※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

20 / 27
No.00-1.6C 終わり行く世界

 カツン、と高い音を響(ひび)かせて、すらりとした足を支(ささ)えるヒールがいくつもの柱(はしら)と円形の壁に囲(かこ)まれた大理石の床を叩く。足音の主(ぬし)は《やまとまほろば》を構成する50人のメンバーの一人であり、200cmを優に越える身長を誇る、石像のアバターを象(かたど)る女性プレイヤー【フィリエンテ(Filiente)】。

 

「本当に、どこからこんな発想が来(く)るのかしら」

 

 弓形(ゆみなり)の朔月(さくづき)の淡(あわ)い光と松明(たいまつ)の赤い明かりが照らす、菊の花弁のような飾(かざ)り彫(ぼ)りが施(ほどこ)された神殿の石柱(せきちゅう)を撫で、石と石とが擦(こす)れ合う音を奏(かな)でながら呟(つぶや)く。

 

 彼女の言う日嗣(ひつぎ)、眞穹(まそら)の発想とは、例(たと)えば今(いま)彼女がいる闘技場(コロッセウム)の中の神殿(クロタフォス)のような奇抜な組み合わせもそうだが、この《磯城心安(しきうらやすの)明津大殿宮(あきつおおとのみや)》中央に聳(そび)える《やまとまほろば》のギルドホーム、《御中六岐(みなかむつまたの)大花社城(おおはなのやしろき)》を囲(かこ)むように設置されたN(・)P(・)C(・)の(・)た(・)め(・)の(・)街(・)には特に驚(おどろ)かされる。

 

 オールジャンルと銘(めい)打たれている以上、シミュレーションゲームとしての一面も存在しており、それを意識した作りなのであろうことは見た通り。そして住人であるNPCたちの特徴、眞穹(まそら)に代わって管理していた時の経験からも、シミュレーションゲームの主軸となりうるあらゆる内容を想定・表現していることが分かる。

 

 だが、これらが何を意図したものなのか、何が目的なのかさえもわからない。何より一口にNPCと言っても種類は多く、大きく分けてもここ《殿宮(とのみや)》に居るようなプレイヤーが創作したものや、運営側がプログラムを組んでゲームの世界に放(はな)つもの、AIとコンピューターがアルゴリズムの中から生み出すものの三種類にもなる。

 

 そしてここにはおよそ4万体ものNPCがいるが、彼らの殆(ほとん)どはプレイヤーメイクのものではない。なぜここに居させているのか、甚(はなは)だ疑問であるのも事実。

 

(日嗣(ひつぎ)様、あなたは……本当に不思議な人)

 

 神殿から闘技場と月を見つめていながらも、この神殿へ参拝に来たのであろうNPCの挨拶に会釈をする。そして頭を上げた彼女に、もう一人の人物も声をかけた。

 だがその影をよく見れば、体の所々に明かりが通り抜ける不自然な隙間(すきま)があり、頭の位置も見上げるほどに高い奇妙な見た目である。

 

「《Hey(やあ),need to pick up's you(迎えは不要だったかな)?》」

 

 終わりつつある世界の中で、残(のこ)り少ない自由な時間で《殿宮(とのみや)》を散策するフィリエンテのもとに現(あらわ)れたのは、全身が複数種類の動物の骨のみで構成されたアバターだ。

 

 英語をかなりへんてこな語順で話(はな)しており、発声するにおいて基本となる臓器である肺も声帯も喉(のど)も頬(ほほ)も舌(した)もないが、コンピューターで再現される声の調子から男性であることが分かる。

 

「《No problem(問題ないわ). thank you(ありがとう),【Mukuro】(【骸】).》」

 

 骸(むくろ)と呼ばれた全身骸骨(がいこつ)姿の男は、独特な微笑(ほほえ)みを浮かべながら答(こた)えるフィリエンテの手を、細長い骨が伸びる手指でそっと握る。

 騏驎(キリン)の長い首の骨を蛇(へび)の胴のように柔軟に動かし、その先にある立派な牙(きば)を生(は)やした象(ゾウ)の頭の骨を彼女の視線の位置まで下(お)ろすと、カタカタと骨と骨が震(ふる)える音を立てながら告げた。

 

「さて、我らがギルドマスターがお待ちかねだよ。お嬢さん(フロイライン)」

 

 そして装備画面を開(ひら)いて[装備:頭部]の項目を触(さわ)り、そこから開(ひら)かれた装備品の項目の中から[装備品:首輪]を選び、更(さら)に現(あらわ)れた多数のアイテム欄の中から〘五十柱諸神之(いそはしらのもろかみの)御魂津御統(みたまつみすまる)〙という、眞穹(まそら)の趣味全開な名を与(あた)えられた翡翠の管玉(くただま)を通したネックレスが描かれたアイコンを選ぶ。

 

「このネーミングセンスだけは相変わらず慣れないわ」

 

 フィリエンテも苦笑いしながら翡翠の勾玉(まがたま)のブレスレットを身に付ける。彼女の言葉に骸(むくろ)も首肯(しゅこう)する。

 

「だけど、いろいろと面白い人なのは本当だからね」

 

 二人は笑い合いながら画面を操作し、一つの魔法を使う。

 すると両者の上下に魔法陣が出現して光の筋と粒を放(はな)つ演出が入(はい)り、二人をどこかへと転移させてしまい、その場に残(のこ)るのは神殿へ参拝に来たNPCだけとなった。

 

 

 

 

 

 フィリエンテと骸(むくろ)が《御中六岐(みなかむつまたの)大花社城(おおはなのやしろき)》、省略して《花社(はなのやしろ)》の中に存在する食堂に到着する頃には、既(すで)にギルドメンバーが集合しており、その中には当然ながら眞穹(まそら)の姿もある。

 

 しかしなぜ集合場所が会議室ではなく食堂で、大量の料理がテーブルや台車に並(なら)べられているのか。その理由は一つ。会議のような堅苦(かたくる)しい形式染みたやり方よりも、賑(にぎ)やかに歓談を楽(たの)しんで最後の瞬間(とき)を迎(むか)えたい。この眞穹(まそら)の意思でこのようなバイキングの形を取ったのだ。

 

「しかし何時食ってもすげー美味(うま)いな。さすがゲーム飯(メシ)、恐るべし……」

 

 秋冬(しゅうと)が特大の鍋から掬(すく)い出したカレーを、大盛(おおも)りの白飯(しろめし)が乗る皿につぎながら呟(つぶや)く。とは言ってもこのカレーライスはなかなかエスニックな仕上がりで、カレーはいわゆるインドカレーで米はタイ米(まい)。

 

 加(くわ)えて香辛料がふんだんに使われているために味(あじ)や食感の癖が強(つよ)く、食べる人間を選ぶ代物である。

 

「いいわね♡あたしにも一口ちょーだい♪」

 

 かななはカレー鍋から離れテーブルに座る秋冬(しゅうと)の隣(となり)に割り込み、わざとらしいウィンクを飛ばしながらカレーライスをねだって来る。

 

「嫌だよ、飯(メシ)くらい自分でつげよな」

 

 四つの膨らみが顔に近付いて来るのを尻目に、がつがつとインドカレーライスを口に運(はこ)んでいく。その様子を見たかななは、あからさまに残念そうな表情(かお)をして隣(となり)の椅子に座る。

 

「んもう……あーんは恋人の醍醐味でしょ?」

 

 甘えたがりの子供そのものの猫なで声で囁(ささや)くが、彼がかななに返(かえ)すのは言葉なき答(こた)えであり、要するに今(いま)が興味あるのは食事のみであることを表(あらわ)している。

 

 見れば冬眠前のリスのように頬(ほお)を膨らませ、唇(くちびる)の周(まわ)りにカレーを付着させて咀嚼する様は、品性の欠片(かけら)も感じられない子供のようにも感じられる。しかも顔立ちは仮想空間(バーチャル)であるが故(ゆえ)に整(ととの)っているために、余計に悪(わる)目立ちする。

 

 更(さら)に彼の席にはいつ取って来たのか誰に運(はこ)ばせたのか、テーブルを埋め尽くすほどに大量の皿も並(なら)べられており、ここまで来ると幼(おさな)いと言うより、意地汚(いじきたな)いと言っても過言ではない。

 

 もちろん摘まみ食いや横取りは許さない徹底ぶりで、普段のトラブルメーカーぶりを除(のぞ)いても、とことん食い意地(いじ)の張った食欲の旺盛ぶりは、事件や事故の中心となる男という人物像をより鮮明なものとして印象に刻(きざ)んでいる。

 

「秋(しゅう)、いくらゲームのアバターだからって食べ過ぎだぞ」

 

 カレーライスがなくなっても、夢中になって次の食事に手を伸ばしてありったけの量を頬張(ほおば)り始める彼を、諌(いさ)めるように肩を揺らす者が現(あらわ)れる。秋冬(しゅうと)は不満げに後ろを向(む)くと、そこには呆(あき)れ顔でやれやれと首を振る水生(みぶ)が立っていた。

 

 食事の邪魔をされたことで機嫌が悪くなり、あからさまに嫌味ったらしく文句を垂れ始める秋冬(しゅうと)に対し、水生(みぶ)は彼の言葉を特に気にすることなく近付いて行く。

 そしてその手にはティッシュペーパーがあり、かななも悔しげに眉を顰(ひそ)めて視線を逸(そ)らす。

 

「それに焦り過ぎ。口の周りが汚れてるじゃん」

 

 そう言ってティッシュペーパーを口へと押し付け、不良染みた背格好からは想像もできないほどに丁寧な手付きで、口周りに残(のこ)った米粒(こめつぶ)やカレーのルーを拭(ふ)き取る。

 

 水生(みぶ)の目は怒っているが口は少し笑っており、秋冬(しゅうと)も彼女を睨(にら)んでこそいるがその手を払い除(の)けることはせずおとなしく口を拭(ふ)かれているために、傍(はた)から見れば手のかかる弟(おとうと)を世話する姉(あね)という構図が出来上がっている。

 

 その様子を見る一部のメンバーも和(なご)やかな雰囲気に頬(ほほ)が緩(ゆる)み、二人の今後(こんご)へと話題を変える者もちらほらと居るようだ。

 

『はい、ちゅうもーく!』

 

 そしてその中に一人、盛大に場の雰囲気を変えようとする人物がいた。

 

『いきなりだけどみんなにしつもーん!秋冬(しゅうと)くんと水生(みぶ)ちゃんはくっつくと思う!?思わない!?どーっちぃー!?』

 

 上を見れば派手なドレスを纏(まと)う幼(おさな)い少女の姿をした妖精アバターが、甲高(かんだか)い声をやかましく食堂に響(ひび)かせてぐるぐると円を描(えが)くように飛び回っている。

 

 腰には“ぶっちぎりHigh Tension Everyday!”と書かれた帯を巻き付け、手にはマイクも握られており、健康的な褐色の肌色からも分かる通り、帯の文句に違(たが)わぬ快活な印象である。

 

「おいやめろバカ!」

 

 だが、彼女はとにかく何かを喋(しゃべ)っていないと気が済まない性分で、あることもないこともまるで関係なく口にするため、食事を中断してまで彼女を止めようとしている秋冬(しゅうと)に次いで、《やまとまほろば》メンバーが起こすトラブルの中心人物でもある。

 

 そしてよく見ると、彼女に悪戯(いたずら)かなにかをされたらしい愛善(あいぜん)とアンセムが何やら叫びながら追い回している。男二人と女一人の追いかけっこを見上げながら、かななと水生(みぶ)のいるテーブルに来た回(めぐり)は呆(あき)れを隠(かく)さずに一声。

 

「三(さん)バカとアホ一人は放(ほ)っときましょう」

 

 そして、目の前の皿に乗るロールケーキにフォークを滑(すべ)らせ、適度な大きさに切って口に運(はこ)ぶ。三(さん)バカとは無論秋冬(しゅうと)、愛善(あいぜん)、アンセム、アホ一人とは三(さん)バカに追われている妖精のことである。

 

「そうだね。アタシもお腹(なか)減(へ)ってるし」

 

 水生(みぶ)も少し笑って答(こた)え、テーブルに残(のこ)された大量の料理の中からサラダを手に取る。かななは不満な顔のままだが、黄粉餅(きなこもち)の乗った皿を選んで手に取った。

 

 一方、空中での追いかけっこは既(すで)に白熱し始めており、逃げる彼女が逃げ切るか否(いな)かを賭(か)ける者もいるほか、厄止(やくし)も笑いを堪(こら)えながら見守っている。

 

 この騒(さわ)ぎで一段と賑(にぎ)やかになった食堂は、もう暫(しばら)くの間(あいだ)寂(さび)しさとは無縁になるに違いない。

 

 

 

 

 

「えっと……〖Dance to you night ON Re〗だっけ?‘もう一度君とこの夜に互いに手を取って、朝日が昇るまで踊りましょう’ってやつ」

 

 その頃の眞穹(まそら)はヴラグツェン、GUN.D(ガン・ディー)とともに話(はなし)に花を咲かせている。現在の話題の中心はヴラグツェンが現実(リアル)で所属している楽団(バンド)、《烏(からす)》が手掛ける音楽についてである。

 

 この話(はなし)は先週発売したばかりのニューアルバムの売上が早くも今日(きょう)ミリオンを達成した、という信じ難(がた)い報告がきっかけとなって始まったのだが、そのアルバムを眞穹(まそら)が現実で購入したと聞いた途端(とたん)、興奮したヴラグツェンが身を乗り出して笑い顔の仮面を被(かぶ)る顔を寄せた。

 

 GUN.D(ガン・ディー)すらも呆(あき)れ顔を浮かべるほどに、それはもう長いこと会っていなかった親と再会した子供のようで。

 

「ありがとうございます!曲聴(き)いてくれたんですね!」

 

 脱げかけの仮面から見える若々(わかわか)しい光(ひかり)の灯(とも)った目をぐいぐいと近付け、眞穹(まそら)への感謝を口にする。眞穹(まそら)はとにかく距離が近いヴラグツェンに対して苦笑いを浮かべ、宥(なだ)めるように両掌(りょうてのひら)を向けている。

 

「う、うん……とりあえず、まず落ち着いて」

 

 しかし当人は感情の抑(おさ)えが利(き)いていないらしく、いつの間(ま)に手に持っていたのか両手に持つマイクの片方を眞穹(まそら)に差し出し、「一緒にデュエットを歌おう」とまで言い出す始末。

 

 それも自分たちの座る席に、彼(・)女(・)が近付いて来ていることに、微塵(みじん)さえも気付かないまま。

 

 

 

 

 

「今(いま)すぐ降りろ!聞こえてんのか!……にしても美味(うめ)ぇなこのリンゴ……」

 

 少女一人と男三人の鬼ごっこの最中(さなか)、食欲を抑(おさ)えることにやはり耐(た)えられなかった秋冬(しゅうと)が、両腕(りょうて)いっぱいに果物(くだもの)を抱えて食堂を走り回っていた。

 

 メンバーたちは最早(もはや)止(と)める気すらないらしく、相変わらず食事を楽しんだり雑談をしたりと賑(にぎ)やかなままで、両者を対象とした賭(か)けも続いている。

 

「止(と)まれ【まつりか】!何恥(はじ)かかせてくれてんだよ!」

 

 褐色肌の妖精、まつりかを追う一人である愛善(あいぜん)は、まさに{鬼(おに)}らしく牙(きば)を剥き出しにした怒(いか)り顔。

 

「イい加減にしろ!なぜお前は最後までおとなしくできないんだ!」

 

 {サイボーグ(Cyborg)}そのものであるアンセムが、背中と足のジェットから炎を吹き出している様は、まつりかへの怒りをそのまま推進力に変えているようにも見える。

 

「いいじゃんいいじゃん!ギルマスに会えないなんて退屈だもん!」

 

 三人に追われ怒鳴り付けられてなお、彼女は絲耄(しもう)たりとも反省の意思を見せない。それどころか更(さら)に怒(いか)りを煽(あお)る発言までしてのける。

 

「「「ふざけんな!」」」

 

 自分の挑発に三人同時に答(こた)えたのを確(たし)かめると、一切(いっさい)の迷(まよ)いなく地上へと降りて走り出す。飛んでいた三人もまつりかに続き、食堂の床へと足をつけて彼女を追い続ける。

 

 そして彼女が、まつりかが目指す場所は、一つ。

 

「我らがギルマス!日(ひー)ちゃんにしつもーん!」

 

 ヴラグツェンにマイクを迫(せま)られていた眞穹(まそら)の目の前に自分のマイクを差し出し、問(と)いかける。

 一方デュエットの交渉をしていたヴラグツェンははっと我に返(かえ)り、ゆっくりとマイクを下げた。

 

「え、あの……質問ってなに?」

 

 急に質問を投げ掛けられ、困惑気味の様子である眞穹(まそら)だが、まつりかはそれに構わず質問の内容を吹っ掛ける。

 

「春夏(はるなつ)秋冬(しゅうと)くんと水生(みぶ)ちゃんは今後(こんご)くっつく?くっつかない?どっち?」

 

 信じられない問(と)いかけに、思わず目を見開(みひら)いてまつりかと彼女の後ろで固まる秋冬(しゅうと)、愛善(あいぜん)、アンセムの三人を見遣(みや)る。

 くっつく?どういう意味だ?と思考を巡(めぐ)らせようとするが、今日(きょう)の昼に自分とカヤメがしたことを思い思い出し、はっとして考(かんが)えるのを止(や)めた。

 

 くっつくと言うのは当然ながら恋仲(こいなか)になることであるが、根っこが悪戯(いたずら)好きなまつりかのことだ。おそらく秋冬(しゅうと)と水生(みぶ)が何かしら“仲が良い”ように見(・)え(・)る(・)行為をしていたのを、彼女が目敏(めざと)く見つけて過剰(かじょう)に誇張(こちょう)しているのだろう。

 

 正直(しょうじき)に言って、これは本人たちの問題であって眞穹(まそら)自身は興味も関係もないことである。だから意味もなく真面目(まじめ)に取り合う必要などないし、嘘(うそ)を吐(つ)いてまで悪戯(いたずら)に肩入れする義理もない。

 

 小さく溜め息を吐(つ)くと、自分に向(む)けられたマイクに口を近付け、彼女を諭(さと)すように返事をした。

 

『まつりか。そういうのは本人に直接聞くべきなんじゃないかな』

 

 つまり、無回答。期待していた返答(へんとう)を得(え)られなかったまつりかは、褐色の頬(ほほ)を赤くして膨らませ、あからさまに不満を露(あらわ)にする。しかし眞穹(まそら)にしてみれば、下手に質問に答(こた)えてしまうと「今日(きょう)が最後なんだから」と更(さら)なる質問責めに遭(あ)うのは必至。

 

 彼女にとって微妙な受け答(こた)えをしてしまえば最後、せっかくの晩餐がめちゃくちゃなトークだけで終わってしまう可能性があるために、まつりかの質問は御免被(こうむ)りたいのである。

 

「ちぇっ!日(ひー)ちゃんつまんなーい!」

 

 不満を口にしてあかんべぇをしたかと思えば、そのまま三対一の追いかけっこを再開し、食堂内を飛び回(まわ)り始める。ちっとも行動を変えない四人にやれやれと言いたそうな態度で手を振り、椅子に座りなおして肩を落とした。

 

 だが、すぐに気を取り直して髪を整(ととの)え、珍しく後頭部で結(むす)ぶ。眞穹(まそら)を慰(なぐさ)めるように、GUN.D(ガン・ディー)が彼の頭を撫でたからだ。

 

「それじゃ、気を取り直して……」

 

 笑顔を絶(た)やさないヴラグツェンに苦笑いを向けつつ、マイクを受け取って立ち上がる。

 

「一曲歌おうか」

 

 

 

 

 

 カヤメはぼんやりと四人の追いかけっこを見上げながら、十数分前の会話を思い出す。

 

((本当にごめんなさい!))

((あたしからも謝ります!本当にすみません!))

((いや……あの……))

((あたしが変なことカヤメちゃんに教えちゃったばかりに……))

((とにかく、すみません!))

((えっと……大丈夫!気にしてないから!))

 

 少なくとも、あの時の彼の言葉は嘘(うそ)ではない。謝罪を受け止めてくれたのは事実であるし、赦(ゆる)してくれたのだろう。しかし、だからこそ不安なのだ。確(たし)かに自分も体液で布団を汚(よご)したが、相手である眞穹(まそら)にも夢精(むしょう)をさせてしまっている。

 

 これは恥(は)ずかしいにもほどがあると言うもの。本当は怒っているのではないのか、眞穹(まそら)が帰って来たとき自分たちに謝(あやま)ってくれたように、自分も彼を怒らせているのではないか、と。

 

 ふとメニュー画面を開(ひら)いて時計を見れば、時刻は午後11時30分。もうこの世界には、僅(わず)かな時間しか残(のこ)されていない。

 最早(もはや)迷(まよ)っていられないと理解し、そして自分の本心を確信する。

 

(もう一度謝(あやま)って、今度(こんど)こそ本心で“好き”って伝(つた)えなきゃ)

 

 決心はついた。後は実行するのみ。カヤメが眞穹(まそら)の元へと向(む)かうべく席を立ったその時、食堂の照明がいくつか消え、音楽が鳴(な)り響(ひび)き始める。

 プレイヤーもNPCも何事(なにごと)かと周囲を見回(みまわ)し、上空の追いかけっこも止(と)まる。

 

 薄暗(うすぐら)い中、ひときわ明(あか)るく照明が輝(かが)いている方へと視線を向(む)ければ、ドラムを広げてリズムを取るヴラグツェンがいた。

 

(ヴラグツェンさん何して……)

 

 理解が及(およ)ばないと困惑するカヤメに、きりたんぽが近付いて来る。そして、興奮と驚愕の色が交ざった声で説明を始める。

 

「ありゃあ烏(からす)の新曲だ!しかも生(なま)演奏なんて!」

 

 アグオスも遠目(とおめ)から様子を見ながら、少し嬉(うれ)しそうに溢(こぼ)す。

 

「(何がなんでも贅沢させようってのか。侘寂(わびさび)の欠片(かけら)もない、粋(いき)な計(はか)らいってやつかね)」

 

 やがて前奏も終盤に差し掛かり、一人の人物にスポットライトが当たる。そこに立っているのは、そこで歌っているのは、そこへ至(いた)っているのは、もちろん眞穹(まそら)ただ一人だ。

 

 

 

 

 

‘今夜は満月だから 天の川は見えないけど’

 

 己(おのれ)の想(おも)い人の声だからなのか、それとも本人に才能があるのか、はたまた音楽の効果なのか。

 

‘何年ぶりかな流れ星の 群れがやってくる’

 

 その歌声は一言一句として、何一つ耳に逆(さか)らうことなく心(こころ)に響(ひび)きわたる。

 

‘綺麗な光の雨が もうすぐ見えて来るよ’

 

 また、ヴラグツェンの奏(かな)でるドラムの音、彼が歌うコーラスの声も、見事の一言。

 

‘あの月にも負けないくらい 強く強く輝いて’

 

 声に力(ちから)がこもり、その場にいる全員の魂(たましい)を震(ふる)わせるような音へと変わる。

 

‘流れ星が煌めく空に ただ一つの祈りを捧げ’

 

 いつしか、ヴラグツェンと眞穹(まそら)のデュエットに場の全員が聞き入っていた。

 

‘さあ もう一度君とこの夜に 互いに手を取って’

 

 それは、ここにいる全(すべ)てのものと、この世界に別(わか)れを告(つ)げなければならないと言うのに、あまりにも楽しそうで。

 

‘朝日が昇るまで 踊りましょう’

 

 満面の笑みを浮かべて、歌っている。

 

 

 

 

 

 その後も特に問題なく、宴(うたげ)が終わりへと近付いてゆく。談笑する者、大食い勝負をする者、後片付けを手伝う者、夜風にあたる者、煙草(たばこ)を喫(の)む者、酒(さけ)を呷(あお)る者、歌い続ける者、赤面する者、遊ぶ者。

 

 日付が変わるまで、残(のこ)されるところ10分となった頃、カヤメと眞穹(まそら)は二人で寄り添い合っていた。

 昼間の情事を思い出して頬(ほほ)が少し紅潮してはいるが、それ以外は健全である。

 

「寂(さび)しくなるね……」

 

 ほどいた自分の髪を整(ととの)え直(なお)しながら、カヤメに言葉をかける。彼女もこくこくと頷(うなず)きながら呟(つぶや)く。

 

「そうですね……」

 

 輝(かがや)く銀髪が頬(ほほ)から喉(のど)にかけての肌を柔(やわら)らかく擦(こす)り、仄(ほの)かな甘い香(かお)りが鼻をくすぐる。場の騒(さわ)ぎなどどうでもいいとばかりに、二人だけの空間が出来上がっている。

 

「……眞穹(まそら)さん、大好き」

 

 カヤメはあの時のように、昼間の会議室の時と同じようにひしと抱き着き、偽(いつわ)りのない思いを告(つ)げた。

 もう、よほどのことがない限り迷(まよ)うことはない。

 

 確(たし)かな自信がある。

 

「また、現実(リアル)の世界で会えたらいいね」

 

 お互いに曇(くも)りも霞(かす)みもない瞳(ひとみ)を向(む)け、眞穹(まそら)も答(こた)えた。だが、普段の女性的な高い声ではなく、少し格好つけた低い声で。

 

「うん。もう一度会えたらいいね」

 

 サービス終了まで残(のこ)り7分。最期にして最後の瞬間へのカウントダウンが始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。