※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

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No.00-2.3A 二者面談

 結局教員たちの作業は恐(おそ)ろしく長引(ながび)き、憲拡(のりひろ)と秋夫(あきお)が二者面談に漕ぎ着けたのは、時間延長をしている部活動の部員と顧問を除くほぼ全(すべ)ての関係者が帰宅し、下校時間すらもとうに過ぎた夕方(ゆうがた)5時頃になってからの事。

 

 雪こそ降っていないものの、濃(こ)い灰色(はいいろ)の曇空(くもりぞら)を窓(まど)から臨(のぞ)む教室に二人の姿はあり、その中の二つの席(せき)に座(すわ)って互いに向(む)かい合い、また決して穏(おだ)やかではない気配を放(はな)っており、それは表情を見ずとも伝(つた)わって来るほどに強(つよ)い。

 

 とどのつまり、両者は真剣なのである。そして、十分以上にわたる睨(にら)み合いと沈黙を破(やぶ)り、まず切り出したのは秋夫(あきお)であった。憲拡(のりひろ)は背筋(せすじ)をぴんと伸ばし、改(あらた)めて視線を向(む)かいの席(せき)にいる男へと定(さだ)める。

 

「きり……親御(おやご)さんについて相談があるんだったな」

 

 思わずきりたんぽと呉藍(くれない)の名を出そうとしたところを咳払(せきばら)いでごまかし、目線を合わせて言葉を訂正する。憲拡(のりひろ)はESOでの関係から抜けきれていない様子の秋夫(あきお)に内心溜め息を吐(つ)くが、相談相手にあまり非礼な事は言うまいと昼休憩時の彼に対する言動を棚(たな)に上(あ)げつつ頷(うなず)いて答(こた)える。

 

「単刀直入なんだけどさ、ウチの両親の説得手伝(てつだ)ってくれよ」

 

 一応だがこの話(はなし)の本題ではある。論この頼(たの)みだけでは内容は分からないのだが、この場にいる人間二人のうち一方は当事者であり、もう一方は当事者の身の周(まわ)りの人物について把握している。

 当然ながら両者はその人物らの人となりまで知っているため、秋夫(あきお)は何故(なぜ)憲拡(のりひろ)が自分に相談を持ち掛けたのかを、薄々(うすうす)ながら感づいていた。

 

「ホントに単刀直入だなオイ……」

 

 はあ、と大きく息を吐(は)きつつ両手で頭を抱(かか)え、その夫婦(めおと)の情報を整理する。一人は恐(おそ)ろしく欲望に忠実で、人前であろうと他人に対してであろうと躊躇(ためら)いなく色事(いろごと)に及(およ)ぼうとする紅(くれない)。

 一人は紅(くれない)のストッパーのような立場に見せかけ、人目に付かない場所であればいつでも彼女と情事に耽(ふけ)ようとする吉徽(よしき)。

 

 彼らはEVSON-THWOEサービス開始当初からの古参プレイヤーであり、現実(リアル)での友人や同期のプレイヤーたちからも色(いろ)ボケ夫婦として知られており、それが現実世界でも同じように振る舞っていると知った時には心底驚(おどろ)いたものだ。だが、二人のそれが周囲に及(およ)ぼしている精神的損害も凄(すさ)まじく、その被害者の筆頭が目の前の憲拡(のりひろ)という少年である。 

 

 ただでさえ色欲の塊(かたまり)のような二人を御(ぎょ)するのは骨が折れると言うのに、日嗣(ひつぎ)がログインしていなかった三ヶ月の間(あいだ)は事ある毎(ごと)に二人きりでどこかへ赴(おもむ)こうとする事が多々(たた)あり、ひどいと目の前で本当に性交渉をする事さえあったのだから、できれば思い出したくもない。

 

 しかし、一生徒にここまで真剣に、それも自(みずか)らと仲間たちも抱(かか)えていた悩(なや)みで「相談に乗って欲しい」と言われれば、たとえ向(む)き合いたくない物事(ものごと)であろうと、教育者としても人間としても、何より友人としても、“嫌(いや)だから応(おう)じない”という無責任な選択をする訳にはいくまい。

 

「まァ分かった」

 

 理解し切っている事情の愚痴を延々(えんえん)と聞かされても、何も面白(おもしろ)くはない。うんざりした態度で掌(てのひら)を向(む)け、憲拡(のりひろ)の口から次(つぎ)から次(つぎ)へと吐(は)き出される言葉に歯止めをかける。

 

「知り合い一人連(つ)れて同行してやっから」

 

 ついさっきまでの態度はどこへ行ったのか、何の飾(かざ)りっけもなくそう呟(つぶや)くや否(いな)や、早速(さっそく)その知り合いと思われる人物に連絡しようと、今(いま)やどこで誰が使っているのかすらも興味を持たれないほどに目にしなくなったフィーチャーフォンを鞄(かばん)から取り出した。

 

(……一世紀も前の遺物じゃねーか…………)

 

 憲拡(のりひろ)は驚(おどろ)きを通り越(こ)して呆(あき)れた表情で見つめるが、秋夫(あきお)は特に気にする様子もなく電話を開(ひら)く。

 開(ひら)かれた携帯電話の上にはやはり電話画面があり、そして下には十字キーに囲(かこ)まれた決定キー、数字五十音キーなどが規則正(ただ)しく嵌め込まれており、その中で受話器のマークが描(えが)かれたキーに指がかけられている。

 

 当然そのキーを押せば電話帳が現(あらわ)れ、十字キーを押せば三角印(さんかくじるし)の頂点部分の方向にあわせて画面上の黒い部分が移動する。そして、その黒いアイコンが一つの文字列に到達した時、決定キーを押すと【佐々木(ささき)安馬(やすま)】という誰かの氏名と電話番号が表示された。

 もちろん、秋夫(あきお)のその親指に遠慮はない。照明が中を照(て)らし、再(ふたた)び雪(ゆき)を降らせ始めた外の景色が見える教室に、無機質な呼び出し音が暫(しばら)く鳴(な)り響(ひび)き────

 

『────ああ、久(ひさ)しぶり』

 

 そしてその人物は、電話のスピーカー越(ご)しに、それはもう低音で単調な声色で、返答(へんとう)を放(はな)つ。

 佐々木(ささき)安馬(やすま)。EVSON-THWOEでのプレイヤーネームはユングヴィと言い、北欧神話に現(あらわ)れるヴァナ神族の長(おさ)、フレイ(Frei)の本名に由来している。

 

 安馬(やすま)本人は秋夫(あきお)との文通で「中学時代に構想していて没にした漫画の設定資料からそのまま流用した事をメンバーに明かした時は、心臓が張り裂けそうなほど恥ずかしかった」と語っていた。しかしこれは中二病が抜け切っていなかったと言うよりは、なんとなくでアバター名に選んだだけではないかと考察できるからなんとも言えないが。

 

「おう。急(きゅう)で悪(わり)いけど、今(いま)暇(ひま)か?」

 

 ともかく両者は親(した)しい間柄(あいだがら)と言うこともあり、そこからは流(なが)れるように話(はなし)が進(すす)み始める。秋夫(あきお)が一言「暇(ひま)なのか」と問えば、

 

『空(あ)いてるぞ』

 

 と、余裕のある答(こた)えが即座に返(かえ)って来る。ならばとばかりに要件の詳細を残(あま)さず伝(つた)えれば、彼は特に声色(こわいろ)を変える事もなく二つ返事で了解し、すぐさま文谷(ふみや)家に出向(でむ)く旨(むね)の返答が電話口から聞こえた。

 

 そして一通り話(はなし)を進めると、短(みじか)く謝辞を口にして頭から電話を離し、ぱたりと閉(と)じ、閉(と)じた電話を手に持ったまま一言告(つ)げる。

 

「これでアポは取れた」

 

 再度鞄(かばん)の口を開(ひら)き、携帯電話を片付けつつ憲拡(のりひろ)を見遣(みや)れば、彼はほんの2、3分程度で同行を話(はなし)を取り付けてしまったのを見て、信じられないとばかりに目を丸くしている。

 対して秋夫(あきお)はと言うと、既(すで)に鞄(かばん)を手に持って椅子から立ち上がり、教室を出ようと出入口(でいりぐち)に向(む)かっている。

 

「さっさとお前ん家(ち)に行くぞ」

 

 振り返(かえ)ると同時に告(つ)げられた一言ではっとした表情(かお)になり、自(みずか)らも鞄(かばん)を取って立ち上がった。窓(まど)から見える雪は本降(ほんぶ)り、教室内の時計が示(しめ)す時刻は午後5時30分、今(いま)校舎内の廊下を歩(ある)く人影は二つ。

 

 日付は、11月27日。

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