※この作品はR-18です。

(仮題)サ終から始まる人間関係   作:御代川辰

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No.00-1.2C もう一度

「ログイン完了、っと」

 

 現実(リアル)の日嗣(ひつぎ)の姿とほとんど差異の見られない姿のアバター、眞穹(まそら)が降り立ったのは何もかもが緑と茶色の世界。太く高く、鬱蒼(うっそう)と茂(しげ)る木々で覆(おお)い尽くされた大森林のど真ん中に、少年のような外見をした男一人がぽつんと立っている様は、そよ風すら吹かない静寂(せいじゃく)な空間にあって絶妙に神秘的な雰囲気を漂(ただよ)わせている。

 

「……みんな怒ってるかな……」

 

 胸中に不安を抱えながら周囲(しゅうい)を見回し、ミニマップのアイコンを見通し、近くに人も獣(けもの)も存在しないことを確かめ、目に見える限り広大な森を横切るように歩き出そうとする。が、一歩目を踏み出した瞬間にその足を止め、視線をゆっくりと足元に落とす。

 

「本当に凄(すご)いなぁ」

 

 眞穹(まそら)は地面を踏みしめる自分の足を見つめ、思わず感想を漏らした。多量の水分(すいぶん)を含(ふく)んで湿(しめ)った豊かな土は、青々とした草と落ちたばかりの木の葉に覆われている。少し視線を動かせば地面を這(は)うように根を広げ、丈夫な外皮に覆われた幹(みき)を持つ巨木の森があり、コンピューターで作られた仮想の世界であると分かっていても壮観な光景だと思い知らされる。

 

「10時か……急がなきゃ」

 

 だが森の景色に感動している暇(いとま)はない。メニュー画面から時刻を確認すると、改(あらた)めて目的地を目指し足を前へと動かし始める。

 

「着くまで15分くらいかな」

 

 始めはゆっくりと歩いていたが少しずつ速度を増して行き、段々と風を切る音が聞こえ始め、気付(きづ)けば木々(きぎ)の間(あいだ)を縫(ぬ)うように、稲妻(いなづま)のごとき速さで疾走(しっそう)していた。一歩進む度(たび)に草と葉が潰(つぶ)され、足で踏み込む力で土の形(かたち)が変わる音が耳を打ち、目に映(うつ)る景色は振り返る間(ま)もなく飛(と)び去(さ)ってゆく。

 現実世界ではあり得ない、ゲームだからこそ出来る芸当である。

 

「今日が最終日……なんだよね」

 

 だが眞穹(まそら)は視界いっぱいに広がる景色には興味(きょうみ)を示(しめ)さず、その心(こころ)の内(うち)にあるのは後悔と失意のみ。本来であればギルドマスターである自分が続けなければならないはずのギルドホームの管理を、あろうことかメンバーたちに押し付けて自身は仕事に逃げるという責任放棄そのものな行為を犯(おか)したのだ。

 

 EVSON-THWOEに長期に渡ってログインしない旨(むね)を伝えた時、チャットに参加していたメンバーたち……とは言ってもGUN.D(ガン・ディー)一人だけだが、彼からは恨(うら)み言(ごと)や不満の言葉を一つとして聞いていないが、それは恐(おそ)らく本心では思い切り罵(ののし)りたいところを自制していたからだと解釈できる。

 2ヶ月と25日もの間留守にしていたからには、ギルドホームはもう解体なり放棄なりなどされているであろうし、メンバーも自分に見切りをつけて全員ギルドから脱退している頃だろう。

 

(……自業自得だけど……仕方ないか)

 

 凄(すさ)まじい勢(いきお)いで走っているにも関(かか)わらず、一雫(ひとしずく)の涙(なみだ)が頬(ほほ)を伝(つた)うのが感じられる。胸中に広がった悲哀(ひあい)の感情はすぐに全身へと巡(めぐ)り、走るスピードが少しずつ落ち、視線もだんだんと下へと下がっていく。

 気を落としたまま進んで行き、気付(きづ)いた時には、とぼとぼと力無(ちからな)げに獣道(けものみち)を歩いていた。

 

「迷っちゃった……」

 

 獣道(けものみち)とは人の膝(ひざ)より高い位置まで伸びる背の高(たか)い草の根元に、四足獣が往来を繰り返すことでできるとても狭(せま)い隙間(すきま)を言う。

 目に見える木の数が少なくなっていることから森の外(はず)れまで進んだことは確(たし)かだが、2ヶ月以上もの間(あいだ)EVSON-THWOEから離れていた眞穹(まそら)は、もはやゲーム内のフィールドやエリアの正確な地形を殆(ほとん)ど覚(おぼ)えていないため、道に迷うのは自然な運びである。

 

 闇雲(やみくも)に進もうが目的地は見えないし、しかも前回のログアウト時にほぼ全ての装備をギルドホームに置いて来てしまっている。眞穹(まそら)は徒手空拳での戦闘を前提とする、所謂(いわゆる)武闘家や格闘家系列の技能を一切(いっさい)持っていない。当然武装がない状態でモンスターに襲(おそ)われても抵抗する手段はなく、スタミナ切(ぎ)れになってモンスターに殺されるか、モンスターが追跡を諦(あきら)めるまで逃げ続けるしかない。

 

 間の悪いことにフレンドリストに登録している人物は全(すべ)てブロックアカウントであり、メンバーと連絡を取る勇気もない。結果、移動(ムーヴィング)系の魔法でギルドホームの入り口に転移するという方法を試(ため)す以外に、目的地に辿(たど)り着く手段を思い付かなかった。

 

「仕方ない……ダメ元で使ってみよう」

 

 物は試(ため)し、やってみなければ始まらない。眞穹(まそら)は森と草原の境目(さかいめ)の辺(あた)りで立ち止まり、コマンド画面を開(ひら)いて[支援魔法(サポートマジック)]の項目を選(えら)ぶ。

 次に[支援魔法(サポートマジック)]の項目の中から[移動系魔法(ムーヴィングマジック)]を選び、視界(しかい)に現(あらわ)れたもう一つの画面に浮かぶ三つの選択肢から[急速旅行(ファストトラベル)]と書かれたアイコンを触(さわ)り、別の画面を呼び出す。

 

「〔気儘なる風(トルドゥント)〕は違う……〔瞬間跳躍(トライスリープ)〕でもなくて……あった!〔己が城への帰還(ゴー・オウアハウス)〕!」

 

 似たり寄ったりな効果を持つ十種類以上の魔法の中から目当ての効果を発揮する魔法を見つけたらしく、早速アイコンをタップして待機画面を表示させる。準備時間は10秒、MPは充分、周囲(しゅうい)に脅威(きょうい)となるモンスターの姿もなく、この上ない好条件である。

 だがやはり不安は拭(ぬぐ)い切れないらしく、発動の待機時間を見つめながらぽつりと呟(つぶや)く。

 

「……せめて……跡地(あとち)の石碑ぐらいは残(のこ)ってたらいいな」

 

 高望(たかのぞ)みだと分かっていると自身に言い聞かせると、両手を前に出して掌(てのひら)を広げ、魔法発動の前準備として静(しず)かに呪文を唱(とな)える。

 

「﴾《dare imperareo maioris(大いなる力に) potestatis(命を下す).cum tua potestate(汝の力をもってして),corpus meum(我が肉体と) et anima mea(我が霊魂が) ut ubi vis ire(赴かんと望む地へ) portare eam(運び馳せたまえ).》﴿〔己が城への帰還(ゴー・オウアハウス)〕」

 

 有り余る不安を抱えつつも深く息を吸って心(こころ)を落ち着かせ、待機時間がゼロになると同時に〔己が城への帰還(ゴー・オウアハウス)〕を発動しその場を後にする。

 眞穹(まそら)が去った森と草原には、彼が刻み付けた足跡の他には何もなかった。

 

 

 

 

 

 時刻は眞穹(まそら)がログインする数分前にまで遡(さかのぼ)り、視点はギルド《やまとまほろば》の拠点であるギルドホームに変わる。だが彼らの拠点となるそれは家(ホーム)を大きく通り越し、巨大な城、あるいは宮殿を中心とした都。そう、都としか言い表(あらわ)し様のない立派な建造物の群れとして、擂り鉢に抉(えぐ)られた窪地(くぼち)に存在している。

 その場所の名は《磯城心安明津大殿宮(しきうらやすのあきつおおとのみや)》と言い、EVSON-THWOEをプレイし始(はじ)めて間(ま)もない頃の眞穹(まそら)が一人で築(きず)き、《やまとまほろば》を立ち上げてからも増改築を繰り返して来たのだ。

 

 必要とされて増築された部分や改築された部屋、あるいは不要と判断されて解体された建物の名残(なごり)は随所に残(のこ)されており、例えば現在ギルドメンバー総勢49名が集まっているこの会議室はもともと小さな東屋(あずまや)だった場所を改造し、内部構造を加(くわ)えて規模の拡張を施(ほどこ)したものである。

 

「久しぶりに《やまとまほろば》メンバーが勢揃いかと思いきや……日嗣(ひつぎ)さんがまだ復帰していないな」

 

 そしてその会議室にて、人型、獣人型、妖精型、モンスター型など様々な容姿のアバターを持つプレイヤーたち全員が席に座(すわ)って最後のギルド会議の開始を待つ中、真っ赤に塗られた怒り顔の仮面を被り、青いタキシードを着込む長身の男性プレイヤー、【ヴラグツェン(Vragzen)】が呟(つぶや)く。

 

「チャットも繋(つな)がらんか……まあ、気にせん方がいい。どのみちギルマスが戻って来るかどうかなど分からんのじゃ」

 

 白い死装束(しにしょうぞく)のような衣装を纏(まと)う髭(ひげ)と禿頭(はげあたま)が目立つ仙人風の男性、GUN.D(ガン・ディー)はヴラグツェンに答えるように心中(しんちゅう)を発(はっ)した。

 

「いいーえ☆あたしの妹が昨日の夜リアル(現実)のギルマスと会って確認したから間違いなく来るわ♪ね!【カヤメ】ちゃん♡」

 

 今度は牛のような体躯と乳牛を思わせる白黒模様の毛皮、そしてこれでもかと豊満(ほうまん)な体を揺らし、マイクロビキニ・ハーレムパンツという露出度の高い衣服を着込む女性プレイヤー【かななめなめなめ】が、GUN.D(ガン・ディー)の言葉を否定するように勢(いきお)いよく席から立ち上がって叫ぶ。そしてちらりと自身の隣(となり)に視線を移したかと思えば、その隣(となり)の席に座る長く尖った耳を持つ女性プレイヤーに親(した)しげに、あるいは愛(いと)おしげに抱きついた。

 

「う、うん……来てくれる……はず……」

 

 一方姉であるかななに抱きつかれたカヤメは、牛だけに四つ存在する爆乳を顔から肩にかけて押し付けられて赤面し、小さく首肯しながら小声(こごえ)で答(こた)える。

 

「なに夢(ゆめ)みたいなこと言ってんだよ。平日の昼間だぞ?」

 

 かななとカヤメの発言をやれやれと両手の平を上に向けて訂正するのは、体のあらゆる部分が見事な焼き物で形作られた男性【陶焼(すえやき)がちゃ丸(まる)】。

 彼は他のメンバーの中でも頭(あたま)一つ抜けて悲観的な意見を掲(かか)げ、わざとらしくがちゃがちゃと体を鳴らしながら「真面目(まじめ)な人だから今さら顔(かお)合わせになど来ない」ときっぱり否定する。

 

「明るいうちにギルマスを出迎えるためだけにみんな公休とか有給とか取ったんだろーがよ。ていうかさかなな、アンタお姉(ねー)さんなら自分の妹ぐらい迎(むか)えに行ってやりなよ……」

 

 分厚い本を片手に会話を傍聴していた、見るからに不良少女然とした服装の女性が本を閉じた。【水生(みぶ)】は、心底(しんそこ)呆(あき)れながらがちゃ丸に突っ込みを入れ、そして不機嫌そうに睨(にら)み付けながらかななに注意を促(うなが)す。

 

「おねーち(・)ゃ(・)ん(・)だよ?ぺ(・)た(・)ん(・)こ(・)水生(みぶ)ちゃん♡」

 

 だがかななはその不機嫌な表情をした瞬間を目(ま)の当たりにするや、水生(みぶ)を挑発する好機(チャンス)とみたらしい。大きさの違(ちが)いを見せつけるように乳房(ちぶさ)を持ち上げる動きをし、甘(あま)ったるささえ覚(おぼ)える猫なで声で水生(みぶ)の不愉快(ふゆかい)な気分を煽(あお)る発言をする。

 

「当て付けか!?男と交(や)ってる動画で金貰(もら)ってるアンタにバカにされると余計腹立つんだけど!?」

 

 例に漏(も)れずと言うべきか、かななのあからさまな貧乳弄(いじ)り発言に反応し、現実(リアル)での職業を引き合いに出して揚げ足を取ろうとする。

 しかし全(まった)く響(ひび)いていないらしく、当の本人は余裕な表情を崩(くず)さない。

 

「私のゲーム歴16年の経験則からして、眞穹(まそら)殿がこの《磯城心安明津大殿宮(しきうらやすのあきつおおとのみや)》に現(あらわ)れない確率は98.88パーセントだ」

 

 興奮の余り太く長い尾と尖(とが)った耳を出現させて肉食獣の如(ごと)く歯をむき出しにして威嚇する水生(みぶ)と、水生(みぶ)の態度に機嫌を良くして更(さら)に怒(いか)りを刺激(しげき)する行動を取るかななを無視して発言するのは、水のように透き通る全身にキトンを身に付ける男性【アグオス(AGUOTH)】。

 そしてアグオスの言葉を聞いて彼の両隣に座る鬼(おに)のような角を生(は)やす男女、【愛善(あいぜん)】と【厄止(やくし)】は互いの顔を見つめ合わせ、

 

「だったらオレは98.88パーセントの[ギルマスは戻って来ない]に所持金全額賭けるぞ。覚悟はいいな?」

「良いでしょう。私は一分一厘二毫の[帰って来てくれる]に所持金全額を賭けます」

 

 と、互いを睨(にら)み付けて賭博(とばく)を宣言した。ここまでも各々が意見を主張しあっているが、彼らに共通していることはただ一つ。

 

「今回はさすがに有給取ってるだろ。気長に待とうぜ」

 

 上半身が人間、下半身が馬といういかにもなケンタウロスの姿をした男、【ケイローン(Cheiron)】が頭(あたま)に手を回しながら言う通り、《やまとまほろば》ギルドマスターたる聖宮(ひじりのみや)眞穹日嗣(まそらのひつぎ)の復帰を待っていることである。

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