※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

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No.00-2.2A 寄り添って

 夜中の帰りの電車に揺られながら互いの温(ぬく)もりを確かめ合うように身を寄せ合い、過ぎ去る短(みじか)い時間と走り去る夜の景色に、互いの心境に刹那の思いを馳(は)せつつ二人だけの空間を共有する日嗣(ひつぎ)と茅芽(かやめ)。

 

 二人は今確かに恋人として、互いを敬(うやま)い愛する者どうしとしてこの場におり、二人の男女としての関(かか)わりを、性別の異(こと)なる者どうしとしての秘め事を持つ一組一対(いっつい)の存在として並び、ここにいる。

 

 自然かつ平和な佇(たたず)まいは絶妙に幸福感が充足しているような雰囲気を醸(かも)し出しており、斜向(はすむ)かいの席で向(む)かい合うように座っていた若いカップルも真似(まね)をして、向(む)かって手前の席に座っていた男が女の隣(となり)に座り直す。

 

 その様子を見ていた茅芽(かやめ)は、緊張からか未(いま)だに自分の頭を撫でながら窓(まど)の外(そと)を眺(なが)める日嗣(ひつぎ)の腕に、自分の腕を絡ませてきゅっと抱き締める。

 

(……どうしよう……こっち見てる……)

 

 茅芽(かやめ)はちらりとこちらに向(む)けられる斜向(はすむ)かいの二人からの視線に少し体を震(ふる)わせ、未知の場所に怯(おび)える子供のように目蓋(まぶた)をきつく瞑(つぶ)り、日嗣(ひつぎ)の腕を抱き締める力(ちから)をより強(つよ)くして、「この人は私(わたし)の男性(ひと)」であること、同時に「私(わたし)はこの男性(ひと)の恋人(もの)」であることをアピールするように身体(しんたい)をぴっとりと付ける。

 

 これはちょうど昨日の昼時(ひるどき)のように、二の腕に当たる彼女の胸の柔(やわ)らかな感触が隣(となり)に座る彼に伝わっていることに他ならない。日嗣(ひつぎ)は窓(まど)に向(む)けていた目線をまず正面(しょうめん)に移(うつ)すと、正面には誰もいないことを確めると隣(となり)に座る想い人へと戻す。

 

 しかし日嗣(ひつぎ)には彼女の行動が理解できない。何かを恐(おそ)れての行動であることは分かるが、特に怪(あや)しい素振りを見せる乗客がいる訳でもなく、分かりやすい過剰反応であることもあって気にすることでもないと判断し、掴まれていない手で軽く頭を撫でると、再(ふたた)び外(そと)の月へと目を向(む)ける。

 

「……日嗣(ひつぎ)さん」

 

 抱き締められる腕にかかる圧力が更(さら)に増(ま)し、また決して大きくない自分の掌(てのひら)がきゅっと温(あたた)かい手(て)で握られたことで、手のかかる子供のようだと頬(ほほ)を緩(ゆる)めてしまう。

 

 もう一度茅芽(かやめ)の居る場所、とは言ってもすぐ隣(となり)の席に目を向けると、彼女はまた潤(うる)んだ瞳(ひとみ)で自分を見上げている。腰を浮かせているのか顔は息がかかるほどに近付いていて、今(いま)にも額(ひたい)と唇(くちびる)が直(じか)に触(ふ)れてしまいそうで、艶(つや)のある表情をしていることもあって思わず顔全体を朱色に染めて動きを固(かた)めた。

 

 一方の斜向(はすむ)かいの席に腰を据えて日嗣(ひつぎ)と茅芽(かやめ)を見守(みまも)る男女は、二人がまるっきり初(うぶ)な態度で大胆な行(おこな)いをしている事実に失笑しており、どうやら人前で似たような事(こと)をした経験が少なからずあると見える。

 

「……茅芽(かやめ)ちゃん、顔近い……」

 

 一筋(ひとすじ)の汗が喉(のど)を流(なが)れ伝(つた)う極度の緊張の中(なか)、小さく震(ふる)えた声でこの一言を絞(しぼ)り出し、体を離すよう促(うなが)す。しかし茅芽(かやめ)は聞く耳を持たず、心(こころ)の奥底(おくそこ)からせり上がる衝動に任せて日嗣(ひつぎ)の頭に手を回(まわ)し、互いの身に距離を置くように告(つ)げる口を塞(ふさ)ぐように力強(ちからづよ)い口吸いを仕掛ける。

 

 驚(おどろ)いて再(ふたた)び動きが止(と)まる日嗣(ひつぎ)に構(かま)わず、そのまま抱きついて口吸いを続けるのは、誰かに馬鹿にされたら女(おんな)としての負けだと自分に言い聞かせた結果であり、何も車内の利用客たちに見せ付けるためのパフォーマンスという意図があるわけではない。

 

 彼女の行動にはさしもの男女二人組も少し動揺しているようで、小動物にも似たおとなしい印象とは裏腹(うらはら)に積極性のある行動を見せるとは予想できなかったのだろう。日嗣(ひつぎ)は人前ということもあり何とか身を離そうとするが、茅芽(かやめ)はどれだけ強(つよ)く押し返(かえ)されてもしっかりと抱き付き、口吸いをやめようとしない。

 

 見れば二人揃(そろ)って心身の昂(たかぶ)りで頭に血が昇(のぼ)り、羞恥(しゅうち)のあまり顔に火が着(つ)いたように真っ赤になっているものの、その様相は両者で全(まった)く異(こと)なっている。

 

 日嗣(ひつぎ)は何とか口吸いをやめさせようと確(しっか)と肩を摑(つか)んで唇(くちびる)を離そうとし、対して茅芽(かやめ)は引き離されまいと更(さら)に強(つよ)く体を抱きしめ、より深く舌を捩(ね)じ込んで口吸いを続けており、それは瞬(まばた)き一つの間(ま)に激しくなりつつある。

 

(……ちょっとからかっただけですげー強情(ごうじょう)なとこ見せるな……)

 

 斜向(はすむ)かいの席のカップルのうち男の方は、すぐに落ち着きを取り戻して余裕のある笑みを浮かべながら、自分たちに見せつけるように夢中で口吸いを続ける二人を見守り続けており、女の方は力(ちから)ずくで離れようと暴(あば)れる日嗣(ひつぎ)と、逃(のが)すまいと抱き締める力(ちから)を増(ま)し続ける茅芽(かやめ)に魅入(みい)ったかのように、驚愕に満ちた表情のまま釘付けになっている。

 

 茅芽(かやめ)と日嗣(ひつぎ)の人目(ひとめ)も憚(はば)からない豪胆な口吸いは、始まってから既(すで)に10分程度が経過しており、次の停車駅を知らせる音声案内(アナウンス)が流れたことでやっと止まった。

 

 日嗣(ひつぎ)は長く口を塞(ふさ)がれていたことで呼吸困難に陥(おちい)ったようで、息使(いきづか)いは荒(あら)く意識も朦朧(もうろう)としている。さすがの茅芽(かやめ)もやり過ぎたことには自覚があるようで、呼吸を整(ととの)える彼の背中を優(やさ)しく撫でつつ、顔全体(ぜんたい)を朱色に染めたまま電車のドアへと視線を向(む)けて乗る者がいないかを確認していく。

 

 一通り客車内を見回(まわ)し、乗り降りする客の姿がないことを確(たし)かめると、ほっと息を吐(は)いて落ち着きを取り戻した日嗣(ひつぎ)に寄りかかり、再(ふたた)び甘えるように頬擦(ほおず)りをし、離れようとしない。

 

「……もう……」

 

 日嗣(ひつぎ)は自分に甘える恋人の様子に呆(あき)れたように、苦笑(にがわら)いを浮かべたまま頭を撫でながら、斜向(はすむ)かいのカップルに向(む)けて軽く会釈(えしゃく)をし、また窓(まど)の外(そと)に視線を戻して月を眺め始める。

 

 今夜(こんや)からの帰宅の時間は、いろいろと考(かんが)え事が減りそうだと笑いながら。

 

 

 

「……と、まあなんと言うか……」

 

 その頃、最終電車の一つ前の電車が出発してすっかり利用客も居なくなった駅から、電話越しに誰かと談笑する旦至(あさちか)が出て来る。

 カフェテリアの店長とその孫に長時間に渡(わた)って拘束されていた割(わり)には随分(ずいぶん)と機嫌が良く、顔色(かおいろ)には疲れも見えない。

 

「本当に良いカップルって感じです」

 

 現実で初めて顔を合わせた日嗣(ひつぎ)と茅芽(かやめ)の率直な印象を口にすれば、電話の相手(あいて)もくすくすと笑いながら肯定の意を示(しめ)す。

 

『当たり前じゃろ?みんな予想はしてたけんな』

 

 そして、声の主(ぬし)の話す言葉は広島方言である。己(おのれ)もまた分かりきったこととばかりに、旦至(あさちか)は月の照らす夜空に向(む)けて手をかざし、からかうように一言。

 

「じゃ、今後とも宜(よろ)しく頼みますよ。安藤(あんどう)教(・)授(・)」

 

 プレイヤーネーム摩訶魂(まかたま)GUN.D(ガン・ディー)、本名【安藤(あんどう)耕一(こういち)】は旦至(あさちか)の挨拶にはさすがに参ったらしく、受話器越(ご)しに苦笑(にがわら)いを浮かべつつやんわりと答(こた)える。

 

 それはどうしようもなく腕白(わんぱく)で、同時に途方(とほう)もなく幼気(いたいけ)な悪戯(いたずら)坊主(ぼうず)を相手(あいて)にしているかのような、言い聞かせるような声で。

 

『えっと(たくさん)は御免(ごめん)被(こうむ)りたいがのお……まあ、ほどほどにな』

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