気がひび割れる音が会議室内に響き渡った気がした。
一瞬場の雰囲気が変わりかけたが大事にまでは至らず、その後も眞穹がEVSON-THWOEから離脱していた間ゲームがどのように変化したのかを報告したり、現実世界での出来事を話題にして雑談をしたりと楽しい時間を過ごしつつ、やがて時刻は午後12時ちょうどを示す。
「もうこんな時間か……なあ」
ケイローンが大きく欠伸をしながら頭をかき、宙に表示されている画面の時計部分へと顔を近付ける。鉄蹄を嵌めた蹄で床を打ち鳴らし、緊張を解すべく呼び掛ける。
しかし水生はけらけらと笑いながら呆れたように返す。
「こんな時間ってあんた……まだ正午になったばっかだぞ?」
水生の言葉にがちゃ丸もうんうんと相槌を打ち、所持品画面を呼び出して飲み物を取り出しながら続ける。
「眞ー坊が復帰してから二時間しか経ってないことを忘れるなよけいりょん」
最後の一言に二人は思わず吹き出し、がちゃ丸も噛んだことに気付いて腹を抱え、同じように笑う。
一方愛善と厄止は喧嘩を再開しているが、子供のじゃれ合いに似たものに落ち着いていた。
「(7年の間、本当にありがとう)」
和気藹々とした雰囲気に満たされた会議室の様子を見て、穏やかな表情を浮かべて呟く。
(みんな……大好きだよ……)