「1時過ぎちゃった……」
24年という決して短くない人生を生きてきたにも関わらず、24歳にして初めて自涜に耽る時間を覚えた日嗣。
そのまま湯にも浸からずに風呂場で絶頂と射精を繰り返した結果、気付けば風呂に入ってから丸50分近く時間が過ぎていた。
風呂を出て体を拭く最中にも、鏡に写る自分の姿を見れば、時間を忘れて自慰を続けたことで大量の精液がかかり、糸が引くほどにべたべたになった自分の手足と腹、そして今は掌で包める大きさにまで小さくなっているが、色欲に呑まれる度にあまりにも大きく勃起する性器を思い出す。
(……あんなに気持ちのいい一人遊び、初めてだなぁ……)
姿見に向かって苦笑いをすれば、鏡に写る自分の顔も同じ表情を浮かべる。姿見から距離を取って彼の全身を見てみれば、日嗣という男がいかに普通ではないのかが良く分かる。
まず彼は自身の筋肉の量が少ないことを隠すために厚着をする癖がある。そのため普段は分かり難いが、体型は全体的にほっそりとした痩せ型。腹回りと腰つきは成人した男とは思えないほど滑らかで柔軟な印象で、手指も骨張っている部分が目立つが、全体的にすらりとした繊細な見た目である。
また太ももから足首にかけての下半身にも、およそ贅肉らしいものは認められない適度な膨らみがある理想的な体型である。
「って何を女の子みたいなこと!変なこと考えてちゃおかしくなる!」
自分が思考した事にはっとした表情をした直後、羞恥で顔全体を紅く染めて頭を横に振る。大きく揺れる黒い髪は傷みが目立ち、本人が自分で散髪しているために長さは不揃いで、染髪も怠っているため白髪も多く混じっている。
特に余り切られずに残っている前髪に隠れる顔を見れば、額は狭く鼻はつんと小さく尖り、繊細な睫毛と大きな丸目、薄い黒色の隈を確かめることができる。
(……でも……本当に女の子みたいな顔だからなぁ……)
その思考は嘆きとも、あるいは苦悩とも捉えられるものだった。不満を吐き出すように溜め息を吐いて前髪を持ち上げ、日嗣は姿見に写る自分の顔へと目を向ける。
顎は小さく緩やかな曲線を描き、唇は艶の少ない薄桃色で、頬も微かな温かみを持つ薄橙色の柔肌に被われている。
(うわあ……隈が昨日より濃くなってる……)
日嗣の顔を一言で表すならば、幼い女顔と言ったところか。目元の隈と唇の血色の悪さが拭えない頼り甲斐のない顔立ちではある。
だが口髭や顎髭、にきびと言ったものがほとんどない肌は、端整な顔立ちと相まってかえって健康的にも見える。
とは言いつつも傷痕や痣が目立つのは仕方がなく、本人も治療をする気力がないため今後も残り続けることだろう。
…………しかし今は自分の体の心配をしている場合ではない。
「湯冷めする前に着替えなきゃ……」
顔と体を観察するのに夢中で風呂から上がったばかりであることを完全に忘れていた日嗣は、自分の愚かさと不注意に呆れて項垂れる。服は自室にしかなく今手元には寝間着がないため、バスタオルを洗濯機に放り込み、電源を入れて脱衣所を後にする。引戸を開ければ暗い廊下から冷気が流れ込み、拭き残した水滴を一気に冷やした。
「寒……」
全身を覆う肌寒い感覚に鳥肌を立てつつも、自室に向けて足早に歩みを進めて行く。一歩足を進める度に、拭き残した水滴が体から離れて床を濡らす。そして静かな足音とは裏腹にその歩みは早足で、気付けば既に日嗣の部屋の扉が見えて来る。
「着替え着替え……」
ノブを捻って扉を開け、出入口のすぐ近くにあるスイッチから電灯を点ければ、その部屋の全貌が明らかになる。四方の壁に青い壁紙が張られ、埃一つないカーペットを敷く部屋の中にある物は五つ。まず扉の向かいの空きが目立つ本棚にはヘルメットの形とゴーグルが無造作に置かれ、向かって左側にパソコンとコピー機が設置されている黒いデスクがある。
次にデスクの両隣にはそれぞれ私服用のタンスと仕事着用のハンガーラック、真反対の右側に寝間着と寝具を収納するクローゼットの扉。このように隅々まで掃除が行き届き、綺麗に整頓整頓された空間が広がっており、部屋の主である日嗣の性格からは考えられない光景である。
「着替えて……」
彼は部屋に入ってすぐクローゼットの方へと向かい、そのまま真っ白な扉の取っ手に手を伸ばす。取っ手を引っ張って扉を開け、中の引き出しから黒色の下着と肌着、そして同じく黒一色のパジャマとパーカーを取り出した。
「あぁ、もぅ……酒なんて飲んでないのに……眠いなぁ……」
眠気で重くなりつつある瞼と、疲労による目のぼやけで視界が最悪な中、何とか下着と肌着を身に付けてパジャマを着込むと、温かな寝間着に包まれたことで体温が上がり、意識が一気に沈んでいくのが感じられた。
「早く布団出さなきゃ……」