(本番無し)の後編と同時投稿です。
前話の続き
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
息が苦しい。
胸が痛む。
あてもなく走り続ける私の体は、足を進める度に重くなっていく。魔都の淀んだ空気が肌を撫で、思わず歯を食いしばる。
なんで……優希が……
走れば走るほど、考えたくないことを考えてしまう。
震える体を押さえつけ、無理矢理足を止める。だが何度振り払おうとしても、優希から告げられた言葉は頭にこびりついて離れない。
気がつくと、能面のような不気味な瞳に囲まれていた。
醜鬼か……30はいるな。
いつものように刀を抜こうとするが、伸ばした手は空を切る。
寮に置いたままだったか。
「まあいい、全員殴り倒す!」
勢い良く踏み込み、手前にいた醜鬼へと拳を振るう。
こんな状況でも私の頭の中は私の奴隷、和倉優希のことで一杯だった。
「……っ、日万凛と朱々ちゃんと寧ちゃんと天花さん。彼女達と、肉体関係を持ってしまいました」
ほんの数十分前、深々と頭を下げる優希から告げられた言葉に、私は声を失った。
今日は門の出現がなく、普段通りの訓練。皆で夕食を終えた直後、優希に話があると呼び出された末の告白。だが、こんな話だとは露程も思っわなかった。
発せられた名前、肉体関係という言葉の意味、そして優希への信頼。それらが乱雑に入り乱れ、思考が掻き乱される。
数十秒の沈黙を経てなんとか言葉を絞り出した。
「どっ、どういうことだ……!?」
「……そのままの意味、です」
「……っ、いつからだ?」
「日万凛とは休暇で日万凛の実家に行ったときに。他の人とは……その、昨日から今日にかけて……」
「なんでっ……そんなことに……?」
「……すみません」
ばつが悪そうに答える優希の姿に、この告白が事実なのだと否が応でも突きつけられる。
力が抜け崩れ落ちそうになる体を必死に支える。
優希は……私を選んでくれた。2人でずっと戦ってきた。優希が活躍できるのは私ありきだと言ってくれた。
私は……私だって優希のことを……優希がいてくれたから……っ!
「っ、京香さん!!」
優希と同じ空間にいることに耐えられず、部屋を飛び出る。優希の呼び止める声を無視し、寮の結界の外へと駆け出した。
こうして醜鬼に囲まれている今は、幾分冷静になれてはいる。
優希は無理矢理襲うような奴ではないし、優希から誘ったとも思えない。肉体関係を持ったといっても、強引に迫られて断り切れなかったとかそんなところだろう。天花なんかは強引なところがあるからな。距離を離したりはしたほうがいいかもしれんが、それも優希の気持ち次第だな。よし、それでいいだろう。
そう。それだけの、簡単な話のはずだ。
飛びかかってきた醜鬼を勢いを利用して投げ飛ばす。
だいたい、私と優希はただの主と奴隷だ。夫婦や恋人でもないのに、プライベートをどうこう言う資格なんてない。それに魔防隊内での色恋沙汰は以前も存在した上、禁止されてもいない。優希の事だけを取り立てて問題視する必要はない。
そんなことは分かっている。なのに……なんでっ……あの時逃げ出してしまったんだ……?
蹴り倒した醜鬼の頭を踏みつけ砕く。足に生々しい感触が伝わってくる。
私は組長として、優希の主として、ちゃんと向き合わないといけなかったのに……優希とあいつらの行為を考える度に、身が引き裂かれるように痛んだ。息が詰まって、体の震えが治まらなかった。今も心が締め付けられている。
正面から殴りかかる醜鬼にカウンターを食らわせ、頭を砕く。強く握り込んだ拳が鈍く痛む。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
私は……どうすればいいのだろうか……
「っ!!」
背後から地響きとともに巨大な影が立ち上がる。
数十メートルはあろうかとい巨体がこちらを見据えている。足元には通常サイズの取り巻きが待ち構えていて、下から崩すのも大変そうだ。
流石に素手だと厳しいな。まあいい。
「フゥー……こい!!」
深く呼吸をし、腰を落として拳を構える。
──その瞬間巨大醜鬼が弾けた。
「京香さん!!」
巨大醜鬼の影から現れたのは優希の顔を付けた
近くに日万凛や朱々の気配はなく、乗り物を使った様子もない。身一つで、この危険な魔都を追いかけてくれたのか……?
異形の体を戻しながら落ちてくる優希を受け止めると、褒美の強制力が優希を強く抱き寄せる。
「優希……なんで……?」
「俺、京香さんとちゃんと話し合いたくて……! それで……っ!」
優希の言葉を遮るように取り巻き共が襲いかかる。
「京香さん! ……今はこいつらを!」
「……ああ」
褒美も終わって体が自由に動くようになった。
優希から刀を受け取り、手を差し出して口付けを受ける。
──
異形と化した優希が次々に醜鬼を切り裂いていく。
私も優希の上で刀を振るい、襲い掛かる醜鬼共を切り刻む。
ものの数秒で取り巻き共を全滅させた。追加で醜鬼が現れる様子もない。
私は優希の背に乗りながら鎖を握り締め、その感触を確かめる。
優希は……今ここにいる。
自分勝手に逃げ出した私を追いかけてくれた。私のために行動してくれた。その事実が、心を揺さぶってくる。
「優希」
「っ、はい」
「優希、ゆうき……優希!」
名前を口にする度に感情が溢れてくる。
「お前は、お前はっ、〜〜!」
怒りも喜びも哀しみも慈しみも苦しみも妬みも希望も幸せもこの全てが入り混じった感情の名前を、私は知らない。でも優希なら、きっと受け止めてくれる。
「っ──優希!」
「……はい」
「なぜ! 私を頼ってくれなかった!!」
「っ!!」
「謝るくらいならもっと早く相談しろ! 辛いことがあったなら私に吐き出せ! 危険だったなら私を呼べ!!」
「すみまっ」
「だいたい、なぜ寧ともヤッているんだ!? 相手はまだ小学生だぞ!?」
「それはっ」
「それに天花も日万凛も朱々ともヤッて、私だけ蚊帳の外か!? もっと私を……私を、1人にはしないでくれ……!」
「っ……」
「お前は……私の奴隷なんだぞ……?」
「すみませんでした。俺、自分と相手のことで精一杯で、京香さんのことを……」
「いや……私も私だ」
「お前とあいつらのことを、組長としてもっと気にかけるべきだった」
「いえ、そんなことは……」
「優希には負担をかけたな」
自然と、優希の頭に手が伸びた。
スレイブ姿のゴツゴツとした感触だが、触れているだけでどこか心温まる。
これは、相手が優希だからなのだろうか。
「優希……ありがとう」
「……?」
「よし、そろそろ寮に帰るか。あいつらにも、ちゃんと話を聞かないとな」
「……はい」
優希の背に揺られ、寮への道のりを進んでいく。
だが優希の足取りは重く、覇気も感じられない。
「優希……大丈夫か?」
さっき反省したばかりということもあって、意識的に声をかける。こうやって、少しでも優希の不安を除いてやりたい。
「……京香さん」
「ああ」
「俺は、不誠実なことをしてしまいました。日万凛と関係を持って、なのに朱々ちゃんや天花さんを拒めなくて……こんなことをしてしまった俺が、ヒーローになりたいだなんて……そんな資格、あるんでしょうか……?」
優希の足が止まる。
ヒーロー。優希が入隊当初からなりたいと話していた目標。
詳しい状況はまだ聞けていないが、そうやって反省できているなら、後悔しているのなら、私は資格がないとは思わない。
だがそれだけでは足りないだろう。優希にとっては、入隊当初からの目標が、ヒーローという存在から自分が遠ざかっているように感じているのだろう。
……
私にも少し覚えがある。それに、私は……私にとって優希は……!
「……確かに、今のお前はヒーローとは程遠いかもしれん」
「……」
「だが私は、この能力をとんだハズレだと思っていたんだ。醜鬼共は奴隷にしてもお前とは比べ物にならないほど動きが鈍い。そんな奴らに乗っても、他の組長と渡りあっていくには力不足だ。総組長になるのだって難しいと思っていた」
もちろん諦めるつもりはなかったがなと続けながら、鎖を強く握りしめる。
「だが、お前と出会ってからは……お前となら、どんな高みも目指していけると思った。総組長の座だって、手が届くと思えた」
「っ……!」
「お前が自分をヒーローに相応しくないと思っていたとしても、私はお前に……優希に救われたんだ」
優希が視線を私に向ける。
その惚けた顔に表情が緩む。
優希の頭に手を乗せ、ガシガシと撫でながら私の気持ちを伝える。
「だから……これからもヒーローを目指していけ。大丈夫、お前は私の自慢の奴隷で──私の、ヒーローだ」
「っ、はい!」
寮に帰り着き、寧から報告を受ける。私が抜け出した後も特に問題はなかったようだ。
「じゃあ、能力を解除するぞ」
「……はい」
さっさと褒美を済ませようとシャワーを浴びた後、能力を解除しご褒美の強制力に身を任せる。
動き出した体は優希の手を引いて、自室へ進む。服を剥ぎ取り下着姿にした優希をベッドに寝かせたかと思うと、私の着ていたシャツとズボンが脱ぎ捨てられた。
添い寝系の褒美かと思ったが、ベッドで仰向けに横たわる優希の脚の間に立ち、左足が優希の股間へと近づいていった。
以前やった褒美が頭をよぎる。
優希の脚を持って股間を踏みつけるもの。あの時はただただ呆れるばかりだったが、今優希が望んでるってことは……もしかして天花達ともこんなことをやってるのか……?
優希め……私というものがありながら……ちょっとキツくしてやろうか。
そんな思考をよそに体は想像とは違った方向へと動いていく。
優希の右足を両手で掴み、持ち上げる。
引き寄せ、私の左足をあてがい──私の体が一回転し、優希の右脚を極めた。
「いたたたたた!!」
優希の脚を私の脚に巻き付け、腕で支えながら梃子の原理で力を加える。
優希から漏れる悲鳴を聞きながらも、私は困惑を隠せなかった。
痛みを伴う褒美は前にもあったが、無茶な変身や……褒美とは関係ない私の意思でやったものだった。だが今は、ただ純粋に褒美の強制力が優希を痛めつけている。
「ギブギブ!」
優希のシーツを叩く音と降参の声にハッと手を離すが、すぐに体は次の動作へと移っていった。
優希の左腕を掴みながらうつ伏せへとひっくり返す。そのまま掴んだ腕を脇に挟み、二の腕に体重を掛けながら肩と肘を極める。
「ぐうっ!!」
鈍い悲鳴に若干心が痛むが、褒美でこうなっているのだから優希がこの痛みを求めているのだろうと無理やり納得しようとする。
だが聞かずにはいられなかった。
「お前……こんなのがいいのか?」
「っ、俺もよくっ、分かんないですっ!」
本気で困惑している優希に呆れながらも、体は優希の体を起こしていく。
背後から私の左脚を優希の左脚にかけ、左腕を脇を通して首に回しながら両手で掴む。そのまま体を起こして優希の背中を痛めつける。
「──っ、いったあ!!」
数十秒の間極め続けると、体に自由が戻った。
どうやら今回のご褒美はこれで終わりらしい。
「ハア、ハア、ハア」
「大丈夫か?」
息を荒げ倒れ込む優希に視線を向ける。流石に力を込め過ぎたかと不安を覚え極めた場所に触れていくが、特に怪我はしていないようだった。
「痛かったですけどっ、なんかスッキリしました」
「そっ、そうか」
どこか晴々とした笑みに良心が痛む。ご褒美とはいえ、優希の体を傷つけることはあまり気持ちのいいものではなかった。
優希は私から視線を外すと、私に背を向け服を着始める。
つられて私も優希に背を向けて服を着ていく。
互いに会話はなく、衣擦れの音だけが響いていた。
「じゃ、じゃあ、俺も部屋に戻ります」
「ああ、明日は七番組と天花にも話を聞いていくからな。覚えている状況を整理しておけ」
「はい」
そう返事を返す優希の姿はどこか晴れやかで、まっすぐ私を見つめていた。
「おやすみ、優希」
「おやすみなさい」
軽く優希の肩を叩き、部屋を後にする姿を見送る。
もしどこかズレていたら、空回ってしまっていたら、私は自分の思いをぶつけて、優希の体を痛めつけただけになっていたかもしれない。だが優希も折り合いはつけれたのだろう。
私も主人として、勤めを果たせたのだろうか。
翌日、私は関係者全員を集めて、話を聞いていった。
1人1人語っていく度に私は言葉を失っていった。
日万凛は論外だが、朱々と天花! お前たちもほとんど……強姦じゃないか! そして寧! お前は曖昧な知識でそういった行為をするな! どれだけのことが起きるかわかっているのか!
色々と言いたいことはあったが、優希は罰を望んでいなかった。
だから私も軽い説教で事を収める。
だが、優希の意思を蔑ろにすることは許さない。そこだけは釘を刺させてもらった。これだけ言っておけばそうそう暴走しないだろう。
こうして、優希とあいつらの不貞行為は、一応の収まりを見せた。
これからのあいつらの関係は、あいつら次第だ。私が口出していい話ではない。
だが優希は……誰を選ぶのだろうか。
京香さんめんどくさかわいい