貞操逆転世界のおちんぽサムライ〜私は彼女ですか?いいえ。あなた“も“セフレです〜【挿絵あり】 作:たんばりん
「ただいま……?」
静けさが支配するロビーを通り、部屋を回るも人っこ1人いないホテル。
やっとこさ、食堂に人の気配を感じて開口一番、笑顔で帰還を伝えるも言葉尻に疑問符がついて暫しその場で硬直する。
「は?」
目の前に広がる光景に思わず顔を顰める俺に柱の影から現れた布を被ったナニかがクツクツと笑い声を上げながら手を叩いた。
「死んではいませんよ。全員ね」
男性の声音で話すソレの顔は布をフードのように被り伺い知ることは出来ない。
食堂には水泳部連中に、ホテルの従業員も含めて皆がまるで眠るよう床に倒れ伏していた。
「怪異か」
目の前にしてもヤツから醜悪な妖氣を感じることが出来ないが、それでも荒唐無稽な現場を前に腰に佩いた叢雲に手を当てた。
「何者だ。おまえ」
眉を吊り上げて問う俺にヤツは暫しの沈黙の後、「察しは突いてるでしょう?」と答えながら俺との距離を詰める。
「鼠小僧。貴方、ニンゲンがそう呼ぶ妖ですよ」
被っていたボロ布を剥いで顔を見せる。
人間のような顔つきに、ゲシ類を彷彿させる突き出た前歯。
口角を上げる鼠小僧に俺は目的を問う。
ホテルに戻りロビーにて避難していた水泳部一堂に手を挙げると皆が顔を見合わせて絶句している。
「ちょっ、け、ケガは!?」
美咲が声を上げると恵とクルミが恐る恐ると言った様子で近づいた。
「あ、これ全部海坊主の返り血」
全身を染める怪異の血。
人間のように真っ赤な俺に「そ、そう」と顔を引き付かせる彼女。
「たくみん、勝ったのー?」
美優の言葉に「もちろん」と笑顔を浮かべると遠巻きに見ていた従業員が声を上げる。
沖縄出身者だろうか。
あまりの歓声ぶりに俺は手をあげて応えると割れんばかりの拍手が空間を支配した。
「お疲れ様」
美咲が一歩、歩み出て俺の顔についた血をハンカチで拭う。
「今日はもうお開きすか?」
クルミがルルに視線を向けるとルルは考えこむように腕を組んだ。
「あ、俺は一旦沖縄支部に討伐の報告に向かいますね」
報連相は基本なり。
俺の言葉に遠巻きで見ていたタチバナが「その必要はないかと」と冷静な声音が返ってきた後、遠くに響くサイレンの音を耳が捉える。
「海坊主出現の報はすでに沖縄支部に連絡をしておりますので」
いくつもの音が重なったサイレンが次第に大きくなりやがて止まる。
どうやら大量の退魔師を連れて来たのだろう。
どたどたとした大勢の足音と一緒に退魔師特有の氣の匂いが鼻を刺激した。
「華岡。お客様をご案内しなさい」
タチバナが自身の横に立つ従業員に指示を出すと、華岡と呼ばれた女性が背筋を伸ばして返事を返した。
「その前に、私からもご挨拶させて下さい」
はて、このような人物いただろうか。
灰色のロングヘアーの女性。
華岡と呼ばれた従業員がツカツカとヒールを鳴らし俺に近づく。
「改めまして、この度は誠にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてから彼女は右腕を俺に突き出す。
握手を求めている。
咄嗟に判断して俺は差し出された手を握り「どーも」と言葉を返すと彼女がニィっと口角を上げた。
「ツカマエタ」
ぎゅと握る力を強められると全身を襲う虚脱感。
「ッ!?」
握られてない手で相対するそれの顔を殴りつけようとするも空を切った。
身体から力が抜けて膝から崩れ落ちるも尚も離れることのない手。
「華岡!あなたなにをしているのっ!」
タチバナの怒声が響く中、猛烈な睡魔が俺を襲い、瞼が重く閉じようとしている。
「離しなさい!」
ドンっ。
美咲の声と共に身体側面に感じた衝撃と共に俺は吹っ飛び、掴まれていた腕が離れた。
「邪魔をするなァ!」
受け身を取ることも億劫に感じる中で、怒声が響く先程まで居た場所に視線を向ける。
「美咲ッ!」
誰かが彼女の名を叫ぶ。
華岡の手が鋭くナイフのように尖り彼女の胸元から腹にかけて切り傷を作り、血が宙に舞った。
瞬間、未だ弛緩を続ける筋肉に精氣を送り込みその場から華岡の胸元まで跳躍する。
「ふざけんなァっ!」
拳に氣を纏い右ストレートを彼女の腹部に放つもぬらりと紙のようにかわすソレが笑う。
「あの方に見染めらるだけのことはありますね」
腕をにゅいっと俺の顔に伸ばすのを払い除け、叢雲を抜刀し横薙ぎに切りつけるも、実体を捉えることは叶わずただ空気を斬るだけに終わる。
「……玉藻前とも契約するだけはあるようですし」
華岡が自身の顔に手を当てるとまるで仮面を取るように、顔つきが変わる。
「鼠小僧か」
禿げた頭に突き出た前歯。
それだけで、凡そ正体に当たりをつけながら俺は倒れ伏す美咲を抱えて後方へと跳躍する。
「動かないで。いま止血する」
顔を顰める彼女にそう声をかけて切り裂かれた傷口に精氣を当てがう。
「……か、……こ……ころ……す」
俺の肩を掴む彼女の手がぎゅっと締まる。
美咲の家族の仇がいま目の前に現れている。
「任せて」
彼女に微笑みを返し、再度鼠小僧に視線を向ける。
「目的は?」
俺の言葉にハゲ頭がきょきょきょと肩を震わし嗤った。
「察しはついているでしょう」
「まあね」
どうせ俺だろう。
叢雲に氣を送り正眼に構える。
「ルルさん、みんなを連れて退避して下さい。タチバナさん。我那覇支部長、他退魔師をここに案内してなるべく早く結界を構築して下さい」
コイツは並の怪異ではない。
直感がそう告げていた。
いまのいままで気がつかなった潜伏技術。
そして、先程なにかをされてから氣を纏うのがどこかぎこちない影響にこの現状。
戦局は第二局へと移行する。
鼠小僧に睨みつけながら俺もまた嗤っていた。