その後も興奮覚め止まぬ時間を過ごしつつも、二人の乗る電車は無事に降車駅に着いた。停車と同時に寄り添い続けた席を離れて昇降場に降り、駅員に切符を返すと一昨日と同じようにここで別れて家路に就こうと足を進めようとする。
が、茅芽の方は名残惜しげに後ろを見遣りつつゆっくりとした足取りで歩き、対する日嗣は照れ隠しのつもりなのか足早にこの場を去ろうとするなど、幾分か対象的な行動を取るのは気のせいだろうか。
(……そう言えば、日嗣さんって)
唐突に湧き出た疑問を抑えきれず一端足を止めて振り返り、だんだん遠くなって行く想い人の後ろ姿を暫く見つめると、もう一度正面へと視線を戻して歩き出す。
街灯の青白い光で長く伸ばされた影もまた、ゆっくりと足の動きをアスファルトに写している。今回はあまり彼と話をしていないが、どうしても気になることは気になる。
一昨日の帰りに相席した時は、日嗣はゲーム関係の大企業に勤めていると言っていた。しかも、企画と開発とメンテナンスを同時に受け持つ最重要部署に所属しており、その責任者であることもあっさり明かしてくれた。
ここまで聞けばもう見えて来る。最後のアップデートを節目に2ヶ月と二十数日に渡ってログインしなかった理由、5、6人がかりでようやくまともに巡るギルドの所有物件全体の管理を一人でこなす技量、そして個性と自己主張の塊のようなメンバー49人を纏め上げるリーダーシップ。
いずれも一朝一夕で修得できるような能力ではないし、ゲームをやりこむだけでは不足の多すぎるものである。好きこそ物の上手なれと言う諺通り、相当な努力の末に運営スタッフとしての立場を勝ち取ったのは想像に難くなかった。
(でもまさか運営の……電遊興の社員さんなんて夢にも思わなかった……)
伊達に14年間EVSON-THWOEに入れ込んできた訳ではない。プレイヤーとして楽しみ、クリエイターとして楽しませ、その両方に向ける熱意にさえある種の執念に近い感情が見え隠れしているのだから、素人であるはずの茅芽も日嗣への敬意を示さずには居られない。
今度は足を止めずに後ろを見る。当然ながら、彼の姿はどこにも見当たらない。人影のない駅前通りを一通り見つめ、改めて正面を向き、我が家を目指し駆け出す。
(お仕事、頑張ってください!)
走りながら心の中で精一杯の気持ちを込めて叫びつつ、家路へと急いだ。
「ん?」
ちょうど同じ頃、茅芽の自宅とは反対方向にある自身の家に向かっていた日嗣は、何とも不思議で不審な感覚にとらわれて、家路へ進む足を止めて後ろに振り返った。わざわざ後ろに顔を向けたのは他でもない、後ろから声が聞こえた気がしたから。ただそれだけのこと。
もちろん雪が降っていないとは言っても、この冬時期の夜中に外を出歩く人などたかが知れている。街灯が淡く輝く道には、日嗣一人しか人がいない。だから気のせいかとも考えたが、よく思い返せば気のせいなだけだと片付けるにはやや不自然な内容であることに気付く。
(…………本当にもう…………)
「声を掛けられた気がした」という曖昧な感想とは裏腹に、誰の声だったのかははっきりとしていて、どのような言葉だったのかさえも聞き取ることができている。それは己の想い人の声で、「お仕事頑張ってください」という応援の言葉である。
即ち、彼女が心の内に仕舞ったと思っていた応援の叫びは、彼の心に迷いなく伝わっていたと言うことになる。
まさしく以心伝心。茅芽が日嗣に向ける恋慕が、如何ほどに強く一途なものなのかが容易に伺い知れる。
これ程までに自分を思い、愛してくれている。たかが二、三年程度のゲーム仲間という関係から恋人同士、果ては男女の関係にまで進展した、決して深くも親しくもない関係だと言うのに、自分に期待をかけて応援までしてくれている。ならば応えない訳にはいくまいと、日嗣は意を決して歩みを進める。
(僕も、頑張るから)
この日は両者の思いが交差した夜。月はまだ淡い輝きを放ちつつも、空には少しずつ雲が広がって行く。誰もが寝静まった街にもまた、寂しくも優しい足音が小さく響いている。