※この作品はR-18です。

えっち大好きな美人家庭教師が可愛い教え子くんに手を出した結果押しかけてきたカノジョがやばすぎた話   作:萩萩

3 / 5
黒髪長髪、容姿端麗の女子大学生・井川麗香は、なんとなく始めた家庭教師アルバイトで受け持った陰気で可愛らしい男子生徒・天橋聡との邂逅を経て、自らに秘めた性癖を解放していく。一方、天橋聡と同じ高校の同級生・黒木美智は、彼を惑わす家庭教師へ不信感を抱いていた。家庭教師の誘惑にまんざらでもない態度を示す天橋に対し、沸々と暗い独占欲を示す黒木。好意のエスカレートするふたりに挟まれる天橋の選択は……。

すみません。ミスで文章重複してる部分ありました。
修正しました。


3:黒木美智

 入学してすぐ、出席番号順に並んだ席の右端最前列が聡くんでした。その左隣が[[rb:黒木美智 > くろきみのり]]。私です。一番前の席は何かと面倒。新学期は特にその気が強い。初めて見る先生が友達みたいに絡んできた暁にはもう、最悪です。自己紹介は一番前の列スタート。黒髪の少し長い男子が机を邪魔がりながら立ち上がる。彼が聡くんです。

「あっ…………[[rb:天橋聡> あまはしさとる]]、です……え、えっと、中学校は、美術部でした」

 たどたどしい口ぶりは、聞くだけでこちらまで恥ずかしくなるタイプのものだった。でも、よく通る良い声。小さい身体を丸くして、座りたがってた。

「あ、あの、よろしくおねがいしますっ……!」

 教壇に立つ担任は、なだめるように笑顔でうなずいた。聡くんはゆっくりと席に着きます。「取り返しつかなくなっちゃった」みたいな顔が一瞬だけ私に向いて、私は担任と同じ表情になる。

 ぼーっとしてれば一日が終わって、一週間が終わって、一ヶ月が終わる。中学校の三年間はあっという間に終わりました。それは高校でも多分同じ。手始めに、第一期のテストが終わりました。面白いことといえばひとつしかなかった。

 隣の席の天橋聡くん。彼は真面目に授業を受けているようでいて、実のところは絵を描いています。特に今日のは大作、現代文の授業のほとんどをお絵描きに費やしていました。

 ……お絵描きと呼ぶには、ちょっとクオリティが高すぎました。授業の板書を普通に書いたかと思ったら、その周りに黒板のふちを描き足した。掲示物やスピーカー、立ってる先生の姿までも加わる。私たちの目の前にある授業風景が、天橋君のノートにそのまま模写されていました。

 なぜ、私がそれに興味を持ったのか。それは、すごいからです。率直に。

 日々をぼーっと生きているだけの私にとって、この退屈な授業時間は何になるのか。天橋聡にとっては、偉業を成し遂げるに十分すぎる時間だったみたいです。それは才能です。聡くんにしかできないこと。学年1位の成績なんて、学校1つごとに3人いる。

 でも、聡くんはこの世に一人しかいない。

 聡くんが集中している間は、全身の動きに迷いがない。まっすぐな瞳は前方とノートを行き来して、そのどちらにも鋭い目つきを向けている。

 真面目に授業を受けるよりかは確実に、遥かに、聡くんを眺めることの方が素晴らしく価値のあることだと思いました。

 

 

 

 ある放課後。

「絵、描いてたよね」

 席から声を掛けただけなのに、なにか大きなことに臨むような鼓動がした。ついに、と言うのが正しいほどに私はこの瞬間を待ちわびていたのかもしれない。

「ね、描いてるよね、いつも。授業中」

「あっ……す、すみま、せんっ……」

 天橋君は驚きながら振り向いて、怯えるような目で私を見つめました。私も、同じことをされたら同じになる気がする。きっと同じくらい人見知りなので。

「すみません、って。なにが?」

 見当違いな会話が、すっごいタイムラグを伴いながら展開していきます。

「え、いや。だめ、ですよね……。授業中にあんなことして」

「いいと思うけど」

 いつもすぐ帰ってしまう聡くんを、どうしても引き止めたかった。これを運命の出会いにしたい。運命の出会いというのはよく「些細なきっかけに過ぎなかった」と語られますが、私にとっては全然些細じゃありませんでした。重大な任務を負っている気分でした。

「描いてたの見せてよ」

「……え、」

 フリーズしていた聡くんが再び動き出し、教科書やノートが次々と鞄に放り込まれていった。私の方をちらちらと見ながら、素早く帰宅の準備が進む。

「今日、描いてたやつ」

「え、いや、あっ……」

 席から立ち上がり、一歩進めば聡くんの鞄の中身が見えた。上から覗き込み手を入れる。

「[[rb:現文 > げんぶん]]のとき……っていうか、暇そうなとき、いつも描いてるじゃん──ほら、これ」

 それらしきものを見つけ掴む。聡くんは拒まなかった。

 遠慮なくパラパラめくる。聡くんは拒まなかった。

「え、えっ……あ、あのっ……やめて……」

「おー……これこれ、あ、見たことないやつもある」

「え、えっと……」

 パラパラパラと、一冊目はすぐ見終えました。せっかくの機会だし、もっと見せてほしい。

「も、もう……いい、よね……」

「まだあるでしょ? 出して」

「は、はいぃ」

 私がめんどくさい人であることを察した聡くんは諦めて、少し考えてから、数冊のノートを机に出してくれました。数学や化学など。

「あ、意外とちゃんとノート取ってる」

「ま、まぁ……はい」

「褒めてないからね」

 こちらの授業には余裕がないのか、おまけ程度の小さなイラストが目立ちます。目がいっぱいあるページなんかは気持ち悪いとまで思った、けど、紙ではなく、ひとつひとつのパーツを見つめればそれらは例外なく綺麗だった。

 現文のノートよりもじっくり見ました。描き込みが細かくて、見れば見るほど新しい線が現れてくる、そんな感じがします。それから、聡くんに声をかけられるまで、ずっと見入っていた。「もういいですか」と言われて、力なく「うん」と答えた。

 もういいわけはなかったです。

 じっくり見すぎて、心を奪われてしまった。いま、聡くんの鞄の中でノートと一緒に眠っている。心のなくなった私は、売れ残りの人形のように座っていた。教室で、ひとりだった。

 

 

 

 それから私は毎日のように声をかけました。鬱陶しがられたのも最初だけで、聡意外とすぐ、心を開いてくれました。

 ある時から、私の目の前で絵を描いてくれるようになった。早く帰らなくていいのと聞くと、いいと言われた。親の帰りが遅く、家に一人でいるのが寂しいそうです。

 かつて私の心の中にいた聡くんは、どこか無機質でした。冷たく、ただ絵を描き続けるだけの機械。精緻すぎるその手つきが、生き物であるようには感じられませんでした。だけど、私に向かって絵を描く聡くんは、確かに生きていた。線を引きながら私に語り掛ける姿はまるで、無邪気な子供のようでした。時折見せる真剣な目つきも「子供がこんな顔をするんだ」と感心させられるときと同じように、綺麗だった。

 部活に入っていれば活動が始まる頃、教室の人が減り始めて、やがてふたりきりになる。飽きるまで私は聡くんと居る。とっくに夕暮れなのに、それが私の一日の始まりだった。

 なのに。

「黒木さん、ごめん。今日は……帰るね」

「えっ、なんで」

 驚くに決まってます。聡くんがいない放課後は、日が昇らない朝と同じです。そもそもそんなものは朝と呼ばないのかも。

「……勉強、しなきゃって思って──ほら、や、やばかったし……テスト」

「聡くんは絵を描いて」

「え、ええ……」

「その席なら私の回答が見えるでしょ。カンニングすればいい」

「だめだよ…………いや、せ、席替えとかもあるし!」

 良い感じの言い訳を見つけたみたいな表情が癪にさわる。聡くんはお絵描き一筋じゃなかったんですかー。

「あ、あの、明日は大丈夫だから……」

「明日はよくて、今日はだめなんだ」

 手首を掴んだまま、離しません。離したら死んじゃうことを知ってるから。

「えっと、あの……ごめんっ、本当に……」

「塾とかに行くの?」

「え、あ、まあ……そんな、か、感じで」

「詳しく教えて」

「え、え……あ、あの」

「聡くんは家庭教師のほうが合ってるよ」

「あ、う、うん……だから、家庭教師の人が今日、来てくれて……だから、帰らなきゃいけなくて」

「……そう」

 確かに冷静なってみると、学業の成績が悪ければ趣味に制約を掛けられてしまうのも仕方がないのかも。聡くんも、どこか不満そうな顔をしていました。悪いのは聡くんじゃないので、仕方なく解放してやります。

 「……あ、明日は、必ず──」

「あたりまえ」

「あ、あ……はい」

「頑張ってね。勉強なら、私も教えられると思うから」

 少しだけ嘘。勉強は私が教えたほうが良いに決まってる。

 聡くんの絵を見られない日も、私は教室に残りました。なにをするでもなく、気が済むまでぼーっとしました。火曜日、木曜日、金曜日。週三回、聡くんは早く帰ります。土日はもともと会えない。会いたいけど。もしかしたら会えるのかな。私が聡くんの絵をじっくりと見る機会は半分以下になりました。寂しいです。仕方がないってことにして納得するしかないのかな。

 授業中に絵を描くことも減っていきました。たまに描いているのを見てみても、何かが違う。集中しているようには見えませんでした。このままではいけない、聡くんが変わってしまう。そう思いました。

 もしかしたら、変わろうとしている。その可能性もありますが、私は許しません。月曜日と水曜日だけが、私を安心させました。その日だけは聡くんが聡くんであることを、しっかり確認できました。

 

 

 

 ある水曜日。

「……勉強、うまくいってる?」

「まあ、うん」

「絵は?」

「あ、うん。先生に絵を見せたら、褒めてくれたよ」

「え、そうなんだ」

 私にはあんなに隠したくせして、家庭教師には見せたんだ。

「人に見せるなんて珍しいね」

「そうかな……? 黒木さんのおかげで自信がついたのかも」

「そっか、嬉しい」

 どうして、絵を見せたのだろう。それが気になりました。私のおかげで自信が付いたといっても、聡くんはそれをわざわざ見せびらかすような人じゃない気がする。でも、誇らしい気持ちもありました。聡くんのすごさが認められるのは嬉しい。

「聡くんの部屋って、どんな感じなんだろう」

「え、えっ、普通……だと思うけど」

 当たり障りのない返事が返ってきた。普通と言っても、よその人にはどんな部屋だって特別に見える。そんな部屋で、私の知らない人とふたりきりになっているなんて怪しすぎる。

「そこで先生と勉強してるんだよね」

「う、うん」

「ふたりきりで」

 ストレートな物言いをしてみると、しばらく沈黙されてしまいました。

「ふたりきり」

「い、言い方が……」

「ふたりでしょ?」

「あ、あの……ふ、ふたり、ふたりだけど……いや、変なことはなくてっ」

 しどろもどろになる聡くん。別に珍しくはないけど、怪しいと思った私の感覚は間違っていませんでした。

「変な意味で聞いてるわけじゃないけど」

「あ、う、うん……」

「でも、女の先生って言ってたし。聡くんは女の人、好きだもんね」

「べ、別になにもないよ、普通に、普通だから……」

「普通ってなに? 私と聡くんは普通?」

「わ、わかんないよっ……普通、普通だと思うけど……」

 少し、困らせすぎたかな。『普通』という言葉が残念そうで、少し気になってしまった。

 聡くんはその先生に、普通以上を期待しているのかもしれない。私にも同じことを思っているのだとしたら、半分は嬉しいけど。ふたりの女の子にそういう気持ちを抱くのはずるいし、普通じゃないと思う。

 

 

 

 日が過ぎるに連れ、家庭教師についての話が増えていきました。聞いていないことまで嬉々として喋り続けるから、私はそれを聞くことになる。勉強がうまくいってること、絵もよく褒めてもらっていること。その他もろもろ。相手が若い女の人だということは察しがついていたけど、まさか大学生のアルバイトだとは。私たちは高校一年生だからぎりぎり恋愛対象になりそうで危ない。次のテストがすごく楽しみだとも言っていた。いかがわしい約束で頑張らせて点を釣り上げるようなことをしていたらどうしよう。絵を描かず勉強に打ち込み始めたらどうしよう。不安すぎる。

 聡くんは彼女を「井川先生」と呼びます。聡くんがそれを口にするときの表情が嫌だった。見れば見るほどに、自分の中の聡くんが揺らいでいくから。聡くんが私以外の人と仲良くすることなんて想像したこともありませんでした。冷静になって考えればそんなことありふれているはずなのに。私は私を騙して、目を逸らしていたのかもしれません。聡くんに私の名前を書いて自分のものにできたらどれだけ楽なことか。今日は、金曜日。聡くんは早く帰ります。

 ……悪いことだという自覚は、片隅にはあった。聡くんの跡をつけてみることにした。早く帰りたくてたまらなそうな聡くんは早足でした。バスとか電車に乗ることを想定していたのに、聡くんの自宅は徒歩圏内でした。ラッキー。

 聡くんの入っていった建物を遠くから眺める。一軒家、ということだけは知っていて、見てみるとその通りだった。どんなものかとイメージを膨らませていたけど、それはまさに聡くん。悪くない意味の地味で、落ち着いた風貌があった。それが本当に自宅だという確証はないけれど。聡くんがほかに行く所なんてコンビニくらいしかないから、たぶん合ってます。ばれることがなくて良かったけど、少し遠かったです。

 私はそこで待ち伏せします。『井川先生』と話がしたいからです。あと、聡くんの所有権を主張するためでもあります。

 最悪のケースを想定する。聡くんは、井川先生のことが好き、私なんかより遥かに。……吐き気がしてきた。でもそれは私が恋愛に不慣れなために実際は獲できたはずの好意を取りこぼしているだけにすぎないので私は大人のずるい恋愛に騙されてしまいそうな聡くんを救わなければならないのだ。使命です。

 そろそろ午後4時くらい。何時に来るのかはわからないけど、来ることに間違いはないのだから、ずっと待てばいい。私は目を凝らします。聡くんの家に接近する女性を見逃さないように、じっと見つめる。私が怪しい人のように見えてしまうくらい、人通りが少なかったです。楽しそうな小学生が自転車で駆け抜けていく、そのとき彼らは私の方を見ました。怪しいと思われたかも。

 それから、ずっと待った。だいたい40分くらい。こんななら少しくらい学校で私といても良かったじゃん。

 本当に来るのかな、疑いかけたその時。聡くんの家の前ではなく、私の背後から。少し背が高い、いかにも高校生に勉強を教えたがりそうな女性が歩いてきた。

 スタイルが良くて、黒くて綺麗な髪が肩まで真っ直ぐ伸びている。大人びてるけど、大学生と言われても全然おかしくない。そう見えました。早足気味で歩いていて、電柱のように立ち尽くす私には見向きもしませんでした。

 聡くんは前に「家にずっと一人で寂しい」と言っていた。親の帰りは遅く、兄弟や姉妹もいないはず。つまり彼女が聡くんの家に行くのだとすれば──という推察より、直接聞いたほうが確実だし早い。

「あの、すみません」

 すると、早足は立ち止まって振り向いてくれました。その女性の顔を見た時、なぜか井川先生だと確信できました。どことなく、私に似ていたからでしょうか。

「井川先生ですよね」

「え?」

「天橋聡くん、って、わかりますよね」

 するとその女性──先生は目を細めて、微笑みました。

「きみ、同級生?」

「はい」

「名前は?」

「黒木美智」

「へぇ、きみが」

 聞いたことがあるみたいな口ぶりでした。聡くんが教えたというなら不思議ではないけれど。

「もしかして、聡くんから聞きました?」

「いや、名前は初耳だけど、でも……」

 それから先生は「ふふっ」と、嫌に笑った。そして、私の肩に手を置いた。

「顔を見たら、そんな気がして」

「……なにがですか」

「天橋君、好きな人がいるって言ってたから」

 先生は『好き』のところを強調して、からかうように言いました。

「それが、私ってことですか?」

「うん」

 当たり前だ。そんな口調で返されて、少し拍子抜けしました。聡くんは、私のことが好きなのか。私の都合のいい妄想でなく、本当に?

 まだ納得がいかない。そもそもこの人を信用していいのかもわかりません。

「聡くんは、井川先生のことのほうが好きみたいですけど」

 口にするのも嫌気が差したけど、万が一そうだったときのために私はここにいるのです。

 それを肯定するような返事がきて、私はさらに気持ちが悪くなった。

「知ってるよ」

「……は?」

 言っていることがおかしいように思った。直接聞いてどうにかしたかったけど、何から聞けばいいのかがわからない。冷静に考えればそんなこと、ありふれているはずなのに。

「天橋君はね、選べないんだよ。まだ」

「何を?」

「ふふ、ぼーっとしてたら、とっちゃうよ」

 なに、この女の人は。

「……なんてね」

 その言葉を付け足されても、ただの誤魔化しにしか聞こえませんでした。問い詰めなければならない。そう思った。

「聡くんのこと、好きなんですか」

「もちろん、教え子としてね」

「だったら、邪魔しないでください」

「もちろん」

 その言葉を信用できませんでした。この人が聡くんに興味がないとしても、私の邪魔をしようとしている気配を感じ取れたからです。

「信用できない、って顔してるね」

「はい」

「きみは、天橋君のことが好きなんだ?」

「だったらなんですか」

 つい、強くつっかかってしまった。会う前からずっと敵視していて、会えばそれがそのまま答え合わせになった。

 

『ぼーっとしてたらとっちゃうよ』

 

その言葉が脳裏をよぎる。たちの悪い冗談と切り捨てられないほど、たちが悪すぎる。

 だけど先生の口からは、私の想定とは逆の言葉が出てくる。

「天橋君のことが好きなら、協力してあげたいなと思って」

「……どういうことですか」

「そのままの意味だよ」

「その意味がわからないんです」

 一言一言を聞くたびに怪しさが増していきます。でもしっかり聞かなければいけないと思った。

 いやむしろその口ぶりは、ちゃんと聞いたらちゃんと良いことがあるかのように思わせられるようなもの。そのくらい、彼女は魅力的でした。聡くんの気が惑うのも納得できると、少しだけ思う。

「ふふっ、まあ、仲良くなるのはこれからってことで」

 にこにこと笑った先生は、そのまま行こうとしました。手首を掴み引き止める。すると、先生は笑ったまま私を見た。不思議と、気味が悪いとは思いませんでした。

「まぁ、焦らないで」

 私より先に喋り出した先生はスマートフォンを取り出した。

「天橋君には黙っておくから、連絡先交換しない?」

「なんで」

「いちおう」

「怪しすぎます」

「うーん、そっかぁ」

 怪しすぎるので流石に拒否しましたが、先生は嫌そうな顔をしませんでした。そういえば、聡くんの連絡先も知らないな。

「来週の火曜日の17時前。ここで待てる?」

「次に来る日?」

「うわ、詳しいね」

 そう言って、先生はまた笑いました。なにがそんなに楽しいのかわかりませんでした。

「いいものをあげるから」

「怪しい……」

「ふふ、本当にいいものだよ」

 信用するつもりなんてなかった。だけど、先生の口ぶりがあまりに明るくて。それが本当にいいもののように思えてしまった。

「じゃあ、来ますけど。聡くんになにかしたら怒ります」

「あはは、君は天橋聡のなに?」

「…………聡くんのこと、よろしくお願いします」

 

 

 

 週明けの月曜日。聡くんの様子が少し変でした。なんか、たどたどしくて。いやそれはいつもだけど、いつも以上に挙動不審で、隣の席の人──私をちらちら覗くみたいに見てる。

 先生になにか変なことを言われたのかな。

「あ、あの、黒木さん」

「聡くん」

いつも通りの放課後だけど、聡くんの方から声を掛けてくるのは珍しい。

「あ、あの……」

「どうしたの?」

 ダメだ、顔を見ただけでそう思いました。先生が何をやらかしたのか知らないけれど。あの人、協力とか何とか言って、雑に「美智ちゃんは聡くんのことが好きらしいよ」と伝えただけなのでは? 聡くんの顔がそういう顔になってる。

 別にいいけど。あの女のシナリオ通りには進みたくないと思った。

 ──

 ────

「聡くんのこと、大好き」

 当たり前のことのように言いました。嘘じゃないし、言って悪いことでもないはずです。それに、取り返しのつかなくなる前に気持ちを伝えておかなければならないということは、心の片隅でいつも思っていたし、気持ちはまっすぐに伝えたほうが良いことも知っていた。 

 聡くんは目を見開いて、口も開けて。いつもみたいに驚いた。聡くんの驚きに大小はない。驚きがあるだけ。もしくは、常に最大に振り切ってる。

「大好き」

「え、ぁ、えっ……?」

 もしや、知らなかったか。なら、先生は聡くんに何を施したのだろう。気になって仕方がなかった。もう少し慎重になれば良かったと思ったけど、抑えきれませんでした。

「でも聡くんは井川先生のことも好きなんでしょ」

「え、えっ、あ……いやっ……」

「それで、どうしたらいいかわからないんだ」

「あ、あ、ああっ」

「ちがう?」

 聡くんはパニックになってしまいました。そんなになる? 私も、少し混乱した。

「あ、あ、っ……」

 聡くんは席に座ったまま呻き声を上げました。とても、絵を描くのが見られそうな状況ではありません。

「井川先生と私、どっちが好きなのか選んで」

「え、えっ……く、黒木さん、ですっ!」

 ……そうなんだ、という驚きと、即答じゃないんだという切なさ。統合されて、ただ複雑なだけの嬉しさとして受け止めた。

「本当?」

「……す、好きでした、ず、ずっと!」

「私もずっと好きだよ」

「え、あっ……そ、そうだったの……あ、あ、なんか、よかったかも」

 しばらくすると落ち着いて、そういえば先に話しかけてきたのは聡くんのほうだったなと、思い出します。

「……ごめんね、いきなり。で、どうしたの?」

「え、え……?」

「話しかけてきてたじゃん」

「あ、あ……それは」

 少し口を噤んで、聡くんは私の目を見た。

 「す、好きだって、言おうとしただけです。そしたら先に言われちゃって、あはは……」

「ふうん」

 

 先生の言葉通りに私たちの関係が好転した、かもしれないし、違うかもしれない。何が良いことで悪いことなのかわからない。

 火曜日の17時。迷っていたけれど、会いに行くことにしました。真相を確かめなければならない。

 もし先生が邪魔者なら対処しなければなりません。

 

 

 約束通り、火曜日の17時。

 先生はすでに、聡くんの家が見えるあの道にいました。先ほど到着したばかりのようです。

「あ、美智ちゃん」

 初めて会った時よりも明るい声で話しかけてくれました。私はまだ心を開けずにいたから、率直に聞きました。

「聡くんに何をしたんですか」

 先生は答えなかった。その代わりに先生は、鞄から小さな何かを取り出した。

 小さくて、銀色に光り輝くそれは、鍵でした。

「天橋君の口から聞くといいよ」

 遅れて出てきた言葉は答えになっていません。言い訳みたいに、取り出した鍵を手のひらに乗せて、私に差し出してきました。

「……なんですか、これ」

「あげるけど、失くさないでね」

「……なに?」

「天橋君がすごく欲しがるはずだから」

 結局、わかりませんでした。

 もっと話がしたい。そう思った時、先生がスマートフォンを取り出しました。

「連絡先。交換してくれる気になった?」

「……少し」

 

 

 

 その晩。先生ではなく、聡くんからメッセージが来ました。聡くんと連絡先を交換した覚えはない。

『黒木さんですか』

『連絡先、井川先生から教えてもらいました』

 やっぱり、そんなところかと。

『どうしたの?』

 しばらくの間、返事はありませんでした。

『見ましたか』

 そして、やっと来た連絡がこれ。何のことかわからずに、そういえば鍵があったなと、その話をする。

『鍵のこと?』

 またしばらく、返事がなかった。

 私は突然思い立ち先生へメッセージを送る。

『聡くんに何をしたんですか』

私は不安でたまらなかった。なにか、いけないことが起きている気がしました。

 先生はすぐに返事をくれました。

『これ、知ってる?』

 あるリンクが送られてきました。

 私がリンクを開く前に、先生は説明してくれました。

『貞操帯。男の子を簡単に支配できるよ』

『今日渡したのが、その鍵』

 いけないことだとすぐにわかりました。

 

 ──射精管理。

 ──調教。

 ──女性の思うがまま。

 

 リンク先のサイトに、そういう言葉が並んでいた。長い間射精を我慢するということは、男の人にとって物凄く辛いことらしいです。貞操帯は、男の人をその苦しみから逃れられないようにしてしまう、恐ろしい道具。

『協力するって、これのことですか?』

『うん』

『こんなことしちゃいけないと思います』

『じゃあ、鍵は天橋君に渡してあげればいいよ。美智ちゃんの自由だから』

 正確には貞操具と呼ばれるものを聡くんはつけているらしい。性器を閉じ込める檻の鍵が今、私の手の中にある。

 その頃、ようやく聡くんからの返信がありました。

『鍵、明日学校に持ってきてもらえますか』

 何故か、身体の奥からぞくぞくとした感覚が押し寄せます。鼓動が速くなって、それは、不安なのか、期待なのか、よくわかりません。

 

 メッセージは無視しました。

 すごく気持ちよかった。

『黒木さん』

『黒木さん、返事ください』

 無視。

 いま、私は先生と話している。

 

『どうやってつけたんですか』

『脅した』

『どういうこと? 聡くんをどうするつもり?』

『どうにかするのは、美智ちゃんだよ』




閲覧ありがとうございました!
感想・評価等励みになります!
ぜひよろしくお願いいたします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。