初めて会った時のQはまだ幼かったが、その時既に、あの何とも言えない妖艶な魅力を備えていた。
小学校4年の二学期に転校してきたQは、その明らかに日本人ではない名前と、まだ9歳か10歳とは思えない大人びた雰囲気と、誰が見ても整った容姿のせいで、瞬く間に学校中の人気者になった。
整った容姿と言っても、最近のドラマに出てくる子役の、見るからに子供らしい、愛らしく溌剌、といったタイプではなくて、もっと影のあるような見た目だった。
クラスの集合写真や卒業アルバムを見返しても、すごく目を引くという子供ではない。
何だったら、もっと綺麗な顔立ちの子は他にいた。
それでも、Qには言葉にしがたい魅力があって、目が合うと老若男女問わず、思わず眼の裏に熱いものがこみ上げて、唾をのみ込まずにはいられなくなってしまった。
集団登校の年下の子たち、主に女の子たちは3日も経たずにQにまとわりつくようになり、上級生たちを怒らせた。
その上級生たちにしても、先を競ってQを甘やかして特別扱いをした。
Qの隣で投稿するための順番を決めるのに毎日揉める有様だった。
Qはそれを横目に、目じりを柔らかく下げて、頬を持ち上げ、あざとく微笑んで言うのだった。
「みんな、順番で行こうよ。」
順番。
同学年、同じクラス、同じ町内に住んでいた私にその順番は回ってこなかった。
Qの前後は5年生と6年生の女の子で固められ、Qの手を取るのは1年生と2年生の子たちで順番が決まっている。
学校に着いた後、Qと私は同じ下足箱へ向かい、半径1メートルの距離で靴を履き替えて、つかず離れずの距離で同じ教室に向かったものだった。
あれだけアイドルさながらの扱いをされると、多少は気疲れしてもよさそうなものだが、Qは決してそんな素振りを見せることがなかった。
私はその様子を見て、早く大人になって、Qの体にくっついて、まかり間違って、その唇に触れてみたいと思ったものだった。
まだ10歳の私は、性教育の授業も受けていなかったけれど、大人になったら、いわゆるエロいことだったり何だったりをするものだと、何となく知っていた。
夜寝る前、何気なく手を自分の体に回したり、トイレでパンツを降ろしたりする時など、私は折に触れてそのことを思っては、鼻の奥が広がってつんとするような、何とも言えない気分に浸った。
その時にいつも頭に浮かぶのはQで、Qはいつものように、さりげなくて完璧な、その上無関心そうな表情で、私の方に微笑んでいるのだった。
気が付くと私は四六時中Qのことを考えるようになった。
私がずっとこうなのだから、きっとQも私のことが好きに違いないと、そう思い込むに至ったのは、思春期の手前、まだ自我も発達しきらない、子供時代の若気の至りとしか言いようがない。
思い出しても恥ずかしい話だ。
後になって、その頃のことをQ本人に聞いてみると、子供ながらに状況のことはしっかりと把握していたらしい。
そもそもQの転校のきっかけになったのが、その前の学校に出入りしていた教員補助の女に手を出されていたからで、ことの経緯から、Q自身、自分がちょっと普通じゃないくらいに煽情的だということにそれとなく気が付いていた。
「まあ、奇妙なもんだよ。
いつもにこやかな補助員の先生がさ、下校時間の後に残れって言って、何でかわからないけど2人で社会科資料室の掃除をしようって言うんだよ。
なんか変だなと思いながらついていって、掃除を始めようかと中に入ったら、7月の暑い時期なのにカーテンが閉め切れられてて、部屋の鍵が閉められて、はあはあ言ってる年上の女がにじり寄ってきてさ。
『Qくんはまだこういうのしたことない?』なんて言いながら、僕の手を取って、自分のスカートをたくし上げさせるんだ。
なんか気持ち悪いんだけど、嫌とは言えなくてさ。
何なんだろうな、あれ。」
「え、一応確認なんだけど、やっぱり勃ってたの?」
私は生唾を飲み込みたいのを必死で押さえながら、何気ない風を装ってQに聞いた。
Qは一瞬呆気に取られたような顔をした後、困ったように笑って頷いた。
「まあ、そうだけどさ。
よくそんなこと聞くね。」
私はアルコールのせいにして、もっと詳しく話すようにQに促した。
容赦なく差し込んでカーテンを焼く西陽と、むせかえるような暑さと、自分と教員補助の女の汗の匂い。
薄暗い中、年上の教員補助の下着の中に伸びるQの手、指の先に触れる、ぬめっとした感触。
ほどなくして教員補助の女は、こらえきれないとでも言いたげに息を漏らす。
顔に視線をやると、瞳は潤んでいて、鼻の下が伸びているのを、緩んだ唇がまたさらにだらしなく見せていたとQは言った。
時間にして5分に満たない時間の後、夏休みまでの間、毎日社会科資料室の部屋を放課後に掃除するように言われて、Qは解放された。
それで、7月の終業式までの間、平日の放課後、毎日そんなことが続いた後に、終業式の後にQの両親が学校に呼び出された。
下校した生徒たちとは別に一人取り残されたQが、職員室脇の小さな応接室に呼ばれていくと、そこには両親と校長と教頭、学年主任と、顔を真っ青にして俯いている教員補助の女がいた。
「なんか、高学年の子が見ていたらしくて、終業式までには高学年の間ですごい噂になってたんだって。」
Qの話し方では、人懐っこい野良猫を見つけたみたいな気軽さに聞こえたが、実際には大問題になっていたらしい。
補助教員の女は逮捕され、新聞の地方欄に実名無しで報道され、そのままその小学校からいなくなった。
被害者だったQは特に何かを咎められるということはなかったのだが、夏休みになってすぐに母親の実家に預けられて、それから逃げるように一家で私のいた町内に引っ越してきたということだった。
その話を聞いた日の夜、私は自分のパンツの中に指を突っ込みながら、会ったこともない教員補助の女の呪った。
なんて羨ましいんだろう。
死んでしまえばいいのに。
Qに触ってもらえるなんて、羨ましい。
羨ましくて殺してしまいたい。
今から振り返れば酷く歪んでいたなと、我ながら思うのだが、その時は本気だった。
ちなみに、その夜のセルフプレジャー的なアレはすごく良かった。
出会った頃のQの、思わず眼の裏に熱いものがこみ上げて、唾をのみ込まずにはいられなくなってしまう気持ちを思い出しながら、中も外もすごいことになって、まあ満足度は高かった。
とにかく、何が言いたいのか言うと、Qは昔から奇妙に人の気持ちをつかんで離さない、悪魔的な魅力があったということだ。
それは私の妄想などではなくて、Qが転校しなければならなかった経緯からしても、客観的に間違いのないことだ。
その時の私にしてみれば、あの後のQがどうして環境問題なんかに目覚めていったのか、本当に理解しがたいところではあるのだけれど、何でこんなことにとぼやいてもどうしようもない。
Qは今では立派な犯罪者で、世間でいうところの環境テロリストだ。
時折、昔に戻ってQと一緒に、一生登下校していたいと思わなくもないけれど、そんなことを言ったら、Qに睨まれてしまうだろう。