11月24日。眞穹の復帰を祝って歓談をしていた《やまとまほろば》メンバー計50名は、12時30分を目処に各々昼食や翌日までに終わらせなければならない作業をするため、夜に再度集合する旨を定め、ギルド集会は一度お開きとなった。
プレイヤーたちが次々とログアウトし、アバターが姿を消していくのを眺めつつ、眞穹もステータスのメイン画面からオプションを開いてログアウトのアイコンに指を触れようとした時、誰かが手首を掴んで妨げる。
「日嗣さんっ」
はっとして隣を見遣れば、カヤメが目を潤ませ、上目遣いでこちらを見ている。頬を赤くして体を震わせ、息を荒くしながら両手でしっかと腕を掴み、あたかも「ここから逃がさない」と主張しているかの様で、小柄な体格も相まって実にかわいらしい。
まさかと思い会議室を見回すとやはり部屋の隅でかななと呉藍が、寄り添い合っているように見える自分たちを遠目に見つめながらニヤニヤと意地悪な笑みを見せてくる。カヤメの行動は彼女らの指図であることは明白、そして彼女自身の意思も含まれているのであろうことも見て取れる。
「本当にもう……」
溜め息を吐いて二人から視線を外し、もう一度カヤメの方へと顔を向ける。再び目が合った時、顔全体を尖った耳まで赤く染めてひしと腕に抱きついてきた。
さすがに予想は付いていたが本当に実行するとは欠片も考えていなかったらしく、眞穹も驚愕して顔を朱に染めて動きが完全に固まってしまう。
豊かであるとは言えないが適度に柔らかい膨らみが二の腕から肘の部分に当たる感覚、本人なりに鍛えているのであろう薄いがしなやかで強靭な筋肉が腕全体を擦る感覚、そして涙で潤み爛々と煌めく紫水晶のように透き通った紫色の瞳。
仮想の世界でしか目の当たりにできない偽物の美しさであるとは分かっていても、現実で出会った茅芽とEVSON-THWOEというゲーム上での仲間としてのカヤメが同一人物である以上、どうしても意識せずにはいられない。
「えーと……その……」
彼女を視界に入れないように視線をずらそうとするが、顔を動かそうとした途端に頬を両手で包むように抑えられ、強引に向かい合う姿勢をとらされる。互いの息が互いの顔にかかり、興奮の度合いは一気に最高潮に達する。
頭に血が登っている眞穹はまだ気付いていないが、会議室には既に彼とカヤメの二人しかいない。邪魔をする者は誰もおらず、秘め事を共有するのに都合のいい状況となっている。
「日嗣さん、逃げないでください」
普段より艶を増した唇から発せられる絞り出すような懇願は、あどけなさの残る童顔も相まって逃れ難い魅力を醸し出している。
「どうして?」
息を荒くしつつも目と目を合わせて離さず、二時間前にきりたんぽが呉藍にしていたように、目の前で向かい合う少女の腰に手を添える。自分と同じように緊張しきった様子の眞穹の問いかけに、カヤメは瞳を震わせて答えた。
「わたしの、初めてを……日嗣さんに……」
最早全てを聞かなくとも、目的は理解できる。わざわざ自分の体をアピールする行動、火が点いたように紅潮した顔、そしてここまでの一連の発言。
彼女は情欲を眞穹に向けているのだ。
(……言っちゃった!もう、お姉ちゃんのバカ!日嗣さんを困らせてるだけじゃない!)
ところが、内心の実際は色欲よりも羞恥が遥かに勝っているようで、いくら姉がAV女優とは言え心に悪い作用が働いている訳ではないようだった。
最初に胴ではなく腕に抱きつき、そして今も頬から手を離さないのも、偏に眞穹に積極性を見せる勇気がないからである。
もちろん、眞穹も眞穹で興奮と困惑に心を満たされており、カヤメの誘いに応える勇気がない。
どちらにせよ互いに消極的な性分であることは紛れもない事実である。
「…………いいの?」
だがその自然な望みが、人生で最初に知る男との秘め事が、自分のように力のない不健康な社畜でいいのだろうか。自分に抱かれるのが本意であるのか否かを知らないままで、先を考えず次の行動を起こすのは避けるべきこと。
二度目の問いも短い一言で、主語もない。しかし、彼女は力の込められた目で眞穹の目を見据え、はっきりとした声で返答する。
「初めては、日嗣さんじゃなきゃイヤなんです」
数分経っても二人はログアウトせず、眞穹の自室にあるベッドの上で向かい合うように座り、互いの紅潮した顔を見つめ合っていた。
「カヤメ、何度もごめん……本当に……」
視線を自分の膝へと落としながら白髪交じりの長い黒髪を揺らし、申し訳なさそうな覇気のない態度で問いかける。
「日嗣さん。ちゃんって付けて呼んでもいいんですよ?」
カヤメは座ったまま近寄り、眞穹の手を取って指に口づけをしながら答えた。聞かれたことの本意は分かっているが、関係のないことを答えたことに特段意味がある訳ではないのだろう。
だが、彼は下を向いたまま、こちらを非難するかのように黙っている。それはまるで、質問したことにに答えて欲しいと言っているようで。
「……日嗣さんじゃなきゃ、いやなんです。初めてをするなら、優しい男性の方が……」
カヤメは自らのわがままな望みを叶えたいがために、好きな異性に振り向いてもらいたいが故に、自分の魅力で異性を惹き付けることを、今まで一切してこなかった。
これは、姉の職業柄自分の女の部分をひけらかす、ということができなかったからでもあるが、姉から教授された女として、ひいては人間個人としての在り方が、自分の生き方に大きく影響を与えたものであったからだ。
((本心に忠実な人間になりなさい。茅芽ちゃんにだって嫌いな人の一人や二人はいるでしょ?))
姉、【奏女】の言葉を思い出す。本心を隠すなとまでは言わないが、本心を誤魔化すような人間にはなるなと教わった。彼女は仕事場での愚痴はずけずけ吐き出すが、否定主義者でも露悪主義者でもない。
現実の茅芽も、仮想でのカヤメも、奥手で根性なしではあるが決して嘘吐きではない。
「……お願いしますっ」
膝を揃えて額と掌を布団に着け、深く懇願する。頼りない白髪と傷んだ黒髪が交じり合う眞穹の髪とは違い、艶とコシのある綺麗な銀髪が夕焼け色の照明で輝いている。
(現実だと茶髪なんだっけ……)
関わりのないことを考えていても、今のこの状況からは逃げられない。どう言い繕ってもごまかしが効かない以上、腹を括って相手をする他はなく、呆れと自嘲を含めて少し頷く。
「…………分かった。顔あげて」
言われた通りにゆっくりと顔を上げ、目の前に座る眞穹を視界に捉えようとした瞬間、自身の目の前に黒い瞳が現れ、視界を塞がれてしまう。
「んむっ……!?」
眞穹の唇が、驚くカヤメの唇を塞ぐように重ねられ、二人の舌が拙く触れ合い、おどおどと絡み合う初なディープキスが繰り広げられる。
(初めて……なのに……)
最初の接吻がこれ程までに淫靡で濃厚なものになるとは思いもしなかったのだろう。興奮と羞恥で心音が激しく鳴り響き、仮想体であるはずの体が熱く感じるほどに心身両方が高揚している。
「んんっ……!?……ん……!」
そして、キスをしたまま互いに抱き合い、更に深く舌を潜り込ませて絡め、唾液を啜り合っていることに気付く。だが息苦しさや不快感はなく、かと言って口を離そうとすれば眞穹が頭に手を添えて逃がそうとしない。
初対面の時から好意があった訳ではない。だが顔を合わせる度に興味を増し、言葉を交わす度に魅力を知り、二人の時間が増える度に心惹かれて行き、昨晩には遂に現実で正真正銘の本人と出逢い、確信する。
自分がこの男に恋をしていること、自分が本心で愛することができる異性であることを。
(……日嗣さん……日嗣さん、好き)
キスを始めてから5分が経った頃、カヤメは自分自身が好意を寄せる異性と交わすキスがもたらす、表現できないほどの幸福感と快感の虜になっていた。
女陰からは下着のみならず、ローブのスカートとベッドの布団にも染みを作るほどに愛液が溢れ出しており、彼女の性的な興奮度合いが強くなっていることが分かる。
「ぷはっ……」
やっと口と口が離れると、二人の表情はキスをする前とはまるで違うものに変わっており、完全に快楽にのぼせているのが見てとれる。
カヤメは唾液と涙が濡らす、蕩けきった女の表情。眞穹は頬を朱色に染めつつ、快感が抜けきらない表情。
どちらも疲労で息が荒く、互いの顔を見合わせるのが精一杯。暫らく惚けていると、不意に眞穹が自分の股間をちらりと見る。怒張でズボンと下着がはち切れるほど圧迫され、布の食い込みで痛みが走るのを感じながら、カヤメに声をかける。
「カヤメ……ううん、茅芽ちゃん……」
カヤメにもう一度手を伸ばし、自分の膝に座らせるように抱き寄せて囁くように言った。それは、果たしてこのような行為をして許されるのだろうか、本当は嫌なのに無理をしているのではないかと、胸中に抱える不安を隠しているかのよう。
だが、だからこそ、彼は腹を括っている。
一世一代、生涯最初で最後になるかもしれない行為に臨むために。
「僕に……茅芽ちゃんの初めてをください……」