異哲偽作断片集 作:小沼高希
ケトキイともキイケトとも取れるようななにかです。
断片019-A-1
夕食後、明かりを持ってケトは私の部屋に入ってきた。
「念のため確認しますが、キイさんの育ったところでは夜中に男性を自分の部屋に呼ぶことが特別な意味を持っていたりしませんよね?」
「……ある、って言ったら?」
これはただの、ちょっとした悪戯のつもりだった。ただ、後で考えれば色々と思慮が浅かったのだと思う。
「いい、ですけど、僕で、いいんですか?」
旅人をもてなす方法の一つに夜伽があるぐらい、知っていた。それは普通は女性が男性に行うものだと知識にはあったが、その理由はいくつか挙げられる。
多くの旅人が男性だったこと。性的快感を得るための条件の低さ。あるいは妊娠のリスク。とはいえ、ここらへんはいくらでもなんとかなるだろう。
つまり、ケトは私の誘いをそう受け取ったのだ。
「……嫌なら、別にいいよ。本題はそうじゃないから」
少しだけ、逃げたかった。ケトが司士としてそういうことを避けているのはわかっていた。けれども、それ以上に私のことを考えていてほしくはなかった。そんな形で他人の人生を歪めてしまった責任を取れる力なんて、私にはない。
ケトは、静かに台に灯りをおいた。煤の場所からして、普段はそこに置かれないだろう、寝台と同じぐらいの高さに壁から出ている場所に。
そうして、ケトは寝台に腰掛けていた私の隣に座る。
「……嬉しいです」
ケトは私をゆっくりと押し倒すようにして、耳元で囁く。こういう経験は初めてだけれども、悪くないと思えた。むしろいい。
「キイさんと、こういうことしたいって思っていたんですよ」
「……そう言われると、悪い気はしない」
いい匂いがする。香水だろうか。私の頬に触れるケトの髪がわずかに湿っていた。水浴みとかをしてきたのだろう。なら、むしろ私が断ってしまったら彼を失望させることになっていたのだろう。そうならなくてよかった。
身体を動かして、寝台と平行になるようにする。私の顔の隣には嬉しさがこもった息をするケト。
手をゆっくりとケトの腰に回して、身体を横にする。腕の中にある下腹部は私と同じぐらい細いが、身長と年齢と骨格を考えればそんなものだろう。
「……緊張してる?」
ケトの心臓の音が聞こえる。私のかもしれないけれども。
「……気がつきます?」
「まあね」
私はそう言ってケトをしっかりと抱きしめる。こうやって求められたら応えたくなってしまうのが、なんというかお人好しなところだなとは思う。
もちろん、リスクは把握している。けれども、そのリスクを無視できる程度には私の身体は生理的メカニズムに素直に従っている。
「私が導いた方がいい?……と言っても、経験がないんだけれども」
「そうなんですか?」
横を向くと、素直に驚いたような顔をする可愛いケトの顔があった。手を伸ばして頬に触れる。
「私は君が思っているようなところの出身じゃない。逃げてきたわけじゃない。……けれども、君が欲しい」
この言い回しであっているのかな。確か行動を依頼するときにも使う言い回しに通ずるはずだからニュアンスは汲み取ってくれるはず。
「望まれたら、与えたくなるんですよ」
そう言って微笑むケトを、同じぐらいの高さにある燭台の火が照らす。ああ、だからあそこに使われていない台があったのか。
「……で、ケトくんは経験があるの?」
私が名前を呼ぶと、ケトはぴくりと身体を震わせた。少し意地悪な言い方だったと思う。一瞬だけ目を伏せてしまったケトを慰めるように私は身体を寄せる。
「……初めては、キイさんがいいです」
この呼ばれ方はほとんど使われたことがないはずなのに、そう言われただけで私の胸がぎゅっとなる。ああ、だから名前を呼びあうのか。
「唇を合わせるって言って、意味がわかる?」
「……ええ」
反応までに時間がかかったところから考えると、唇同士でのキスは性行為にカウントされる文化なのだろう。親愛のものだとしても、したいけど。
「しよっか」
「……はい」
部屋に誘ったのは私なのだし、ある程度はリードしていきたいところだ。基本的にケトも私も同じような種に属している以上、脳の体性感覚野でどこからの情報が重点的に処理されるかも、解剖学的構造の差異に起因する結合体勢の制約も、同じようなものだろう。
ケトの背中から外した手の指を自分の唇に当てると、少しだけ荒れていた。ビタミン不足かな。少し唾液で濡らして、爪先でぴっと引っ張る。
「っ」
思わず痛みで声が出てしまう。少しだけ口の中に鉄の味が広がる。まあいいか。
「大丈夫、ですか?」
ケトの心配する声が聞こえる。
「……ケトくんのほうが心配だよ」
全身に力が入って緊張している。これをほぐせるほどのテクニックはないから、慣れてもらうのが一番だろう。詳しくは知らないけれども。そういうノウハウを教えてくれる本の中に信頼できそうなものはなかったし、実際に試す相手もいなければ必要もなかったので。
「……怖いなら手を繋いでおくから、目を閉じていてもいいよ」
私がそう言うとケトはぎゅっと瞼に力を入れて、手探りで私の腕をなぞる。手首と、手の甲と、指に細いけれどもしっかり仕事をしている人の指が絡んでいく。
「……いくよ」
ケトが指に力を入れた。私は濡れた唇を近づけて、ゆっくりと舌を入れる。