小学校4年生から5年生にかけてのQは、町内会とクラスの中でハーレムを作り、傍目には少し歪んでいるけれども、ちやほやされて快適な暮らしを楽しんでいたかのように見えた。
ところがQに言わせると、当時の彼は同時に徹底的にいじめられていたのだそうだ。
「引っ越す前のこともあって、どうも親が同じ性別の子たちと仲良くしておいた方がいいと思ったみたいなんだ。
学校以外でちゃんと人と関わって、協調性も身に着けて。
それから、学力もつけたいってね。
それで、学校の後はやたらと習い事だらけになった。
火曜と金曜は地域のバスケットボールのクラブ。
木曜は自習型の学習塾。
水曜日と土曜日は中学受験にも対応できることが売りの個人学習塾。
それに月曜日は水泳。」
ハードだ、と私が感想を漏らすと、Qは頷いた。
「かなり忙しかった記憶があるね。
でも、それよりも、今までとは違う種類の人たちに囲まれて驚くことが多かった。
学校だと、先生と女の子たちに囲まれてにこにこしてれば一日が過ぎる。
でも、バスケのクラブでも、水泳でも、遅いとか、強度が足りないとか、下手くそとか、そんなことを毎回言われた。
そういう時、にっこり笑えば大体みんな許してくれていたのに、インストラクターの先生が厳しかった。
だから、何となく、僕が下手をしたら馬鹿にしていいって、そんな雰囲気が生まれてね。
まあ、色んな子に馬鹿にされたよ。
女の子たちも、運動ができない僕を、情けないとか、そんな風に言ってたっけ。」
それは子供に社会性を養わせる上ではとてもいいことなんじゃないだろうかと思いながら、私は先を促す。
「あまりにバスケでダメだったから、仕方ないってことで、年上の体の大きい男の子が僕にいろいろ教えてくれるようになった。
クラブの時間の間、ああすればいいとか、こうすればいいとか、細かく言ってくれるんだよ。
ありがたいなと思う一方で、でも全然できなかった。
インストラクターの先生は、その子のことを褒めてたよ。
『あいつはできない奴の面倒を見て偉い』って。」
「なんか引っかかる言い方だね。」
私のコメントに、Qは片目をつむって頷いた。
「そうなんだよ。
実際は、その年上の子も下手くそで、体が大きいだけって言われている子だったんだよね。
練習でも、試合でも、背が低いけどちょっと上手い子たちにいい様にされてて、微妙に馬鹿にされている子だった。
そういう子が、自分の居場所を確保するために、僕に優しくすることにしたんだよね、後から振り返ると。
まあ、当時から、何となく周囲の目とか、嫌な感じはしてたんだけど、そういう事情だったってわかったのは、もうちょっと後のことだった。」
全く前触れなく、Qはシャツの裾を上にまくり上げて、左側の横腹を私に見せる。
「なんか、青黒くなってるの、わかる?
練習が終わると、僕はいつもその子に体育館の裏に連れていかれた。
その子は笑いながら、冗談っぽく僕の体を殴って言うんだよ。
『今日も下手くそなおまえに付き合って疲れちまったよ。
一発殴ってやるから、ありがとうございますって言え。』ってね。
本当に、毎週そんなことが繰り返されて、僕の体はずっと青痣が絶えなかった。」
「誰かに言わなかったの?
インストラクターの先生とか?」
「言わなかったね。
前の学校の補助員の先生のことがあったし、一人で相談に行くのが怖かった。
それに、インストラクターの先生は厳しかったから、『そんなの自分で乗り越えろ。』って言われてしまうだろうなって思ってたんだよね。」
Qに言わせると、そんなよく分からない理由で、その子からの暴力は、彼が卒業するまで1年半ほど続いたらしい。
小学校にいる間はにこやかに振る舞い、女の子たちにちやほやされる日常と、バスケットボールのクラブでの暴力のコントラストのせいで、Qはどことなく、いつも張り詰めた雰囲気をまとうようになっていった。
「水泳のクラスで、背泳ぎを習った時、水面にあおむけになって、高いプールの天井を眺めながら足で漕いでた。
水泳の先生には、何の泳ぎでも遅すぎるって怒られていたけれど、あの時、このまま沈んで意識がなくなって死んじゃえれば、どれだけ楽かなあって、思ってた。
背泳ぎはそのおかげで今でも好きだよ。
次の瞬間には自分が消えてなくなってもおかしくないように思えるから。」
私は何ともコメントできなくて、意図的に話題を変えた。
「勉強の方はどうだったの?」
「特に、可もなく、不可もなくって感じだったよ。
でも、そっちはそっちでいろいろとあってね。」
Qは一瞬、遠くを見るように目を細めた。
「自習型の学習塾の方で、違う学校の年上の女の子に目を付けられて、塾の帰りに、公園の人目につかないところで、体を触られるようになったんだよ。
あれはあれで嫌だったなあ。」
「それって、ただの虐待だよ。」
「そうなんだけどね、彼女も1つだけ年上だっただけだから、何となく、子供同士のふざけ合いってことになっちゃうんだよね。
これが誰か、大人の目に触れていればまた違ったのかもしれないけど、僕の親も、彼女の親も、僕らは仲がいいって、そんな風にしか見てなかった。
それで、僕は、彼女が卒業するまで、週2で体を触られてたよ。
いつも同じ公園の、夕方の人目につかないところで。
彼女もね、教室ではいつもお姉さんぶって、行儀のいいタイプの子だったから、ストレスたまってたのかもしれないよね。
中学受験が本格化するタイミングで、だんだん来る回数は減ってけど、結局1年半、そんな風で。
まあ、いろいろあったよね。
殴られたり、体触られたり。」
「え、一応確認なんだけど、やっぱり勃ってたの?」
私は生唾を飲み込みたいのを必死で押さえながら、何気ない風を装ってQに聞いた。
Qは一瞬呆気に取られたような顔をした後、困ったように笑って頷いた。
「まあ、そうだけどさ。
よくそんなこと聞くね。
この間も、似たようなこと聞かなかった?」
私は、自分でもよくわからないことをもごもごと言って、Qの質問をはぐらかした。
「振り返ってみれば、小学校の4年と5年っていうのは、あんまりいい思い出がないよね。
なんでこんなことになったんだろうなって思うくらい、いつも嫌な思いをしてて、気を緩めるタイミングが見つからなかった。
でも、まあそのおかげで、体は強くなって、本を読緒むのも計算も早くなって、足も速くなった。
いいことづくめだよ、犠牲は大きかったけれど。」
「大きすぎるよね、犠牲。」
「まあまあ、昔のことだから。」
Qは穏やかな口調で私を宥める。
著名人の環境保護に配慮していないSNSの投稿を舐めるようにさらって、キャンセル・カルチャーよろしく過去をほじくり返しては人格否定レベルで暴言まみれの批判を繰り返す活動の元締めであるとは、とても思えないような温和な表情を浮かべるQを見て、私の顔が、何となく熱くなるのがわかる。
気まずさをごまかすように、私はまた話題を変える。
「でも、Qはその頃、好きな子とかはいなかったの?
モテてモテて困っちゃうって状態だったのはわかったけど、恋愛とかはしなかったの?」
私の質問に、Qは困ったように笑った。
「家庭教師の先生で、大学生が家に来ていたんだけどね、その先生のことは好きだったよ。
Qの回答が、微妙に私の脳裏に引っ掛かった。
じゃあ、いつ相手にされたのか。
そして相手にされた時、2人はどんな風にお互いに向き合ったのか。
Qは彼女と寝たのだろうか。
それとも、彼女がQを押し倒して、少しお酒が入っていたくらいではとても打ち明けられないような、汗と体液まみれの酷いことをQにしたのだろうか?
股の間がむずがゆくなるのを感じながらも、その時の私は、それ以上深く追求しなかった。